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第224話 幕間 創世の炉心(1/2)


 再び、『紅刃』らと玉衡星の戦いです。本話と次話で幕間は終わり、ロイ達のほうに戻ります。…


 ──『燃素(ゲネラート・)生成フロギストン


 ドォン!! ドドンッ!


「くっ……!」


 連続して発動する凶悪な爆発が、『紅刃』フォンの体表を(あぶ)る。防御術はかけているが、完全には防ぎきれない。


 ……拳大の赤橙色の球体。遅延爆発術式を生成する『破烈珠』


 それを玉衡星ヂァオは左手から次々に生み出し、フォンに対し連打してきた。


 珠が飛んでくるのは正面からだけではない。側面や背後、いつの間にか地面に転がされていたり、上空で炸裂することもある。


 簡易設置罠術である『破烈珠』は威力が低く、足止め程度にしかならないために余り使われない代物ではあるが……自由度は非常に高い。嫌がらせ用として見れば優秀な術である。


 それが威力を伴った場合、これほどに厄介だとは。ほんの一瞬で構築されるにも関わらず儀式魔術なみの爆発力がある。それが縦横無尽に、巧遅拙速を兼ね備えて繰り出されるとなると、防ぎきれない。


 今のところフィッダの防御術のおかげで致命的な負傷は避けられているが、完全には防げていない。そして問題は、癒しの術を受けられていないことだ。


「邪魔、ですっ……!」


 かなり向こうの方からフィッダの苛立ちを帯びた声が聞こえる。


 ヂァオの配下たちがフィッダからのフォンへの支援を妨害しており、特に治療術の発動を邪魔している。そのためフォンは火傷や裂傷が治りきらないままでの戦いを強いられていた。


 フィッダは防御力や自己回復力は高いが、戦闘力自体はさほどではない。複数の騎士から狙われると余裕がなくなる。


 そしてヂァオの配下たちは、ここしばらく戦ってきた畿内の兵たちよりも明らかに強く、戦慣れしている。おそらく北の王国や異民族らとの前線で戦ってきた精鋭なのだろう。


 周辺の他の幻妖はヂァオはおろかこの配下たちにも一蹴されるレベルの者しかおらず、当てにならない。フォンからフィッダを助けに行こうにも、目前のヂァオがそんな隙を許さない。


 間合いを取るための牽制の一閃が見切られる。瞬時にカウンターの刺突が来るのをかろうじて受け流す。


 刺突には少なくとも『帯電』と『貫通』の魔術が載っていた。フォンの剣が王器でなくば、感電してそのまま鎧を貫かれていただろう。飛び退くと『破烈珠』が追いかけてくる……速い!


 そして追いかけて来ない珠もあり、それが攻性防御として機能する。そのため反撃も難しい。


 フォンに匹敵する剣技に、並列して起動する攻防ともに淀みない魔術。生前を含め、これほど器用な魔法戦士とは戦った事がない。噂に聞くオストラントの魔導騎士以上かもしれぬ。


(手強い……!)


 速さだけならレクラークや昨日の少年のほうが速かろう。腕力だけならジーシゥやラハンも同等か。魔術ならナクシャトラとさして変わるまい。だがヂァオはその全てを兼ね備え……さらに誰よりも「巧み」だった。


 どこをどのように狙おうと対処してくるし、攻撃も嫌らしい。こちらの癖を早々に見抜かれた感じがする。


 王器の出力を上げて振り切ろうとすれば、その一瞬の力みを狙われて発動が阻害される。一方相手にはどこにも隙らしい隙がなく、フォンのほうだけにダメージが蓄積していく。


 フォンの王器である赤霄(セキショウ)剣にも多少は回復術はあるし、フォン自身も少しはそうした魔術を使えるが、それらでは足りない。


 そもそも最初の爆発をかなりまともに食らったのが痛い。そのぶんがまだ治りきっていない。特に火傷による痛みや皮膚感覚の鈍化が問題だ。


 本来幻妖であるからには身体感覚の感度を落とし、痛みや負傷を無視して動くこともできるはず。だが、フォンのように技で戦う戦士の場合、感覚の切り捨ては戦闘力低下に直結する。


 また、この剣は鋼の鎧を断つ切れ味にできる。それがヂァオの細い長剣で受けられているのもおかしい。ではヂァオの剣が王器や宝貝の類なのかと言えば、どうも違う。


 ──『燃素(ゲネラート・)生成フロギストン


 ドオンッ!! 


「……!」


 咄嗟に近くの幻妖兵を盾にする。兵の体は爆発に引きちぎれ……白煙と化した。直後にヂァオの『炎波』の魔術が白煙をフォンごと焼き尽くそうとするのを、本当に寸前でかわす。余りにも素早く間髪をいれない追撃。


(冷静、迅速、そしてこの威力)


 霊気なき攻撃には強いはずの幻妖兵たちでさえ、直撃すると一発で戦闘不能に陥っていた。地面付近で爆発する場合、中心には人が埋もれそうなほど深い爆発痕(クレーター)ができる。


 見かけや魔法陣、構築速度を見れば攻撃術として下級に類する『破烈珠』や『炎波』なのは間違いない、だが中身は断じて違う。

 

 再び『破烈珠』が、今度は2個同時に投ぜられた。フォンは無理やり剣風刃を発動、向かってくる珠を一気に両断し、爆発させ……その爆炎を再度燕返ししての二重の剣風にてヂァオのほうに吹き飛ばす。


 ヂァオはその襲い来る爆炎と剣風刃を……再び『切り捨てた』 炎も風も瞬時に消え失せ、髪の毛一つ焦がせない。


(やはり、全く効いていない)


 爆炎だけでなく、赤霄(セキショウ)剣の剣風刃も効いていない。大気を切り裂き、遠距離から飛竜すら断ち切る魔刃が、この男には打撃にならない。


 何からの手段で魔刃と付随する衝撃波を無効化している。本来この魔刃は威力と『破魔』特性を並立した王器ならではの反則技で、魔術防御ごと対象を切断できる……それが効かぬということは、ヂァオのそれは、魔術防御ではない。


 本当はその必要すらないのだろうにわざわざ剣を合わせ『切り捨て』ているのは……演技か。


 おそらくこのヂャオなる男は王器使い、それも真の使い手だと、フォンは見当をつけた。そして少なくともそれは武器系の王器ではない。


 だが強力な術式補助性能がある。……爆発の強化や防御術は、その王器が何かしているのだ。もしかしたら最初の毒の散布もそうかもしれない。


 そも王器とは何か。大空白時代以前の産物ゆえ詳細はフォンにも分からないのだが、ナクシャトラが言うには、太古の偉人の技や道具を上帝(かみ)が再現や強化して地上に下賜(かし)したものであるという。


 奴がよく喋る聖霊もちの天王器使いである以上、それなりに信用できる話のはず。


 そうであれば……例えば妻のアスクレーピオスが、恐らくは優秀で寡黙な治療術師を再現した天王器であるように、ヂァオのそれは、優れた戦闘術師を元にしたものなのかもしれない。


 その魔術師の聖霊が、ヂァオの術を増幅し、この小細工をやっている……と考えるのが妥当か。


「さすがに、真の王器使いは手強い」

「……ふむ、さすがにばれるか」


 ヂァオが淡々とつぶやく。


 確かにヂァオの防御や攻撃は、王器の補助を生かしたものだ。


 ──『元素万壊(コンテラム・オムニア)


 遠距離物理攻撃への防御術だ。攻撃が矢や弾丸でなく、魔力で生み出された炎や衝撃波であろうとも、この力の前にはろくに効かない。

 

 ──衝撃波が衝撃波たるには、空気や水などの物質が必要だ。


 そしてこの世界において、魔力とは古き龍種が創造した魔素(マナ)こと超微細素子(ナノデバイス)という実体を介した『物理現象』である。


 飛翔して敵を切り裂く魔刃とは、それができるように空気に魔素を介して魔導機構からエネルギーを注ぎ込み、一次的に変質させているもの。


 そして王器ゆえの強制力の高さにより飛翔しながら周辺の魔素を吸い取って己の燃料とし、結果的に相手の魔術も破壊する、というのが魔刃の『破魔』特性の正体だ。


 これらの成立には空気と魔素という「物質」が必要。そうであるなら物質の『在り方』を破壊すれば、衝撃波も魔刃も維持しえない。

 

 物質への伝達を阻害されれば、その力は単なるエネルギーであり、外部には空間を揺らす電磁波としてしか影響しない。そして指向性を失った電磁波でできる事はたかか知れている。


 元が本来人体を断裂させる衝撃波のエネルギーであっても、それを物理的に圧縮して伝える媒質が機能しないなら、せいぜい体表が若干熱くなる程度にしかならない。真夏の日差しのほうが手強いくらいだ。


 ……無理筋の屁理屈だ。だがそのような無理を通し道理を捻じ曲げる力がこの世には存在する。


 そうした最低限の屁理屈もフォンには分からない、分からないが、この手の理不尽な技には覚えがあった。


(邪神殿が我らの攻撃を一蹴した際のものに似ている)


 生前の七英傑らの攻撃を、邪神は異能にて無効化して、反撃の一撃で全員を打ちのめした。ヂァオの防御はあれに近い。


 単純な防壁、強化や弱体化ではない。攻撃自体の無効化の類……より根底の概念に介入するもの。魔術による防御とは異なる発想と質の力、王器、神器、あるいは上位仙力によるもの。


 ヂァオのこれが王器によるものとして……。


 ……フォンの赤霄(セキショウ)剣は竜種特効や変形機能、人心幻惑などの様々な特殊能力を持つが、そのせいか単純な攻撃力では武具王器としては低い。


 少なくともフォンが知るだけでも、デュランダルやヘーラクレースなどの名だたる王器──フォンの生前に、仲間の勇者達に使い手がいたので見たことがある──の貫通力や破壊力には及ばないし、雷公鞭のような大規模範囲攻撃も殆どない。


 それで同じ王器による防御を確実に貫く出力を生むには、励起駆動以上……もしかすれば、最終駆動が要るだろう。……後者ならば己の死と引き換えだ。


「良いでしょう」


 もとより惜しむべき命にあらず。このヂァオという男は相手にとって不足ない勇士だ。あとはいかにその一撃を叩き込むか。


 剣風刃では時間稼ぎにならない。間合いを取れば自在な爆風がこちらを焼くだけ。かといって近距離でも先程から何度も王器駆動を阻害されている、難しい。


 ……だが、難しくとも、近距離で一撃いれない事には勝ち目はない。謎の防御も王器本体には干渉できまい、本来の剣身をもって、その間合いで斬る。純粋な攻撃型でなくともそれができるのが武具王器である。


 『紅刃』フォンは剣を構え直す。戦いこそが彼らが蘇った意味ならば、それを貫くまで。


 ナクシャトラがいれば、策を確実に成らすために今一度退けというかもしれない。だが奴の策が成ったとしても死者が、龍脈に捧げる魂が増えるだけのこと。フォン個人としては、現世の者に自分の力を魅せつけ、歴史に残すほうが重要だ。


 ただでさえ、羅刹王のあの有様では、目立たぬかもしれぬ。どうせこの命を燃やすなら、英雄たるべき者との闘いで果てるべきであろう。これを逃せば次があるとは限らない。


 ナクシャトラの方も、大言壮語しておきながら義眼をやられたという落ち度があろう。一度は奴に譲ったのだ、二度は必要あるまい。


「はっ……!」


 そうして笑みすら浮かべながらなけなしの魔力を纏い、フォンはヂァオに向かって突撃を敢行した。



 ……一方、彼の妻である、『白皙小姐』フィッダといえば……。


「鬱陶しい……!」


 ヂァオの配下十人を相手に苦戦していた。彼等は長年の国境争いで鍛えられた北方方面軍出身、その中でも最精鋭の部隊である。周辺にいる畿内の兵らとは格が違った。


 フィッダの王器アスクレーピオスは強力な補助能力、回復力を持つが、攻撃力は低い。そして正の補助である回復や強化は多人数に使えるが、負の補助である弱体化は単体向けのものしかない、という特性があった。


 一人や二人に弱体化をかけても、そこを即座に追撃できねば回復されてしまう。自己強化をかけての物理攻撃も同様だ、フィッダの技量では同時に複数は倒しきれない。刃物系の武装をもっていないのも災いした。杖としてのアスクレーピオスの打撃力は正直低く、形状も武器として振り回すには向いていない。


 フォンの援護をしたいが、天王器といえど自分以外の回復のためには相手の負傷度合いを認識するための時間が必要だ。


 そのために必要なのはほんの数呼吸ぶんではあるが、それが稼げない。敵勢の動きがやけに的確で途切れないのだ。


 こちらがやろうとすることをことごとく読まれている感じがする。単なる経験や予想ではなく、次に出す手、移動先、全てが見破られているような……。


(看破系か予知系の異能、でしょうか?)


 本来、アスクレーピオスの弱体化は簡単に回復できるほど弱くない。それがすぐに解除されているのは、術自体がどんなものなのか一瞬で見破られているか、そもそも予知されているということだろう。


(どうすれば……!)


 誰が見破っているのか、それもよく分からない。ヂァオ以外は服装も装備も同じ、頭部も兜をかぶり、さらに目元以外は面頬(めんぽう)で隠されている。背格好も大差なく、区別がつかない。意図的なものだろう。


 ……そう、フィッダの推測の通り、ヂァオの配下には予測の異能を持つ者がいた。異能だけでなく、異世界の知識まで持つ者が。


 ヂァオの腹心、『不中占卜(せんぼく)』シズマ・クゼ百卒長。彼は己を異世界からの転移者と自認している。


 白皙小姐フィッダの持つ道具……癒しの力を持ち、杖とも宝玉とも伝わるそれが「アスクレーピオス」という名であることは、様々な七英傑の物語にも共通して記されているので、ヂァオ達からしてもほぼ間違いない話であった。


 ただ、その「アスクレーピオス」が王器であったかは、実のところ確定していなかった。紅刃の持つ「赤霄(セキショウ)剣」は王器であると分かっているが、アスクレーピオスについては昔の記録をみても、王器でないと記した文献もあったりした。


 なお昨日の戦闘後、ロイは、あれはやはり天王器で間違いないと上に報告したのだが、その情報は畿内方面軍内のゴタゴタによりヂァオ達には伝えられていなかった。


 しかしそれでも、その名前を聞き、ここまでのフィッダの闘いぶりを知ったシズマには、それが天王器だと断言できた。すなわち、古代の太陽神(アポロン)の子である医神に由来するものだ、と。


 シズマ自身はこの世界の背景について正確な知識をもっていない。しかし多くの要素が彼の故郷である世界と共通している事は理解していた。


 特に王器、神器などと呼ばれる代物の名前は、どう聞いても彼の故郷の神話由来としか思えなかった。そしてその点に関しては事実である。


 シズマとしてはこれは、大昔にも自分と似た境遇の転移者か転生者かがいて、王器や神器とはそいつが作ったもの、もしくはそいつの知識を元にこの世界の神が作ったもの、と推測している。


 当たってはいないが、まあ、すべてが間違いでもない。少なくともアスクレーピオスが母なる星の医神の逸話を元にした王器、というのは正しい認識だ。そして正確な情報があるほど彼の仙力……【星詠(ステラビスタ)】の予測精度は上がる。


 そうしてフィッダの行動はかなりの精度で予測されていたのである。


 シズマ自身は魔力を持たないが、予め魔力を充填された魔導具なら使える。これにより、念話にて同僚たちに指示を出していた。


(ロビン! そっちが次の攻撃対象になってる、何か術で投げてくるから避けろ。アダム、数セグ後にそっちに移動して来るぞ。……次、リーロン! 『白皙』は自身を強化、おまえのほうに突っ込んでくる……。ガウ、隊長の余波がそっちにいく、かわせ!)


 フィッダとしては一人一人に異なる弱体化をしかけ、全体の対処が遅れた者がいれば、そいつが指示者だろうと考えた。さすがに当事者であれば、反応も遅れるだろうと思ったから。


 そうして、たぶんこいつではないか? という者に集中して攻撃しようとしたが……思うようにはいかず。部隊の動きは変わらない。


(……こいつではない? では一体誰が……あのヂァオという男はあの人と戦っているし……)


 彼女の誤算は……己自身の攻撃力の低さもさることながら、何よりも目の前で戦う十人の中に指示役はいなかった、ということだろう。


((……指示役が攻撃役や盾役兼ねるなんてそんなリスキーなことしたくないですもんね! ……いやこの状態もある意味リスキーだけどさあ!))


 よもや近くで、よたよた、あーうーとあたかも屍鬼(ゾンビー)の如くもっさりとした動きで騎士たちに襲いかかっては跳ね飛ばされている擦り切れかけた幻妖兵が……。


 実は変装と『偽景の外套』と呼ばれる変装用の魔導具で、死にかけ幻妖になりすましている北方兵……シズマであるなどとは、スーマー夫妻には思いもよらず。


 結局、いくら悪鬼と化したと卑下しようと、この二人は素直な正統派の英傑で、搦め手には弱かった。同じ七英傑でも少し捻くれた連中、レクラークやナクシャトラ、ラハンらがいれば気がついたかもしれない。


 フィッダとしてはとにかく早くこの包囲を突破し、夫を助けたかったが、簡単にはいかない。


 ……仕方ない。もはや手段を選んではいられない。


 医術の王器であるアスクレーピオスで攻撃技といえば、身体能力超強化による殴打(ステゴロ)が主体になってしまうのだが……そこが通じなくても、まだ最後の手段が残っている。


 それは医の別側面、毒術を利用するものだ。アスクレーピオスとしては薬の枠を超えて毒となったものは嫌いらしいのだが、造れないわけではない。


 先程敵がやってきた毒攻撃は、幻妖の特性ゆえにこちらには効かなかったが、向こうには効くはず。これをやり返す。


 だが、毒攻撃をやるにしてもアスクレーピオスのそれは単体向けになる。作れるのも少量だし、毒ガスや毒霧噴射みたいな範囲技はない。小規模単発攻撃では避けられたり、すぐに回復されるのがオチ……だから仕方ない。



 最後の手段とは、すなわちフィッダ自身が毒女になることだ。



 自身に最大限の身体強化をかけ、アスクレーピオスが作製できる中でも最悪の、「九頭蛇王(ヒュドラ)の呪毒」を生成し、自らの体に塗りたくる。その状態で突進する。


 生きた人間なら塗った瞬間にそこから体が膿み腐り、悶絶しながら死ぬ猛毒らしいが、幻妖だから問題ない。


 本格的に人間を辞めている事を突きつけられるのでやりたくはなかったが、背に腹は代えられない。


「!!」


 ……毒を生成しようとした直前、敵勢が突如後退し、さらに各々が魔術を唱える。土壁や石杭を生やし移動を阻害する術式群だ。


 近接で闘うのが危険だと見抜かれた……やはり予知か。だがもはや関係ない、そうよ聖女と呼ばれた私は何百年も前に死んだ。毒女だろうが悪女だろうが魔女だろうが、なってやろうじゃないの!


 ……ん? 何? 


(……不愉快(イネ・ディサレスト)……脱力感ニオト・ノトロティタ


 アスクレーピオスが何か言いたいようだ。いつもそうであるように、端的な感想のようで文章ではないし、そもそも古代語で意味が分からない。


 だが声と同時に伝わってくる感覚のおかげで何が言いたいかはわかる……気が進まない? しかも何かだるい(・・・)


 いいから、やりなさい。


本気(ソヴァラ)?)


 構わん、やれ。


(……了解(エンダクシ)


『偽天王器・アスクレーピオス・励起駆動・構成『蛇王( ファルマコン)呪毒』(・ヒュドラー )


「よし……だっしゃあ!!!」

 

 杖から産み出された、見るからに毒々しい暗褐色の液体を被ったフィッダは、淑女らしからぬ雄叫びを上げつつ加速、出現した土壁や杭を超強化された拳とアスクレーピオスで粉砕しながら夫のほうめがけて駆け出した。


 

 そしてその夫のほうは。

 ヂァオに近接戦を仕掛けていたが……しばらくして異常に気がついた。


『偽地王器・赤霄(セキショウ)剣・定常……ギ……駆動・構成……ギg……』


「!」


 (…………)


 剣が応えない。


 ……カタ……。


 いや、全く応えないのではない。だが、力が弱々しい。定常駆動を発動させるにも、必要な力が増えている……。


 ……封じられかけている!?


「そろそろ効果が出始める頃合いか」

 

 フォンは動揺を押し殺し、連続攻撃を仕掛けながら、ヂァオに問う。


「……何をした!」



シズマの自己認識について


 シズマは自分は異世界転移してきたと認識していますが、正確にはとある国の魔術実験、異界からの魔物召喚の試行にて、不完全に成功したことで産み出された存在です。


 実験は異世界の魔物を呼ぼうとして、不完全に成功し「生物」ではなく「生物の情報、記録」を取得。


 そしてその対象は……召喚の要件定義にも失敗したため、自動的に「召喚を主導した魔術師に『縁』があり、異世界にある情報」となり、その結果、「その魔術師の先祖で、一番その魔術師に近い器を持つ者の情報」が呼び出されました。


 しかも全部でなく一部で、若い頃までのぶんだけ。そして肉体は召喚の際に情報を元に現地の物質で再構成された再現体、スワンプマンです。


 もちろん魔術師のほうは召喚できたのが自分の先祖だとは知りません。帝国と戦うために多くの代償を払って生贄なども用意し強力な魔物を呼んだはずなのに、ひょろい人間が現れて「こんなはずでは」と混乱します。


 シズマとしては普通に生活していて、仕事中にトイレにいったら突然目の前が真っ暗になり、気がついたら変な魔術師たちに呼び出され捕まった……という感じ。

 

 え、異世界召喚? トラック死とか過労死とかしてないけど? 何か微妙な能力は宿ったけど、勇者とかにしては弱すぎだし、言語とかさっぱりなんだけど? 転生か転移担当の神はどこ? 出てきて説明しろ! とシズマは思っていますが、神からすると「知らんそんなの」案件です。


 なおシズマのオリジナルの「久世静馬」はそのまま普通に何事もなくトイレを終えて仕事に戻り、やがて家庭をもって数十年後に生涯を終えています。


 その後シズマは異世界召喚失敗の産物と判断され、原因解析のため「解剖」されそうになるところを、異能のおかげで脱走に成功、紆余曲折あって帝国の北方方面軍に助けられ、ヂァオの部下になっています。



蛇王の呪毒 ファルマコン・ヒュドラー


 ヒュドラ毒はギリシア神話中でも屈指の呪いのアイテムで、それを解毒できた例は殆どありません。ケイローンもヘラクレスも解毒できずやがて死に至りました。そして彼等と同世代のアスクレーピオス自身には、ヒュドラ毒に関するエピソードはありません。


 ただし、アスクレーピオスの息子ポダレイリオス(あるいはマカロン)には、ヒュドラ毒に苦しむピロクテーテースを治したという逸話があります。


 よってアスクレーピオス本人にもヒュドラ毒を何とかするスキルはあったはず、たぶん。ということで王器ヘーラクレースだけでなく、王器アスクレーピオスにもヒュドラ毒技が付与されています。


 本作中でのその正体は、凶悪な接触毒及び呪詛の複合体で、通常の治療では患部の切除以外に助かる手段はありません。そして切除しても完治はしません、切除して存在しないはずの部位に幻の激痛が走り続けて衰弱、やがて発狂することになります。完治には王器級以上の手段での解呪が必要です。


 ……いくら効かないからってそんなもんを被って夫のほうに近寄っていくのもシュールかもですね。


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