その夜
そんなこんなで宴の席は、月が高くなり出して流石に明日の事を気にしてお開きとなり、皆控えの間に戻って行った。
ヴァルラムが酔ったサイラスがまだ飲むと騒ぐのをなだめて、苦労しているのを後目に、維心達も本宮へと戻って行った。
何しろサイラスからしたら、これからが昼のようなもので、やっと目が覚めて来たと思ったらみんな寝ると言い出して面白くないのだろう。
ヴァルラムは、言った。
「こら。ついぞそんなに飲まぬのに主は!落ち付かぬか、何を荒れておる。」
それを聞いたサイラスは、回廊の途中で立ち止まって、むっつりとヴァルラムを見上げた。
「…少しな。昔を思い出しての。」
ヴァルラムは、同じように立ち止まった。
「昔?いつの昔ぞ。」
サイラスは、息をついた。
「まあ、遥か昔よ。まだ我らが地上の城に住んでおった時のこと。まあ良い、もう過ぎたことよ。」
…地下に住むようになったのは、ベンガルとの戦があって皆があの膜に囚われてしまった事件の後のことだ。
それまでは、ヴァンパイアは地上の城に住み、回りの神と同じように、夜に眠り、昼に活動していた。
ヴァルラムは、気になって歩き出すサイラスについて歩いて言った。
「どうしたのだ、サイラス。今更にそんな頃のことを。何かあったか。」
サイラスは、首を振った。
「だから良い。もう忘れたわ。戻ろう。」
…いつもの北の神しか居なかった。
ヴァルラムは、宴の席でのことを思い出して思った。
いつもと違うのはヴァルヴァラだけだったが、サイラスは興味もないようで話に行くこともしなかったし、ヴァルヴァラが原因ではないはずだ。
イゴールも、今夜は寡黙でサイラスと何か話している様子はなかった。
気になったが、サイラスが何も言わないので、ヴァルラムは仕方なく、サイラスと共に控えの間に向かった。
サイラスは、もう険しい顔をしていて、酔っている風ではなかった。
維心が居間へと戻って来ると、維月がもう寝る支度をした状態で、振り返った。
「維心様。おかえりなさいませ。先に休んでおこうかと今部屋に戻ろうと思うておりましたところでしたの。」
維心は、急いで維月に歩み寄って言った。
「待たせたの。我も休むゆえ。主も奥の間で休むのだ。部屋へ戻らずでも良い。着替える。」
維月は頷いて、維心の着物を脱がしにかかった。
侍女達が出て来て、新しい襦袢と上に羽織るための袿を捧げ持って待っている。
維月は、もう慣れたように侍女達に見えないように維心を着替えさせ、そうして侍女達は、脱いだ着物を持って下がって行った。
それにしても、維心が一晩中でも宴に出ているような時には、維月は先に休むので自分の部屋に帰るのだが、維心はそれでも戻って来て維月が自分の奥の間に寝ていないのに気付くと、維月の部屋までやって来て、わざわざ維心の寝台よりも、狭い維月の寝台に入って来て寝る。
昔から、何としても維月と共に居たいのは変わらなかった。
「終わりましてございます。」
維月が言うと、維心は頷いた。
「先に湯殿に行っておいて良かったことよ。炎嘉達が志心が来るまで暇だ暇だと申すから、ならば風呂でもと時を潰したのだ。さあ、奥へ。」
維月は苦笑して頷きながら、維心に肩を抱かれて歩いた。
「そのように急がれずとも。本日は奥で待てと仰っておられなかったので、部屋へ戻って休もうと思っていただけですの。」
維心は、頷いた。
「分かっておる。途中でそれに気付いて明日のことがどうのと申して慌てて戻ったのだ。別に我が主の部屋へ参れば済むが、それだと時々主が寝台から落ちるからの。」
維月は、奥の間へ入って寝台に座りながら、驚いた顔をした。
「え、私落ちます?」
維心は、頷く。
「我の寝台と同じと思うのだろうの。遠慮なく寝返りを打つゆえ、よう落ちそうになっておる。我が気取って掴むゆえ、落ちた事はまだ一度しかないが、結構頻繁にな。主は一度眠るとなかなか起きぬし、我も気になって寝ておられぬのだ。」
まじか。
維月は、バツが悪そうに維心を見た。
「申し訳ありませぬわ。維心様は何も仰らないので、存じませんでした。というか、一度落ちてますの?」
維心は、神妙な顔で頷く。
「その時は、主の気配が隣りに無うなったのでどうしたのかと慌てて見たら、床に寝ておってな。慌てて引き上げたのだ。寝台が狭いからかとそれからは気を付けるようにしておるから、問題ない。」
いや問題ありまくりでしょう。
維月は、恥ずかしくなった。
「…落ちても気付かぬなんて。お恥ずかしい限りです。」
維心は、首を振った。
「良いのだ、我が主の寝台に入っておるのが悪いのだからの。ゆえに、我が言わずとも奥で休むのだぞ。主は寝相が良い方ではないゆえ、寝台は広い方が良いから。」
確かに十六夜も、お前は寝てても元気だからとか言う。
それでも、維心と寝ている時は、気を遣っているつもりだったのだ。
「…はい。申し訳ありませぬ。」
維心は、維月を抱き締めた。
「だから良いと申すに。我は慣れておるから。」
よく考えたら維心は維月を抱き締めて寝ている事が多い。
単にくっついていたいだけかと思っていたが、恐らく暴れないようにしていたのが正解だろう。
維月はドスンと落ち込んだが、維心はそのまま維月の隣りに横になって、苦笑した。
「そのように。気にするでない。我が良いと申しておるのだ。それより明日は早いぞ。休もう。」
維月は、頷いて維心に抱きついて目を閉じた。
維心は、そんな維月を抱き締め返してくれる。
維月は、そのまま言った。
「…維心様には誠に感謝しておりまする。こんな私を愛してくださって。もっとおとなしい妃がいくらでも居りますものを。」
維心は、苦笑した。
「我は主しか知らぬし主しか要らぬからの。少々のことは気にならぬよ。」
運命に感謝しなきゃ。
維月は思って、そのまま維心の温かさを感じながら眠りについたのだった。
次の日、夜明け前に目を開いた維心は、隣りの維月を見た。
維月は、スウスウと寝息を立てて穏やかに眠っている。
相変わらず維心にしっかり抱きついていて、どうやら寝相が悪いのを気にして、その場を動かぬようにと思っているらしいと苦笑した。
維心がその額に唇を当てると、維月がそれを気取って目を開いた。
「…維心様?」
いつもは、簡単には起きぬのに。
維心は、維月の目を覗き込んだ。
「維月、目覚めたか。まだ夜明け前ぞ。あと半時は日が昇らぬ。」
維月は、頷いた。
「おはようございます。あの、昨夜は大丈夫でしたか?」
維心は、頷いた。
「おとなしゅうしておったぞ。案じずともこの寝台からは落ちたことがないゆえな。そこまで気にせずで良い。」
維月は、言った。
「十六夜にもお前は寝てても元気だからとか言われておったのです。十六夜相手なので気にしておりませんでしたが、もう龍の宮に帰っておりますのに。いつまでも里の心地ではいけませぬし。」
維心は、また苦笑した。
「だから良いと申すに。我にそこまで気遣わぬで良い。」と、起き上がった。「さて、ゆるりと準備を始めるか。大会合は数時間後だが、そろそろ皆起き出しておるようぞ。島の神達も到着し始めておる。主は会合後の宴の席には参るだろう?ヴァルヴァラを見たいのではないのか。」
維月は、自分も寝台の上に座った。
「はい。姿だけなら霧から何度も見ておりますが、話をしてみたいと思うておりまして。レイティアの孫に当たる神なのでしょう。とはいえ、レイティアより落ち着いた、思慮深さを感じます。何やら覚えがあるような。」
維心は、言った。
「…そういえば、炎嘉もそのように。どこかで覚えがあるような気がするとか申して。が、父親の地位に重きを置かない価値観であるアマゾネスであるから、どこの神が混じっておるのか分からぬしな。いろいろ混じると、誰かと似た気になることもある。はぐれの神を相手にする男も少ないだろうし、父方の事は分からぬと見た方が良いだろう。」
維月は、頷いた。
「はい。アマゾネス達は、男を物ぐらいにしか思うておりませなんだので…恐らく、潜んでおるのが漏れるのを恐れて、役目を終えた父親は、消されたと見た方がよろしいでしょう。何しろ地下には、女ばかりでありましたから。」
維心は、息をついた。
「その価値観が、そのままヴァルヴァラの中になければ良いの。」と、寝台から降りた。「では着替えを始めよう。まずは、茶でも飲むか。」
維月は、頷いた。
「はい。では侍女に申しましょう。」
維月達が起き出したのを気取った侍女達が着物を手に入って来る。
維心と維月は、それぞれの準備に取り掛かったのだった。




