ファンに褒められました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
上野ダンジョン――地上階。
転移の光が消えたあと、寧々は少しだけ肩の力を抜いた。
長かった探索もようやく終わりだ。
身体は疲れているし、MPもほとんど残っていない。
早く帰ってお風呂に入りたいし、新しく手に入れたマジックバッグも調べたい。
それに、破れてしまった服の補修もしなきゃいけないし、買い物もしなきゃ。
やることは山ほどあった。
ゲートの読み取り部分に探索者登録証をかざす。
ピッ。
認証音のあと、ガシャンと重い音を立ててバーが開いた。
そのまま外へ出ながら、ふぅと息を吐く。
「やっと帰ってきたぁ……」
思わず本音が漏れてしまった。
そのまま受付へ向かうと、見慣れた職員さんがいた。
「おかえりなさいませ。登録証をお預かりします。こちらに掌をお願いします」
寧々は登録証を渡しながら、言われた通り黒い機械へ手を置いた。
職員さんはカードリーダーみたいな機械の上に登録証を置いて操作を始める。
寧々の手を置いた機械も小さく光っていた。
たぶん探索結果とか、そういうのを確認しているんだと思う。
待っている間は特にすることもないし、疲れたなぁ。
お腹も空いたなぁ、なんてそんなことを考えていると、機械の音が止まった。
職員さんの表情が少しだけ変わる。
「枢木さん……」
「はい?」
「10層攻略、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
素直に頭を下げると職員さんは少しだけ興奮した様子で続けた。
「上野ダンジョンでは3番目の到達者になります」
「へぇ……」
そんなものなんだ。
驚きはしたけれど、納得もできた。
探索中に他の探索者と会うことはほとんどないから、何となくだけど、自分が他の人より先へ進んでいる自覚はあった。
ただ。
「なお、ソロでは初到達になります」
「……え?」
今度は本当に驚いた。
思わず目をぱちぱちさせてしまう。
ソロで初めて。
そこまでは考えたことがなかった。
他の探索者に興味がなかったというのもあるし、誰がどこまで進んでいるとか、あまり調べていなかった。
「そうなんだ……」
小さく呟きながら登録証を受け取る。
言われてみれば少しだけ嬉しい。
でもそれ以上にやることが山程待っているから、寧々はそのまま帰ろうとした。
その時だった。
「あ、あのっ!」
後ろから慌てたような声が飛んできた。
びくっと肩が跳ねる。
振り返ると、そこには女性の探索者が立っていた。
年齢は少し上くらいだろうか。
なんだろう、何か用事かな。
首を傾げる。
「枢木さんですよねっ?」
「うん……」
「わ、私っ! ファンです!」
「……ファン?」
意味が分からなくて聞き返してしまった。
ファン……寧々の?
「サインくださいっ!」
「サイン……?」
ますます分からないし、そんなもの持っていない。
そもそも芸能人でもないのに。
だけど女性探索者はキラキラした目で紙とペンを差し出してくる。
本気みたいだった。
困ったなぁ、サインなんて考えたこともない。
しばらく悩んだ末、寧々は紙に小さく『ねね』と書いた。
ついでに熊太郎の顔も描いておく。
これでいいかなぁと恐る恐る渡す。
「ありがとうございますっ!!」
女性探索者は両手で大事そうに受け取った。
「家宝にします!」
「そ、そこまで……?」
本当に嬉しそうだった。
ちょっとだけ戸惑うけど、悪い気分じゃない。
こんな寧々でも好きだって言ってくれる人がいるんだ。
そう思うと少しだけ胸が温かくなる。
だけど。
信じることはできなかった。
友達だった人も、パパも、ママも。
みんな最後は違ったから。
「お姉さん」
「は、はいっ!」
背筋を伸ばして返事をする女性探索者。
寧々はじっとその顔を見た。
「寧々のどこが好きなの?」
「えっ」
一瞬だけ固まる。
だけど次の瞬間。
「その猫ちゃんみたいなお目目と、お人形さんみたいなお顔です!」
早かった。
「あとミステリアスな雰囲気も好きですし、お洋服もすごく可愛いです!」
もっと早かった。
「黒薔薇とかフリルとかゴシック系の感じとか全部好きですっ!」
止まらない。
ものすごく早口だったし、言葉を探している感じもない。
考える前に口から出ているみたいだった。
寧々は少しだけ目を丸くする。
もし途中で言葉に詰まっていたら疑ったと思う。
でもこの人は違う。
本当に好きで言っているように見えた。
「ふーん……」
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけ嬉しい。
たぶん今の寧々は少し笑っている。
「ありがと」
「っ!!」
女性探索者の顔がぱぁっと明るくなった。
その反応がなんだか面白い。
「この洋服ね」
寧々はワンピースの裾を少し摘まむ。
「寧々が作ったの」
「えっ!?」
「まぁ、元の服を補修したり強化したりしただけだけど」
見栄を張るつもりはから正直に言う。
すると女性探索者はさらに目を輝かせた。
「すごいですっ!」
「そうかな」
「私もこういう系統のお洋服が好きなんです!」
興奮気味に身を乗り出してくる。
「家にもあります! 今度お会いできたら見せたいです!」
その言葉に、寧々は少しだけ考える。
嘘をついているようには見えない。
少なくとも今は。
「うん、楽しみにしてる」
「はいっ!」
嬉しそうだった。
だけど今日はもう疲れたし、早く帰りたい。
やることもいっぱいあるから。
「じゃあまたね」
軽く手を振る。
女性探索者も慌てて手を振り返してくれた。
その姿を見ながら歩き出す。
信じたい気持ちはある。
でも信じない。
寧々はもう傷つきたくないから。
それでも。
褒められたことだけは、少しだけ嬉しかった。
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