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トレ高 生徒会選挙

・時間軸

高校三年生

トレトレ高校、通称トレ高。


三年生になった春。

掲示板に、一枚の紙が貼られた。


『生徒会長選挙 立候補受付開始』


その紙の前には、自然と人が集まる。


「もうこの時期か」

「三年だもんな」

「誰出るんだろうな」


ざわつく空気。

ただの行事ではない。


肩書きと評価がついて回るこの学校において、生徒会長は一つの到達点だった。


最初に名前が挙がったのは、清志票(きよしひょう)


「やっぱあいつか」

「毎年学級委員やってるしな」

「内申ガチ勢だろ」


否定の声は少ない。むしろ、納得のほうが多かった。

清志は、これまでずっと“正しく”生きてきた。


遅刻はしない。提出物は完璧。委員活動も抜かりない。教師からの信頼も厚い。


そして、父親は国会議員。

期待に応えることは、当たり前だった。

生徒会長になる。それもまた、当然の流れだった。


次に現れた名前。

欲満十八禁(よくみつじゅうはちきん)


「……誰?」

「名前どうなってんだよ」

「ふざけてるだろ」


一気に空気が崩れる。


だが、本人は真顔だった。


掲げた公約は、女子制服の変更。ゴスロリ風。席替えシステムの改革、いわゆる合コン方式。


男子は盛り上がり、女子は引く。


「女子票ゼロ確定」

「むしろマイナスだろ」


笑われる。

それでも欲満(よくみつ)は一切ブレなかった。

これがやりたい。ただそれだけだった。


やがて噂が流れ始める。


「凛が出るらしい」

「いや正義ちゃんだろ」

「風紀委員長ならあり得る」


名前が飛び交う。

だが、どちらも出なかった。


その代わりに、一つの名前が自然と浮かび上がる。

天秤沙希(てんびんさき)


「沙希が出たら一択じゃね?」

「男女どっちも人気あるし」

「後輩ウケもいい」


理由は単純だった。

好かれている。

それだけで、十分だった。


だが本人は笑っていた。


「えー無理無理」

「そういうの向いてないって」


軽く流す。

けれど周囲は流さない。


部室で針千が言う。


「出なよ。絶対いけるって」


舞子も頷く。


「支持率で言えば、他の二名とは比較になりませんわ」


豚田も言う。


「沙希なら、みんな幸せになるぶひ」


すきも、小さく言った。


「……見てみたい。沙希が上に立つところ」


沙希は少しだけ黙る。

笑ってごまかそうとしたが、その言葉は軽く流せなかった。


みんながそう思っているなら。

一瞬だけ考える。

けれど、


「……やめとく」


そう言った。

その夜、帰り道。


一人で歩きながら、ふと考える。

なんで断ったんだろう。


やりたくないわけじゃない。でも、やる理由もなかった。

楽しいことが好き。それが今までの自分だった。


でも、楽しいって、作るものじゃないのかな。

足が止まる。


一方で清志(きよし)は机に向かっていた。

目の前には原稿。父の秘書が用意したもの。

完璧な文章。完璧な構成。


「これで問題ありません」


そう言われた。

確かに、これを読めば勝てる。

評価もされる。望んだ未来に近づく。


それでも、ペンを持つ手が止まる。

これでいいのか?

一瞬浮かんだ問いを、すぐに打ち消す。


いいに決まってる。間違ってない。

そう言い聞かせる。


欲満(よくみつ)はノートに向かっていた。


ぐちゃぐちゃの文字。何度も消して、書いて、それでもやめない。

どうやったら伝わる?

俺のやりたいこと。


誰にも理解されなくてもいい。

でも、届くやつには届いてほしい。


三人。


まったく違う理由で、同じ場所を目指す。


生徒会長。

それは肩書きか。

それとも覚悟か。


投票前日。

静かに、何かが変わり始めていた。


投票当日。


体育館には、全校生徒が集まっていた。

ざわざわとした空気の中、三人の名前が改めて呼ばれる。


清志票(きよしひょう)

欲満十八禁(よくみつじゅうはちきん)

天秤沙希(てんびんさき)


壇上の椅子に座る三人。


それぞれが、まったく違う空気をまとっていた。


欲満は、落ち着きなく指を動かしている。

沙希は、いつも通りの柔らかい笑顔。

清志は、原稿を握りしめたまま俯いている。


やがて、静寂。

マイクが渡される。


最初に立ったのは、欲満十八禁(よくみつじゅうはちきん)だった。


一歩、前に出る。

視線が集まる。

ざわつきは、まだ消えない。


「えっと……」


最初の一言が、少しだけ詰まる。

笑いが漏れる。

それでも、欲満は顔を上げた。


「俺は、やりたいことがある」


その声は、震えていた。


「女子制服を変えたい」


ざわっと空気が揺れる。


「ゴスロリにする」


一部の男子が吹き出す。

女子の空気が冷える。

それでも、止まらない。


「席替えも変える、もっと、楽しくする」


「あと、スカートの下にジャージを履くのも

禁止にする。」


言葉は拙い。

でも、止まらない。


「……笑われるのは、分かってる」


一拍。


「気持ち悪いって思われてるのも、分かってる」


少しだけ、俯く。


「でも」


拳を握る。


「俺は、これがいい」


顔を上げる。

目が、真っ直ぐだった。


「誰に何言われても」


「俺は、自分のやりたいことをやる」


その声は、震えているのに、折れていなかった。


「女子票なんていらない」


会場が少しざわつく。


「それでもいいって言ってくれるやつに」


涙が、落ちる。


「俺は、応えたい」


沈黙。

さっきまで笑っていた空気が、少しだけ変わる。


「……こいつ」


「本気だ」


小さな声が広がる。

拍手が、一つ。

また一つ。


やがて、ゆっくりと広がっていった。

それは笑いではなく、認める拍手だった。


次に呼ばれたのは、天秤沙希(てんびんさき)


沙希は立ち上がると、いつものように軽く手を振った。

それだけで、空気が柔らかくなる。


「えーっと」


少しだけ考える仕草。


「みんなさ」


自然な声。


「高校生活って、短いよね」


会場が静かになる。


「気づいたら終わってるし」


「あとで、あれやっとけばよかったなって思うこと、いっぱいあると思う」


誰も否定しない。


「だったらさ」


少しだけ笑う。


「楽しいほうがよくない?」


軽い言葉なのに、ちゃんと届く。


「学年とか関係なくてさ」


「知らない人とも話せて」


「なんか、気づいたら仲良くなってるみたいな」


少しだけ間を置く。


「そういう時間、増やしたいなって思ってる」


難しいことは言わない。

理屈もない。

でも、想像できる。

その場面が。


「だから」


少しだけ真面目な顔になる。


「みんなで、楽しい学校にしよ」


拍手が起きる。

温かい拍手だった。


最後に、清志票(きよしひょう)の名前が呼ばれる。

静かに立ち上がる。


手には、原稿。

壇上に立つ。

マイクの前。


一度、深呼吸。


「私は、」


読み上げる。

綺麗な言葉。

整った構成。

間違いのない内容。


だが。

途中で、止まる。


一瞬の沈黙。


会場がざわつく。


(……あれ?)


頭の中で、何かが引っかかる。


(なんで俺は)


(生徒会長になりたいんだ?)


視線が、手元の原稿に落ちる。

完璧な文章。

誰が読んでも正しい内容。

でも。


(これは)


(俺の言葉じゃない)


その瞬間。

記憶がよみがえる。


小学生の頃。

父の背中。

自転車。


雨の日も。

風の日も。

誰にも相手にされなくても。

それでも、声を上げ続けた。


「この町を変えたい」


「苦しんでる人の力になりたい」


泥だらけになりながら、それでも諦めなかった。


そして。

逆転当選。


歓声。

涙。

感謝の言葉。


あのときの父の顔。

誇らしかった。

自慢だった。


(ああなりたい)


そう思った。


現実に戻る。

手の中の原稿。


(これは違う)


(これを読んでも)


(あの人にはなれない)


一瞬、迷う。

これを読めば、勝てる。

間違いなく。

評価も、未来も手に入る。


でも。

それは。

“誰かの人生”だった。


紙を見つめる。

そして。

ビリッ。


原稿を破る。

会場がざわつく。

誰かが息を呑む。

清志は顔を上げた。


「……最近」


ゆっくりと、言葉を探す。


「用務員さんの腰が悪いんです」


予想外の言葉に、空気が止まる。


「毎日、重たいゴミを運んでる」


「誰も気にしてないけど」


「確実に、負担になってる」


視線が動く。


「購買もそうです」


「いつも争奪戦になる」


「足が遅い人は、買えない」


「欲しかったものを、諦めてる」


一人一人の顔を見る。


「目立たないけど」


「困ってる人がいる」


言葉が、止まらない。

用意していないのに。

自然に出てくる。


「俺は」


一拍。


「生徒会長になりたいと思ってました」


「でも、違いました」


拳を握る。


「皆さんの代表として」


「この学校を、トレ高を」


声が震える。

でも、止まらない。


「入学してよかったって思える学校にしたい」


静寂。


誰も動かない。

そして。

一人。

拍手。


それが、広がる。

さっきまでとは違う。

重くて、真っ直ぐな拍手だった。


投票結果。


生徒会長に選ばれたのは、

清志票(きよしひょう)だった。


控室。

清志は一人、椅子に座っていた。

手を見つめる。

少しだけ、笑う。


「……やっと」


小さく呟く。


「自分で選んだ」


廊下では、欲満が鼻をすすりながら笑っていた。


「負けたけどよ」


「悪くねぇな」


沙希は肩をすくめる。


「ま、いっか」


でも、その顔はどこか満足そうだった。


──


後日。

生徒会室。

新しい席。

机の端に、小さな箱が置かれていた。


『ご意見箱』


清志が設置したものだった。


目立たない場所に、そっと置いた。


誰でもいい。

名前なんていらない。


思ったことを、そのまま書いてほしい。

そんなつもりで置いた。


カサッ。

中に、一枚だけ紙が入っていた。


まだ初日だ。

少しだけ驚く。

取り出す。


折りたたまれた紙を開く。


そこに書かれていたのは、

たった一行。


『女子生徒の制服をゴスロリにしてください』


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