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第6話 真実への導線



車窓を流れる夜の景色を、私はぼんやりと眺めていた。


タクシーの後部座席には、私と藤堂カオルさん、そして助手席に弁護士の佐伯が乗っている。

 異様な組み合わせだった。数時間前まで、私を断罪しようとしていた人間たちと、今は同じ車で私の実家へ向かっている。


「……ねえ」


沈黙を破ったのは、カオルさんだった。


「もし、本当にあなたじゃなくて、その『義姉』が犯人だとしたら……私はあなたに、取り返しのつかないことをしたことになるわね」


「そうですね」


私は窓の外を見たまま、短く答えた。


彼女の声には動揺と後悔が滲んでいたが、今の私にはそれを気遣う余裕などなかった。


「謝罪なら、すべてが終わってからにしてください。今は、真実を暴くことだけ考えて」


「……わかったわ」


カオルさんはスマホを取り出し、画面をタップした。夫である藤堂トモヤへの連絡だ。

 彼女の指先が、怒りで微かに震えているのがわかった。


***


実家のリビングは、暖かなオレンジ色の照明に包まれていた。


テーブルにはすき焼き鍋が置かれ、湯気を立てている。

 父、母、兄のリョウタ、そして義姉のアヤさん。四人は私のいない食卓を囲み、和やかに箸を進めていた。


「あの子がいなくなって、やっと静かになったわねえ」


母が牛肉を頬張りながら言った。


「全くだ。職場の噂になる前に切れてよかったよ。うちの役所にも変な噂が流れてきたら、出世に響くところだった」


兄がビールを煽り、鼻を鳴らす。

 そこに、アヤさんが甲斐甲斐しくお酌をした。


「まあまあ、あなたもお義母さんも。ヒカリちゃんだって反省してるわよ、きっと」


「アヤさんは優しいねえ。あんな恥知らず、もう他人だと思えばいいんだよ」


父が満足そうに頷く。

 アヤさんは「もう」と困ったように微笑み、自分の小皿に春菊を取り分けた。


完璧な妻。完璧な嫁。

 彼女がいることで、この家は「良識ある家庭」として機能している――そう、誰もが信じて疑っていなかった。


『ピンポーン』


突然のインターホンが、笑い声を遮った。

 母が怪訝な顔で時計を見る。夜の8時を回ったところだ。


「こんな時間に誰? 回覧板かしら」


母が億劫そうに立ち上がり、廊下へと消える。

 玄関が開く音。


直後、母の甲高い悲鳴に近い声が響いた。


「あんた! 二度と来るなと言ったでしょ! 何しに来たの!」


ドタドタという足音と共に、私はリビングへと足を踏み入れた。

 母の制止など、今の私には風ほどにも感じなかった。


「なっ……ヒカリ?」


兄が箸を止め、睨みつけてくる。


私が一人ではないことに気づき、家族全員の視線が私の背後――鬼の形相のカオルさんと、顔面蒼白の佐伯弁護士に注がれた。


「なんだお前、その人たちは……まさか、慰謝料をうちに借りに来たのか?」


兄が呆れたようにため息をつき、嘲るような笑みを浮かべた。


「あのな、勘当したって言っただろ。300万だっけ? 自分で身体でも売って払えよ。俺たちを巻き込むな」


「ヒカリちゃん……どうして……」


アヤさんが不安そうに口元を押さえる。

 その演技が、今は吐き気がするほど白々しく見えた。


「お金を借りに来たんじゃないわ」


私は一歩前に進み、手に持っていた写真をテーブルの上に叩きつけた。

 すき焼きの鍋が、ガチャンと音を立てて揺れた。


「忘れ物を届けに来たの」


「なんだこれ……興信所の写真?」


兄が眉をひそめて写真を覗き込む。

 そこには、ラブホテル街へと消えていく男女の後ろ姿が鮮明に写っていた。


「この写真の女、誰だかわかるよね? お義姉さん」


私はアヤさんを見据えた。

 アヤさんは一瞬きょとんとして、すぐに首を横に振った。


「え……? 何言ってるの、知らないわよ。ヒカリちゃんじゃないの?」


「ふざけるな! ヒカリが往生際悪く合成写真でも作ったのか!」


兄が立ち上がり、私に掴みかかろうとする。

 その時、私の横からカオルさんが進み出た。


「知らない? なら、確認させてもらうわ」


凛とした声が、兄の動きを止めた。

 カオルさんはスマホを耳に当てていた。通話中の画面が表示されている。


「……トモヤ。聞こえてるわね」


スピーカーに切り替えられたスマホから、男の怯えた声が漏れた。


『あ、ああ……』


「今すぐ、あなたの愛人に電話をかけて」


「はあ? 何の話だ、おい!」


兄が怒鳴るが、カオルさんは無視して続けた。


「かけて。今すぐ」


シン、と空気が張り詰める。

 誰もが言葉を失い、事態を飲み込めずにいた。


ただ、アヤさんの表情だけが、能面のように強張っているのが見えた。


1秒。


2秒。


3秒。


静寂のリビングに、突然、不似合いなほど陽気なメロディが鳴り響いた。


♪~ テテテ、テテテ、テテテテ~ン ~♪


それは、遊園地のパレードのような、ファンシーで可愛らしい着信音だった。

 あまりにも場違いで、だからこそ不気味なその音は、


――アヤさんが椅子の背もたれに掛けていた、ブランドバッグの中から響いていた。


全員の視線が、そのバッグに吸い寄せられる。


兄が口を開けたまま固まった。

 母が息を呑んだ。

 アヤさんの顔から、サーッと血の気が引いていく。


軽快なメロディは止まらない。

 マナーモードにし忘れていたその「間抜けな音」が、彼女の罪を告発するサイレンのように鳴り響く。


「……出ないの? お義姉さん」


私の問いかけに、アヤさんはガタガタと唇を震わせ、助けを求めるように兄を見た。

 しかし、その兄の顔には、すでに疑惑と軽蔑の色が浮かんでいた。

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