過去のこと
「…何と申した?アマゾネスと?」サイラスは、驚いた顔をした。「では…ではヴァルヴァラは主の子か。」
イラリオンは、下を向いた。
「は。誠に浅はかな事に、あの時はもう、どうでも良かったのでございます。殺そうと思えば、ヴァレーリアを殺す事はできました。が、我は、我を気遣ってくれるアクサナを慕わしく思うておって。それに影響を与える事を危惧して何もできませなんだ。後にアクサナとの間にアンジェラをもうけ、それは本神に先日会って話しましたのであちらも存じておりまする。が、ヴァルヴァラとは…何しろ、我は未だにヴァレーリアを殺さなんだのを後悔しておるほどで。会う気持ちにはなれずにおります。まさか己が王族の血を持っているなど思いもせず…申し訳ござませぬ。」
イワンも、エカテリーナも呆然としている。
サイラスが、息をついた。
「それはもう良い、そも体は育っておってもまだ子供に手を出すそやつらが悪いのだ。しかし…姿など興味もないしよう見ておらなんだが、言われてみたらヴァルヴァラも瞳が赤かったような気がする。あやつは賢しい王で、主は疎んじておるようだが、主の血のお陰で何の遜色もない女王よ。そうか、ならば道理。あやつはアマゾネスとヴァンパイアの混血で、しかも王族同士の血筋であるのであれほど賢しいのよ。問題ない、告示して我の血筋の王として、我がこれからあやつをしっかり見てやろうぞ。さすれば我の血筋と他の王達もおかしな懸念を持たずに済む。あの領地はもう、安泰であるわ。」
サイラスは、己の血筋に絶対的な信頼があるらしい。
イラリオンは、複雑な顔をした。
「は…。」
サイラスは、眉を寄せた。
「なんぞ。何か問題があるか。」
イラリオンは、答えた。
「いえ、王がお決めになられた事であるので。ですがアンジェラが…。我は、アンジェラの方を案じておるのでございます。」
サイラスは、息をついた。
「別に、主の子なのだから王族であるし、皇女として我が城に来ても良いのだ。イワンもぞ。主の妻も共に参りたいならそれでも良し、ここに残りたいならレオニートに我から頼む。が、イラリオンはならぬ。主はそれだけハッキリ出ておるから、戻る選択肢しかない。本日このまま連れ帰る。」
え、とエカテリーナが驚いた顔をした。
「本日でございますか?」
サイラスは、頷いた。
「本日ぞ。こやつは四百だと聞いておるが、この様子だと老いは止まっておるぞ。つまりは王族としての責務があるのだ。呆けて生きられる生まれではない。早う戻って責務をこなさねば、時を無駄にして来たのだからの。イライアスが同じ年頃よ。皇子同士、しっかりやるが良い。己の妃のことなど考えておる暇もなくなるわ。」
イラリオンは、目まぐるしく変わる状況に頭の中は混乱していたが、頭を下げた。
「仰る通りに。」
サイラスは、頷く。
レオニートが、言った。
「ならばサイラス殿、告示はいつになされるか。我も妃がヴァンパイアの皇女であると告示したいのだが、そちらの都合もあろうかとまだ正式に告示しておらぬ。臣下達も、エカテリーナの身分に外聞を考えて正妃にするのを渋っておったが、ヴァンパイアの皇女ならと喜んでおる次第で。早々にエカテリーナを正妃にしたいと考えておるので。」
サイラスは、考える顔になった。
「…そうだの、こうなって来るとヴァルラムにも話しておかねばならぬし、しばし待て。エカテリーナの事はあの折居った奴らは皆で知っておるが、問題はヴァルヴァラぞ。話し合って決める。ゆえ、決まったらこちらにも知らせを送る。」
レオニートは、頷いた。
「は。ではそのように。」
レオニートは、エカテリーナを見て微笑んだ。
エカテリーナは微笑み返して、そうしてその日は、イラリオンを連れて、サイラスはコンドル城を後にしたのだった。
維心が、居間で鵬の持って来た書状を見て、言った。
「…なんとの。」
鵬は、頷いた。
「はい。ヴァンパイアの王族であるのなら、これよりは何の懸念もなくなるかと、我らは安堵しております次第で。」
維心は、頷く。
維月が、横で言った。
「いったい、何の知らせでございますか?ヴァルラム様は何と?」
維心は、そのあちらの文字の書状を維月に手渡しながら、言った。
「サイラスが面通しにコンドル城に参ったのは主も知っておるの。そこでイラリオンを見て…間違いなく、サイラスの血筋であることを確認したそうよ。4代またいでおるのに、サイラスにそっくりだったそうぞ。」
維月は、書状の文字を解読しようとしたが、諦めて維心に返しながら言った。
「それで、懸念とは?それがなくなるとは…それは問題のある神であったのですか。」
維心は、首を振った。
「そうではないのだ。そのイラリオンが、アマゾネスとの間に成したのがヴァルヴァラとアンジェラであるそうで。それぞれ母は違うし、イラリオンは拐われてレイティアの子のヴァレーリアとの間に子を成す事になり、その後アクサナという軍神を愛してそれとの間に子を成した。どうやらその後、ヴァレーリアはイラリオンを殺せと命じたらしいが、それに逆らって密かにイラリオンを守り、レオニートに気取らせて結界内に入れるように謀っておったらしい。つまりは、イラリオンはアンジェラを我が子と大切にしておるが、ヴァルヴァラのことはヴァレーリアのこともあり、疎ましく思うておるようだの。」
維月は、目を見開いた。
つまりは、ヴァルヴァラとアンジェラはヴァンパイアの皇女で、姉妹なのだ。
「…ならば頷けまする。」維月は、言った。「ヴァンパイアの王族の血を引いておったゆえに、霧にもあれほどに耐性が。元々子供にはその性質から霧は憑かぬものでありますが、ルシウスがあちらへ参ってからは、ヴァンパイアの血筋には一切霧が憑かぬように命じておりますので、あの二人が成神しても霧に憑かれずに居られた理由も分かろうもの。元々の強さと、ルシウスの命でなのですわ。」
維心は、頷いた。
「確かにの。いくら心が強くとも、育てばそれなりに暗い気持ちも心の中に持つはずであるし、それにあのように王座を巡って戦う神が、その謀で霧を生み出さないわけがない。それなのに、あやつらは無事。それで繋がったの。」と、鵬を見た。「…サイラスは、これによるとこれからは己があちらの地の面倒を見ると言うておるようよ。これよりのことはないの。」
鵬は、何度も頷いた。
「はい。これまではいつ何があってもおかしくはないと、義心もあちらを警戒しておらねばなりませんでしたが、これならば。サイラス様の御血筋であるのなら、もう心配はないだろうと、臣下も胸を撫で下ろしておりまする。エフィム様とのご婚姻でも、安泰かと思うておりましたが、これで尚更落ち着きますでしょう。」
維心は、息をついた。
「…ならば早う告示をと言いたいが、しかしまだエフィムとの婚姻がなっておらぬ。婚儀は盛大にしたいと、正月明けにとアマゾネスとマトヴェイの臣下が取り決めたらしいし、まだ神有月。それが終わってからの方が良いだろう。あれこれ一気に情報が流れると、神世の妙な噂の的になる可能性もある。」
鵬は、頷いた。
「はい。何しろそうなると、過去の戦でのベンガルとヴァンパイアの確執のこともまた表面化するでありましょうし、そうなって来るとマトヴェイ様とイゴール様の間でおかしな事にもなりかねませぬ。それを避けようと、エフィム様とヴァルヴァラ様の婚姻に反対意見も出ないとは限りませぬし、先に済ませておいた方がよろしいかと。」
そんな面倒もあるのか。
維月は、つくづく婚姻は、城と城との関係に大きく関わって来るのだと驚いた。
好きな相手と、気軽に婚姻できないのだ。
維心は、そんな維月の心も知らずに言った。
「ならばそのように。ヴァルラムには婚姻後に告示してはと伝えよ。理由も合わせての。」
鵬は、頭を下げた。
「は!では御前失礼致します。」
鵬は、出て行った。
維月は、サイラスとイラリオンの対面の様子も、見ておけば良かったと思っていたのだった。




