部費争奪戦
トレ高。
新年度。
クレーンゲーム部は、
新しく十人の新入生を迎え、
総勢十五名となった。
部室は以前よりも少しだけ狭くなったが、
その分、空気は濃くなっていた。
誰かの笑い声が響き、
誰かが真剣な目で盤面を見つめ、
誰かが次の一手を語る。
人が増えるというのは、
単純に騒がしくなることじゃない。
そこに“熱”が生まれるということだ。
⸻
そんな中、校内に一つの噂が流れる。
OBが匿名で、
後輩たちの部活動に役立ててほしいと、
学校に三百万円の寄付をしたらしい。
最初は半信半疑だった生徒たちも、
掲示板に貼り出された紙を見た瞬間、
ざわめきを隠せなくなる。
三百万円。
部費としては、あまりにも現実離れした額だった。
そして決まった。
各部活主将による、
部費内訳会議、
ならぬ、部費争奪戦。
その名前が口に出された瞬間、
どこかで誰かが笑った。
けれど、その笑いは軽くない。
誰もが分かっていた。
これは、ただの話し合いでは終わらない。
⸻
会議二日前。
「針千」
呼び止められ、振り返る。
そこに立っていたのは、
オカルト研究部 部長三年 霊憑忠志。
相変わらず、どこか人を寄せ付けない雰囲気をまとっている。
「手を組まないか?」
唐突な一言だった。
針千は一瞬だけ考え、肩をすくめる。
「おれなんかより、三年の同級生の部長のほうが仲いいんじゃないですか?」
軽く返したつもりだった。
だが。
霊憑は笑った。
独特な笑い方。
そして。
すっと、表情を消す。
「……おれに友人がいるように見えるか?」
その言葉には、冗談の余地がなかった。
針千は言葉につまる。
何か言わなければと思うが、軽口は出てこない。
「……じゃあ、オカルト研究部はいくら部費がほしいんですか?」
霊憑は一枚のチラシを差し出す。
《特売!今だけ90%オフ》
《過去、未来、全てを見透かす水晶!》
《三十万円!なくなり次第終了!》
「な?」
(なにが“な?”だよ)
思わず内心で突っ込む。
だが霊憑は真剣だった。
「運動部のやつらが手を組んでる。持ってかれるぞ、根こそぎに」
その言葉で、針千の表情が変わる。
(……あぁ、そういう話か)
ただのネタじゃない。
これは、戦いだ。
「てことは、吹奏楽は……」
霊憑が口元を歪める。
「話が早いな。行くぞ」
音楽室。
扉を開けると、整った空気が流れていた。
楽器の匂い、譜面の静けさ。
「話は聞きました」
⸻
吹奏楽部 部長、美琴奏。
落ち着いた声。
だが、その奥にあるのは確かな意思。
「今度の部費会議で三百万円が振り分けられると」
一拍置いて。
「いいですよ、協力しましょう。我々吹奏楽も運動部だけではなく、ちゃんとした部活ですから。部費はしっかりいただきたい」
その言葉に、針千はほんの少しだけ胸の奥が軽くなる。
(……ちゃんと戦うやつがいる)
こうして。
霊憑、針千、美琴。
三部連合が誕生した。
会議当日。
会議室の空気は、最初から重かった。
各部活動の部長たちが席に座る中、
霊憑、針千、美琴が入る。
その瞬間。
運動部の連中が、にやりと笑った。
(……もう勝ったつもりか)
針千は、その笑いを見て思う。
教頭が入室し、会議を始める。
三百万円という額の大きさゆえ、大人が仲介に入る形だ。
「OBの方からの寄付、三百万円。部活動にあててほしいとのことです」
ざわめき。
誰もが知っていたはずの情報なのに、
改めて言葉にされると重みが違う。
教頭が続ける。
「部活動それぞれに均等に分けるというのはどうだろう?」
その瞬間。
「それは違うと思うなぁ〜」
サッカー部 部長、蹴澤。
「まぁでもたしかに、どうやって決めるかですよね〜?」
水泳部 部長、飛魚。
「多数決……なんてどうですかぁ〜?」
テニス部 部長 佐賦。
流れが、一気に作られていく。
針千が口を開く。
「た、多数決って……同じ学校の部活動なんだから平等でよくないですか?」
その言葉は、正論だった。
だが。
「お前らみたいな意味わかんねぇ部活と一緒にするなよ」
軽く言われたその一言が、場の空気を決定づける。
笑いが起きる。
針千は歯を食いしばる。
(……わかってたけどさ)
悔しさが、胸の奥に沈む。
結局、多数決で決まる流れになる。
運動部七つが四十万ずつ。
吹奏楽に二十万くらい。
そんな空気で盛り上がる。
そのとき。
霊憑が立ち上がった。
「多数決でいいんだな?」
運動部が笑う。
「おお、いいよいいよ!幽霊とかゾンビとか、そんなのは入らないからな?」
その瞬間。
扉が開いた。
五人。
息を切らしながら、それでも真っ直ぐ立っている。
「お前らオカルト研究部の……」
「今は違います」
その一言に、空気が変わる。
五人は、はっきりと言った。
「お菓子製造部」
「ペットボトルロケット部」
「演劇部」
「囲碁部」
「草刈り部」
場違いな名前。
普通なら、笑われてもおかしくない。
けれど。
誰も、笑わなかった。
彼らの顔が、あまりにも必死だったからだ。
⸻
一週間前。
霊憑率いるオカルト研究部は、解散した。
部室。
誰もいない机。
使い慣れた椅子。
黒いノート。
そこにあったのは、“形だけ残った部活”だった。
霊憑は一人になった。
それでも、何も言わなかった。
引き止めなかった。
(……来る)
理由はない。
根拠もない。
それでも。
信じていた。
その頃。
五人は走っていた。
教室から教室へ。
廊下から廊下へ。
「入ってください!」
何度も頭を下げる。
「無理」
「怪しいから」
「草刈りはちょっと……」
断られる。
笑われる。
避けられる。
それでも。
「お願いします!」
声を張り続けた。
喉が痛くても。
息が上がっても。
止まらなかった。
理由は、たった一つ。
(部長のために)
(あの人が、初めて“欲しい”って顔をしたものだから)
(あの人に、あれを手に入れてほしいから)
それぞれが、何度も断られた。
それでも。
四人。
四人。
四人。
四人。
四人。
集めた。
形だけでもいい。
名簿だけでもいい。
それでも。
部活として成立させた。
期限、ギリギリ。
間に合った。
⸻
現在。
五人は、霊憑を見る。
言葉はない。
(部長……やりましたよ)
その想いだけが、そこにある。
霊憑は、振り返らない。
振り返ったら、泣いてしまうから。
全部、分かっている。
どれだけ必死だったか。
どれだけ断られたか。
どれだけ心が折れそうになったか。
全部、分かっている。
だから。
前を向いたまま。
笑った。
独特な笑い方。
でも。
その奥にあるものは、今までと違っていた。
勝ったからじゃない。
見返したからでもない。
ただ。
「……来たか」
それだけだった。
しかし。
「美琴」
野球部 部長、球道の声。
その一言で、空気が揺れる。
「こっちにこい」
針千の心臓が跳ねる。
(……やめろ)
願うように思う。
美琴が立ち上がる。
一歩。
運動部側へ。
「ごめんね」
静かな声。
「球道くんと、昨日から付き合ってるの」
その一言で。
全部が崩れた。
霊憑の中で、何かが切れる。
笑っていたものが、ひっくり返る。
「キエエエエエ!!」
爆発。
藁人形。
釘。
金槌。
呪符。
一気に取り出す。
床に魔法陣。
五人も動く。
迷いがない。
霊憑は藁人形を置き、釘を打ち込む。
一打。
二打。
三打。
そのたびに、感情が叩き込まれていく。
「呪い殺す……呪い殺す……」
言葉が止まらない。
針千は動けなかった。
止めるべきだと分かっている。
でも。
(……止められるかよ)
その感情を、見てしまったから。
運動部は笑う。
「人間こうなったら終わりだな」
教頭が止めに入ろうとする。
そのとき。
ピコン。
場違いな音。
会議室に響く、スマホの通知音。
球道のスマホ。
画面を見る。
後ろの美琴の目にも入る。
⸻
新着メッセージ。
《球道くん昨日キスマーク付けすぎ笑》
《パパに怒られちゃった笑》
⸻
球道が、ゆっくり振り返る。
振り返りきる前に……
バチン!!!!!!
乾いた音が響く。
美琴のビンタ。
空気が、完全に凍る。
誰も動かない。
誰も喋らない。
ただ。
地獄みたいな沈黙だけが残った。
結果。
野球部 0
サッカー部 10万
テニス部 10万
バスケ部 10万
卓球部 10万
水泳部 10万
陸上部 10万
⸻
お菓子製造部 20万
ペットボトルロケット部 20万
演劇部 20万
囲碁部 20万
草刈り部 20万
⸻
吹奏楽部 50万
クレーンゲーム部 50万
オカルト研究部 30万
⸻
「なっ……草刈り部に20万だと……ふざけっ」
バチン!!
二発目。
もう、誰も逆らわなかった。
⸻
後日。
オカルト研究部の部室前。
騒がしい声。
針千は、そっと扉の隙間から中を覗く。
輪になって笑う部員たち。
中心には、霊憑。
手には、水晶。
周りに元オカルト研究部5人。
「見える……見えるぞ!!」
その声は、あの日の狂気とは違う。
ちゃんと、楽しそうだった。
ちゃんと、そこに“居場所”があった。
針千は、静かに扉を閉める。
過去も未来も見える水晶。
そんなものは、信じていない。
けれど。
確かに見えた。
あそこには、“ 絆”があった。
そして。
今が、あった




