36 氷の花道
剣をモノに突き立てた音がした。剣を握る手に、確かすぎる手ごたえがあった。ローランド卿が呻き声とともに、剣を手放した。カラン、という音がした。その音だけが、別世界から聞こえてきたかのようだ。なんて場違いで、乾いた音だろう。
ローランド卿はシアーズの体にもたれかかるように崩れ落ちた。シアーズの剣に腹を貫かれている。シアーズの手に温かな血が滴った。この体温が、生きている証だ。シアーズは剣を抜こうかどうしようか一瞬迷った。だが、かたい表情のまま抜いた。痛みを感じるのか、声にならない呻きが耳元で聞こえた。勢いをつけてきたうえに、上から倒れてきたので、シアーズがローランド卿を抱きとめているはずなのに、二人以外には、ローランド卿がシアーズを抱きしめているように見えた。
呆気ない。これが、終わりの始まり。自分の手でピリオドを打つ――この代償は大きすぎる。
ローランド卿はシアーズの肩に頭を乗せ、目を閉じてただ呼吸していた。大きくせきこみ、シアーズの背中に血を吐いた。シアーズの服が、血で黒く染まっていく。シアーズは、ゆっくりとローランド卿を寝かせた。体が自分で動かせないようだ。ふと、こいつ、こんなに軽かったか、と不思議に思った。やはりあの時の感覚は間違いではなかったか。
広場にいる全員が注目している。ローランド卿が、薄目を開けて呟いた。
「シア……すまない……汚れて……」
「ああ、気にするな」
この期に及んで、こいつは一体何の心配をしている。
ローランド卿は目を閉じて大きく息を吐いて、少し呼吸を落ちつかせた。そして、消え入りそうなほどか細い声で言った。
「シアーズ……海、見たい……」
まるで、子どもが叶わない願い事をしているかのようだった。シアーズは面食らったが、何も言わず、ローランド卿の手を肩に回し、両膝を下から抱えあげた。うっ、と呻き声が聞こえた。壇と反対方向の、西側の城壁から海が見える。シアーズがローランド卿を抱えて歩いて行くと、群衆は一歩ずつ後退した。
通った後には、血が点々と落ちている。ローランド卿はもう死んでしまったのかというくらいぐったりとして、目を閉じている。少し開いた口元に、鮮やかな血が顔を斑に汚している。普通ならとっくに死んでいてもおかしくないくらいの怪我だ。やはり、消しきれなかった魔物の血なのか?何がこいつを、ここまで生にしがみつかせるのか。いやそれよりも、俺は今、こいつに同情しているのか?




