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トレ高 都市伝説

トレトレ高校、通称トレ高。


この学校には、七つの都市伝説がある。


誰が言い出したのかは分からない。

いつから語られているのかも分からない。


ただ、確かに存在している。


“信じているやつがいる”という形で。


その一つを、今日、確かめようとしている二人がいた。


放課後。


人の流れが落ち着いた廊下。

窓の外は、夕方に向かってゆっくりと色を変えている。


「針千」


低く、通る声。

振り返る。


三年、霊憑忠志(れいひょうただし)


(来た……)


針千は内心で小さく構える。

嫌いではない。むしろ、嫌いになる理由はない。


ただ、

距離感が、分からない。


「どうしました?」


一応、普通に返す。


霊憑は腕を組み、ゆっくりと頷いた。


「先日の部費争奪戦」


「ああ」


あの騒動。

頭の中に、一瞬で蘇る。

怒号、裏切り、発狂、ビンタ。


(濃すぎるだろあれ)


「貴様の働き、見事だった」


「いやいや、霊憑先輩のおかげですよ」


本心だった。


あの場で霊憑がいなければ、

あの結末にはならなかった。


霊憑は、わずかに目を細める。


「……そうか」


その一言に、妙な重さがあった。


「だから」


一歩、近づく。


「礼をする」


「いや、大丈夫ですって」


即答。

だが。

霊憑は、まるで聞いていない。


「礼と言ってはなんだが」


間。


「トレ高都市伝説を教えてやる」


真顔。


(いや、ほんとに大丈夫です)


針千は、心の中でツッコむ。


「都市伝説は七つある」


霊憑が指を一本立てる。


「一つ目“奇跡のクイニーアマン”」


「あ、それ知ってます」


即答だった。

霊憑の眉が、わずかに動く。


「ほう?」


「一年のとき、実際に体験しました」


屋上。

煙。

チャーリー。

市原。


あの異常な空間が、鮮明に蘇る。

霊憑の目が、少しだけ見開かれる。


「……体験者か」


低く呟く。

そして、口元がゆっくり歪む。


「ならば」


一歩踏み出す。


「さらに深淵を見せてやろう」


(やばい人確定だな)


「二つ目“図書室の怪音”」


霊憑の声が、わずかに低くなる。


「気になるか?」


一拍。


「気になるな?」


(いや別に)


「よし」


勝手に決定。


「オカルト研究部総出で調査した」


その言葉に、ほんの一瞬だけ、

針千の視線が止まる。


“総出”。


(……いたんだよな、ちゃんと)


「曜日、時間帯、すべて特定済みだ」


誇らしげに言う霊憑。


「今宵、その真相を共に暴こうではないか」


「いや、遠慮しときます」


即答。

関わったらダメなやつだと、

本能が言っている。

だが。


「遠慮するな」


肩を掴まれる。


「先輩に任せろ」


(任せたくねぇ……)


強制参加、決定。


後日。


針千のスマホが震える。


通知先:霊憑


本文:


“時は来たれり、八つ刻

 汝、遅るるべからず”


「……いや分かるか」


即返信。


「意味わからないので行きません」


数秒後。


「16時に図書室前に来て」


(最初からそう言えよ)


16時。

図書室前。

霊憑は、すでにいた。


夕方の光の中で、

じっと立っている。


「来たか」


「……一人ですか?」


針千は周囲を見渡す。


「ん?」


霊憑が、ほんの少しだけ間を置く。


「ああ」


短く答える。


「後輩達は……それぞれの部活がある」


その言い方は、

どこか“説明”のようだった。


(……そっか)


針千は、それ以上は聞かなかった。


図書室に入る。

静かだ。

ページをめくる音すらない。


「図書室なんて初めて来ました」


「俺もだ」


霊憑が答える。


「都市伝説がなければ、来ることはない」


二人で歩く。

本棚の間。

規則正しく並ぶ本。

整いすぎていて、逆に違和感がある。


「……やっぱ噂じゃないですか?」


針千が言いかける。

その瞬間。

霊がしゃがみ込む。


「待て」


床に手を伸ばす。


「何書こうとしてるんですか」


「召喚用の――」


「やめてください」


即止める。


一時間。

探した。


本棚の裏。

机の下。

窓際。

何もない。

音もない。


「帰りましょう」


針千が言った、その時。


ギリギリギリギリ

止まる。

ギリギリギリギリ

空気が変わる。


「……!」


霊憑の口元が、ゆっくり歪む。

そして。


「静かに!!」


(お前だよ)


心の中でツッコむ余裕は、まだあった。

だが。


ギリギリギリギリ

がぁ〜

ギリギリギリギリ


明らかに、異質な音。


「……まじか」


針千が、思わず呟く。


「都市伝説……ほんとだったんだ」


霊憑を見る。


「先輩、やばい人だと思ってましたけど」


一拍。


「すごいですね」


霊憑は、

ほんの少しだけ、照れた。


その顔は、

“部長”ではなく、

ただの“先輩”だった。


その瞬間。

音が止む。

代わりに。


グィーン

ガチャ。


本棚が、動く。


「……は?」


針千の声が、漏れる。


そして。


「……え?」


霊憑。


「……え?」


沙希。

三人同時。


「針千?」


「なんでこんなとこいるの?」


「いやそれこっちのセリフだよ!!」


本棚の一冊を押す。


グィーン

開く。


その先。

小さな空間。


漫画。

パソコン。

DVD。

冷蔵庫。

床はマットレス。


“居住空間”。


「ここ、私の秘密基地」


さらっと言う沙希。


(都市伝説の正体これかよ)


針千は、力が抜けた。


「……紹介しろ」


霊憑が小声で言う。


「なんでだよ」


「いいから」


「えっと……三年の霊憑先輩です」


「オカルト研究部の部長」


霊憑、姿勢を正す。


「初めまして」


完璧な所作。


「オカルト研究?」


沙希の目が輝く。


「面白そう!」


霊憑のスイッチが入る。

机の上に並ぶ、

数々の“それっぽい物”。


「えぇ〜!!」


「すご〜い!!」


「いつもこんなに持ってるの!?」


無邪気な反応。

霊憑は、少し誇らしげだった。


(……よかったな)


針千は、少しだけ思った。


帰り際。


霊憑が一枚の紙を沙希に、差し出す。


「特別に」


それだけ言って、去る。

二人で紙を見る。


呪符。

中央に。

電話番号。

下に小さく。


“いつでも連絡してね”


沈黙。


「……」


「……」


「……いや、こわ」


トレ高都市伝説。


それは、

“知らないだけで、すぐ隣にあるもの”。


あるいは。

“誰かの日常が、誰かにとっての非日常になるもの”。

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