第百二十四話
「一年後、勇者が十三歳の時に北に悪魔が出た。
ルストレストという北大陸の北東にある小さな国で……あんたたちは知ってるだろうが、勇者の出身国だ。
その時勇者は群島諸国のジャミナスという国に居た。魔物の数が増えていてスタンピードの予兆かという事で呼ばれていたんだ。実際はそこまでじゃなかったんだけどな……まぁジャミナスは強国で金も積める。ルストレストは勇者の出身国ではあるが土地柄豊とは言えない国でジャミナスとは比べるまでもなく、金なんて積めなかった」
倉橋は、勇者は悪魔討伐のために居るのでは?と言いたかったが、事前にフレイミーから金を優先された事を聞いていたので話の腰を折らないよう黙っていた。
「それでも悪魔が出たのはルストレストとその西隣りのファランスの間だったから、ファランスとルストレストの共同で抗議を入れたんだ。教会内部では悪魔が出たという情報がグレイズの所で止まっていたからその抗議に驚いて、事態を把握した他の、まぁ豊穣の女神のところのアルカナムなんだが、枢機卿が直接勇者に知らせて勇者は急いで向かった。
だけど村二つと街一つ滅ぼされた後でね……しかも勇者の生まれたすぐ近くだったって話だ。
グレイズは悪魔が出て村二つ、街一つの被害だったら軽いと言ってアルカナムの批判を一蹴した。確かに悪魔が出て国一つ滅んだ事があるから完全に間違った言葉ではないが、すぐに派遣すればそこまでの被害が出なかったのは子供でもわかる話だろ?」
疑問形で言いながら、答えは求めていないのかすぐに話を続ける。
「これまで従順だった勇者がそこでグレイズに歯向かった。今後悪魔が出た時に速やかに公表しないと一切魔物の討伐も悪魔の討伐もやらないと宣言したんだ。グレイズは黙殺しようとしたんだが、死んでも動かないという態度に他の枢機卿からの批判も重なって折れた。それから悪魔は発生していないが……いや、最近ミルバルスに出たか。あれは新しい勇者がやったという話だから北の勇者とは関係ないな。
とにかく、勇者の反発なんて事まで起きて、教会内部は外聞が悪いって事で本当の事は隠蔽された。勇者はすぐに派遣されたし、悪魔も最短で討伐されたという話を正式な情報として流したんだ」
黙って話を聞いていた立花は、意外とそのグレイズという枢機卿は単純なんだなと感じていた。勇者に宣言された時にすぐに了承していれば裏でどうとでも出来ただろうに、馬鹿正直に正面から黙殺しようとして他の枢機卿による監視の目が付く事になったのだろう。
「世間では北大陸の一部を除いて、悲運ではあるが悲劇にはならなかったと教会の公表した内容を信じている。
北大陸の一部、主に被害を受けるかもしれなかった東側の国はもちろん信じてないがな」
はぁーと息を吐き出して、ぐいっとカップに残っていた酒を飲み干す。
「当時の事を蒸し返す気は今の教会にあるでしょうか?」
「ないな。教会にとっても汚点だ。それに下手したら群島諸国と北との戦争に発展しかねない」
立花の質問に、据わった目で答える男。
「金を積んで勇者を呼んでいたジャミナスに北の国の憎悪が向くと?」
「可能性はある」
「でも、勇者個人が恨まれている状態はいいんですか?」
横から倉橋が聞けば、皮肉気な笑みが返された。
「所詮個人さ。しかも勇者。いざ悪魔がまた現れたら頼らざる得ない相手だ。手出ししようがない」
ぐ。と倉橋は詰まる。
とても嫌な言い方ではあるが、言いたい事は理解出来てしまった。一番今の状態が教会にとっても世間的にとっても納めやすいのだと。
「それに新しい勇者が現れたら北の勇者はお払い箱に出来るしな。
残念ながらその目論見は当てが外れたようだけど」
目の前に置かれた軽食に手を伸ばすのを見ながら、倉橋は立花に念話を送った。
〝なんか教会って、上の人間が変わっても結局変わらないんですね〟
〝長くある組織みたいだからなぁ……〟
「例の新しい勇者は今頃どこにいるんだろうね。北の勇者まで行方がわからなくなって、上の連中はさらに焦ってるよ……さすがに勇者が行方不明ですなんて言えないし、これまで通り魔物討伐にも派遣出来なくて……どうなるのかねぇ……」
「魔物討伐はギルドの人間でも可能では?」
「そりゃね。出来なくはないが、勇者がいるって示す事もある程度必要だったりするのさ」
「教会の権威的に?」
倉橋の突っ込みに、いいやと首を振る。
「人の気持ち的にだ。悪魔が現れてもこの勇者がいるなら大丈夫って思えるだろ? そういうのも大事なんだよ」
「あなたは勇者は教会にいるべきだと思いますか?」
立花が尋ねると、揚げた魚を口に放り込んでいた男は咀嚼してから口を開いた。
「私個人はもう解放してやってもいいんじゃないかと思うよ」
「さっきは教会に居た方がいいみたいな事言ってませんでした?」
ついついトゲのある言い方になる倉橋に、ふーん?という顔をする男。
「あんたたち、北の出身じゃないね。それも北の勇者とかなり親しい間柄だろ」
〝あ。すみません〟
〝問題ないから気にするな。気持ちはわかる〟
自分達の情報を与えるような事を言ってしまい謝罪する倉橋。立花は平気だと流して話を続ける。
「それなりに」
「あ。否定しないんだ?」
「したところで意味はなさそうですから。途中からわかっていたのでしょう?」
「いいや? 確証は無かったさ。でも、そう言うって事はあんたたちは勇者の為に動いてるって事で合ってそうだな」
男は少し思案するように視線を上へと向けると、にやりと初めて笑った。
「それならエクセリスって枢機卿に会うといい。変わり者だが教会内では一番人間味のあるじいさんだ」
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