16、猫が捨てられていました
橘 信司は困惑していた。
店の前から、子猫の鳴き声が聞こえてきたからだ。
店の猫たちは皆寝ている。
信司がそっと扉を開けると、そこにはかごに入れられた子猫がいた。
手紙がそえてある。
<猫の名前はバニラです。かわいがってあげて下さい>
信司はやるせない気持ちになった。
「なんで、こんな可愛い猫様を、店の前に捨てたのでしょう・・・・・・」
信司はバニラを急いで動物病院に連れて行った。
幸い、病気は持っていなかった。
予防接種をしてもらい、店に帰った。
「新しい子がきましたよ、猫様達」
信司は子猫をそっと5匹の前に置いた。
十分に逃げられる広さがある場所だったが、5匹は逃げることもなく、子猫の匂いを嗅いでいた。
子猫のバニラも、逃げることなく、5匹にすり寄った。
「それでは、今日も店を開きますか」
「バニラは、奥の部屋でゆっくりしていて下さい」
そう言って、信司はバニラを客席から遠い場所に置いた。
店の看板をOpenにした。
すると、今日はアリサがやって来た。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
信司はアリサの首に、入店時間を書いた紙を下げた。
「あれ? 新しい猫ちゃんがいますね?」
アリサがいつもの席に座ると、奥からバニラがやって来た。
「はい、今日店の前に捨てられていたんです」
アリサが手を差し伸べると、バニラが顔を擦りつけた。
「私、子猫は大丈夫みたい。可愛い」
猫嫌いのアリサは呟いた。
アリサはオムライスと紅茶を頼んだ。
信司が台所に入って調理を始めると、見慣れない親子連れが現れた。
信司は以前、子どもが猫をいじめていたことを思いだし少し警戒した。
「いらっしゃいませ、当店は猫様が第一ですが、よろしいですか?」
「あの、バニラいますか?」
子どもが泣きはらした目で、信司に問いかけた。
「バニラは、今日店の前で見つけて、ここにいますが」
「良かった!」
「あの、返して頂けませんか?」
母親が言った。
「平気で猫様を捨てるような家へ帰すことは出来ません」
信司がそう話していると、バニラがやって来て親子に身を擦りつけた。
「にゃーん、にゃーん」
「バニラ!!」
子どもがバニラを抱きしめた。バニラは嬉しそうだ。
「実は、父親がバニラがあまりにいたずらをするので、こちらに勝手に捨ててしまったんです」
母親が気まずそうに言った。子どもはバニラを抱きしめて笑っている。
「そうですか、でも猫様の幸せが一番です。返すことはできますが、約束をして頂けますか?」
「なんですか?」
親子は信司を見つめた。
「もう二度と、猫様を捨てないで下さい。そして、かわいがってあげて下さい」
信司は身を切るような痛みを感じながら、バニラを親子に返した。
「はい、もう二度と捨てさせません!」
母親は礼をすると、バニラと子どもを連れて帰っていった。
「大丈夫でしょうか」
信司はバニラの身を案じた。
「まあ、子どもも喜んでたし、大丈夫でしょう」
アリサは信司を励ました。
その日は、少し猫たちが不思議そうな顔をしていた。
「何があっても、私は猫様達を手放しません。安心して下さい」
信司は5匹の猫たちに言った。
その後はいつも通りに、営業を続けた。
お客達が帰ると、信司は店を閉めた。
「バニラ、幸せになって下さい」
信司は祈りを込めて呟いた。




