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第223話 幕間 竜殺したらんとする者(2/2)


「この氷、滑らねえな」


 ラーグリフが竜の吐息で凍りついた平原の縁を踏みしめてつぶやく。


「おそらく普通のやり方では溶けたり変質したりしないのでしょうね、だから余り滑らない」

「じゃあこいつ、『璧氷(へきひょう)』の類か」

「そう思います。魔術によるものではなさそうですが」


 自然にはあり得ざる氷。魔術により生み出された、溶けず、砕けず溶けず傷つかない完璧なる氷を、東方では『璧氷』と呼ぶ。優れた硬度や不溶の性質に加え、普通の氷と違って上に乗ってもツルツルと滑ったりしないのが特徴である。


 これは、一般に氷上のものが滑るのは、氷が圧力や温度で僅かに融解したり変質して、表面に薄い潤滑層が形成されるからだ。仮に氷が溶けたり変形もしないなら、滑りやすくもならない。道理である。


 璧氷はそれを実際に示してくれる面白い存在ではあるが、魔術師にとってはお遊びの域を出ない。作るにも維持にも大量の魔力が必要なのに、その消費に見合う実用的な使い道がないからだ。


 硬度や冷却力、保存性を求めるならそれらに特化した別の術のほうがずっと楽であり、わざわざ璧氷でやる理由がない。


 滑らない冷たい石、という特性も、放っておくとそのうち周辺の水分が表面に結露して凍って、そこが滑るようになるので意味がなくなる。少なくとも魔術で造った璧氷はそうだ。


 ……だが、この氷獄竜の吐息による氷は、そうなっていない。


 表面に普通の水や氷は付着していないようで、それでいて十分に冷たい……実に奇妙な状態だ。魔力の痕跡もない。既知の法則や魔術ではない力……仙力によるものだからか。


「……冷気で凍ったのでなく、凍結したという状態への強制遷移と固定。そんな感じですね、これは」


 石化ならぬ凍化。そして金棺ならぬ氷棺ということかもしれない。それが璧氷に似ているのは、あくまで結果的にそうなっただけか。


 これは、おそらく「防御力」でなく「抵抗力」が必要な代物だ。


「そうと分かっていれば一見凍ってても上を走れん事もないな……さて、そろそろ効いてきた、やるか」


 東方方面軍からの増援、総勢約500名を背後に展開させ、ラーグリフとフレドリックの二人だけが前に出る。


「おう、それじゃこれからいっちょ古竜殺しになってくるわ!」


「「おおお!!」」


「いやーホントのマジっすか本気っすかボス!」

「副官もっすか! すげ~」

「……不本意だがな」

「倒したら古竜ステーキ食えるんでっか?」

「幻妖じゃ肉なんて残らねぇよ」

「いや、うまくやりゃ残るんっすよね?」

「もし上手いこと凝核とやらごと壊せて体残ったら儂らが片付けますんで!」 「がんばってくだせえ!」

「骨は拾いまっせ!」

「どっちの骨だよ」

「もちろん食えるほうで!」


「……暢気(のんき)なことだ」


 東方方面軍の規律は緩い。軍人ではあるが、お硬い畿内の連中からすれば、破落戸(ゴロツキ)と大差ないであろう。


 一見無邪気に上官らを応援しているが、これから彼らも大変なはずだ。敵は竜だけではない、最後尾付近には未だ手強い魔物系の幻妖がたむろしている。


 ラーグリフらが動けば、そいつらが部隊の存在にも気が付き、襲いかかってくる可能性が高い。そこは伝えたはずなのに、全く……。

 

「いやいや、うちの連中はこうじゃなきゃならん……さて、始めるか」


 ラーグリフが大弓を構える。常人では引くこともできない数人張りの強弓だが、彼になら使いこなせる。


 四竜らは動かない。まるで寝ているかと思うほど。だが幻妖は眠らない、単に彼らは今動くべきでないと考えているだけ。


 それが誤りであると、こちらが示さねばならない。


「はあああ……」


 深呼吸しながら気力を編み上げ、王器の力を呼び起こす。


『天王器・后神の栄光(ヘーラクレース)・定常駆動・構成『英勇(トクソン・)射手(ヘーローオス)』』


 大弓がしなり、陽炎を纏い……。


 ヴォウン!! ドゴアアッッ……!!


 弓自体は王器でなく、剛弓とはいえ現代の職人によるものだ。にも関わらず、その一矢は昨日の竜舌弓の一撃を明らかに上回る威と衝撃波を背負い、重力に抗って一直線に金の竜へと飛翔する。


『…………』


 四竜が、ラーグリフらのほうに首を動かし、飛翔する矢を眼に捉えた。そして狙われた金巌竜だけが、翼を動かし……。


『……FuUuu……』


 ──【剛体(リジッドボディ)


 バチィッ!!


 翼をもって襲い来る矢を払う。その瞬間、翼の金色の皮膜が、いかなる金属よりも硬く硬化し、衝撃波を纏う一矢を受けきった。


 そして四竜たちはお互いの顔を見合わせ……軽く頷いた金巌竜だけが、体を起こし、のっそりと、ラーグリフたちのほうに歩み始める。


「本当に一体ずつなんですね」

「最上位の魔物たる矜持ってやつだろうな……よいしょっ!」


 ラーグリフが弓を捨て、巨大な鋼鉄の鎚矛(メイス)を担いだ。


 古竜の鱗は人造の矢や刃物を通さない。王器級の剣ならできそうだが、今そんなものは用意できない。ならば選ぶべきは何か。


 ラーグリフにとっては簡単だ。なに? 鱗が壊れない? だが肉は鱗より柔いののだろう、なら鱗ごと骨まで潰せばよい。極めて明快である。


 ……そうか? 


 ・

 ・

 ・


「おるぁっ!」


 ギィン!


 跳躍し叩きつけられたラーグリフの殴打を、黄金の竜は鱗から変じた輝ける『盾』で受け止める。盾はそのままラーグリフごと落下し、竜本体を守る。


『……Bczttun isep's apse wot, roretv immid ev "adevacuma wisifi"……』


 爪と尾を振るいながら、同時に竜の喉から奇怪な軋みのような詠唱が漏れる。竜語魔術……人類の魔術とはレイヤーの異なる太古の魔術形式。


『……Gvira Wisifi!!……』


 空中に出現した数多の魔法陣から放たれるのは、青色、緑色、黄色、赤色、あるいは紫煙、あるいは白煙。そして無色の様々な霧と気体。そのどれをとっても、人間にとっては致命的な猛毒だ。


 互いに打ち消さないように選ばれた、複数種の猛毒を生成し周辺の生命を皆殺しにする範囲魔術『呪滅彩雲』


 発動当初は綺麗な虹色に輝く霧は、やがて混ざりあって最後は黒暗色の(もや)となり、生ある者を冥府の黒闇へ誘う。


 毒系術式としては、万物を腐り溶かす病毒の雨を降らせる伝説の禁呪、『神朽霖』に次ぐとされる極悪な術だが……。


「ふん!」

「はっ!」


 異形多色の霧の中、二人の動きは止まらない。毒を無視して行動できている。


 ヘーラクレースの防御は毒には効かない。既知の防毒、解毒の術も『呪滅彩雲』の宿す多種の毒全てには対応できない。どれかにはひっかかり、人間などすぐに死に至る。


 そこで対策となるのが、フレドリックの持つシャノンの秘薬の数々だ。むろん、解毒薬ではいかに良薬であろうと対処しきれないのは変わらない。


 ならばそれ以前に対処すればよい。単なる防毒でない、より根源的な対処を施す。


 例えば『生息丸』……しばらくの間は呼吸せずともよくなる。例えば『止血丸』……出血が速やかに止まり、傷口に入り込む毒も防げる。『潤膚丸』……これを飲むとしばらくの間肌や粘膜からの成分吸収を受け付けない。皮膚呼吸も止まる……などなど。


 つまりは、生きたままに屍鬼や幻妖に近い状態を作り出す処方と言える。どれも少しでも分量を誤ると本当に死にかねない劇薬の類で、毒を(もっ)て毒を防ぐ術であり、これをシャノン家では『仮屍秘法』と呼び秘儀としている。


 この処方に使われる個々の魔法薬は秘密ではなく、シャノン家以外でも作れるが、効能と信頼性において王器(イェンディ)素材(シェンノン)による薬に勝るものはない。何よりそれぞれを組み合わせて使う場合の配合と相殺、相乗の度合いこそが門外不出の極意だ。


『……Gurrr……?……Hum……』


 竜の喉から、疑問の唸りが漏れる。



 ……先程から、『呪滅彩雲』以外にも毒をばら撒き、時に炎の術で範囲内の酸素を奪っているにも関わらず、効いていないことに気が付き……思考する。


 金巌竜にとっては、毒散布術は自分には無害かつ広範囲に攻防合わせて使える便利技であった。『彼』自身も含め、種族として生前も多用していた。卑怯? 卑劣? そんなもの、対応できぬ奴が悪いのだ。


 だが実のところ……(ヒト)どもを相手にする場合、普通の毒術はあまり相性が良くない。


 実はこいつらは、竜人や人狼などのこの世界本来の種よりも素の毒耐性が高いのだ。どうも元の世界にいた頃からかなりの雑食だったらしい。


 おまけに様々な知恵があって毒対策もしてくる。気密された防護服なども持っていたし、かつては生物でない機械の下僕も多数従えていた。


 そのためこやつらを相手にする場合、真竜たちはそれらを逆手に取るアレンジを加えていた。


 対機械の場合は電脳を解析し、制御を乗っ取る系統や、銃撃の反射術が多用されたが、毒も使われた。その場合は毒の強化だけでなく、防御内側への浸透性が重視された。


 よく使われたのが召喚術を応用した転移置換法で、術式範囲内ならば相手の物理装甲や防毒面具(マスク)套装(スーツ)の内側にも毒を侵入させる事ができるというもの。機械類も同じだ。内部に腐食性毒を叩き込めば、電子回路や燃焼機関などガラクタと化す。


 猿どもは必死に気密構造を強化し物理的にガチガチの毒対策をやろうとしていたが、そんなものは魔術には無意味だ。そこに魔術で内部に毒を放り込んでやると、なまじ気密されているがゆえに、毒から逃げる事もできない。


 そのため逆に、一手間だけで毒が面白いほど効いた。以前(ヒト)の軍勢を、半生機人(サイボーグ)機械鳥(ドローン)部隊ごと壊滅させたこともある。


 このアレンジ版は少々魔力消費が多いが、魔術的、もしくは霊的防御手段無しには防ぎえない。以前の猿どもによく効いたのは、奴らが魔術を使えなかったためだが……。


 今のこやつらには効いていない。となるとそれなりの魔術の使い手か? あるいは王器の防御か何かか?


 ……面白い。この二匹の(ヒト)どもは、猿にしてはかなりやるようだ。知恵が回り、力も在る。なかなかに活きも良い……。



 これは美味そうだ(・・・・・)



 幻妖と化したこの身に、食事は必須ではない。だが、それが旨いものであれば話は別だ。強靭な魂、芳醇な魔力、どちらも実に好ましい。


 ……うむ。美味いものは喰われるために在る。それが自分から目の前にやってきたなら、こちらも喰わねば無作法というもの。旨即食、それだけが竜と鬼と(ヒト)が共有した真の正義であったはず……。


 ──幻妖として再現された存在の核になる『彼』は、金巌竜としてはやや異端であった。もとより真竜たるものが幻妖となる条件を満たすのは普通ではありえず、真竜を幻妖として呼び出すならば、一般的でない事情持ちの「訳あり」個体になりやすい。


 ──再現の結果、個としては生前よりも曖昧にはなっていて、平均的な金巌竜に近づいてはいるが……核となる個体の影響は大きい。例えばそいつが特に「食い意地」が張った者であった場合などは、そちらに引き摺られる。


 彼は引き続き思考する。


 ……最初にきた連中は氷獄の奴が凍り付かせてしまった。あの氷の上からでは【鍍金(ふりかけ)】も効きにくいし、我はあのようなシャリシャリガリガリよりもっと歯応えがほしい。


 氷獄の奴のはまだマシか。我の力に近い。表面的な三次元状態が氷やら金やらであるかは、本質ではない。重要なのは「中身」のほう。


 奴の「冥氷の(コキュートシズ)吐息(・ブレス)」がそうであるように、我の「金棺の吐息」もただ単に相手を固めるのではなく、魂ごと封じ込める効果がある。むしろそちらが本命といってよい。


 屍への魂の封印(・・・・・・・)外部干渉の遮断(・・・・・・・)、超長期保存……これらの副次効果については、我の金のほうが、奴の氷よりも優れている。


 後で食べる時も新鮮な魂や魔力ごと味わえる。鬼種連中や(ヒト)は魂はどうでもよく、肉があればよいようだが、竜にとっては肉だけでは味気ない。やはり魂と霊力もなくては。


 これが劫炎や雷吠の奴の吐息や、我のもう一つの(・・・・・)吐息だと、器が滅茶苦茶になるため魂魄の放散が速い。即座に吸収しないと消えてしまう。劫炎など骨すらろくに残らん、全部溶けるか灰燼だ。アレは少々せわしなく味気ない。


 金巌竜たる我らが金属を好むのも、金属自体よりそれに宿りやすい自然の霊力のほうが目当てである。特に龍脈に近い鉱脈から産する金属は格別だ。生前であれば、そういう鉱石を竜人どもが掘り出して精錬して濃縮して捧げてくれたものだが……。


 まあよい。とにかく生物であるなら、生きたままか、金棺にして魂ごと食うに限る。幻妖である今は魂を喰らっても吸収はできず、最終的には龍脈に捧げる事になるが、味わって嚥下(えんか)するところまでは問題ない。


 じゅるり。


 ……さて、いかに味付けしてやろうか。


 ・

 ・

 ・


 金の竜が爪牙を振るうたびに巨体が煌めく。

 

 金巌竜は速くはない。真竜の中では潰地竜の次に遅い種で、体躯相応の動きと言える。幻霞竜のような隠密性や瞬発力もない。


 それでもどこであろうと当たれば人間など破裂する威力がある以上、迂闊には近寄れない。さらには、竜自身の鱗だけでなく周辺の草木まで硬化して刃や針となす防御術がある。


 そして動き回る二人の戦士相手に、竜は様々な魔術を行使する。


 魔術『炎柱』『石燕跳翔』『消空破』『火葬』……


 先程までのような大規模範囲術でなく、短時間で発動できる小技の組み合わせ。


 各所に炎の柱が現れる。石の燕が柱に追い込むように戦士らを追尾する。気体が破壊され真空となり、それにより生じた吸引の風と轟音が動きと感覚を狂わせる。炎の柱が時折爆発する。

 

「やるっ!」


 魔術『紫電球』『閃光』『石槍』……


 戦場を縦横に動く球電、視界を奪う閃光、そこに放たれる石の槍。


 そしてこれらの攻撃を遥か上空から見れば、攻撃への対処と回避により、戦士たちがどんどんと特定の場所に誘い込まれているのがわかっただろう。


「速い、ですね!」


 魔術『剣山』『沈黙』『山颪陣』……


 人間には成し得ない竜ならではの同時多重詠唱による複数魔術同時発動。


 周辺一帯の大地を針山地獄に変える。音を止め魔術発動を阻害する。そこに急激な下降噴流(ダウンバースト)を引き起こし叩きつけ、大地に(はりつけ)となす。


 卓上遊戯における「詰め筋」のように、あるいは森の狩人が罠を獲物の通り道に仕掛け誘うように、相手の選択を奪う戦術。知恵ある怪物の本領だ。


 ……そして二人が竜の正面側に回り込んだときに、放たれる大規模魔術。

 

 戦術級対軍術『霰弾散雨』


 石槍でなく小粒の石弾の雨。装甲の貫通や殺害よりも、軍勢の突進阻止や致傷に重点を置いた術だ。例えるならライフルでなく散弾銃の射撃を、魔術で広範囲、大規模にしたもの。


 鎧や魔術防御を持つ相手を殺すには至らないが、周辺の面全体で制圧するこれをかわすことはほぼ不可能。防御術を展開するしかなく……一瞬足は止まる。


 そうして足止めしたところに放たれるのが……『金棺の吐息(フリギアン・ブレス)



 ゴオゥオオオオッ!!!



 主に半裸の猿のほうを狙いつつ、もう一体の鎧姿猿も巻き込む位置にむかって金色に輝く吐息を放つ。


 同時に石弾の雨が黄金に変じ威力を倍化、さらに金化呪詛の伝搬役を担う。金弾が少しでも皮膚を貫けば、体内から一瞬で金化して終わりだ。己の能力を知悉(ちしつ)する竜の秘技、死の連携技(コンビネーション)


「はぁっ……!」


 鎧姿のほうは今まで見せていない凄まじい速さで飛び退いた。何か奥の手があったか。……ほう、金化したのは鎧までか。肉体のほうへの侵食は逃げ切りおった。思ったよりやりおる。


 一方、半裸のほうは吐息をかわしきれず、黄金の像と化している。こやつだけでも先に食っておくか。


「…………」


 鎧姿のほうは火力が低かったし、少し後回しにしても問題はなかろう。とりあえず一口……。



『天王器・后神の栄光(ヘーラクレース)・定常駆動・構成『喰馬(ファトネス・トゥ)応報』(・ディオミディ )



 ……そして気がつく。

 吐息を吐いたあとの口が、閉じにくい。



 ? なんだ? やたら顎が硬いな?



『??……!』


 ──母なる星の神話における、とある英雄(ヘーラクレース)十二の(ホイ・ドーデカ・)功業(アートロイ)の一つ、暴君の人食い馬退治。


 とある暴君(ディオメデース)軍神(アレス)から人肉を好む猛馬を四頭授かり、その馬たちの餌として無辜(むこ)の旅人を捕らえて与えていた。


 ある時英雄(ヘーラークレス)が王の治める地を訪れる。英雄は怪馬たちを王から奪い、追ってきた王を殺して、その屍を怪馬たちに与えた。そして一説にはその後怪馬たちもまた、神々の山(オリュンポス)にて野獣に食い殺されたという……。


 因果の応報なるを示す神話を元に造られたこの王技は、己の行いを反射する呪詛を作り出す。それは王器ゆえの代償無き強力な呪詛であり、神器級の力なくば抵抗不可能。


 すなわち、ラーグリフらを黄金の餌に変えんとした吐息の力は……竜自身に跳ね返り、その口腔を金属化させた。


『……!……』


 力の一部を反射された事に気がついた竜は霊力を励起させ、呪詛の解除を試みる。元は己のチカラだ、どうすればいいのかは分かっている……が、どうしても一瞬で解除とはいかず。


 その間に、黄金のラーグリフが、消える。

 


『天王器・后神の栄光(ヘーラクレース)・定常駆動・構成『聖鹿(ケルニティス)神脚(・エラフォス)』』



 これもまた十二の(ホイ・ドーデカ・)功業(アートロイ)の一つ、女神の聖鹿の捕獲。


 女神(アルテミス)の飼う鹿は矢よりも速く走り、あらゆる追跡を振り切った。その捕獲には英雄をもってしても一年を要したという。


 その神話よりもたらされた王技は、主に神速の動きと認識を外す隠行の力を与える。


『……Ugu!?……』


 虎穴に入らずんば虎児を得ず、竜鱗の堅固なるならば、竜鱗無き処を狙うまで。


 すなわちそれは竜が己の欲に溺れたときに開く場所、竜自身の肺腑(はいふ)に通じる穴蔵(あなぐら)である。


 そして一瞬にしてラーグリフの巨体は、回復し閉じ始めた竜の口内に潜り込む。


 金色のラーグリフの表面がひび割れ、金属化が本当に「薄皮一枚」でしかなかったことを示す。王器の霊力で編まれた仮初の衣を身代わりにしたのだ。相手の力を知り霊力を操る天王器ならではの対処。


 そして黄金の薄皮を内側から吹き飛ばしながら、得物の巨大な鎚矛を──外から手筈通りフレドリックが魔術で投げ込んできてくれたので──掴む。


「よいせっ!」


 天王器ヘーラクレースはその凄まじい力の代償として、下手な神器を超える大量の魔力や霊力を要求する。常人ではその負担に耐えられない。例え甲級魔導師であろうと、この王器を使いこなそうとすればすぐに力尽きる。


 そのためこれの真の主たりえた者は、歴史上でも殆どいない……だが。


 ラーグリフの魔力指数……本人は公表していないが、その値はゆうに四桁に達する。


 これはジュゲア大導師を、その息子を、七剣星ヂァオも、さらには幻聖として蘇ったナクシャトラすらも圧倒する。すなわち彼こそが、大陸東方地域最大の魔力保持者である。


 その莫大な魔力を元手に、ヘーラクレースはまさに英雄の力を彼に与える。振りかぶった鎚矛が白銀に輝く──。


「さあ、腹いっぱい……」


『天王器・后神の栄光(ヘーラクレース)・励起駆動・構成『砕山ヘーラクレウ裂海ス・セーライ』』


「喰らい、やがれ!!」




 ドゴアアッッ!!!




 山を砕き海を繋げ海峡(ジブラルタル)を作ったとされる英雄の神業。


 古竜種最硬なるはずものの喉奥にその一撃がぶち込まれ、黄金の巨体は紫色の血を噴き出しながら大地に叩きつけられた。




「やったか! ……!?」




「はあ、はあ……馬鹿かフレッド! ダウンしたら即追撃しろっつーただろ! 見極めてる場合じゃねえ、が……無理か、あれは」


 ブゥン!!


 倒れた竜の回りに、土煙が噴き上がる。


「……え、あ……あ!?」


 ついで地響きがあり……地に伏したはずの巨体の姿が消えた。


 白煙になったわけではない。

 代わりに竜巻のような風柱が巻き起こる。存在の急激な喪失に伴う真空に周囲の空気が雪崩れこんだために。


 では、その存在はどこに消えたか。


「どうやって…!」


 上に。太陽を遮り、影を投げかけ、視界を覆う……黄金の巨翼。


 竜の固有魔術は『吐息』である……人族はそう見なしている。だが正確には『吐息も』固有魔術である、が正しい。飛翔能力もその一つだ。彼らは風でなく魔素を操り空を舞う。


 真竜の飛行には、鳥のような羽ばたきも、予備動作も必要ない。亜音速で瞬時に望む位置に移動し、物理を越えて停止できる。魔力こそかなり消費するが、単純な爪や尾の動きよりも速いほどだ。


 翼にそのための固有魔術式が内蔵されており、魔力が続く限り、翼が破損しない限り彼らは天空の覇者たりえる。


 そうして巨大な黄金の竜の姿は、一瞬にして上空にあった。


 無傷……ではない。それどころか明らかに重傷だ。まず左右の目が虚ろな眼窩を晒し、そこから大量の紫色の体液が涙となって溢れている。おそらく眼球が内側から爆圧で吹き飛んだのだ。


 それ以外にも首や胴の各所に裂傷らしきものがあり、それらからも少なからぬ量の体液が漏れて、地上に落下してくる。一部の鱗もそれに続く。


 そんな有り様でも竜はまだ動く。残された額の三つめの瞳が爛々と輝く。

 

『……Oooon……』


 古竜……真竜にとって、この程度は、まだ終わりではない。通常の生命なら死する重傷であっても、心折れぬ限りは『駆動できる』


 駆動できるとは、戦えるということ。意思があり戦える限り、真なる竜に敗北はない。諦めもない。


 真竜こそは、神域なる竜王や精霊王らを除けば、この世界で最強の存在だ。そして彼ら真竜は、現生竜……亜竜(レッサードレイク)と違って、『魔物』ではない。


 真竜は過去の龍神が造った『生体兵器』である。『世界』の敵を討ち、『民』たる竜人に崇められ、時に彼らを教導し、誅伐するもの。すなわち真竜こそ、龍の統べる世界における本来の天の尖兵……『天使』なのだ。


 古代の(ヒト)はその様を見て、真竜は竜人が切り札として使役する魔獣である、と見なしていたが……あれはただ民の祈りに応えただけの事。使役などという無粋な関係ではない。


 そして金巌竜は、物理において最強の真竜種だ。同じ真竜でも、幻霞竜のような速度重視の種とは桁違いの防御力と耐久力がある。


 物理にて臓腑から破壊された程度で息絶えていては、金巌竜ではない。まして今の彼は星霊だ。物理打撃に対しては生前以上に硬い。


 そして……。


『……見事ナリ……』


「念話の魔術! やはり喋れるのか!」


 魔術による念話術は、仙術のそれと異なり相手の言語を理解していなくては使えない。言葉を解するとの言い伝えは、真であった。


 ──この人間たちを猿だの餌だのとみなすは失礼であった。


 ──これ以上の無様は晒せぬ。


『……汝ラヲ……星霊ノ……儀二ノゾム……戦士ト、認ム……』

 

「ちっ……どうやら、本気にさせちまったみたいだな」

 

『汝ラ、星霊ナル……我ラヲ……倒サントスレバ……魂燃ヤス闘イヲ、捧ゲヨ……』


 ──我、星霊掃体として龍脈の与うる使命をここで果たさん。


『捧ゲヨ……コレゾ星霊ノ宴ナラン……!』


 その念と共に、いつのまにか、空に。

 無数の「槍」が在った。


 零落した末裔、亜竜(できそこない)である刃鎧竜の『刃風の吐息』、数十の鋼刃を打ち出す技。あんなものは劣化版ですらない。


「はは……さすがに、簡単に殺れる相手じゃねえ!」


 ──我は金源(こんげん)(いわお)なり。


 ──我は万鉱を産む者なり。


 仙人たちの「令咒術」、護法騎士たちの〈神呪〉、それらと同根の霊気術による潜在能力解放。

 

 ──我は万鉄を(ちゅう)するものなり。


 ──我は万鋼を(きた)えるものなり。


 ──我は万金を()るものなり。


 ──されば我は──


 真金まがね白金(しろがね)黄金(こがね)刃金(はがね)(あまね)く金を統べるもの。


 無限の刃を束ね。鋭く。硬く。ただ重く。


 ……質量とは真空より溢れた余剰エネルギーが現出するにあたりそのような形に固まったものである。ゆえに物質の種類に関わらず質量こそがエネルギーと等価なのだ。


 物質を金属に変え、剛体を仮定し、形状を変更せしめる金巌竜の異能は、本来は指定したエネルギーの偏りを特定の場に発生させるものだ。真竜の高度な知性は、己の力を物理と組み合わせ、無数の演算を世界に押し付け、異能の大規模発現を実現する。


 それが『竜の吐息』と呼ばれる現象の本来の姿。知性も異能も喪った亜竜どもが、形ばかり再現したものでは、決して本質に届かない。



 数千の黒鉄の槍が白銀に、あるいは黄金に変じ、陽光を煌めかせて地を照らす。もはや【鍍金】などという余戯の貼り付けは無用。

 

 白銀と黄金は、どちらも高い熱伝導率や導電性を備え、熱を()く反射する金属である。また、どちらも魔力の伝達性に優れる。


 そしてどちらも硬度や剛性という面では今ひとつであり、武器や鏡として使うには制約が多い。


 だが仮にそれらが【剛体】と化し、無双の耐久性を得られたならば……その白銀は、黄金は、あらゆる熱線を反射し、あるいは伝えつつ、万物を貫く穂先となる。


 無数の金銀の刃の群れが、無限の乱反射する熱線と共に解き放たれるとすれば、それを躱す手段がどこにあるか。



 天空より輝ける黄昏なる灼熱、すなわちそれは太陽の如きもの。煮え滾る金銀槍を嵐の如く空から解き放つ、金巌竜のもう一つの吐息、『烙陽の(シャイニングサ)吐息(ン・ブレス)


 

 地に這うものたちよ。刮目し、天の試練をその全身に浴びよ。


「ここからが本番ってか!」



 ……ZGAGAGADAZAAAAAAA!!!



 そして黄金の豪雨が大地を打ち据えた。



雷吠竜『金巌の奴がかなりやられておるようだが』

劫炎竜『フフフ……奴の耐久力は我ら四竜の中でも下から四番目……』

氷獄竜『奴が猿相手に瀕死なら、我らなど耐えられぬ。真竜の面汚しになる所であった』


三竜『……奴が最初で良かったのう……』



禁呪『神朽霖』


 ……前作の第25話で出てきますが、イメージ的に一番近いのはバスタ◯ドの腐灰閃潰燼解瘡ですね、それを超大規模にしたようなもの。



砕山裂海 ヘーラクレウス・セーライ


 …… 英雄ヘーラクレースが王に西海の果ての島エリュテイアに住む紅牛を連れて帰れと命じられて向かったところ、地中海の西端まできたところで、目前に巨大なアトラス山が立ちはだかりました。


 邪魔だったのでヘーラクレースは鎚矛で山を殴りつけて砕きました(おい) 砕けた山は海に沈み、地中海はその向こうの西海……大西洋と繋がってしまいます。これがジブラルタル海峡であり、今なお海峡を挟む岬や山を「ヘラクレスの(セーライ)」と呼ぶのです……英雄パネエ。


 この逸話を元に構成された王技『砕山裂海』は、力こそパワーな法則空間を作り出し、通常の防御術を無効化、運動量こそ正義の状態を作り出します。そして主が投入した魔力や霊力に応じて自らの運動量を増幅します。




 電戯の世紀・第十章 人類悪果てしなく

 絶え間ない柱の破壊、樹の伐採、素材の回収、消えゆく異聞の民の激励があった……


 ……みたいな悲喜劇がどこかの時空で起こっていそうな年の瀬、皆様如何お過ごしでしょうか。こちらはかなり頭、空洞構造体な疑いがありつつ生きている感じです。おお拙者は中身無き伽藍洞、ならば拙者は人を象る檻自体なり……。


 今年も本物語をお読みいただきありがとうございました。毎回言っていますが、ゆっくりとでも完結は目指したいところ。がんばれ儂。


 それでは皆様良いお年を。


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