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ベンガルの末

エフィムがマトヴェイの城へと戻って必死に訴えると、夜中にも関わらず、マトヴェイは急いで共にイゴールの居るベンガル城へと向かってくれた。

夜中に押し掛けてしまったのだが、イゴールは不機嫌そうにしてはいたが出て来てくれて、マトヴェイに言った。

「…なんぞ、この夜中に。もう寝ておったのに。」

マトヴェイが、急いで言った。

「エフィムが戻って参って、ヴァルヴァラがもう夜を越せぬと申すので。朝まで待てなかったのよ。」

イゴールは、眉を寄せた。

「…アマゾネスには恩はない。にも関わらず我は膜を消せぬか試してやったぞ。それ以上何が望みよ。」

エフィムが、言った。

「ヴァルヴァラの母が!ヴァレーリアが、主の父王が人に落とされた後にもうけた子の、末の男と恋仲だったのだ!イシードと申すらしい。ご存知か?」

イゴールは、顔色を変えた。

「何と申した?イシードが?知らぬ、あやつがアマゾネスと恋仲であったなど…イヴァンも何も申しておらなんだ。」

が、確かに美しい妻が外から通って来るとかイヴァンが言っていたのは聞いていた、とイゴールは思い出した。

死んだと聞いていたし、人なのだからそうだろうと思っていたが、それがもしやヴァレーリアとかいうアマゾネスであったのか…?

「それでも!それが、何かを知っておるやも知れぬのです。ヴァレリーという子も居るはず。それはヴァレーリアとの間の子なのです!」

ヴァレリーが…!!

イゴールは、俄にハッキリした顔になると、立ち上がった。

「…ならば参ろう。それらが、もしや膜を作ったと思うておるのだな?」

エフィムは、何度も頷く。

「は!遠く繫がるのなら、もしやその二人にも術を放てたのではないかと。何よりヴァレーリアは、その術は王族にしか残さぬと申して書き記した書を己と共に葬らせておったのに、ヴァレーリアの棺にはもう、それはなかったのですよ!誰かが持ち去ったとしたら、その二人しか有り得ないのです!」

イゴールは、頷いて歩き出した。

「参ろう。案内する。もしもそうなら、ヴァルヴァラ云々よりもベンガルがまたその術を使ったと、責任問題になる。我が処分せねばなるまい。二人を問い質してみるしかない。」

エフィムは頷いて、マトヴェイと共にイゴールについて城を出た。

イゴールは、まさかあれらがと、険しい顔をしながら先を飛んで行ったのだった。


森の中には、二つの屋敷が少し離れて建っている。

その間に、大きな小屋があるが、中からはたくさんの犬達が、吠えもせずにこちらを見てソワソワしていた。

家の方はどちらも灯りは消えていて、寝静まっているようだった。

イゴールは、そこへ降り立って、言った。

「そちらがイシード、あちらがヴァレリーの家ぞ。昔はイヴァンがこちらを使っていて、イシードが婚姻するのでとあちらを建てた。今は、ヴァレリーが育ったのでイヴァンも亡くなったしイシードがこちらへ移ったのだ。」

エフィムは、頷く。

すると、何やらガタガタと音がしたと思うと、目の前の家の扉が開いて、中からイシードが飛び出して来た。

…この男だ…!

エフィムは、記憶の映像で見た顔がそこにあるのに身を乗り出した。

相手は、イゴールに膝をついた。

「王。このような時間に、何かありましたか。」

イゴールは、頷いた。

「主とヴァレリーに話がある。」

イシードが戸惑うと、イゴールは続けた。

「ヴァレリーは、アマゾネスのヴァレーリアという女との子か。」

イシードは、目を見開く。

そして、答えを待つ三人の神に、もう誤魔化しようはないと思ったのか、項垂れて答えた。

「…はい。ヴァレリーはヴァレーリアとの間の子。我がヴァレーリアの名前を残したいと、名付けました。」

マトヴェイが、言った。

「それはそれで良い。が、術は?主はヴァレーリアの書を持っているのではないのか。」

イシードは、驚いた顔をした。

「え、ヴァレーリアの書?とは、なんでございましょう。」と、胸から、ペンダントにした玉を引っ張り出した。「我がヴァレーリアから受け取ったのは、これだけでございます。」

…記憶の玉…!

エフィムは、言った。

「それは、ヴァレーリアの記憶の玉だの?我ら、アクサナの記憶の玉を見たのだ。主は中を見たのか。」

イシードは、頷いた。

「は。全部は見ておりませぬが、幸福だった頃の記憶や、ヴァレーリアが鏡を見ている時の映像など…絵姿すら残っておりませぬゆえ。後は、ヴァレーリアへの冒涜にもなろうかと、詳しくは見ておりませぬ。」

イシードは、イラリオンとの間にヴァルヴァラをもうけているのを知っているはずだ。

なので、その記憶を見たくないばかりに、恐らく全部は見ていないだろうとは思った。

イゴールは、言った。

「…膜の術というのがある。」イゴールは、単刀直入に言う。「我がベンガルの王族にしか放てない術だが、かつてのアマゾネスの女王がそれに似た術を作り出し、それは王族でなくともベンガルならば放てるという厄介なもの。ヴァレーリアの書には、その膜の術に関する事が書かれてあり、ヴァレーリアはそれを秘匿するために己と共に葬らせていたのだ。それが、失くなった。そして、ヴァルヴァラが今正にその術に囚われ、我が一族の誰かがやったのではと神世から疑われておるのよ。あの膜は、中に籠められたら神には気を摂取できずに死活問題。ヴァルヴァラは、もうこの夜を越えられぬほどに気を失っておるのだ。このままでは死ぬ。そして、もしそれを主やヴァレリーがやっておったなら、我が一族が糾弾されることになるのだ。だが…主には無理だの。気の量が違うゆえ、ベンガルの色とはいえ人でしかない。ならば…」と、後ろを振り返った。「ヴァレリーか。」

そこには、ヴァレリーが黙って立っていた。

イシードは、慌てて言った。

「そのような!ヴァレリーとて、墓の場所を知ったのもつい最近、中に入った事もありませぬ!そもそも、ヴァレリーには…母がアマゾネスであったとは、話しておりませぬ。」

ヴァレリーは、黙っている。

イゴールは、ヴァレリーを睨んだ。

「…どうなのだ?主はどこまで知っている。書を盗んだのか?」

ヴァレリーは、微かに震えていた。

エフィムが、剣を抜いた。

「…沈黙は肯定とみなす!ヴァルヴァラのため、死ぬが良い!」

「エフィム!」

「ヴァレリー!」

イシードが、ヴァレリーの前に身を投げ出す。

だが、寸前のところで、イゴールとマトヴェイが、エフィムの剣を止めていた。

「なぜに止めるのです!」エフィムが、必死に言った。「ヴァルヴァラが死ぬ!ヴァルヴァラは何も悪くはないのに!」

イゴールが、言った。

「落ち着くのだ、エフィム。まだこれがやったとは限らぬだろうが。話を聞かねばならぬ。もし、これがやったのなら、我が殺す。」と、ヴァレリーを睨んだ。「我が眷属の将来が掛かっておるゆえな。」

イシードは、必死にヴァレリーに言った。

「なぜに黙っておるのだ、ヴァレリー!主、中へ入ったのか?!あれだけ中には足を踏み入れてはならぬと申したのに?!」

ヴァレリーは、ふるふると震えながら、言った。

「…我は…我は分からぬのです。父上、我は…」と、そこで、目の色が変わった。「…死ぬが良い。アマゾネスなど死ぬが良いのだ。全てを奪うのはいつもアマゾネスぞ。迷惑を被ったのではないのか、イゴールよ。主の心の闇はどこへ行った?これは素直に受け入れておるのに、主は呆けておって、霧を放っておっても闇にはならぬ。なのでこれに憑いたのだ!半神など容易いものよ!」

…闇が憑いている…!!

犬が、一斉に吠え始めた。

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