訪問
「では、本日サイラス様はコンドル城に?」
維月が言うと、維心は頷いた。
「その通りよ。どうやらエカテリーナから先にイワンとイラリオンには知らせておいたらしい。イラリオンも、それを聞いて己のルーツがハッキリしたと、心の病もまるで治ったかのような様子であるとか。きちんと身なりも整えるようになり、髪も結い上げて神らしゅうなっておるのだと聞いておる。」
維月は、頷いた。
「やはり、自分が何者であるのか分からぬことも、心に重荷になってしもうておりましたのでしょうか。これから、普通の神並に生きて行かれたら良いなあと思いますわ。」
維心は、頷いて維月の肩を抱いた。
「それにしても…サイラスは重い過去を持っておることよ。あの折軽くヴァルラムから聞いた程度で、難儀な過去よなとは思うておったが、こうして詳しく出て参るとサイラスからしたら死ぬより辛い日々であったろう。王妃と妃、皇子、皇女が行方知れずになり、己は膜に囚われて、一族は存続の危機に瀕して…王妃が死んで見つかっても、悲しむ暇もなかったろう。ベンガルを嫌になるほど恨んでおったが、それも道理かと今なら分かる。一族を残した事に関して、あの頃強く反対しておったがその気持ちを今少し汲んでやっておれば、これまで起こった仙術の事件もなかったやも知れぬと思うものよ。」
維月は、眉を寄せた。
「まあ。それは、ベンガルはあの折滅ぼしておいたら良かったと?」
維心は、苦笑した。
「そのような顔をするでない。だが、そう考えても仕方ないであろう?碧黎ですら、ゆるりと種族を消して参ろうかなどと言うぐらいにいろいろな事が起こったのだ。そう思うても仕方がなかろうが。今は、イゴールが上手くやっている限りは、残したのだし消そうなどとは思わぬ。」
確かにそうだけど。
維月は、息をついた。
「…これからは、何事もないように願いますわ。とはいえ…イゴール様には深く物思いに沈まれているご様子。しばらくは案じられます。」
維心は、維月を見た。
「まだ何かあるのか?もう諦めねばならぬわ。相手もイゴールを想うておって、引き裂かれたのならいざ知らず、ソフィアは楽しくやっておるのだろう。重いわ。」
維月は、苦笑して維心を見上げた。
「それだけ想いが深くてあられたのでしょう。お責めになってはなりませぬ。」ふと、思い出したように続けた。「…そういえば、エフィム殿がヴァルヴァラ様と婚姻となるのだとか。双方が望んでのことだとかで、おめでたいことでありますわ。」
維心は、そのことか、と頷いた。
「そうだの。ヴァルヴァラが王座に就いてから、エフィムとはずっと文を取り交わして相談し合っておったのだとか。エフィムも、王にはならぬがヴァルヴァラを補佐して行く立場なら、なんとかやって参ろうということらしい。エラストが黄泉で見ていたら、ホッとしておるのではないかの。」
維月は、頷く。
「はい。誠に良い御縁であるかと。まるで政略のような誂えたかのような御縁で、これで四方丸く収まるのではと思うております。いまいち納得できておらなんだ城の王も、エフィム殿が戻られると聞いて落ち着いたようでありますし。」
維心は、頷いた。
「そうだの。これで落ち着いてくれたらと願うわ。我とてそろそろ北のことばかり疲れて参った。島は平穏であるのに、あちらばかり気にしておられぬわ。」
維月は頷いて、月から北の地を眺めた。
サイラスが、コンドルの城へ向かうのが見えていた。
コンドル城の王の居間では、レオニートに呼び出されたイワンとイラリオンが居た。
エカテリーナもレオニートの横に収まって、サイラスの到着を待っている。
これまでまともに口を利いた事のないイラリオンが、きちんと正装して髪も整え、レオニートの前に進み出て挨拶をした時にはレオニートは驚いた。
確かに、どこかの皇子と言われても信じるだろう様なのだ。
口上もしっかりしており、これまでが何だったのかと思うほどだった。
そして、その整えた姿が、あまりにもサイラスにそっくりだったのだ。
「…驚いた。」レオニートは、言った。「主、始めからそのようにしておったら、恐らく我は主とサイラス殿が縁者だとすぐに分かったかと思うぞ。主は会ったことはなかろうが、その姿がサイラス殿そっくりなのだ。恐らく、皇子のイライアスより似ておる。さすればここまで拗れずに済んだのに。」
イラリオンは、驚いた顔をした。
「我はそんなにサイラス様に似ておるのですか?4代も離れておるのに。」
エカテリーナが、何度も頷いた。
「誠にそっくりなのですわ、お兄様。我も驚いておりますの。お越しになられたら、おわかりになりますわ。」
そんなにか。
イラリオンは、また複雑だった。
ならばまだアクサナが生きているうちに、きちんとしておれば機はあったのやも…。
後悔しても先のないことだが、そう考えずにはいられない。
そこへ、侍従が来て告げた。
「王。サイラス様がお越しになりました。」
皆が、一気に緊張して体を固くする。
レオニートは、言った。
「これへ。」
イワンとイラリオンは、急いで立ち上がる。
侍従は頭を下げて、そうして扉は開かれた。
そこには、真っ黒の衣装を身に着けた、サイラスが立っていた。
サイラスは、入って来ていきなり言った。
「…主がイラリオンか。」
イラリオンは、呆然とサイラスを見ていたが、慌てて頭を下げた。
「は…。初めてお目に掛かります、サイラス様。」
サイラスは、息をついた。
「言うまでもあるまい。我の血筋ぞ。」と、イワンを見た。「主も。イラリオンほど強くは出ておらぬが、間違いなく我の筋のヴァンパイアぞ。主らは我の孫の孫。まあややこしいから皇子よ皇子。すまぬな、我が無駄に長生きしておるからややこしゅうて。」
イワンとイラリオンが戸惑っていると、レオニートが言った。
「とりあえず、お座りください、サイラス殿。」
サイラスは、言われるままに椅子に腰掛けた。
全員が、それを見て椅子に腰掛けると、サイラスは言った。
「イラリオンが驚くほどに我に似ておる。恐らくイライアスより似ておる。気の色までそっくり出ておるな。我がアデラとの間にもうけたイラリオンが、ちょうどこのようだったのだ。4代掛けて、また出て来たのだろう。こやつはここには置いておけぬ。我が城に引き取る方が良かろうな。気が大き過ぎるのだ。恐らく抑えておるが、レオニートより大きかろう。城に上がっておらぬはずよ。」
レオニートが、驚いた顔をした。
「それは…イラリオンは、わざと隠しておったのか?」
イラリオンは、サイラスにはバレている、と思ったのか、観念したように言った。
「…は。我は幼い頃からもう、己の気が尋常ではないほど大きいのを知っておりました。なので、己で抑えて生きておりました。なぜなら外ではそれが、逆に狙われる事になるので。目立つのです、はぐれの神の中に居ると。そうすると、なんの為にこんな力を持って生まれたのかも分からず、苦しいだけで。父も祖父もそれほどではなかったのに、育てば育つほどに大きくなって…このままでは、結界内を許してくださるレオニート様にもご迷惑になると、呆けたふりを続けました。また目立つ事にもなるので…それは、避けたかった。」
サイラスは、頷いた。
「主は賢しく生まれておるのだ。だが、結界内で目立てば己のルーツを知るきっかけにもなったやも知れぬのに。なぜに隠し続けたのだ。何か理由があるのではないのか。」
イラリオンは、サイラスを見つめた。
「…はい。誰にも明かさずにいた事でございます。ですが、本日はお話ししようと思うておりました。」
エカテリーナとイワンが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
イラリオンは、話し始めた。




