はじめての後輩
春。
トレ高の空気が、少しだけ変わる季節。
制服の色は同じでも、
どこか落ち着かない新入生たちが校内を歩いていた。
そして――
クレーンゲーム部の部室前。
⸻
「うわぁ!本物だ!」
「決勝、見ました!」
「最後の一手、鳥肌でした!」
昏華すきは、完全に囲まれていた。
距離が近い。
声が多い。
視線が集中する。
「え、えっと……その……」
アワアワしている。
⸻
その少し後ろ。
雨瑠凛もまた、囲まれていた。
「凛先輩ですよね?」
「所作、すごく綺麗で……」
「どうしたらああなれるんですか?」
凛は一瞬、言葉に詰まる。
「……ええと」
「それは……」
珍しく、説明が出てこない。
⸻
一方で。
「ありがとー!」
天秤沙希は笑顔だった。
「見てくれてたんだ!」
自然に距離を詰め、
一人一人に視線を合わせる。
いつも通り。
それだけで、空気が柔らかくなる。
⸻
「ええ、これがMVPですわ」
銀泉舞子は、誇らしげにトロフィーを掲げていた。
「重さも、努力の証ですの」
キラキラとした視線を浴びながら、
少しだけ顎を上げる。
その姿は、確かに“MVP”だった。
⸻
そして。
部室の隅。
「ぶひ……?」
豚田武の前には、
オタク系の男子が正座していた。
「あなたが……あの……!」
「萌えたん界の希望……!」
「オタクの星……!」
豚田は困惑する。
「え、えっと……」
崇拝されていた。
⸻
そして。
そのすべてを、少し離れた位置から見ていた男。
針千突。
クレーンゲーム部 主将。
額に手を当てる。
「……ごちゃごちゃだな」
一歩前に出る。
手を叩いた。
パンッ。
⸻
「はい、一回集まれ!」
その一声で、空気が変わる。
「順番にいこう」
「まずは自己紹介だ」
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部室に、円ができる。
少しだけ緊張した空気。
⸻
最初に手を挙げたのは、一人の女子生徒だった。
「……あの」
少し震える声。
「昏華先輩のプレイを見て……」
すきがびくっとする。
「私、何の取り柄もなくて……」
「でも、あの一手を見て」
一拍。
「……私でも、できるかなって思って」
すきは、何も言えなかった。
⸻
次の女子生徒。
「凛先輩に憧れてます」
まっすぐな視線。
「立ち方も、目線も、全部綺麗で」
「私も、ああなりたいです」
凛は、一瞬だけ視線を逸らした。
⸻
「私は沙希先輩です!」
明るい声。
「楽しそうにやるところも、真剣なところも……」
「どっちもかっこよくて!」
沙希は、少し照れながら笑った。
「ありがと」
⸻
「舞子先輩の、あの諦めない姿が……」
「何回失敗しても、やめないところが」
「すごく、かっこよかったです」
舞子は静かに頷く。
その言葉を、ちゃんと受け取るように。
⸻
男子生徒が手を挙げる。
「自分、元・萌えたんファンクラブで……」
豚田が固まる。
「一度は絶望しました」
「でも、豚田先輩を見て」
一拍。
「オタクでも、戦えるって思いました」
豚田は、少しだけ顔を赤くした。
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最後の男子生徒。
眼鏡を押し上げる。
「針千先輩」
全員が見る。
「あなたは、この部の“裏の顔”」
「智将」
「黒幕」
「そして」
一拍。
「実は一番上手い人」
沈黙。
「……は?」
針千が固まる。
───
部室の奥。
二台のクレーンゲームが、静かに並んでいる。
「じゃあ、やってみようか」
沙希が軽く手を叩いた。
最初に前へ出たのは、沙希に憧れた新入生だった。
「バランスキャッチ……やってみます」
アームが降りる。
触れる。
持ち上がら……ない。
「……あれ?」
景品はほとんど動いていなかった。
⸻
次の新入生。
「刺し回し、やってみます」
舞子の動きを真似る。
角を押す。
回す――はずだった。
しかし。
少しだけズレて、止まる。
「回らない……」
⸻
凛に憧れた生徒が前に出る。
「スライド……ですよね」
アームを横に流す。
持ち上げる。
だが。
動きは浅い。
景品は、微かに揺れただけだった。
⸻
オタクの男子が出てくる。
「いきます……萌えたんモード……!」
リズムを刻む。
オタ芸のようなテンポでボタンを押す。
だが。
何も起きない。
「……あれ?」
⸻
最後に。
すきに憧れた女子が、そっと前に出た。
少しだけ不安そうに、筐体を見つめる。
「……こっちに、行きたがってる……気がします」
ボタンを押す。
アームが降りる。
わずかにズレる。
落ちない。
「……ごめんなさい」
小さく呟いた。
⸻
少しの沈黙。
空気が、重くなる。
「じゃあ」
沙希が言った。
「見てて」
一台目。
沙希。
迷いがない。
一手。
バランスキャッチ成功。
支点を作る。
そのまま舞子が入る。
角に触れる。
押す。
回る。
美しく。
無駄なく。
形が整う。
凛。
一歩前へ。
計算された位置。
スライド。
傾いた箱を横に、
形を変えながら
流す。
ゴトン。
⸻
もう一台。
豚田が立つ。
「いくぶひ」
リズム。
テンポ。
運命モード(旧もえたんモード)。
動きは同じ。
だが。
噛み合う。
景品は激しく動く。
⸻
最後に、すき。
静かに立つ。
目を細める。
未来の“気配”をなぞるように。
一手。
迷いなく。
ゴトン。
⸻
沈黙。
そして。
拍手。
「すごい……」
「全然違う……」
「同じなのに……」
一人の新入生が、ぽつりと聞いた。
「……どうやるんですか?」
⸻
止まる。
すき。
沙希。
舞子。
豚田。
誰も、すぐに答えられない。
凛が口を開こうとした。
「それは――」
理論で説明しようとする。
その瞬間。
「ちょっと待て」
針千が前に出た。
ポケットからメモ帳を取り出す。
ぱら、と開く。
「いいか」
ペンを走らせながら言う。
「今のはな」
「全部、積み重ねだ」
「重心の位置」
「接地面」
「摩擦」
「押す角度」
「戻り幅」
ひとつひとつ。
言葉にしていく。
凛が、少し驚いた顔で見ている。
(……ちゃんと整理されてる)
針千は顔を上げた。
新入生たちを見る。
「お前らも、同じことやれば」
一拍。
「できるようになる」
少しだけ笑う。
「……かもしれない」
間が空く。
「でもさ」
針千は続ける。
「誰かの真似してるだけじゃ、つまんねぇだろ」
部室が静まる。
「必死にやってさ」
「失敗して」
「考えて」
「自分なりの取り方、見つけろ」
一拍。
「その方が、楽しい」
沈黙。
針千推しの新入生が、
涙をこぼしながら、拍手した。
周りを見る。
目で訴える。
(拍手しろ)
一斉に拍手が広がる。
すきは、その光景を見ていた。
ふと、思い出す。
初めて、この部室に来た日のこと。
みんなのプレイに、驚く針千。
(……もう1年も経つ)
少しだけ、笑う。
(成長してるのは)
一拍。
(選手だけじゃない)
「さすが主将」
小さく呟いた。
⸻
「さっすがクレーンゲーム部裏の顔!」
沙希が笑う。
「理論も、きちんと整理されているのね」
凛が静かに言う。
「ティーカップ……足りませんわね?」
舞子がくすっと笑う。
「頼りになるぶひ」
豚田が頷く。
針千は頭をかいた。
「うるせぇな」
そして。
手を叩く。
「よし!」
「練習するぞ!」
部室が動き出す。
その外。
廊下。
⸻
晴谷蓮二が、壁にもたれていた。
腕を組み。
中の様子を見ている。
(……俺)
一拍。
(必要か?)
少しだけ、笑った。




