記憶の玉
その少し前、ヴァルラムとサイラスが夜が明けたところのアマゾネス城へ到着すると、すぐに王の居間へと案内された。
王の居間にはイラリオンが居て、根付を囲んでヴァルヴァラ、アンジェラ、アイーシャ、ダリヤ、エフィムと共に座って考え込んでいる。
そこへ二人が入って行くと、サイラスに気付いたイラリオンが、慌てて立ち上がって頭を下げた。
「王!何も申し上げずに城を出て申し訳ございませぬ!アンジェラからの文を見て、慌てて飛んで来てしまい申して…。」
サイラスは、手を振った。
「ああ、それは良いわ。主が慌ててアンジェラの文を落として参ったゆえ、事情は分かっておる。して?記憶の玉であったのかそれは。」
ヴァルヴァラが、答えた。
「は。確かに記憶の玉である気配がするのに、ここに居る誰にも読めぬのです。どういうことかと、皆で考えておりました次第。」
サイラスは、首を傾げた。
「ほう?なぜに読めぬのかの。」
ヴァルラムが、進み出てそれに手を翳した。
「…ほう。これは確かに記憶の玉であるが、気力を使い果たしておるな。普通、記憶の玉を取るとその相手の気がここに残るのだ。それが全くない。ゆえに、記憶はこの中にあるが、それを映すための力がないのよ。」
すると、アンジェラがハッとして言った。
「そうか!母上はこれに身代わりの術を掛けていて。父上の代わりにこれが膜を被ったのです。そして、少しして消えて行ったのは、膜を構成するための気を玉から取っていたからで、それが失くなったから膜も消えたということに。」
サイラスは、頷いた。
「そういう事になるかの。ならば、読むには玉に力を戻せば良いのよ。」と、手を翳した。「こんな風にの。」
サイラスの手から、僅かな気が玉へと流れた。
すると玉は一瞬光り輝き、そしてその光が消えた時にはまた、記憶の玉としての光が復活していた。
「…これで読める!」と、エフィムが言った。「アクサナの記憶は、皆が解決策を見出すために必要な事でございまして。」
ヴァルラムが、頷いた。
「ならば、どこを見たい?」と、記憶の玉の上に手をまた翳した。「全部見ておったら時がない。そもそもヴァルヴァラ、主の気は後どれぐらいぞ。」
ヴァルヴァラは、答えた。
「…もう、残り少ない状態でございます。恐らく、昼を終えてこの夜を越えられるかどうか。」
そこに居る皆が顔色を変える。
ヴァルラムは、言った。
「…ならばまずは膜の術に関するの辺りを。アクサナがそれを知っておったかどうか、そこの辺りを見ようぞ。そこの壁を見よ。映すゆえ。」
そんなことができるのか。
そこに居るサイラス以外が驚く様子にヴァルラムは苦笑して、そうしてアクサナが保有していた術の記憶だけを映し出し始めた。
アクサナは、ヴァレーリアと共に仙術の研究をしていた。
それは、幼い頃から一緒で、まずは術の仕組みなどをサーシャから教わり、段々に仙術を操れる知識を蓄えて行った。
ある時、ヴァレーリアは膜の呪文というものをサーシャから教わったとアクサナに告げた。
「…これは主にも言えぬ代物ぞ。」ヴァレーリアは、アクサナに言った。「諸刃の剣。サーシャも言うておったが、これが世に出回ると我らですら危ない。解く呪文はない。サーシャにも、作り出す事は困難なようぞ。祖母様はそれを作り出す事をお命じにならなかったらしく、呪文を作った全ての女神が揃わぬ今、サーシャにもどうしようもないようだ。我はこれを死ぬまで己の中に留めておくつもりよ。」
アクサナは、頷いた。
「は。我も敢えて聞きますまい。では女王よ、魔法陣の開発を進めまするか。」
ヴァレーリアは、頷いた。
「そうしよう。城へ参らねば…我が城さえ確保できたら、王としてあれらに不自由はさせぬ。早う城を取り戻さねばならぬ。」
二人は頷いて、紙を前に何やら書きながら、話を始めた。
壁の映像は、そこで消えた。
「…アクサナの膜に関する記憶はこれだけぞ。ヴァレーリアから言わぬと言われて本当に聞かぬで死んだらしい。つまりは、膜の術を消すための呪文は存在せぬ。」
アンジェラが、言った。
「ならばヴァレーリア様の初めから。母上は、ベンガルの結界へ通うヴァレーリア様について行っていた、唯一の神なのです。それが誰で、なんという名の男であったのか。それを知るのは母上だけでした。」
エフィムは、頷いた。
「ヴァレーリアの乳母であるサーシャの記憶では、実際にどうなっていたのか全く分からずで。その男がベンガルの結界内の人で、人ではありえないほど長生きであったとか、そんなことぐらいなのです。」
サイラスが、眉を寄せた。
「…人ではありえないほど長生きだと?」
ヴァルラムが、眉を寄せた。
「…それはまさか、イリダルの筋ではないだろうの。あやつは龍王を襲い、その妃を我と共に膜で拘束し、維心の怒りをかった。ゆえ、本来一族根絶やしのところを、人に落とされ人里に追放されたのだ。だが、その血筋は人であるのに長生きで、森の中で人里離れて暮らしておる。確かイヴァン…もしやヴァレーリアの相手はイヴァンか?」
サイラスは、険しい顔で首を振った。
「知らぬ。我はベンガルが嫌いだからの。」
エフィムが言った。
「イヴァンとは、ベンガルの結界内に行けば会えるのでしょうか。」
ヴァルラムは、首を振った。
「イヴァンは死んだ。今は子のイシードが継いでおるはずよ。」
アイーシャが声を上げた。
「ならばそのイシードが、ヴァレーリア様の?!」
ヴァルラムは、息をついた。
「知らぬ。我にもいつイヴァンが死んだのか、イシードが何歳なのかまで興味もないし聞いておらぬからな。イヴァン、イシード、その後は?…どうであったか…。イヴァンがヴァレーリアの相手でイシードが息子とか、そんな事もあり得るのかの。」
アンジェラが、急かした。
「母上のご記憶を見れば全て分かるはずです!ちなみに…ヴァレーリア様はお子を確かにお産みになっておりますが、その子が男であったため殺されたとサーシャの記憶で見ておりまする。なので、お子ではないかと。」
男なら殺すと。
言われてみたらアマゾネスは、王座に近い位置に男であったため誕生すると、後に面倒が起こると必ず殺したと記録にあった。
レイティアは他の城の王のディークと婚姻していたので、男が生まれたらそちらに、女ならこちらにという方法を取っていて、それはなかった。
が、代々そうやって女王制を維持して来た過去があった。
それが、ヴァレーリアの代にも受け継がれていたのだ。
ヴァルラムが眉を寄せると、ヴァルヴァラが言った。
「我は、そのような事は許しませぬゆえ。これ以上そのような悪習によって、犠牲になる皇子は出ませぬ。もし我が生き延びたなら、エフィムとの間に生まれた子は全て、等しく大切に育てて行くつもりでありました。」
エフィムが、それを聞いて目に涙を浮かべた。
あと1日生きられるかどうか分からないヴァルヴァラが、そんな事を言うのが切なかった。
ヴァルラムは、頷いた。
「それが当然ぞ。主には生きてもらわねばならぬ。とはいえ、仮に記憶からヴァレーリアの相手の男が見付かったとて、そやつがやったとは限らぬぞ。今の時点で、術者を殺すより他膜を消す方法はない。ゆえ、ヴァレーリアの相手がそうではなかった場合、殺したところでその膜は消えぬ。記憶を見て相手を特定して殺して、違ったではもう、時はない。これに賭けるか。それとも他の方法を探すか。残りの時間を何に使いたいか、ヴァルヴァラ自身が決めるが良い。」
言われて、皆がヴァルヴァラを見る。
ヴァルヴァラは、口を開いた。




