トレ高 風紀委員長
トレトレ高校、通称トレ高。
この学校には、絶対に逆らえない存在がいる。
風紀委員。
昼休み。
放課後。
時には授業中でさえ。
校内を巡回し、
規則違反を取り締まる存在。
そして。
ただ注意するだけでは終わらない。
注意三回で反省文 千文字。
イエローカードで 五千文字。
レッドカードで 五万文字。
“冗談では済まない罰”が、
日常に組み込まれていた。
「またかよ……」
廊下でぼやく声。
「スカート1センチ短いってなんだよ」
「ワックス付けただけで指導入るの意味わかんねぇ」
「グッズ没収はマジで許さねぇ……」
小さな不満。
だが、それは確実に、
蓄積していた。
クレーンゲーム部も例外ではない。
「昏華、授業中の居眠り」
「……すみません」
「天秤、スカート丈」
「えー?これダメ?」
「針千、整髪料の過剰使用」
「いや普通だろこれ!」
「豚田、そのグッズは没収」
「ぶひぃぃぃ!!それは命ぶひ!!」
「銀泉、授業中のティータイムは禁止」
「ルーティンですわ」
淡々と告げられる注意。
反論しても、
通らない。
感情で動いていないからだ。
そこにあるのは、
“ルール”だけ。
やがて。
それは“個人”に向けられる。
トレ高三年女子生徒。
風紀委員長、正義直。
通称、“正義ちゃん”。
「どう考えてもあいつだろ」
「全部あいつが決めてるんだよ」
「真面目ちゃん気取りがよ」
最初は、ただの陰口だった。
次に。
靴がなくなる。
「……」
少しだけ探して、
見つけて、
履く。
何も言わない。
筆箱を開ける。
中から、
虫。
周囲の笑い。
「……」
蓋を閉じる。
机に書かれた落書き。
“正義マン死ね”
「……」
消す。
何も言わない。
(……慣れてる)
そう思った瞬間。
少しだけ、
胸が痛んだ。
それでも。
やめない。
やめられない。
(ここでやめたら)
(誰が守るの)
ある日。
凛が声をかけた。
「今のままでは、よくないと思う」
正義ちゃんは振り向く。
その目は、
強くも、優しくもない。
ただ、“揺れていない”。
「……どういう意味?」
凛は静かに言う。
「全部、あなたに向いてる。」
「反発も、嫌悪も。」
「そのやり方は、いずれ壊れる」
正義ちゃんは、少しだけ黙る。
ほんの一瞬。
“怖さ”がよぎる。
でも。
押し込める。
「間違っていることを」
一拍。
「間違っていると言えないほうが、よくない」
その言葉は、
自分に言い聞かせるようでもあった。
凛の胸に、
引っかかる。
(……似ている)
過去の自分と。
(私は、
正しさでしか、人を見てなかった)
(だから)
(誰も、近づかなかった)
言葉が出ない。
何も言えなかった。
⸻
数日後。
校内が騒がしい。
風紀委員が走っている。
廊下。
階段。
グラウンド。
必死に。
笑う生徒。
「おいおい、風紀委員が走ってるぞ」
「規則違反じゃねぇのかよ」
だが。
その笑いは、
どこか不安を含んでいた。
“ただ事じゃない”
凛は一人を捕まえる。
「何があったの?」
息を切らした風紀委員は言う。
「委員長の……大切なものが、なくなって……」
──
かつて。
風紀委員は、弱かった。
「うるせぇよ」
無視。
「は?お前に関係ある?」
反抗。
「やってみろよ」
威圧。
何もできない。
ただ、
見ているだけ。
帰り道。
「……ごめん」
誰に向けたのか分からない謝罪。
悔しさ。
無力感。
だがその中に、一人立った。
正義ちゃん。
「これからは、全部私のせいにしていい」
最初は、
意味が分からなかった。
でも。
罰則ができた。
権限ができた。
“守れるようになった”。
その代わり。
全部、
あの人に向かった。
──
必死に探す正義ちゃん
正義ちゃんは、走りながら、
何度も同じ場所を見ていた。
落ちていないか。
見落としていないか。
そんなはずはないと分かっていても、
足が止まらない。
(あれだけは……)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
⸻
幼い頃。
公園の隅。
泥だらけの自分。
何個もぶつけられた泥団子。
笑い声。
悔しかった。
悲しかった。
でも、それ以上に。
(知られたくなかった)
家に帰れば、
優しい母がいる。
厳しいけど、不器用な父がいる。
そして、
大好きな兄がいる。
心配をかけたくなかった。
だから。
「転んじゃったの」
そう言って、笑った。
でも。
笑えていなかった。
目の奥が熱くて、
どうしても、滲んでしまう。
そのとき。
「……直?」
聞き慣れた声。
振り向く。
兄だった。
一瞬で、全部見抜かれる。
「どうした?」
優しい声。
何も言えない。
遠くで笑う男子たち。
兄の視線が、そっちに向く。
そして。
歩き出した。
止める暇もなく。
一人目。
ゴン。
「いってぇな!!」
二人目。
ゴン。
「何すんだよ!!」
三人目。
ゴン。
静まり返る。
兄は、低く言った。
「次、うちの妹に手を出したら」
一拍。
「この程度じゃ済まさない」
怒鳴っていない。
でも。
逃げるには、十分だった。
男子たちは文句を言いながら、
でも、確実に怯えながら、
去っていった。
正義ちゃんは、その場に立ち尽くす。
(……すごい)
胸が、熱くなる。
(怖くないんだ)
(間違ってるって、ちゃんと言えるんだ)
その背中が、
焼き付いた。
⸻
数年後。
両親の離婚。
家の空気が変わる。
そして。
兄と、離れる日。
玄関。
荷物。
言葉にできない空気。
兄は、ポケットから何かを取り出した。
小さな御守り。
「これ」
無造作に差し出される。
「なにかあったら、いつでも言ってこい」
その言葉は、
昔と同じで、
少しぶっきらぼうで、
でも、
ちゃんと優しかった。
正義ちゃんは、それを受け取る。
ぎゅっと握る。
「……うん」
それだけしか言えなかった。
それ以来。
ずっと、
肌身離さず持っていた。
辛いときも。
怖いときも。
誰にも言えないときも。
その御守りを握れば、
思い出せた。
(大丈夫)
(私は、間違ってない)
⸻
現実。
それが、ない。
(あれだけは……)
(あれだけは、ダメ)
足が、止まらない。
呼吸が荒くなる。
それでも、
探すのをやめない。
探す。
校内を。
そして。
「見つけた」
凛が呟く。
三人の女子。
その手に、御守り。
「正義ちゃん、必死で探してたよね〜」
笑う。
「ざまぁって感じ」
空気が変わる。
「どういうこと?」
凛が近づく。
女子達が一歩引く。
そこに正義ちゃんと、
クレーンゲーム部がきた。
息を切らして。
そして。
迷わず、頭を下げる。
「お願い」
声が震える。
「なんでもするから……それだけは返して」
その姿は。
今までの“正義ちゃん”ではなかった。
ただの、一人の女の子だった。
空気が変わる。
だが。
「じゃあさ」
笑う。
「土下座しなよ」
膝が折れる。
その瞬間。
止まる。
すき。
沙希。
「やめて」
舞子が一歩出る。
「お仕置きが必要ですわね」
「待って」
凛が前に出る。
距離を詰める。
女子達が怯む。
「な、なによ」
バチン。
一発目。
頭が揺れる。
バチン。
二発目。
涙が浮かぶ。
バチン。
三発目。
完全な沈黙。
凛が言う。
「正義ちゃんのやり方が正しいかは、分からない」
一拍。
「でも、
あなた達のやり方は、違う」
「卑劣で、幼稚で、不快」
御守りを奪う。
逃げる三人組。
正義ちゃんに、御守りを差し出す。
震える手。
受け取る。
涙。
「……ありがとう」
「ごめんなさい」
凛は微かに笑う。
「なんで謝るの?」
「あなたは、あなたの正義を通しただけ」
そして。
「これは、私の正義」
⸻
後日。
凛は停学になった。
一週間後。
校門。
待っていた人たち。
クレーンゲーム部。
風紀委員。
そして。
正義ちゃん。
御守りを、
強く握っていた。
それ以降。
罰則はなくなった。
でも。
誰も、
弱い者をいじめなくなった。
誰も、
見て見ぬふりをしなくなった。
正義は、一つじゃない。
でも。
誰かを守るための正義は、
きっと、
間違っていない。




