第225話 幕間 創世の炉心(2/2)
次話よりロイたちのほうに戻ります
ついでに杉花粉は滅ぼされるべきであるし、皆は帯状疱疹に気をつけろ。対処が遅れた死ねる……痛い……かゆい……
かゆ
うま
「……何をした!」
「私ではない。私の指示ではあるが」
近接戦自体はフォンのほうが優勢、鬼気迫る連続攻撃の前ではヂァオも無傷とはいかなかった。致命傷は回避しているが、各所に血がにじんでいる。
もう少し時があれば、あるいはフォンが押し切る事もできたかもしれない。
だが王器の力がうまく使えないとなれば、それも逆転する。動きが止まり、鍔迫り合いとなり、答え合わせが始まる。
「幻妖と共に再現される偽王器は、本物に比べ龍脈への依存度が大きい。ただ存在し続けるにも、龍脈からの力供給を必要とする」
……確かに、この剣は本物ではない複製だ。幻妖であるフォンに紐付いた再現体であり、フォン以外には扱えない。
他にもいくつか本物と違う点がある。邪神殿からは、幻妖とその装備品は地底を流れる龍脈から余り離れられぬ、とは聞いている。高山や大洋の上には長居できない、と。つまりは、龍脈と何らかの形で繋がっているということだ。
「ゆえに、龍脈からの力を絞れば、能力は低下する。元が大喰らいな王器ならばなおのこと」
言われれば確かに道理だ。だが、こやつらはどうやってその術を知った? 幻妖や龍脈のことなど、現世の者はついこの間までろくに知らなかったはずだ。
龍脈の力とは、人ならぬ星が使う仙力と思えばよい、と邪神殿は言っていた。そして仙力に対し魔術で干渉するのは容易ではないという。実際、帝国魔術師団は優れた術師たちの集まりだが、仙力に対し有効な手立てを打てていない。
あの破幻槍なる武器は多少は効果があったようだが、邪神殿には一蹴されていたし、そもそも余程無理をした代物らしく、この戦場では早々に枯渇してしまった。まあその辺はナクシャトラの奴がうまく誘導したせいもあろうが……。
ではどうやってこの北方からの戦士は、龍脈に対抗する術を得た? もしや仙人どもからか? それとも……王器聖霊?
……もはや隠す必要もないと見たか。あるいは仕上げのためには隠せないのか。ヂァオは隠蔽を解き、その一端を見せた。
緑に光る半透明の十数枚の板状の何かが、ヂャオの周辺に浮かんでいた。それには奇怪な紋様が無数に記されており……。
紋様というか、文字? おそらくは古代文字か。
──Quod est inferius est sicut quod est superius, et quod est superius est sicut quod est inferius.
下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如く。
──Et sicut res omnes fuerunt ab uno, meditatione unius, sic omnes res natae ab hac una re, adaptatione.
万理は一なる者の観照より生まれ、万物は始原なる一から適応により産まれり。
──Haec est totius fortitudinis fortitudo fortis, quia vincet omnem rem subtilem, omnemque solidam penetrabit.
その力は極限に至り、万象を操り、極微を見分け、万物を穿つものならん──
それらの板はそれぞれに至高の叡智が刻まれた、禁断の果実の断片だった。
『地王器・叡智記す緑玉板・定常駆動・『万智万慧』』
叡智記す緑玉板、それこそは至賢の地王器。天の神ゆえの全智全能ではあらずとも、地の王が届きうる万の知識、万の智慧を示すもの。
その恩恵受けるもの『達』の振るう力は、ただ一撃ならば神罰にも耐え、ただ一太刀ずつならば、神体にすら届くだろう。
「……書物型王器か!」
書物型王器は直接攻撃力などは低いが、書に記された魔物・幻獣の召喚などを為せるようになったり、あるいはあり得ざる知識や特別な術式を会得できる事で知られている。
フォンが知っているだけでも『死霊秘本』や『千夜一夜』などがかつての東方には存在しており、異形の魔物の召喚や、多彩な秘術の行使を可能にしていた。
「あいにく私は独りで戦う立派な英雄ではない。衆を頼みにする臆病者でな」
うっかり、お前のような臆病者がいるか! と言いかけたが、そこでフォンはようやく気がつく。地面がおかしい。
奇妙かつ精密な魔力を帯びた緑色の線、巨大な魔法陣のような何かが周辺の地面に浮かび上がっている。
魔法陣はどうやら六芒星を描いているようで、六の極付近それぞれに兵がいた。……畿内方面軍の服装であり、一見幻妖兵に見えるが……変装か!
ヂァオの部下は、後ろでフィッダと戦っている者だけではなかったのだ。もっと遠巻きに、大規模な術式発動の準備をしている者たちが控えていた。
「これは……」
「龍脈からの力を弱める結界術式。私の王器は、そうした智慧を与えてくれる代物でな」
ヂァオの王器に攻撃的な技は殆どない。主な能力は、知識と智慧、術式の生成や主の力の強化補助能力だ。
先程までの爆発とて、緑玉板がやっているのは威力の増幅だけ。発動や制御はヂァオ自身の技術である。毒の風も王器がやったのは生成式の作成と術の隠蔽までで、発動させたのはあくまでヂァオ。
結界術式のほうも、実際に発動させているのは隊員たちだ。現時点の王器の役割は、魔術では再現できない霊気面からの魔法陣の保護に過ぎず、結界自体は王器無しでも成立する。
『万智万慧』は状況に合わせて対策や術式を即興で考案・開発し、その知識を共有する王技。それらの知識はいずれ王器が喪われたとしても各人の記憶として残る。
……あるいはそれこそがこの緑玉板の真に恐るべきところかもしれない。
だが、かつて帝国の魔導院や魔術師団はその真価を理解できず、これを『外れ王器』に分類していた。地王器でありながら、下手な天王器よりも頑固なこれの本体は、資格なき者には奇妙な紋様のある古びた粘土板にしか見えなかったからだ。
魔力計測で王器である事は分かっていたが、誰にもその真銘が分からず、使い方も分からなかった。
ゆえに彼らは、七年前に平民上がりのヂァオが七剣星に選ばれた際、彼に与える王器としてこれを推挙した。成り上がりへの嫉妬、北方方面軍と中央とのパワーバランスなどが考慮された結果だ。
既に王器持つ他の七剣星や貴族出身の王器使い達の面子を立てるためにも、有用性が知られた王器を与えるわけにはいかなかった。
なお代々の北方方面軍の玉衡星に与えられていた王器はスヴェルと呼ばれる冷気を操る王器だったが、こちらは先代の玉衡星がラベンドラ王国との戦闘にて使用した際に破損し、現在は畿内にて修復中ということになっている。
……修理が終わったとしても、ヂァオが健在のうちは北方に戻ることはないだろう。
そうしてヂァオの足を引っ張ろうとした彼らにとって予想外だったのは、比類なき武功を挙げてきたヂァオの本質が、戦士でなく求道の徒であったこと、その本質に未知の王器が共鳴し、早々に真の主と認めたことだった。
もっとも、その事は北方方面軍でも一部の者しか知らない。公にはヂャオの持つ王器は未だに真銘不明となっている。
ましてそれがどれほど恐ろしい力を持つか……彼の上司と直属の部下以外に知る者はいない。
そうして、大地の陣から突如緑色の蔓草のような紐状の何かが湧き出し、フォンと、こちらに近づいてきつつあったフィッダを絡め取る。
「あうっ!?」
「くっ」
「安心めされよ。貴殿らこそは確かに英傑の力持つ者だったと、我らもまた語り継ぐ一助となろう」
「……まだだ!」
これでは悔いが残る。
まだ全力を出し切ってはいない。フォンは残る力を振り絞り、術式に抗おうとする。
弱体化したとはいえ、彼らにはまだアスクレーピオスの防御術がかかっている。並の攻撃では特にフィッダのほうは倒しきれまい。これを利用して……。
「いや、終わりだ」
だが、その防御術の弱点も、シズマの知識により看破されていた。即ち、神話の医神アスクレーピオスの死因……神王の雷霆。大規模雷撃が弱点である、と。
そのため弱体化術、拘束術の次に突き刺さるのは、儀式魔術『雷霆招来』ベースの落雷の術式……予定通り発動するよう合図を送ろうとしたところで。
「む?」
そこでヂァオの視界の端に変なものが。なんだあの″ふしぎなおどり″をやっている幻妖兵は……いや、あれは幻妖に化けたシズマか? 何が言いたい?
((……しまっミスった! この場合のハンドサイン、こうじゃねえ、なんだったっけ! えっと……あー間に合わねー!))
フォン相手に集中するため、隊員のうちヂァオだけはシズマの念話の対象外だった。
……そのためにシズマは身振り手振りで上官に伝えようとしたのだが、本人が正しいやり方を忘れていて、間に合わず。
そして数セグ(秒)後、ヂァオの予想外の事態が起こった。
遥か幻妖勢の後方で、空が輝き……天から、無数の煌めく何かが振り注いだのだ。戦場に轟音が響き渡る。
「あれは……そうか、古竜の吐息!」
凄まじい破壊が巻き起こり、その余波により突風が吹き、大地が揺れ、フォン達を絡め取ろうとしていた術式にも綻びが生じた。
その隙を見逃さず、フィッダの持つ杖が勝手に動き、光を放つ。
「アスクレーピオス……!?」
──聖霊アスクレーピオスは、ついにフィッダを真の主として認めることはなかった。
だが同格の王器一基に、いくら偽王器とはいえ二基がかりで無為に敗れるのは、聖霊としては業腹であった。
故にこうする。
最初で最後の、主への語りかけ。
──力ヲ渡シマス。意地ノカケラヲ、ミセナサイ
「あなた……。最後なのね、本当に」
恐らくは相当に気位が高く、ずっとフィッダを認めなかった聖霊が、最後に示したもの。本来『死者蘇生』を奥義とする王器は、その力を別の形で発揮した。
『偽天王器・アスクレーピオス・超過駆動・構成『神命献體』』
アスクレーピオスが杖から宝玉の形に変じ、ひときわ輝き……その光が、赤霄剣に向かって伸びる。
そして直後に宝玉は光を喪い、代わりに赤霄剣が霊力を吹き上げた。
龍脈からの供給が絶たれ、二つの王器を維持できぬなら……一つに纏めてしまえばよい。聖霊や亜神級以上のみの存在がなせる、存在の移譲による大回復……いや、これはもはや回復でなく進化である。
ゆえに偽りの王器は、今この時だけ本物を超える。
「! これならば、いける!」
『偽地王器改・赤霄剣・励起駆動・『降龍破斬』』
拘束を弾きとばし、神なる龍の鱗すら切り裂く、赤霄剣の王技が炸裂。超弩級の赤い光刃が十字に振るわれ、大地を切裂き、巨大な地割れを作りだす。
緑玉板による魔法陣保護もさすがにこの一撃には耐えられなかった。爆風が吹き上がり、発動中の儀式法陣は回路の一部を破壊されて機能停止した。
「修復、急げ!」
ヂァオの優秀な部下たちは最速で術式の修復に取り掛かろうとするが、即座にとはいかない。さらに。
『偽地王器改・赤霄剣・励起駆動・『四面朋歌』』
四面皆朋歌、是朋友人之多也……
どこか郷愁を感じさせる歌のような響き。その歌が聞こえる範囲に居たものは、敵も味方も動きを止めた。
一時的な広範囲魅了の技だ。闘争心、敵愾心、自己保存本能が失われ、敵対的行動もとらなくなる。魔法陣の修復も止まり……。
「総員、天烏薬を噛め!」
ヂァオの命令が響く。天烏薬は方面軍隊員に配られている、強力な気付け薬だ。噛み砕くと苦みと刺激、そして魔法薬の効果で精神操作に対抗する力を得られる。
部下の何人かは命令を実行でき、薬の苦さに目を白黒させながら復帰したが、実行できないままの者もいた。魔法陣修復も進まず。
こうして稼いだ時間で距離をとろうとしたフォンをヂァオが追う。『破烈珠』が次々に投ぜられる。
ドォン!! ドドン!!
『偽地王器改・赤霄剣・励起駆動・『死地背水』』
バンッ ……ヴンッ!
「むっ!?」
炎に包まれたフォンがそのまま何事もないかのように反撃してきた。しかも速い、さっきまでに倍する速度と力。
それに対するためにヂァオの動きが一瞬とまったところで、赤霄剣が風を纏う。さっきまでより遥かに巨大な剣風刃が炎を巻き込みつつ発動、爆風の巨刃となってヂァオを襲った。さらにフォン本人がそれに続く。
ヂァオは一瞬の判断で全力防御に切り替え炎の暴風を逸らしつつフォンの剣を受け流そうとしたが……。
ギィンッ!
ヂァオの剣がこれに耐えられなかった。いくら緑玉板の知識を元に強化していても、元は現代の鋼の剣だ。王技にて全開以上となった王器本体には対抗できない。
「っ……!」
剣身が破断した瞬間、致命傷を避けるためにヂァオは自ら柄を投げ捨てて後ろに飛び退いたが、そこに剣風刃が襲いかかる。これを無効化しきれず、ヂァオは十数シャルク(m)を吹き飛ばされた。
「ぐぅ……」
地面に叩きつけられ、そのまま頭を庇いつつしばし転がり……やがて痛みをこらえつつ立ち上がったものの、その間にフォンはフィッダのところにまでたどり着いてしまう。
フォンのほうもただでは済まなかった。先程の技は、潜在能力以上を無理やり引き出す王技。その反動で筋肉のいくつかは断ち切れ、骨にはヒビもはいっている。体表も爆風で焼けただれていた。
今は技の効果が続いていて動けるし痛みも感じないが、時間切れになればもはや立てまい。
もはやここまで、とフォンは妻を抱き寄せ、呟く。
「……フィッダ……ここで、終わらせようと思います」
「ええ。どこまでも、お供しますわ」
「……ありがとう」
例えこの身が偽りでしかなくとも、幻妖として蘇ったこの身にこの想いがあるのなら、その想いこそは世界に刻まれたもの、真実在ったものに他ならない。
だからこそ、彼等は笑う。
仮にこの先、何度も蘇ることがあろうとも、その自分達もこの想いを持つはずであるから。
「……いざ」
『偽地王器改・赤霄剣・最終駆動・『赤龍蓋天』』
フォンの剣が持つ、唯一にして最大の大規模殲滅奥義。剣身から赤い光が噴き出し、二人を包み込む。光は形を変え真紅の炎になり、そして……飛翔する。
太く、かつ長く伸びた炎は、伝説の龍の如く。赤霄剣も、使い手たちも上昇しながら形を喪い……。
やがて昨日の最強炎術、炮神炎蛇すら上回る巨大な五爪の炎龍として天を舞う。咆哮が天地を揺るがす。
GOAAAAaAAAA!!!!!
──此是君王神聖勅
爾曹尽可従吾亡
莫言後世余生事
即刻赴泉同作灰
是レナルハ勅命デアル
尽ク吾ニ従イ亡ブベシ
現世未練残ス事莫カレ
我ニ同シテ灰トナラン
赤霄剣はかつて皇帝と呼ばれた男の剣、彼が建国した国は五行思想で火徳によってたつ王朝であったという。
ならばその最後の勅命が、炎をもって下されるも道理。皇帝のみに許された五爪の炎龍として、服うもの、服わぬもの皆全て、帝の死出に殉ぜよと命じるものなり──
「おお……」
「これは……」
周辺の者らが、生者も幻妖も、ヂァオの部下たちも、空の龍を魅入られたかのように見上げる。
いや、実際に魅入られているのだ。先程の魅了の技に近い力をこの龍も内包していた。いったん薬で正気にかえっていた者も、これで再び夢現に囚われてしまう。
この炎龍の咆哮を聞いた犠牲者は現実感を失ってぼんやりと立ち尽くし、逃げる事もできず龍体に飲み込まれて、強制的に使い手に殉死させられることになる。
「武具王器の最終駆動か」
ヂァオだけは王器の護りのため魅入られず平静のままだが……もしこの龍が地上に至れば、ヂァオや魅入られている者たちだけでなく、おそらく千を超える兵が一撃にて死に至るだろう。
これにて幻妖英傑を二人討てたとしても、前門の羅刹王、そして後門に古竜たちがある中で、さらに中央がヂァオたちもろともこの龍に焼き尽くされれば、帝国には絶望的な敗北しか残るまい。
そして天を背にする炎龍の、さらに白く燃える双眼が、ヂァオを捉えた。
URAAAAaAAAA!!!!!
──我也會帶你下泉
貴様モ 連レテ行ク──
再度の咆哮と共に、炎龍はヂァオに向かって突撃を開始した。
「……武の王器と古の英傑たち相手では、思うようにはいかぬものだな」
迫りくる敗北を前に、ヂァオは平静だった。
不測の事態ではある。予測では楽に完封できるはずだった。だが、予測とは当たるとは限らない。それはクゼ百卒長のような部下がいたとて仕方ないこと。
だからこそ万一に備えての切り札は、いくつか用意はしている。使わずに済むならそれに越したことはないが、戦とは始める前に八割方終わっているものだ。うてる手は結局準備していたものに限られる。
そしてこの事態となれば……。
「これを使わねばならんな」
……ヂァオは戦など嫌いだ。余人は彼を帝国最強の将と呼ぶが、本来は軍人などより魔術や歴史研究の道に行きたかった。周りの人間がそれを許さなかった。
だからせめて仕事を選り好み、勝算のない戦とみれば何かにつけて理由をつけて回避してきたと自認している。勝てる戦しかやって来なかった。そして勝ってきた結果いつの間にか最強などと持て囃され、七剣星となったが……。
本当は臆病だ。戦いなどできることならしたくない。最強? 英雄? そんな称号、なりたいやつにくれてやる。
……そんな、他人からは嫌みかと思えるような事を本気で思っているのが彼の問題点だ。
仕事を選り好んでいる、と思っているのは本人だけだ。他人からは、ヂァオが拒絶するのはそれこそ物理的に不可能な無理難題だけで、可能な事には全て取り組んできた真面目過ぎる男だと見なされている。
理想が余りにも高く、他人に厳しく、それ以上に自分自身に厳し過ぎるために、己を客観的に見ることができない。そうして彼に心酔する身内以外からは嫉妬され、煙たがられ、警戒されている。
「……是非に及ばず」
それでも自己評価は別として。歴史上の事実として『光炎』ヂァオこそは、『金剛夜叉』ロイの台頭まで、間違いなく大陸東方最強の男であった。
『地王器・叡智記す緑玉板・超過駆動・『賢者ノ石』』
ヂァオの周囲に舞っていた緑の呪法陣が、彼の右掌に収束していく。
フォンの使った最終駆動は基本的には武具系王器、神器の一部だけにある秘技だ。使えばその武具は壊れ、復活には少なくとも十年を要するという。特に王器のそれは使い手の命も必要とする、文字通り最後の絶技。
一方、ヂァオの緑玉板にあるのは通常の王器の全力、超過駆動というモードまでである。これも使い手の生命力や、時には寿命をも要する大技ではある。
「ぐっ……」
急激に王器に吸われる生命力、魔力。苦痛と脱力感に、さすがのヂァオの表情も歪む。念の為と発動できるようにはしていたが、本来は専用の工房内で入念な準備のもと起動すべきものだ。
戦場での略式起動となると、負荷が増えるは仕方ない。これだけで数ヶ月ぶん、もしかすると一年ほどの寿命を持っていかれるかもしれない。
それでも、これは超過駆動に過ぎない。命を犠牲にする最終駆動に釣り合うはずはない。よって普通ならば打ち負けるが必定……。
普通ならば、だ。
この王器は普通ではない。
そうして、ヂァオの掌中に赤い石が出現する。
これこそが、賢者の石。″始原なる一″の断片、その精髄。
物としては先日グリューネに使われた生まれ変わりの霊薬となったものとほぼ同じものだ。
ただし星の神の手によるあちらと違い、王器によるこれはほんの一時しか三次元に存在できない。
代わりに、神ならぬ人の身で生成できる。原霊なる第五元素の息吹により四大元素を操る、大いなる業を為すための結晶だ。
それは、石のように見えるが石でなく、固体でなく、流体でなく、気体でもなく、電離体でもなく、霊や魂でも幽体でもない。しかし主の望むままにそれらの全てを統べる。
「……ゆけ!」
ヂァオは赤い石を、迫りくる天翔る龍を象る破壊の一撃に対し投げつけた。そして石は、主の命に従い天地に変化をもたらす。
──『賢者ノ石』──変換開始──
──Sic mundus creatus est. Completum est quod dixi de ″operatione Solis″.
かくて世界は創造された。我はこの「太陽の仕業」を語り終えたり。
……母なる星にて、錬金術の精髄を記したとされる緑玉板、その最後に記された言葉は、万象の父たる『太陽の仕業』についてだった。
そも錬金術は世界の真理を解き、神の理に至るを目的とする。そのために魂、精神、器の三原質と五大元素の何たるかを追求し、その手段として物質の変換……例えば卑金属から金を造り出す錬成の技を求めたために、錬金術と呼ばれる。
ならば錬金術の極みとは何か。
完全なる金を造ることか。それとも不老不死の霊薬を造ることか。あるいは命の創造に手をかけることか。
それらも答えではあろう。だがより重要なのは、それらを創れる状態に至ることだ。
物質の錬成を魂の精錬に見立て、適応にて分かたれる前の始原なる一を目指す。神の智慧を超え肉の器に縛られぬ超越者に至るための手がかり、それこそが錬金術。
だからこそ錬金術の秘奥を宿すべき王器ならば、『それ』も可能である。赤い石の周辺空間が変成し……。
……グィリ……
「?」
空間が軋み、周辺の気圧が低下する。周辺にいる人間や幻妖らは耳鳴りのような、奇妙な違和感を覚えた。
元より王器・神器は奇跡にて時空の時間並進対称性を破り、通常のエネルギー保存則を無視しえる存在だ。今天にある炎龍がそうであるように。
ただし奇跡には奇跡なりの代償が必要になる。霊力や魂、魔力……奇跡を回すための特別な燃料が。
そして起こしたい現象が大きくなるほど、魂や生命がいくらあっても足りなくなる。ことに霊力で回す奇跡はどうしても規模が小さくなりがちだ。
そのため神域存在や神器は天変地異なる大規模現象を引き起こすために、「存在」を利用する。魂や質量などの「存在」を分解し、霊力やエネルギーとして利用する。それができるものが、上位の神であり神器である。
王器の最終駆動もまた然り、使い手の存在を燃やす事で最後の一撃を作り出す。
そして叡智記す緑玉板こそは……超過駆動でそれが可能な、数少ない王器の一つ。
正しき使い手を得たとき、至賢の王器は一瞬のみ神の領域に手をかけ、最強の王器となる。
赤い石は、己を触媒に周辺の元素を取り込み、分解して奇跡の燃料とする。
気圧の低下は、大気を含む周辺の存在を喰らっているため。もちろん大気だけではない。リェンファの目であれば、周辺の魔力や霊気なども渦を巻いて石に吸われていくのを認識できただろう。
そうして賢者の石が球状になり、鈍く赤く光りながら回転を始める。回転しながら、徐々に小さく圧縮されて、輝度を増す。
……グィリリリ!……
緑玉板は記す。
──下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如く。
……すなわち、形は小さくとも精髄を正しく再現できれば、それは霊的には相似となる。神の道具の模型には、神の与えた力が宿る。
──万理は一なる者の観照より生まれ、万物は始原なる一から適応により産まれり。
……在りて有るものは原初の空虚に言葉によって理を与えた。すると光があり、昼と夜が生まれた。それこそは始原なる一、それは流出し創造を経て形成され活動に至り、生命となった。あるいは始原の太極から両儀を経て四象を廻り八卦から吉凶大業が生じた。
ならば世の有象無象を溶かし、そこから正しく抽出し、精錬し、この流れを逆に回し、大いなる太極へと戻さば……それは欠片なりとも、全てに適応できる始原なる一である。さればあらゆる現象を造り出せる。
──土を火によって分かち、風によって天に昇らせ、水と共に地に降らせよ。されば天地は循環す。而して水を分け、風の中で火に焚べよ。それは新たな土と化し、やがて空に至らん。かくて生命は循環す。
……すなわち、恒星の深奥では水素が超高圧の中で超高熱を得て、鉄まで変換される。やがて星が死す刻、末期の咆哮とともに鉄から金を含むあらゆる物質が錬成される。そして虚空を越え、新たな星となり生命を産む……。
それこそが『太陽の仕業』
神理的には物質と魂を精錬するもの。時に区切りという法を刻むもの。流出せし光を集めて輝き、血肉ある生命を産み出すための神具であり。
物理的にはかつて人が『核融合』、そして重力崩壊……『超新星』と呼んだ現象の担い手である。
──其は万象の父なり。天に輝ける神の炉なり。
──其は己が生を以て万命を育て、己が動きにて光闇を分け、己が死に因って万物を精錬せん。
──此れにあるは其の写しなれば、此れに融かせぬ被造物なく、此れに熔けざる霊魂なし。されば今こそ──
「心置きなく逝くがいい」
──汝、神の慈悲に蕩けよ
──『創世炉心』──
そうして賢者の石の回転が加速して黒化し、圧縮されさらに加速して白化し、圧縮され、ただただ加速しては圧縮され、……。
ギュルルルリリリッ……ギギギ……
白光が真紅に赤化した、瞬間。
「おお……」
カッ!
ほんの一瞬、周辺の者たちは、地上に極小の蒼き太陽の「死」を見た。
そしてそれは空の果ての太陽に戻らんとするかのように、天に駆け上がり……。
BANNNGGGG!!!!!
耳を劈く轟音と熱が一拍遅れて放射を追いかけ、その余波が地上にも突風として振り注ぐ。
そうして地に舞い降りようとした赤龍は、地からの神の炉炎に呑まれた。
(……ふっ……)
もし遠くからそれを見ていたものがいたとすれば、龍がその瞬間、少しだけ笑った事に気がついたかもしれない。
…………………。
蒼天を貫き、遥か星界にまで届いた光条が消え去ったあと……そこに炎龍の姿はなく。
光条の通った跡、成層圏の彼方までうっすらと淡く蒼い、逆円錐の残光が残る中……彗星の尾のように巨大な水蒸気の雲が生じ、もくもくと昇っていくと同時に、無数の火の花が雲からこぼれて、ぼろぼろと落ちてくる。
そうして火花……炎の龍の残滓は、その全てが地上に辿り着くことなく燃え尽きて、風の中に消え去った。
よもや数えですら50になってないのに帯状疱疹に苦しむ事になろうとは……儂の免疫力そこまで堕ちとったん? コロナに2回もかかったせいか? おのれ……。
錬金術説明周りのルビ全開の単語群や、七言絶句による最終奥義発動などの、くっ……鎮まれオレの中の厨二病……! みたいな言い回しの数々を書くだけでひどく疲れたし……痛みと痒みの中では推敲もままならず、書きっぱなし。もうだめぽ。
あと、最近はもうこういう厨二的なアレは全然ウケないんですかね? 帯状疱疹と合わせて自分の老いと衰えを実感します。
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『赤龍蓋天』は第194話にてフォンが出し損ねた一撃。あの時発動できていればどうなったかですが、あの時点では魔力が狂わされていたため全開とはいかず弱体化して、普通にロイに軍配が上がったと思われます。
皇帝を表す龍が五爪二角龍だと定められたのは14世紀以降の事で、この剣の元ネタである古代前漢時代だとそんな決まりまだ無いのですが、気にしてはいけない。あと前漢が火行に象徴される王朝だというのも劉邦在世時でなくもっと後世での当てはめなんですが、これも気にしてはいけない。
今回でやっと七英傑のうち三人が退場となりました……まだ半分も死んでないやん! 仕方ない、これからスピードアップしよう。さあどんどん始末っちゃおうね(by始末っちゃうおじさん。イメージ画像:ニ◯ジャスレイヤーコスのスナドリネコ)。がんばれ未来の儂、後は任せた。
王器: 叡智記す緑玉板 タブラ・スマラグディナ
伝説の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスは、錬金術の12の奥義をエメラルドの板に刻み後世に残した。その碑文の内容……とされる一連のテキストを元ネタとする王器。
幻想物質生成、物質変換、現象制御、物質融合、分離抽出、エネルギー生成、創薬調合、擬似生命創造などの様々な知識や術式を内蔵しており、使いこなせれば恐ろしい力を発揮します。
ただし地王器のくせにとても気難しく、使い手への要求も莫大でかなり頑固です。常人には読めませんし使えません。真の主となったのも歴史上ヂァオが初めてという難物です。
単独では攻撃能力が殆どない代わりに、他の魔術などと組みあわせることで威力を発揮します。一応最後の技のような直接攻撃もありますが、切り札なので連発できません。
……言うまでなく、現実のエメラルドタブレット碑文にある「太陽の仕業」などの言葉が、核融合や重力崩壊であろうはずはないです。地水火風空の適応もすごくこじつけです。
ただ、太陽の扱いについては、錬金術の歴史を考えると聖書神話由来の世界観を考える必要があるかと。錬金術の担い手の殆どはイスラム教徒かキリスト教徒だったわけで。
そしてダンテの「神曲」では錬金術師が、偽造者・詐欺師として地獄に落とされていますが、そうした主流の宗教権威からの白眼視や弾圧から逃れるために、中世の錬金術師達は可能な限り聖書と矛盾のない方向性を追求することになります。その辺の悪戦苦闘も面白いところです。
旧約聖書では太陽は天地創造の4日目に造られたもの。聖書での太陽は、地を照らし、昼と夜という時の区切りを分かりやすくするための存在であり、神が最初に創造した「動く物体」でもあります(天動説的に考えて) そして順番的には太陽は「動く生命の創造」のために必要な道具となります。
聖書の太陽があくまで道具であり、天地や海より後回しの存在であるのは、メタ的には古イスラエル周辺にあった、太陽神を崇める国々を格下げするためかもですね。
ということで錬金術的に太陽は人格なき道具であり、道具ならその一部を人が再現操作できる可能性があってもおかしくない。すなわち錬金術の奥義に太陽再現があるのは論理的帰結というわけです(←なんでやねん)
錬金術の目的については、本文中では世界の真理を解き神の理に至ること、としていますが、ここは世界観によって違うべきところ。あくまで本作中ではそうだ、というだけです。
史実の錬金術でも一概には言えませんしね。初期のヘレニズム時代から、アラビア科学を経てパラケルススに至るまで余りにも広範で変遷しまくってますし。
日本の創作での扱いだけでも本当に色々。冶金術だったり、製薬専門だったり、万能型チート能力だったり、ハズレ職扱いだったり等価交換だったり、ヒロインがハラワタをぶちまけろと絶叫したり……。
とりあえず本作の錬金術奥義『創世炉心』は太陽の終わり方の一つの縮小再現。時間加速と存在圧縮からのマイクロブラックホールの生成・蒸発に伴う指向性持つ極小規模γ線バーストに、「変質・熔解」の霊的概念が上乗せされたビーム技です。
対する炎龍は「眼下の民よ、尽く我に殉死せよ」の概念が付与された炎撃でしたが、変質熔解の概念と相殺して形を保てなくなったところを、物理的衝撃波を受けて分解、吹き飛ばされた、という感じです。
文中では蒼い太陽の死と表現していますが、可視光や熱の部分は副産物で、本体は高エネルギーγ線です。概念だけでなく物理的にもγ線の光核反応と核変換により対象を変質させて破壊し、ついでに熱分解で熔解し、最後に衝撃波で滅する三段構えの王技。なので炎龍に打ち勝てた次第。
え? γ線自体の危険性もさることながら、それによる現象は核反応の一種だから放射性物質が発生する? 色が蒼で逆円錐状なのはチェレンコフ光のせいだろ、そんなもん地表でブッパすんな?
……大丈夫です(棒読み)、これファンタジー存在が発生させた代物ですので、効果範囲以外にはヤバいのはいかないですし、危険な物質は王器が回収します。緑玉板は真面目なので、イルダーナハみたいに言われないとやらない、みたいな無責任ではないはず。
王器: 死霊秘本 キタブ・アル=アジフ
いわゆるクトゥルフ神話のネクロノミコンのこと。地王器としての死霊秘本は、グリューネの渡界咒法断章同様に召喚術系の王器で、各種のクトゥルフ系クリーチャー召喚や呪術を行使できます。
真の力を発揮すれば強さでは王器の中でも最上位級で、その割に魔力や霊力の消費も低いのですが……問題は使えば使うほど使用者のSAN値が削れる点にあります。SAN値は多少は時間経過で回復しますが、削れきってしまうと不可逆に発狂します。NPC化です。
なお使用者はSAN値が減るほど基礎能力が向上します。発狂までいくと洒落にならん強さになり、鉄砲玉に持たせて自爆攻撃を狙うと、ほぼ確実に反逆されます。使用者の記憶を消しても王器のほうが忘れません、地王器扱いで喋らないですが、こいつにはしっかり意思がありますので。
そのため呪われた王器と見なされており、現在は帝城の地下倉庫に封印されています。
王器: 千夜一夜 アルフ・ライラ・ワ・ライラ
シェーラザードの語るアラビアンナイト、千夜一夜物語。地王器としてのこれは、指輪と書物のセット品であり、それぞれ片方だけでもそれなりに機能します。
セットで使いこなせば非常に多くのスキルや加護を任意に取捨選択して行使できるうえ、最終形態では一日3回まで指輪の魔神が任意の望みを叶えてくれる(もちろん王器として可能な範囲、という限度はありますが)ようになる、と言う凄く優秀な王器なのですが……。
それを使うためには精神世界で対象の物語由来のクエストをクリアしなくてはならず、一クエストに一晩かかり、完成の千と一夜を越えるまでに最低約3年かかる(しかも一発クリアの場合であって、普通は各クエストに数回はチャレンジを要す)という、非常に手間がかかる代物です。
フォンの生前は、それなりに実用品として使われていましたが、各秘術には相応の魔力が必要なため、魔力が貴重になった昨今では有用性が低下しています。
現在は帝国内のとある資産家が所持中。実用品ではなく「超リアルな夢世界を楽しめる魔導具」扱いされています。
王器: スヴェル
第138話にてルミナスが再現している王器、北欧神話の「冷やすもの」と呼ばれる盾です。王器としてのスヴェルは腕輪状装備品で、冷気操作と盾状の結界術を得意としています。効果範囲と規模に優れ、特に軍勢での大規模戦で力を発揮します。質的限界は低めなものの、扱いやすい初心者向け王器です。
作中では先代玉衡星が無理をして破損し、自己修復モードに入ってしまい、魔導院に返却されました。……既に修復自体は終わっており、現物は万里長城内に防衛用に持ち込まれています。
『四面朋歌』
……本来は剣の持ち主の逆サイド、つまりは項羽から見た『四面楚歌』なんですが、それを逆にすれば全部朋友ということ。友達なら当たり前〜とばかりに敵愾心や警戒心を奪う術です。そして第188話にあるように、これの弱い版を赤霄剣は常時垂れ流しています。
『死地背水』
……本来背水の陣は剣の持ち主の部下、韓信のエピソードなんですが部下の物は俺の物、なんせ皇帝ですから。一時的に全能力が大幅にブーストされ、恐怖や痛みを忘れた擬似バーサーカー状態になります。
これは反動が激しいほか、相手を倒せなかった場合さらなるペナルティがあるのですが、今回フォンはペナルティが来る前に最終駆動を発動させることで踏み倒しました。
……本来、赤霄剣の本領は戦闘力より多様な対人操作能力にあります。『四面朋歌』『死地背水』とかも、敵や自分に使うより、味方に使うべき技です。味方の雑兵の自己保存本能を麻痺させ肉盾やら身代わりやらにしたり、そこから全員ハイパーバーサーク化させて元の数倍の力を持ち、痛みもなく死も恐れない死兵の軍勢に変貌させる、などの鬼畜な使い方でこそ真価を発揮します(おい)
本来の持ち主、漢の高祖劉邦はアレなエピソードが多く、それを元に造られたこれもアレな能力が多いのですが、真面目なフォンはその辺を生かしきれませんでした。
さて、そろそろロイ達の話に戻らねば……えーと何処まで書いたっけか。作者が忘れかけてるでち。
とりあえず体調がもどって仕事のほうも休んだぶん取り返せたら順次書いていきます……はあぁぁ……。
ラーグリフ達のほうは終わっていませんが、そちらはまたおいおい。幕間ではなく本編内で語る予定です。




