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久遠の果て、終わりの約束  作者: 船越小久乃
呼ばれるもの
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9/23

一、とられちゃうから

 斎藤和徳(さいとうかずのり)は、友達と別れたあと、田んぼの畦道を歩いていた。

 両親からは大通りを通って帰るよう言われていたが、和徳はいつも山の麓の道を選んだ。畦道を突っ切った先にあるその道は、自宅である寺へ続く近道になっている。


 放課後、ダラダラと居残るうちに、いつの間にか怪談大会が始まっていた。

 和徳は、怖いことが得意ではない。それでも胸の奥がそわそわしていた。

 理由は単純だ。

 和徳が、やまんと様の話をしてくれた少女に、密かに想いを寄せていたからだ。


 今日はたくさん彼女と話すことができた。

 丸い頬が可愛かったな、とか。茶色い目が透き通っていて綺麗だな、とか。

 初めはそんな他愛のないことを、考えていたはずだった。


 ふと、そういえば山の話だったな、と思った瞬間

 ――彼女の話を、まざまざと思い出した。


 女の子のおじさんが見たという「やまんと様」は、人間の男の形をしていたという。

 どこにでもいるような、中肉中背の男。髪も髭も伸び放題で、素っ裸だ。

 山の藪の中を徘徊していたにもかかわらず、身体には、草や木の枝による擦過傷や痣が、一つもなかった。

「おぅい、おぅい」と、誰かを呼ぶような声を出す。

 いや、まさに、呼んでいるのだ。

 だから――


 もしも、やまんと様に会っちゃったら、すぐに逃げなきゃダメなんだって。


 あれ、なんでダメなんだっけ。

 なんでだろう。

 和徳は、ぼんやりと、女の子の言葉を反芻した。


 ――とられちゃうから。


 ああ、そうだ。

 とられちゃう。とられちゃうんだ。

 何を?


 考え事をしながら歩いていると、目の端を、何かが横切った。

 危ない。

 ぶつかりそうになる。

 一瞬、風の音も、遠くを走る車の音も、すっと消えたような気がした。


 顔を上げると、真っ白な顔があった。

 毛も、目も、鼻も、口も、何もない。

 その身体は、背丈が成人男性ほど。上には、てるてる坊主を思わせる丸い頭部が乗っている。

 裸だった。


 目が合った気がした。

 気がしただけだ。

 なにしろ、目のある場所に目がない。

 それでも、じっとこちらを見ている気がした。


 和徳は、しばらく硬直していた。

 それは、ギクシャクとした動作で、ぐにゃぐにゃと手足を揺らしながら、身体ごと和徳のほうを向いた。

 逃げなければならないのに、足が動かない。

 足元が、急にすとん、と抜け落ちたような感覚があった。

 爪先に力が入らない。


 やがてそれは、笑ったようだった。

 もちろんそんな気がしただけで、実際にはわからない。

 なにしろ口もないのだ。


 白い顔が近づいてくる。

 和徳は動けない。

 身体が、自分のものではないみたいだった。

 どんどん近づいてくる。


 避けなければ。

 避けなければ、ぶつかる。

 でも足が動かない。


 涙目のまま、凝視する。

 動いたらダメだ。

 動いたら、気づかれてしまう。

 じゃあ、どうすればいい。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。


 こめかみが、どくどくと脈打っている。

 じっとりと背中に汗が滲む。

 鼻先で止まった気配がした。

 いつの間にか、目を瞑ってしまっていたから、気配だけしかわからない。

 ――瞑ってしまったのだ。


「んー、んん、ぅおい、お、ぅい」


 鼻息が当たる距離なのに、生ぬるい吐息も人の熱も感じない。

 それなのに顔のすぐ前で、声だけがする。

「お、ぅい、おぅい」

 誰かを呼ぶような声だった。

 まるで今日、教室で聞いた話そのままだ。

 そう思い、ギクリとした瞬間、和徳は思わず目を開いて確認してしまった。


 男がいた。

 素っ裸で、髪も髭も伸び放題の、中肉中背の男。


 三日月状の曲線を描く瞼の下、黒目は左右がバラバラの位置にある。

 和徳から見て、右目は右上を、左目は左下を、それぞれ向いていた。


 目は合わないはずなのに、どうしてだか視線を感じる。

 男の口の両端が、徐々に吊り上がっていく。

 口が笑みの形を作りながら、大きく開いた。

「おぅい、おぅい」


 叫ぼうとしたのに、喉からは、掠れた息しか出なかった。


(どうして、)

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