動き
維月は、言った。
「ルシウス。イラリオンはそちらに行った?」
ルシウスは答えた。
《参った。誠にサイラスそっくりで、気の大きさや色まで似ておって、我でも気だけではすぐに区別がつかぬほどにサイラスそのものぞ。》
維月は、頷いた。
「あなたは、ヴァルヴァラとアンジェラがヴァンパイアだと気付いていたの?」
ルシウスは、言った。
《気付いておった。ヴァンパイアが混じっておることはな。あれらは正確にはヴァンパイアではない。混じり合っておって、もしかしたらあやつらの子はヴァンパイアになるやも知れぬが、あれらはそこまでではない。が、霧が避けるには充分な割合でヴァンパイアが混じっておるな。》
隣りで聞いていた、維心が言った。
「ならばあれらは問題ないか?性質の点では我らは大丈夫だとこの間判断したのだがの。」
ルシウスは答えた。
《主らは間違っておらぬと思うし、ヴァルヴァラには問題はないとだけ申しておこう。》
維月は、ルシウスの言い方が気になった。
「それは、ヴァルヴァラ以外に問題が?」
ルシウスは、言った。
《…主にだけなら答える事はできるが、維心には言えぬ。だが、警戒を解くのではないとだけ維心に伝えておこう。義心を帰したようだが、北はまだ落ち着いてはおらぬ。》
維月は、不安になって維心を見る。
維心は、言った。
「…ならばすぐにまた見ておくように命じる。が、まだ何かあるのか。闇関係ではないよの?」
ルシウスは、しばらく考えて、言った。
《…何と申せば良いのか分からぬが、我ら闇は隠れる事ができる。ちなみに十六夜でも、我らに対してあれほど敏感なのに、人の身の内に囲われたらその気の大きさで気取れぬようになろう。我とて同じ。闇同士で完全に同じ眷属を気取る事ができるが、相手が本気で隠れようとしたら、そこそこの闇に成長しておらねば分からぬ事が多い。神の能力でも、いろいろな物があり、それを上手く使うと身の内の闇を綺麗に隠し通す事ができるのだ。なので、あるかも知れぬと思うても、確かにあるのか気取るのが難しい事がある。》
維心は、眉を寄せた。
「…つまりはどこかの誰かが闇を隠しておるように思うが、それが気取れぬので確かではないということか?」
ルシウスは、答えた。
《我から言えるのはここまでぞ。それを聞いて主らがどう判断するのかは知らぬがの。》
維月は、困惑した顔で言った。
「…私もたいがい闇には敏感だけど、何も分からないわ。大会合の折も、宴の席で全員を見たけれど何も気取れなかったし。ということは、王が何かしているわけではないようですけど…。」
維心は、ため息をついた。
「…とにかく、北はまだ警戒しておかねばならぬということぞ。」と、ルシウスに言った。「主も、言えぬでイライラするやも知れぬが、それでも見張っておいてもらいたい。何かあったら十六夜にでも申してくれぬか。あれなら何とかいける所までこちらに話してくれようし。」
ルシウスは、答えた。
《十六夜に話してあやつが主らに話したら、眠るやも知れぬぞ。我にも確かに闇を消す事はできるが、十六夜ほどに強烈な力は他にない。あれが眠るのを容認するのは自殺行為ぞ。闇や霧関係で何かあるのなら、我だけでなく十六夜にも目覚めておいてもらわねばならぬのだ。最悪、我の代わりはいくらでも居る。維月とて我の代わりができる。しかし、十六夜の代わりはどこにも居らぬ。蒼は十六夜ほどに力を使いこなせてはおらぬ。主が申すは危険な行為ぞ。》
確かに十六夜が眠って大騒ぎになった事はあった。
起きていたらすぐに済んだのに、寝ていたばかりに大変なことになったのだ。
「…分かった。」維心は、仕方なく言った。「ならばこちらで何とかする。神の事は神が。その原則に従って我が何とかするわ。」
ルシウスは、頷いたようだった。
《主のことは信頼しておる。ではな。》
ルシウスの意識が、こちらから反れたのが分かる。
維月は、ため息をついて額に手を置く維心を気遣った。
「維心様…私もよく見ておきますから。とりあえず、もしも闇がと言う時のために、義心には私が縫った衣を着せて行かせましょう。」
維心は頷いて、侍女に命じて義心に知らせを送った。
まだ面倒があるのかと、もうヴァルラムに丸投げしてしまいたい心地だったのだった。
その頃、まだ朝が始まったばかりのアマゾネス城では、ヴァルヴァラが起き出して来て、エゴールから今日の予定を聞いていると、アンジェラが入って来て、膝をついた。
「アンジェラ。なんぞ、何かあったか。」
ヴァルヴァラが言うのに、アンジェラは顔を上げた。
「は。お話ししておかねばならぬことがございまして。」
ヴァルヴァラは、息をついた。
「まあ良い、午前中は時が空いたと今エゴールと話しておったところ。」
エゴールが、頷いた。
「は。マトヴェイ様の城から臣下が式次第を話し合いに参ると今朝、突然に連絡が参りまして。城の会合は午後からにと女王よりご命令がありましたところでございます。」
アンジェラは、驚いた顔をした。
「…正月過ぎての日程であるのに、もう内容を?」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「何やらあちらはしっかりと式を滞りなく進めたいのだそうだ。あちらで話しておっても進まぬゆえ、こちらで話し合いたいとのことらしい。我はそういう事にはからきしであるから、全て臣下に丸投げしておるのだ。ゆえにとりあえず、午前中は空いた。その話し合い如何によっては本日は会合は無理やも知れぬと申しておった。」
何やら、外では婚姻とは大きな事になるらしい。
先に関係を済ませてから式を挙げるのとはわけが違い、しっかりとその日を待っての正式な縁なので、特にそうなるらしかった。
エゴールは、ヴァルヴァラに頭を下げた。
「では、御前失礼致します。」
「ご苦労だった。」
ヴァルヴァラが答えると、エゴールはそこを出て行った。
ヴァルヴァラは、ため息をついて言った。
「まさかここまで大事になるとは思いもせずで。マトヴェイ殿がお喜びで、きちんとやろうと仰るのでこのように。こんなことなら、あの日躊躇わずにさっさと済ませておけば良かったと、エフィムと後悔しておるところよ。」
アンジェラは、答えた。
「は…。とはいえ女王のご婚姻であるので、他の城に貶められるような事があってはなりませぬし。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「まあ、任せておるよ。それで、何の用ぞ?我に話とは。」
アンジェラは、頷いた。
「は。あの、我らが父上の事でございます。」
ヴァルヴァラは、途端に真顔になった。
「…主は会うたのか?」
アンジェラは、頷く。
「はい。母の墓の所に来ておったのを、ダリヤが見つけて我に知らせに参ったのです。数日前の事でございます。色合いは、我にそっくりで…ヴァルヴァラ様にも、お話しておかねばと思いました。」
ヴァルヴァラは、横を向いて手を振った。
「ああ、良い。どうせ、あちらにとり我は疎ましい限りであろうし。主が会えたならばそれで良かった。」
アンジェラは、もう話を終わらせようとするヴァルヴァラに、急いで言った。
「ヴァルヴァラ様、それだけではないのです。父は、我にそのルーツが分かったと申して。それを母に知らせに来たと申しておりました。ヴァルヴァラ様にも、話しておいて欲しいと父上から言われ、そうして参ったのです。」
ヴァルヴァラは、アンジェラを見た。
「…ルーツ?父上が、我にも知らせよと?」
アンジェラは、何度も頷いた。
「はい。ヴァルヴァラ様は、大会合の折にヴァンパイアの王にはお会いになりましたか。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「会った。とはいえあちらは我に興味もないようで、遠目に見ただけであるがの。」と、ハッとした。「…まさか、ヴァンパイアか?」
アンジェラは、頷く。
「はい。ヴァルヴァラ様は、その昔ベンガルとヴァンパイアの戦の事はご存知でしょうか。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「知っておる。ヴァンパイアの惨敗で、ヴァンパイアはその折に地下に潜って夜に行動するようになった。ドラゴンと同盟を結ぶまで、ほぼ壊滅的であったと聞いたが。」
アンジェラは、また頷いた。
「はい。父上は、その折に逃げたサイラス様の皇子の末裔であられたのです。王妃も妃もベンガルの術で失い、皇子も皇女もそれと共に行方知れずで、そのままであったようなのですが、この折父上はサイラス様とご面会し、確かにその筋であると言われたそうで。つまりは、我らはヴァンパイアの王族の血を受け継いでおるのでございます。」
ヴァルヴァラは、愕然とした。
つまりは、自分ほアマゾネスの王族と、ヴァンパイアの王族の混血なのだ。
「ならば…ならば父上は。ヴァンパイア城にお帰りになると?」
アンジェラは、答えた。
「我に文をくださって、サイラス様にすぐにでも城へ来るようにと言われ、ヴァンパイア城に行かねばならぬと。サイラス様はこちらにも、そのうちに、面通しに参られるはずだと申されておりました。我らの事を、話さずにはいられぬので。ただ、あちらは夜に起き出すので昼は手空きになるはずなので、時差を見てこちらでは夜に当たる時間に、母の墓で待ち合わせて話そうと。それが、本日の夜でありまして、こうしてお話に参った次第なのです。」
…父上に会うのか。
ヴァルヴァラは、覚悟をしていなかった事に戸惑った。
が、ヴァンパイアにその事実が伝わったのなら、遅かれ早かれ会う事になる。
それが、サイラスとの対面の時であったなら、皆の面前で罵倒される事になるやも知れない。
その時に、平気な顔をしていられるだろうか。
ならば先に会っておいて、怒鳴り散らされた方がまだ良いかもしれない。
ヴァルヴァラは、頷いた。
「…分かった。」ヴァルヴァラは、覚悟を決めて言った。「ならば、夜に。」
アンジェラは、断られたらどうしようと思ったが、ヴァルヴァラが承諾してくれたので、ホッとして頭を下げた。
「は!では今夜お迎えに参ります。」
アンジェラがそこに出て行くのを見つめながら、ヴァルヴァラは険しい顔をしていた。
父…母を憎んで我を疎んじている男。
ヴァルヴァラは、ため息をついたのだった。




