消滅
「…ああ。」維月が、声を上げた。「…駄目だったのね…。」
ソフィアはまだ生きている。
が、あれでは時間の問題だろう。
維月が見ていられなくて月からの視点を切ると、十六夜が言った。
《…みんな、やれる事はやった。紫翠は闇だった時でもまだ幼い命だったし、何より今は神だ。しかも、闇の力を使えるようになったのはたった半年前。細か過ぎて簡単にはできることじゃなかった。》
維月は、頷く。
もとより、紫翠を責めるつもりはなかった。
「…分かってるわ。私でも上手くやれたかわからない。大体、紫翠は上手くやってたのよ。それを…アマゾネス達は、保険を掛けていたのよ。見付かったら、魔法陣もソフィアも探しに来た相手も焼いてしまおうと。そこまで瞬時に気取って抑え込むなんて…ルシウスでなければ無理だったでしょう。」
ルシウスの声が、答えた。
《その通りぞ。我にはできた。何故なら、玉に霧が触れた時にその奥にある術の気配を気取っておったゆえな。紫翠は、気取ったがそれが何なのか判断する前に発動してしもうた。ゆえ、ああなった。もともと、あの女神が生き残る道は細かった。》
維月は、また頷いた。
「分かってる。維心様も明花も紫翠も、やれるだけやってくれたわ。心残りは、ソフィア様が何も知らずに逝かねばならないこと。黄泉の道に行ったら、理由が分からないでしょうね。せめて早く、門にたどり着く事を願っているわ。」
今はまだ、魂魄はあそこにある。
維月は、重い気持ちで宮の中へと入り、考えに沈んだのだった。
ヴァルヴァラは、王の奥の間で眠りについていた。
すると、アンジェラの声が切迫した声で聴こえて来た。
「女王!女王、急ぎお知らせせねばと参りました!どうぞこちらへ!」
ヴァルヴァラは、何事かと寝台から飛び起きた。
そして、慌てて居間へと飛び出した。 「どうした?何かあったか。」
アンジェラは、頷いた。
「は!夜番のアナスターシャが…アナスターシャが突然に悶え苦しみ出したかと思うと、真っ黒に焼け焦げて…!」
「なに?!」
ヴァルヴァラは、急いで出て来る侍女達にローブを着せ掛けられながら、言った。
「賊は?!」
ヴァルヴァラは、急いで現場に向かおうと歩き出す。
アンジェラは、首を振った。
「いえ、誰も。共に見回っておった軍神達が言うには、目の前で突然苦しみ出したかと思うと、叫び声を上げて落下して行ったと。それを追い掛けて見ると、既にアナスターシャは、真っ黒に焼け焦げた状態で地面に転がっていたのだと…!」
「…案内せよ!」
ヴァルヴァラは、命じた。
アンジェラは、浮き上がって回廊の窓から外へ出ると、ヴァルヴァラを促した。
「こちらです。訓練場へ移送しておりまする!」
アンジェラは、先を飛んで行く。
ヴァルヴァラは、その後を追いながら、もしや仙術かと眉を寄せていた。
訓練場に到着すると、そこには夜番の軍神達と、アイーシャが既に居て布を掛けられた何かを見下ろしていた。
ヴァルヴァラがそこへ降りて行くと、皆が一斉に膝をついた。
「女王。アナスターシャが…。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「アンジェラから聞いた。いきなりに悶え苦しみ出して、焼け焦げたと?」
軍神の一人が、頷いた。
「は。共に見回りのお役を果たしておりましたら、突然に宙で。落下して行ったので、急いで後を追いましたが、見つけた時にはこのように。回りには、他に誰か居た痕跡も、誰かの気の残照もございませんでした。」
ヴァルヴァラは、その布を睨んだ。
「…見せよ。」
軍神は、頭を下げてその布をめくった。
そこには、この世のものとは思えないような形相で固まって焼け焦げた、アナスターシャの死体があった。
いや、見た目ではアナスターシャであったとも分からない様子だ。
それがアナスターシャだと分かるのは、その僅かに焼け残った剣の柄の模様だけだった。
アイーシャが、それをまた布で隠した。 「…アナスターシャは仙術の研究などをしておる女で。もしや、それ関係で何かしでかして、こうなったのやもしれませぬ。」
ヴァルヴァラは、言った。
「…自爆であると?」
アイーシャは、頷いた。
「は。何しろ危ない事をやる奴でありましたので。最近ではそのような事もしておらぬと聞いていたのに、我の目を盗んでまだ、何か作り出そうとしておったのやも知れませぬ。どちらにしろ、こんなものを外に知られては…エラスト様が亡くなったのは、恐らく賊によるものでありましょうし。内に危ないものを抱えておる城だと思われては、せっかくに大会合にも出て行かれようという時に、障りになり申す。ここは、密かに葬るのが良いかと。」
ヴァルヴァラは、考えていたが、頷いた。
「…ならば、すぐにアナスターシャを墓地に。知っておるのは主らだけか。」
アイーシャは、頷いた。
「は。誰にも漏らさぬように、これらにも申し渡したところでありました。」
ヴァルヴァラは、言った。
「ならば、此度はこれまで。主らはこの事を他に漏らしてはならぬ。下手な詮索をされる事になろう。今はならぬ…が、アンジェラ。これの部屋を捜索し、誠に自爆であったのか調べて参れ。」
アンジェラは、頭を下げた。
「は!」
軍神達は、アイーシャに命じられてアナスターシャを運び出して行く。
ヴァルヴァラは、険しい顔をしながら、その場を後にしたのだった。
ヴァルヴァラが去るのを見てから、アイーシャが言った。
「…我も共に参る。アナスターシャの件、女王に何かして来る輩がおってはならぬからの。」
アンジェラは、頷いた。
「ならば共に。アナスターシャの宿舎へ向かおう。」
アイーシャは、首を振った。
「いや、あやつが仙術を隠しておるのなら、恐らくあの洞窟ぞ。」アンジェラが、眉を上げると、アイーシャは先に飛んだ。「参れ。洞窟を調べよう。」
アンジェラは、確かにそうかもしれないと、アイーシャについて洞窟へと飛んで行ったのだった。
そこは、相変わらず霧が浮く場所であったが、アンジェラ達が出入りしていた時よりはマシなようだった。
そこへと降りて行き、通路を抜けて今は誰も居ない建物の中へ入ると、アイーシャは灯りをつけた。
乱雑にいろいろな巻物やら紙やらが、あちこちに散乱している。
アンジェラがどこから調べようと辺りを見回していると、アイーシャが言った。
「…アンジェラ。」アンジェラがアイーシャを見ると、アイーシャは続けた。「あれは、恐らく反転術。術が破られたので、本来ならそれを発見させぬために焼き消す術が発動するはずだが、それを盾の呪文で返されたのだ。どこかでアナスターシャの作った術が暴かれた…恐らく、それを見つけた輩が盾の呪文を知っておって跳ね返し、それがアナスターシャを襲ったのだろう。」
アンジェラは、驚いた顔をした。
「…術だと?いったい、何の?」
アイーシャは、答えた。
「主らはまだ生まれておらなんだ。我らは幼い頃前女王に仕え、女王を王座にと様々な方向から手を伸ばしておった。その中に、軍神に育てさせておったソフィアという女が居た。そやつが幼い頃に、体に操る玉を埋め込んだのだ。いつか利用する時のために。龍の宮に魔法陣を設置したのは、ソフィアぞ。あやつがまんまと王妃になり、あの宮に行くと聞いてならば好都合とあれを使ったのだ。主らには、軍神を使ったと言うたが、あれはソフィアだったのだ。」
アンジェラは、愕然とした。
知らない間に、そんな事をしていたのだ。
「あれは…主らが潜ませた間者にさせたと。」
アイーシャは、頷いた。
「主にはそのように申しておったの。実際は、ソフィアの術を知る我らが。あの術を掛けたのは前女王に教わっておったアナスターシャであったゆえ、アナスターシャがソフィアを操り、その目から見て龍の宮で動いておった。ヴァルヴァラ様は知らぬ。知らぬ方が良いと思うておった。もしも発覚した時、あの方に危害が及ばぬように。主にも知らせなんだのは、主がヴァルヴァラ様に最も近く、最も優秀であったからだ。もしもの時には、主とヴァルヴァラ様が残れば良いと我らは考えた。ゆえ…此度のこと、外に漏れてはならぬ。アマゾネスが、ソフィアを操っておったと知られる事になる。」
アンジェラは、何ということだ、と思った。
今、やっと外とも上手くやろうとヴァルヴァラが励んでいる時に、こんな事が発覚するとは。
「…ならば、何としても隠し通さねばならぬ。ヴァルヴァラ様のご努力が無駄になる。ここは、アナスターシャを隠し…目撃した奴らは漏らさぬだろうの?」
アイーシャは、ため息をついた。
「分からぬ。が、脅してはおく。殺しても良いが、ヴァルヴァラ様が咎められるだろう。ここは、我が責任を持つ。主はヴァルヴァラ様のお側で、あの方を守る事に尽力せよ。」
アンジェラは頷いて、顔を上げた。
過去のことなど悔いていても仕方がない。
今は先に進むよりないのだ。
そんな中で、通路から密かに出て行った人影があることを、二人は気取る事ができなかった。




