宴の席では2
維心は、それをじっと結界から聞いていた。
話を聞こうとしても、普通の状態ではこの距離と間で話す他の声に乱されて、よく聴こえないのだ。
炎嘉が、眉を寄せた。
「何を話しておるのかの、ヴァルラムは。聴きたいがあちこちの話し声でよう分からぬわ。」
維心が、答えた。
「ヴァルラムが警告しておったのよ。内をもっと見よと。ヴァルヴァラが知らぬところで、軍神達が面倒を起こしておるのは確かだし、これから安定してあの地を治めてもらうためにも、そこはしっかり見させねばならぬと思うたのだろう。我もそのように。」
志心は、頷いた。
「ヴァルラムは正しい。確かに知らぬでは済まされぬ事がこれから起こる可能性もあるし、ヴァルヴァラ自身が真っ当にやろうと思うておるならそこは正しておかねばな。」
炎嘉は、息をついた。
「とはいえ、難しいやもしれぬぞ。そも、あやつが王座に就いたのはそれらの後押しがあったから。今更に見つけたからと、始末を付ける事ができるのか。良いところなんとか揉み消そうとするのではないか。」
維心は、頷いた。
「我もそのように。幼い頃より仕えて来た軍神達を、あやつに始末することができるのかと思うもの。我らが消した術の、反転術を食らって死んだ女は偶然処理されただけだろう。まだ残っておる軍神達の中に、厄介なものが残っておったらまずいゆえな。我ならさっさと消して、回りに文句を言わせぬように謀るがな。そこまでの思い切りがつくのかどうか。」
焔が、息をついた。
「女王とてまだ小娘なのに、どこまで思い切れるかだの。まあ、後はあやつ次第よ。放って置け。」
放って置いて何かあったら面倒だから言うのに。
皆は思ったが、面倒なので黙っていた。
するとそこへ、ユージーンがやって来て会釈した。
「維心殿。しばらくぶりであるな。」
維心は、顔を上げて会釈を返した。
「ユージーンか。他の神は?」
ユージーンが苦笑しながら西の神たちが座る方を振り返ると、そこにはディオン達が酒を酌み交わして大声で笑い合っている姿があった。
維心が目を丸くしていると、ユージーンは言った。
「何しろ皆で集まって酒を飲むなど滅多にないものであるから。しかもここの酒は飲んだことのないもので旨い。ゆえに急いで飲み過ぎてあのように。我は明日に障りがあってはと、ほどほどにしておるので。」
炎嘉が、苦笑し返した。
「しようのない事よ。ここの酒はそれでなくとも旨いゆえな。まあ座れ。」
ユージーンは、頷いて壇上に上がり、脇に座った。
維心が言った。
「維月と話したようよ。あれは今北の神を案じておってな。その話ではなかいか?」
ユージーンは、頷いた。
「その通りよ。我は維月から聞いて、女王というのに興味もあったし先程話してみたのだ。まだ固い表情ではあったが、まあ卒のない印象ぞ。うちのアナベラに似ておってな。なんとのう、真面目な奴なのだろうなと思うた。」
志心が、言った。
「アナベラとは誰ぞ?」
ユージーンは答えた。
「うちの天使長の一人よ。あれらも性別など関係なく居たが、最近に維月より、種は残さねばならぬのだと言われてお互いに性別の確認をし合ったのだがの、あやつは女であった。ちなみに我は男で。」
これまで性別など気にもしていなかったということか。
焔が、言った。
「それは主らは、その、婚姻の行為のようなものはせずにここまで?」
ユージーンは頷いた。
「それは人のもので我らには関係のないことだと思うておった。そもそもそんな暇もなくてな。忙し過ぎて、あんな事に時を割いておる暇もなかったのよ。最近は、闇が来て霧を簡単になんとかしよるゆえ、時ができた。ゆえ、まあ誰かを愛するというのも落ち着いてできるような環境になった。」
なんと大変な。
炎嘉達は、同情した。
それどころでないほど忙しかったということだからだ。
「…ならば大変だったの。減るばかりであったわけだろう。」
ユージーンは、頷く。
「そうなのだ。ゆえに誰かが死んだと聞かされる度に皆、また割り当てが増えると困っておった。が、こちらの神の多さに増やせるのだと知って、今は希望を持っておる。もっと人のことも見てやれるようになるだろうとの。」
所変われば常識も変わる。
維心達は痛感していた。
「それではこれまでも、誰かを愛したりしなかったわけか。孤独なものよ。」
志心が言うのに、ユージーンは首を振った。
「いや、愛情というものはあるのよ、共に居たいと願うような感情はの。だが、それを育む時がなかった。なので男女がどうの考えている暇もなくて。とはいえ維月が申すには、増やすためには陰陽でなければならぬそうな。これまで性別関係なく相手を慕わしいと思うだけだった天使達は、それには戸惑っておったわ。何しろ己が愛していたのが、陰同士であったり、陽同士であったりしたのを最近知ってしもうた奴らもおったから。それはそれで別に良いが、ただ増やす事にはならぬなあと残念に思うておる奴らもおる。」
性別を気にしたことがなかったのならそうなるだろう。
先入観なくただ相手を見て決めているからだ。
維心は、息をついた。
「まあ、主らはこれから繁栄していかねばならぬから。主自身はどうなのだ?誰か見つかったのか。」
ユージーンは、顔をしかめた。
「我は未だ。というのも同じだとは思うておらずで生きて来てしもうたからな。我は我であやつらとは相容れぬと思うておった。それが、ここへ来て同じだと言われてもの。相手も恐縮しよって話が進まぬのだ。余裕が出たゆえ、これからかの。まあそのうちに。」
自分が男なのだとも、最近自覚したばかりではなあ。
炎嘉が、言った。
「こんな時でなければ聞けぬ話よな。有意義であった。何か手助けしてほしい時には申せ。良い女神が居ったら紹介するぞ?まあ、我とて今は独り身で、主と同じ立場ではあるが。」
焔も、頷いた。
「誠にの。もう島には居らぬと考えて、大陸から探して来た方が良いのやもしれぬぞ。何しろ、島の皇女は皆知っておる。それでも思う相手は全く居らぬ。」
志心が、笑った。
「皇女に限らず探せば居るやもな。まあ、そうなると価値観も違うゆえ更に大変なことになるか。難しいのう。」
焔は、志心を睨んだ。
「己が1抜けしたからと偉そうに。まだ最上位は独身割合が多いからの!勝ったと思うでないわ。」
ユージーンが、顔をしかめた。
「これは勝ち負けの話であるのか?」
維心が、仕方なく言った。
「違う、そんなものはない。本神にとり真実慕わしいと思う相手を探し出すのが重要なのだ。これらの事は気にするでない。」
炎嘉は、焔を少し睨んでから言った。
「それで、そのアナベラという女神は?いや天使か。どっちで良いが、それがヴァルヴァラに似ておると?」
ユージーンは頷く。
「その通りよ。姿もあちらでは珍しい黒髪で、目も薄っすら赤い。ヴァルヴァラの髪は金髪だが、目が似ておるなと思うて。何しろアナベラは、昔我の治める大陸の、北の端に迷うておった子供を、天使達が見付けて来た天使でな。気が大きくて同族だと判断して、拾って連れて戻ったのだ。子供の同族など聞いたこともなかったが、今思うとあやつはどこやらの神の子供だったのやも知れぬ。とはいえ、我らと行動を同じくしておったら老いもしないし、同族なのだと信じておったがな。何しろ主ら、普通の神は老いて死ぬと申したであろう?」
確かにそのはずだ。
が、老いが来ない神も居る。
今、壇上に揃っているのが全員そうだった。
「…それは神によるか。主らは、責務があって増えぬこともあり死ねなかったというのが我らが思う見解ぞ。」維心が言った。「我など、もうかなりの年月生きておるが、こうして老いが止まって生きておる。志心も炎嘉も焔もそうぞ。一概に、皆死ぬとは限らぬのよ。そのアナベラも、主に拾われて責務が変わり、そうして生きているのやも知れぬがな。」
それでも、本当のところは分からない。
世界には、未だ知らぬことが多くあるのだと、維心達は思っていた。




