女王の真実
アクサナは、病が進行して来ていたが、これだけはと単身、イシードにヴァレーリアの最期の言葉を伝えに行った。
そして、記憶の玉を手渡し、イシードがそれを手に泣き崩れる様を黙って見守った。
その後、ヴァレーリアが葬られている岩屋を教えて、その中に入る方法を教え、二人でヴァレーリアの亡骸に対面した。
イシードは、ヴァレーリアを前に泣きながら縋っていたが、いつしか涙も枯れ、アクサナを振り返った。
「…そなたも具合が悪そうぞ。同じ病か。」
アクサナは、頷いた。
「その通りよ。恐らく我も長くはない。イシードよ、ここは誰にも入れぬ場。軍神達も側近しか入る事は許されておらぬし、我らでも本来一度葬った後は、墓を暴く事になるゆえ、入る事はない。主も、これを最後に入ってはならぬぞ。ヴァレーリア様は、最後まで主を案じて逝かれた。ここに入っておるのを他の軍神に見咎められたら、まず殺される。そんなことにならぬよう、もう入ってはならぬ。分かったの。」
イシードは、頷いた。
「分かった。これを最後に…だがしかし、我が子に母は何処と聞かれたら、来るかもしれない。入らぬようにはする。」
アクサナは、息をついた。
「…ならば送って参ろう。我はもう、体の痛みで長くは主の面倒を見れぬ。ここから人の身では帰れぬだろう。さあ、参るぞ。これで主と我の対面も最後よ。」
アクサナはイシードを気で持ち上げると、ベンガルの結界へと向かった。
そして、アクサナも病の床についたのだった。
ダリヤが、最後まで側に居た。
ダリヤはどうやら耐性を持つ神だったらしく、アクサナからダリヤに移る様子はなかった。
なのでアクサナは、ダリヤに命じた。
アンジェラに、いつか問われたら真実を、と。
そして愛するイラリオンに、根付を届けるようにと。
ダリヤには明かさなかったが、それはアクサナの記憶の玉で作られていた。
なぜ、ダリヤに言わなかったのか。
それは、その記憶の中にヴァレーリアの真実も隠されていたからだ。
ダリヤがそれを見て、皆に真実を明かす事を恐れたのだ。
だが、いつかはそれが、必要な時が来るかもしれない。
アクサナは、最期までイラリオンを愛して、そして逝った。
アクサナの記憶から、いろいろな真実が明らかになった。
ダリヤは、ただ泣いている。
アクサナが、どんな風に生きて来たのか知ったからだ。
ヴァレーリアとアクサナは側近くに居たが、まさかここまでしっかりとした絆があったとは思ってもいなかった。
ヴァルラムが、ため息をついた。
「…ヴァレーリアは、愚かではなかった。」ヴァルラムは、もう一度言った。「臣下のためにそれらが望む王を演じ続けて、逝った。娘にすらそれを明かさずにの。」
サイラスが、珍しく深刻な顔で真面目に言った。
「…少なくとも、王座が何たるかは知っておったようよ。王など良いものではない…アマゾネスも、それは同じであるな。エラストが死ぬように、策したのは分かった。が、それも臣下が求める王の姿なら仕方ない。それは分かる。我とて…王でなければベンガルとの戦の時、生き血など啜らず死んだわ。穢れても生き残ろうとしたのは、生きたいと望む臣下のため。一族を守る責務があったからぞ。意に沿わぬことでもせねばならぬ。だからそうした。ゆえに分かる。」
ヴァルヴァラは、顔を上げた。
「…今我一人失ったからと、この城は生き延びまする。ゆえに誰かの血で生き延びようとまで思うておりませぬ。が…母上のお気持ちを見てしまった今、我は…そこまでして繋がれた命を、跡も残さず途切れさせて良いのかと思うてしもうておりまする。」
母は、イシードと共に生きられなかった。
ヴァルヴァラは思った。
しかし、自分はエフィムと共に生きる事ができるのだ。
簡単に、諦めてしまって良いのかと、迷いが生じたのだ。
ヴァルラムが、言った。
「…とにかく、今エフィムが行っておる。あやつは主を何としても生かそうとしておる。主はどうしたい?生きたいのか。ならばサイラスのように、誰かの血を啜ってでも生きねばならぬぞ。」
イラリオンが、頷いて腕を差し出した。
「ヴァルヴァラ、主も我の娘なのだ。我の血を。ヴァレーリアを恨んでおったが、あやつの誠を知ると、それも失うなった。あれは我だけを疎んじておったのではなく、イシード以外は皆疎んじておったのだ。アクサナとのことも、知っていて見逃していたのだと今知った。何も負い目は感じずでも良い。さあ、我から気を摂取するのだ。」
しかし、アンジェラが剣を抜いた。
「いえ、我が。」え、と皆が抜かれた剣に警戒すると、アンジェラはその剣で己の手首を切った。「さあ!ヴァルヴァラ様、生きるのです。我らは姉妹、一番に近しい命のはず。我はいくらでも気を補充できますゆえ。穢など、後でいくらでも祓って差し上げまする!」
ヴァルヴァラは、差し出されたアンジェラの腕を見つめた。
気は、もうかなり少なく意識を失う一歩手前だ。
ボタボタと垂れる血に心から嫌悪感が湧き出して来たが、母は意に沿わぬ相手との間に自分を成したのだ。
その想いに、報いねばならぬ。
ヴァルヴァラは、両手でがっしりとアンジェラの腕を掴むと、その傷口に口をつけた。
そして、それをゴクゴクの飲み下し始めたのだった。
維心が夜明けに、さあ起き出そうと目を開くと、隣りで維月が号泣していた。
寝起きにそれで維心は仰天して慌てて維月を抱き締めた。
「どうした、珍しく起きておると思うたら。何を泣くのだ、夢でも見たのか。」
維月は、首を振った。
「…ヴァレーリアが…。」
それで、維心は悟った。
昨夜、休む前にヴァルラムとサイラスがアマゾネス城に渡ったと、記憶の玉を見ている様を、維月も月から見ているとか言っていたのだ。
「…記憶の玉か。映像を今まで見ておったのか?」
維月は、頷いた。
「はい。アクサナの記憶で、ヴァレーリアの真実を知りました。私は…私は何と、何と理不尽なことと悲しくて…。」
いったい、何があったのだ。
しかし維月は、号泣していて説明できそうにない。
維心は、維月の頬に触れた。
「…主の記憶を見せてもらおうの。主が何に対して嘆いておるのかわからずでは慰めようもないしな。」
と、維月に唇を寄せた。
維月の記憶が頭に流れ込んで来て、アクサナが何を見て何をしていたのか、ハッキリと分かった。
…ヴァレーリアは、イシードを愛したのか。
維心は、驚いた。
イシードは、あの下位の宮の涼香の件の時に、雷嘉を貸し出してくれて世話になった穏やかな人だった。
イリダルの末で、イヴァンの息子だったが、歴代の誰より長生きしていると聞いている。
穏やかで快活な性質で、人が良い、とはあれのことを言うのだろうと維心は思っていた。
そのイシードが、イゴールにも言わずに、アマゾネスの女王の末と子を成していたのだ。
維心は、ため息をついて維月を見つめた。
「…確かに不憫ではあるが、王とはそんなもの。臣下に認められてこその王なのだ。特にあんな場所で居たら、それは顕著であろうし、ヴァレーリアはそれを分かっていた。我の知る数多の王と同じく、王としての己を演じて逝った。レイティアも同じようだったのやも知れぬの。臣下が奴隷を望むゆえ、あのように。」
維月は、頷いた。
「とはいえ、レイティアには今更に同情など致しませぬが、ヴァレーリアは。乳母に育てられて…罪はなかったのに。あのまま、イシード殿と共にイゴール様の結界内で、静かに暮らしておれたやも知れませぬのに。結局は、最後まで女王として死んで逝ったなんて。悲しくて…。」
維心は、維月を抱き締めた。
「今更であるぞ。もう二百年ほど前に終わったこと。それより、ヴァルヴァラが生きる心地になったようで、それは良かった。エフィムがイゴールの所へ向かったのだろう。今頃、イシードと会っておるのだろうか。あやつが、膜の術を使ったとは思えぬのだがな。」
イシードには、そもそもヴァルヴァラに対して殺す意味はない。
では、ヴァレリーが…?それとも、あれらは関係ないのか。
気にはなったが、ヴァルラムもサイラスもあちらに居る。
任せておこう、と、維心は維月を抱き締めたまま思っていたのだった。




