37 並べた肩
大人の背丈の半分ぐらいの高さの城壁の上にローランド卿を座らせた。幅が広いので、落ちる心配は無い。壁によりかからせる。海から吹きあげる潮風に、ローランド卿がゆっくりと目を開けた。潤む瞳に光が映りこむ。
「綺麗……私が、守りたかった……」
シアーズは黙って聞いていた。ローランド卿が何度かせき込み、血を吐いた。口元に赤いしみが点々とつく。
夕日が空を白金色に染めている。水平線の方は少し紅い。海の光があたる所は白く、それ以外は黒っぽく見える。ローランド卿の顔が夕日と同じ色に染まっていた。泣いている。少し、目が虚ろになってきた。シアーズの後ろに、いつの間にかローランド卿の部下や、他の将校が大勢集まっていた。
「お前達……すまなかった、今まで私に、ついてきてくれて。感謝、している。私がいなくても、大丈夫、だな」
彼らに向かって力なく笑いかけた。とても優しい笑顔。幼かった頃のシアーズに向けられたものと同じだった。父を失った自分をひたすら慰める兄のような存在。大丈夫、俺が守るからと何度も聞いた。だが、本当に慰めてほしかったのは一体どちらだろう。
何人かはこらえきれず、下を向いて嗚咽を漏らした。風が、微かに潮の香りを含む。人々の濡れた頬を、乾かしなだめるかのように触れていった。まるで、その微笑みのように。
「勇敢な戦士は、死んだあと……永遠に戦える楽園に、行ける。私は……そこで、また……諸君に、会いたい……。私の、言えた義理じゃないが、誓ってくれ……最期まで、陛下のために、戦い……立派に死ぬ、と……。自ら、死のうなど、考えるな……。お前達皆、誰かの……愛しい存在……」
「じゃあ、お前はいいのかよ」
ローランド卿の言葉を遮るようにしてシアーズが言う。
皆が彼の方を見た。ローランド卿は目だけ動かしてシアーズを見た。ぽかんとしている。ローランド卿はふと、士官学校時代に、生死の境を彷徨った時のことを思った。濁流の中、消え去る意識と共に見えた奴の顔。記憶が今も傷跡のように残っている。あの頃はまだ違った。こんなはずじゃなかった。いつか、二人で帝国を命を懸けて守るんだと誓い合った。祖国繁栄の名も無き礎になろう、と。描いていたのは、敵同士ではなかった。
幼い時から何度も命を救われてきた奴に、殺されるなんて。でも、俺はそれを望んでいた。一体、いつから狂ってしまったんだろう。錆びついた歯車は、すっかり噛み合わなくなってしまった。
腹立たしい。本当にどこまでも勝手な奴だ。ぶちまけなければ、気が済まない。
「お前はどうなんだよ。さっきからずっと一人で勝手に言いたいことだけ言いやがって!こんなこと言わせるために、あの時お前に『人間の心』を取り戻したわけじゃない。俺だってなあ、お前なんか大っ嫌いだよ!でも、親父が死んでから、お前は俺のこと育ててくれた。親か兄弟みたいに。お前は誰かの存在じゃないのかっつってんだ」
ローランド卿はぼうっとシアーズの顔を見て、涙を流した。瞬間、彼の脳裏に、明るい茶髪に緑の快活そうな瞳をした娘の顔が思い浮かんだ。
「義父上……どうか、お許しを……」
息が苦しそうに、口をぱくぱくさせた。眉間にしわがよっている。
一体彼の義父に、何の許しを乞おうというのか。何の罪を犯したというのか。
「……アート……俺の――。」
再びせき込んで吐血した。息をする度に、喉がひゅうひゅうと鳴っていた。
しかし、ローランド卿は心の底から湧き上がる喜びを感じていた。俺はもう子どもの頃とは違う。いくら体を流れる血の半分が人間のものではないといっても、俺はちゃんとした人間。それが痛みになって感じられる。体の痛みと、何より心が。空っぽではない。純粋に、嬉しかった。




