ヴァレーリアの真実
「…今更に他の方法とて、もう時はありませぬ。」ヴァルヴァラは、言った。「ならばとりあえず、見えておる方法を取るよりありませぬでしょう。母上の相手が、これをやっておらぬのなら我は潔く黄泉へ向かいましょうぞ。」
ヴァルラムは、頷いた。
「…ならば、ヴァレーリアがベンガルの結界へ向かう辺りから。」ヴァルラムは、手から光を発した。「そこへ映そうぞ。見るが良い。」
そうして、映像は映し出された。
そこは、ベンガルの結界近くの森の中だった。
ヴァレーリアは、一人になりたいと言う。
仕方なく、アクサナは遠く離れてヴァレーリアを警護しながら、そこに浮いていた。
ヴァレーリアが向かったのは、ベンガルの結界内、人里から少し離れた森の中だった。
この辺りは、イゴールも人里とみなしているのか結界もそこまで強くはない。
その証拠に、ヴァレーリアはすんなりとそこに降り立って、脇の木の洞の中に手を突っ込むと、そこに置いてあった人の娘が着る服を引っ張り出して、甲冑を脱いでそれに着替えた。
そして、甲冑はそこに放り込んで、急いで森の深くへと向かった。
アクサナが離れてずっとついて見ていると、ヴァレーリアは人の男と会った。
その男は背が高くガッツリしと体型で、犬達と共に散策しているようだったが、ヴァレーリアを見つけると、急いで寄って着て親しげに語り掛けた。
「ヴァレーリア。今日も散策か?まだ部下とは馴染まないのか。」
ヴァレーリアは、答えた。
「嫌になって来ての。今日も抜け出して来た。」
その男は、苦笑した。
「女主ともなると大変だな。そなたの村とは、いったいどこにあるのだ。オレが話をつけてやろうか?無理に何でもそなたに押し付けるでないと。」
ヴァレーリアは、答えた。
「いや、その、良いのだ。我は我でやっておるから。それより、主は今日も散策か?」
相手は答えた。
「犬の散歩なのだ。これらは体が大きいし、よく運動させねばならないので。そなたは今日もついて来るのか?距離が長いので疲れるのでは。」
ヴァレーリアは、少し頬を膨らませた。
「主は我が来るのが面倒だからそんなことを言うのか。唯一の憩いであるのに。」
男は、笑った。
「違う。そなたが疲れたらと思ったから言ったのだ。ならば行こう、ヴァレーリア。」
男が手を差し出す。
ヴァレーリアは、嬉しそうにその手を握った。
「イシード。我は、主とこうしておれるから励めるのだ。意地の悪いことを言うでないぞ?」
イシードと呼ばれたその男は、笑った。
「オレだってそなたが居るから散歩が待ち遠しいのだ。行こう。」
二人は、歩き出した。
繋いだ手は、最後まで離される事はなかった。
アクサナは、散策を終えて甲冑を着替えて戻って来るヴァレーリアのことを待ち構えていて、言った。
「ヴァレーリア様。あの男は?人ではありませぬか。」
ヴァレーリアは、驚いた顔をしたが、アクサナを睨んだ。
「…つけて来ておったのか。趣味が悪いぞ、アクサナ。」
アクサナは、それでも言った。
「なりませぬ。あなた様は女王となるお方。まだ正神前であるのに、あのような男と関係を持たれたりしたら…サーシャ殿達に知られたら、あの男の命が危ういので申し上げるのでございます。」
ヴァレーリアは、息をついた。
「…分かっておる。ゆえに隠して会っておるのだ。それに、あやつとは会っているだけで主らが思うような仲ではない。あやつはそんな男ではない。サーシャから聞いておったような、どうしようもなく愚かな存在ではないぞ。男は皆力しかなく荒々しく愚かだとサーシャは言うておるが、あやつに限ってそんなことはない。穏やかで優しい気質ぞ。我はあやつの側に居たいのだ。」
アクサナは、ヴァレーリアの必死な顔に、ため息をついた。
誰かを恋うるというのも、女王のお心のために良いのかも知れない。
アクサナは、言った。
「…ならば、我も言わずにおきましょう。ですが、くれぐれもお気をつけて。人は偽りも申しますから。少しでもおかしな行動をしたら、殺すのですよ。我らは神であり、あなた様は女王となる御身なのですから。」
ヴァレーリアは、ホッとしたように頷いた。
「分かっておる。人の男に脅威などないゆえ。」と、息をついた。「…我は、どうしても女王にならねばならぬのかの…。」
アクサナは、驚いた顔をした。
「ヴァレーリア様、そのようなことを!」
ヴァレーリアは、フンと踵を返した。
「…冗談ぞ。帰るぞ、アクサナ。」
ヴァレーリアは、潜伏している地下と向かう。
アクサナは、母には相談しておいたほうがいい、と判断して、急いでその後を追ったのだった。
母親のアイリーンに報告すると、深刻そうな顔をした。
サーシャもヴァレーリアの様子にただならぬものを感じて急いでアイリーンの部屋へとやって来たが、人の男に懸想していると聞いて、殺さねばと大騒ぎになった。
アクサナはハラハラとそれを見守ったが、意外にも母のアイリーンは人のなどすぐに死ぬので放置で良い、と判断した。
サーシャもそれに従い、ヴァレーリアの人里通いは周知の事実となり、黙認される事になってアクサナはホッとした。
ヴァレーリアは相変わらず頻繁にイシードに会いに出掛けたが、その内に深い仲になったのをアクサナは打ち明けられた。
「…共に暮らそうと言われたのだ。」ヴァレーリアは、下を向いて言った。「我とてそうしたい。が、それは叶わぬ夢ぞ。我は、思い切って我が普通の人ではないのだと打ち明けた。まだ神だとは話していない。だが、そのうちに話さねばならぬだろうの。せめてイシードが世にある間だけでも、あれと生きてはならぬだろうか。ほんの数十年であるのだ。」
アクサナは、息をついた。
「…お気持ちはわかり申します。我が母も、どうせ人はヴァレーリア様の正神前ぐらいには寿命が尽きるだろうと。ですが、他の臣下達もサーシャ殿もそれは良しとはしないのです。あれらを抑えるためにも、まずはお通いになるよりないのではないでしょうか。」
ヴァレーリアはらため息をついた。
「…戻っても城に居るわけでもあるまいに。洞窟で毎日仙術を考える日々ぞ。我が誠に女王であるなら…誰にも文句など言わせずイシードを城に連れ帰り、共に生きても良かったはずぞ。我は、女王と祀り上げられておるが、所詮あれらの飼い犬でしかないではないか。母上の血筋であるから、育てて王座にとそればかり。我の心地など、誰も慮ってはくれぬ。女王になど、なりたい奴がなれば良い。我はただ、愛する男と幸福に暮らしたいだけなのだ。なぜにそれが、許されぬのよ。」
ヴァレーリアは、言いながらも諦めているような顔をした。
アクサナは、そこで初めて自分が仕えている女王は、女王にはなりたくないのだと知った。
女王という地位は、回りが思うほど良いものではない。
制約が多く、確かにアクサナよりも細かい事を言われて育っていた。
ヴァレーリアを女王といいつつ、その女王が思うように動く事を強要しているだけで、女王として絶対に命令を聞くわけではないのだ、とその時に思ったのだ。
絶対の女王であるなら、こうする、とヴァレーリアが決めたらそれで従うべきだろう。
だが、回りはそれを許さず、自分達の女王として相応しくあれと理想と違う事は従わない。
これでは、ヴァレーリアもたまらないのだ。
アクサナは、それを悟って、ヴァレーリアの手を握った。
「…ヴァレーリア様。ならばこれからは、我はあなた様の友としてお側にお仕え致します。母上にも詳しくは報告はしますまい。お好きになされば良いのです。ただ、あれらには隠さねばなりませぬ。そのために、隠れ家に帰る必要はありますが、上手くやりましょう。我が、お支え致します。あの男が死ぬまで、できるだけ思うように共に過ごせるように。」
ヴァレーリアは、驚いた顔をした。
「…バレたら主もただでは済まぬぞ。それでも良いのか。」
アクサナは、頷いた。
「そも、我はヴァレーリア様の臣下なのであって、母上とて同じでありますから。我は母上に仕えておるのではありませぬ。そんた当然のことが、やっと分かった次第です。我が女王よ、お好きに生きて行かれるのです。」
ヴァレーリアは、涙ぐんで頷いた。
「ならば主を信じて生きよう。イシードを守って欲しい、アクサナ。我が先に死んだとしても。」
アクサナは、頷いた。
「は。我が命に懸けて。」
二人は、頷きあった。
そうして、アクサナとヴァレーリアは真実硬い結束を持ったのだった。




