子
そうして過ごしているうちに、ヴァレーリアは夜もあちらで過ごす事が増え、当然のこと身籠った。
イシードはとても喜んだらしい。
最近では、アクサナもヴァレーリアの友としてイシードに認識され、ヴァレーリアが隠れ家を離れられない時には、言伝などを命じられてイシードに会う事も多かった。
イシードは、確かに良い気質の男だった。
幼い頃からアクサナが回りの者達に教えられていた、男の様とは全く違う。
顔立ちも凛々しく美しいし、動きも切れがあって頼れそうな風情だ。
もちろん人なので、神であるヴァレーリアやアクサナがイシードを頼りにする必要などなかったが、なぜか頼もしい感じを受けた。
今日も、アクサナが誤魔化す為に隠れ家に残り、ヴァレーリアだけがイシードの下へ向かって数刻、ヴァレーリアが戻って来た。
何やら、深刻な様子だ。
「…何かありましたか。」
アクサナが聞くと、ヴァレーリアは言った。
「…我が神だと打ち明けたのは知っておるな。それでもイシードは我を受け入れてくれていた。本日、あれは話があると申して…あやつは、ベンガルの元王が人に落とされた末に人との間に成した子の、更に子で…父親のイヴァンも、もう三百年は生きているらしい。」
アクサナは、眉を寄せた。
「…ならば、あの男は人に落とされた神の末裔だと?」
ヴァレーリアは頷いた。
「そのようぞ。ゆえに神ではないが、あやつはあれでもう二百年近く生きているらしい。代々そうなのだと聞いた。」と、腹を押さえた。「…この子は、ゆえに人ではないし、多く神の血を引く子であろう。それでも、女王にはなれぬか。」
アクサナは、ため息をついた。
「…それでも、混血であるのは変わりなく。恐らく反対されましょう。もとは神の血を引いてはいても、結局は人であるのですから。王といただくには、恐らく純粋な神でないと…厳しいのでは。」
我は良いが、恐らく皆が反対するのが目に見える。
ヴァレーリアは、息をついた。
「そうか。そうであろうの。だが、我はあやつ以外など皆その辺の岩のように感じる。他の男となど…考えただけでも怖気が走るものよ。なぜに皆はいろいろな男とそんなことができるのだ。しかも、楽しんでおるのだろう?」
それはその通りだ。
母親のアイリーンも、散々楽しんだ後にアクサナの父親を殺したのだと酒に酔って話していたのを聞いた。
アクサナは、息をついた。
「ヴァレーリア様、皆を黙らせるためには、時が来たらお一人で良いので神とのお子を成した方が良いのです。それで、あの男が長生きならば、会いに行っても文句は申しますまい。あの男とのためなのです。その子をお産みになられて、覚悟がおできになられたら、我が適当な男を探して参りますゆえ。」
それしか、皆を納得させてヴァレーリアが自由になれる方法がない。
ヴァレーリアは、ため息をついて頷く。
その時、サーシャがそこへ踏み込んで来た。
「…お子がおできになられたのですか?!」二人は、驚いたように振り返った。「そのような…!人との間に?!」
最初は驚いた顔をしたヴァレーリアだったが、キッと顔を上げると、サーシャに言った。
「だから何ぞ?我の子ぞ!跡になるとかそんな事は関係ない。我はこの子を生んで育てるつもりよ!」
そんな事が、許されるはずはない。
アクサナは思ったが、しかしヴァレーリアの願いは叶えると約した。
アクサナは、ヴァレーリアを追ってイシードの所へ飛んだのだった。
思った通りイシードの家に向かったヴァレーリアを呼び止めて、アクサナは言った。
「ヴァレーリア様!お話を。」
ヴァレーリアは、振り返った。
「我は…我はもう戻らぬ!あやつらのことなどもう知らぬ!」
ヴァレーリアの叫びに驚いた顔でイシードが家から出て来た。
「ヴァレーリア?帰ったのではなかったのか。」
ヴァレーリアは、イシードに飛び付いた。
「イシード…。」
泣き崩れるヴァレーリアに、イシードが抱き締めて戸惑っていると、アクサナは言った。
「…ヴァレーリア様は、ここに滞在を。」え、とヴァレーリアが驚いてアクサナを振り返ると、アクサナは続けた。「あそこに居て、お子に何かあってはなりませぬゆえ。我がこことあちらで行き来し、あちらに知らせて参ります。出産までは、とりあえずそれで。イシード殿、ヴァレーリア様をお願いできますか。」
イシードは、驚いた顔をしていたが、頷いた。
「もとよりヴァレーリアと共に生活したいと思うて、わざわざ父の家を出てここに新しい家を建てておったから。」
アクサナは、頷いてヴァレーリアを見た。
「ヴァレーリア様、ここでお子をお産みになるのです。その上で、あちらに戻られねばなりませぬ。なぜなら、もしお子が男であったなら、あやつらは躊躇いなく殺します。神との子であってもそうなのに、人との子であれば尚更。女であればもしかしたら見逃されるでしょうが、どちらにしろあやつらの、気分次第になりまする。我は、その子が男であっても女であっても、男であったと報告します。そうして始末したと申せば、お子のお命は繋がれましょう。ここでイシード殿に隠して育てていただく。ヴァレーリア様はあちらで皆に女王らしく振る舞い、こちらにあれらが偵察に来て万が一にもお子が生きておられるのを発見させぬように隙を与えない。それしかありませぬ。」
ヴァレーリアは、それを少し震えて聞いていたが、頷いた。
「…そうだの。主の言う通り、あやつらは我の血筋の男が長らえる事を許さぬ。女であっても人との子だと何を申すか分からぬ。ならばそれで。アクサナ、頼んだぞ。」
アクサナは、頭を下げた。
「は!お任せを。」
そうして、ヴァレーリアはイシードの家に留まった。
ヴァレーリアは、その間イヴァンにも紹介されて、人としてそれは幸せそうに過ごしていた。
アクサナは、それを遠く見つめて束の間の幸せの中に居る、ヴァレーリアを微笑ましく見守ったのだった。
そうしてある日、ヴァレーリアは夜半に産気付いた。
子は無事に生まれたが、イシードにそっくりの男だった。
ヴァレーリアは、その子を腕に、言った。
「…我はこの子を守る。」と、アクサナを見た。「アクサナ、手筈通りに。あれらに知らせよ。子は、男であったと。」
アクサナは、頭を下げて答えた。
「は!手筈通りに。」
アクサナは、意を決してそこを飛び立った。
お子をお守りし、ヴァレーリア様の幸せをお守りしなければならぬ…!
「…して、男か、女か?」
母のアイリーンが聞く。
アクサナは、慎重に言葉を選んで、言った。
「…男でありました。」
アイリーンは、眉を寄せる。
サーシャは、言った。
「…ならばすぐに殺せ。分かっておるの、ヴァレーリア様があちらを出られたら、隙を見て必ずその子は殺すのだ。」
やはりそう来ると思うたわ。
アクサナは、頭を下げた。
「は!」
そして、ヴァレーリアの所へと取って返した。
…これで…これで殺したと知らせ、この数ヶ月ヴァレーリア様と話し合った通りに、ここから遠く離れたアマゾネス城の側に拠点を移して、そちらに全員を移せば、もうイシードのことも子の事も、気にする輩など居るはずはない…!
アクサナは、ヴァレーリアがその案をイシードに話すのを聞いていた。
ヴァレーリアは、わざと臣下達に王座奪還を急がせ、こちらの事に構っている暇などないようにする、と言っていた。
城の近くで城ばかりを伺っていれば、人の男の事などうるさく言う事はないだろう。
その上で、時が来たらどうしても子を産まねばならない、とイシードに説明していた。
あれらが過去の子のことなど思いも至らないように、新しく女王となるべく生まれる女の子供が要る。
イシードはそれには渋ったが、ヴァレーリアはそれはイシードと、そして生まれた息子であるヴァレリーのためであるのだと諭した。
決してその相手を愛する事などないし、自分からしたら物のようなもの、イシード以外は全てが利用するだけの男でしかない。
どうかそれだけは堪えて欲しい、と、ヴァレーリアは涙ながらに訴えた。
自分も、耐えるのだから、と。
アクサナは、そんな二人の幸せが、必ず来るようにと祈っていた。




