VS.巨大水蛇 ヴィペールの街2
ちょっと蛇さん怖いかもしれない。
「じゃあ……ちゃんとぉ、助けてよねぇ」
ソワレはソラニテの魔法を解き、泥沼の縁に浮かんでいた船に座った。
「任せて」
夕霧が唇の端を釣り上げると、ソワレもまったく同じ表情をする。
戦闘開始だ、とトーガとリヴィに目で合図する夕霧。
水蛇に気付かれぬよう、高い木の陰に隠れ、先程決めた持ち場に着く。
しばらくすると、泥が盛り上がり、大きな蛇が沼から顔を出した。頭だけで直径三メートルはありそうだ。
『おぉ……こいつは上玉。魔力も上々だ。ソラニテめ、やっと自分の娘を差し出したか』
蛇の言葉なんてわからないはずだが、もうこの世界では動物の言葉がわかるのが当然のようだ。元の世界に帰って犬とかに話しかけたら恥ずかしいな、なんて夕霧は思った。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。水蛇の舌がソワレの頬をなぞった。
彼女の表情が恐怖にひきつりそうになるが、そうなっては水蛇の思う壺だと、平静を保とうとするソワレ。
一刻も早く助け出してやらねば、と夕霧は焦る。同じ女の子だ、爬虫類が嫌いな気持ちはよくわかる。
作戦は至ってシンプル。リヴィが凍らせて、トーガと夕霧がダメージを与え、倒す。
水蛇はソワレに夢中で、リヴィが背後にいることに気付くそぶりも見せない。リヴィは少し意識を集中させ、水蛇に向かって手をかざした。猫の時よりも、真剣な顔で。
「グラキエース・マキシマム(骨の髄まで凍れ)!」
ひゅう、と沼全体に冷気が漂う。
氷の魔法に関しては天才、というのも頷けた。泥沼全体を氷で包んでしまい、一瞬で氷河に来たようだ。
「こ……こわかったぁー……」
ソワレは水蛇が凍ったことを確認し、凍った泥沼の表面を歩き縁に戻ってきた。ソラニテの娘だけあって、常人よりは肝が据わっているらしい。
「ほら、トーガ、夕霧。早く」
やはり強い魔法だったらしく、リヴィの額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「はいはい、今行くよ」
なんだか戦いらしくなくて、拍子抜けだな、なんて夕霧が思っていると。
『馬鹿共め! この私がそう易々とやられると思っておるのか!』
恐ろしい声が凍った沼に響き、沼の表面がびきびきと音を立てて割れた。
そこから飛び出してきた大蛇の尾は自らを凍らせたリヴィに巻きつく。
「っ…」
苦しげに顔をひきつらせるが、けして声を上げようとしないリヴィ。
それが気に障ったのか大蛇は更に力を込めた。
『その程度の魔法力で私にたてつこうなど、甘い! かの大魔法使いソラニテも手出しできぬのだぞ、わきまえろ若造!』
凍らせられたことに随分とお怒りのようで、夕霧やトーガのことはまるで眼中にない。ソラニテが手を出さなかったのは相性が悪いからだというのに、水蛇はかなり思いあがっている。
しかし水蛇は思いあがる程に強くなるタイプのようで、ギチギチとリヴィを締め付ける。
「ぐ、は……っ」
とうとうリヴィの顔に苦痛の色が宿った。頭に血が上り、がんがんとバットを振り下ろす夕霧。
「一瞬でも凍らせられたのはお前だろ、このデカブツ! リヴィを離せ!」
少しでも気をそらせればと、バットで殴りつける。全力を出しても、鱗に傷一つつく気配もない。トーガも剣を鱗に押し付け電流を流そうと試みるが、まったく無駄な行為のようだ。
『っは、なんだそれは! 痛くも痒くもないわ!』
「「うわぁああ!」」
水蛇は胴体をくねらせ、二人を吹き飛ばした。
夕霧は木に激突し、一瞬息ができなくなるが、なんとか、生きている。
「あんなやつ、倒せるか……?」
呟く夕霧。今までの敵とはレベルが違う。できることならば逃げ出したいが、リヴィが捕まっている。トーガは……気絶。
ソワレだって危ない。いつ蛇にぱくっとやられてしまうかわからないのだから。
……戦うしか、ない。バットを握りしめる夕霧。先程水蛇の鱗を殴りつけたせいで、ひびが大きくなってしまった。しかし、彼女の武器はこれしかない。これで、水蛇を倒すしかない。
木の陰から蛇を覗き見る夕霧。
水蛇はリヴィを締め付け、苦しむ顔を眺め楽しんでいる……夕霧のことはまったく考えていない。トーガのように気絶したと考えたのだろう、人間も舐められたものだ。
夕霧は必死にできることを考えた。
水蛇にできなくて、自分にできること。戦略は常に自分が有利になるように考えるものだ。
まず、最悪でもやらなければいけにことは、リヴィを取り返すこと。気絶したトーガを回収すること。ソワレは……。夕霧が辺りを見回すと、既に身を隠していた。下手に動かれるよりも都合がいい。
よし、と作戦を思いつく夕霧。ぶんぶん飛び回り、リヴィから意識を逸らさせる。
思いついたら早かった。大蛇の頭の周りを旋回し、挑発し、蠅になった気分と笑う夕霧。
「お前みたいな奴、ソラニテが出る幕じゃないんだよ! 魔法も使えないような私で十分だ!」
元の世界で培った、ネット印の煽り技。
調子に乗った水蛇には良く効いたようで、尾の力が緩み、大蛇の目が夕霧を睨みつける。
一瞬、体の働きが停止するほどの恐怖を与えられた夕霧は、あちらから見えないように、高度を下げて木々に隠れる。
『五月蝿い……まずはお前から殺してしまおう』
ずるっ……ずるっ……
沼から這い出る水蛇、それと同時に鼻が曲がるような悪臭。長いこと泥沼に姿を隠していたせいで、体に付着していた泥水が腐ったのだろう。予想外の展開に、夕霧は焦りを隠せない。
大蛇は大きく口を開け、紫色の液体を吐き出した……木が溶ける……毒だ。
『この私の毒で、骨の髄まで溶かしてやろう』
恐怖に夕霧の頬がひきつる。死ぬかもしれない……生まれて初めて、強くそう感じた。
バットを握る手に力が入る。
『お前をずたずたに切り裂いてやる……内臓を貪って……血を啜って……』
ズル……ズル……
体を引きずる音が、夕霧の耳にやたら大きく響く。
奴は動物なのに鼻は利かないようだ。
まぁ、自分の体から彼女の判断力を鈍らせるほどの腐敗臭をさせているのだから、仕方ない。
『どこだ……どこだ……』
木の陰から大蛇の姿を窺う。
軽く十メートルはある巨体に、貫通したらひとたまりもないような立派な牙。
黒と紫の禍々しい胴体から尻尾にかけてはしなやかに撓り鞭のように彼女を叩きつけるだろう。
勝機は――ない。
夕霧がが持っているのはひび割れたバット一本だ。体も牙も臭気でさえも味方に付けている水蛇を相手にに何ができると言えよう。
視線を下に落とす。怖い。
大蛇が毒を撒き散らし、周囲の木々を溶けさせている。ジャージしか着ていない夕霧なんかが触れたら、即効あの世行きだ。狐の防具だって毒には勝てないだろう。大蛇は毒たまりの上を悠々と歩いている。あの分厚い鱗には屁でもないのだろう。
禍々しい紫色の液体があちらこちらに水たまり状に溜まっている。
それを見て、ぴんと来た。
――勝てる!
一番近くにあった毒たまりに近付き、バットにその液体をべったりと付けた。ひび割れたところにどろりと流れ込む毒。シュワシュワとバットを溶かし始めたため、急いで仕事に取り掛からないといけない。
夕霧は大蛇の前に姿を現す。
『とうとう観念したか!』
飢えた大蛇は嬉しそうに彼女に向かって大口を開けて突撃してきた。
「くっらえ!」
バットを口の中につっこむ。鱗に毒が効かないとはいえ、体内に入ってしまえば回らないはずがない、生き物なのだから。
自らの毒でやられるとは思ってもみなかったであろう大蛇は、驚きに目を見開いた。
しかし、それだけ。
やはり、こいつ自身の毒は効かないのか――絶望に包まれる。口から毒を吐いていたのだ、これは納得の結果だったのかもしれない。
牙は夕霧の目と鼻の先。毒付きバットを水蛇の口に放り込むために、自ら死に近づいてしまうというミスを犯した。
せめて元の世界で死にたかった、なんて思う夕霧。……しかし。
『ぎゃぁあああああああああああ!』
断末魔の叫び。
水蛇の長い体がのたうちまわり、氷の混じる沼の表面を荒らす。
いつの間にかリヴィは水蛇の尾先から消えている。ポカンとその姿を見つめる夕霧。
暴れる水蛇から逃げようと、ぴるぴるが髪の毛をひっぱった痛みで我に返り水蛇から離れた。
毒は、効いたのだ。粘膜が焼けただれていく臭いがする。
少し離れて見ると、ものすごい光景だ。
巨大な水蛇が凍った沼で暴れまわり、木々を倒す。
水蛇の勢いが段々となくなっていき、体が地に伏した。そして目から光が消える。
勝った、のだ。
呆けながら水蛇の亡骸を眺めていると、トーガが泣きながら近寄ってくるのが夕霧の目に入る。
ソワレも、あの呑気なお嬢様が、少し青ざめているようだった。
そこではっと気付く。
リヴィだ! 尻尾に捕らえられていたリヴィは、この調子だとどこかに叩きつけられているだろう。
最悪、死んでいるかもしれない、と夕霧は血の気が引いていく音を聞いた。
「リヴィー! リヴィ、返事しろー!」
水蛇の尾の辺りを飛び回り、リヴィの姿を探す三人。
しかし黒い髪の毛に黒いローブのリヴィが目立つのは街中だけだ。この薄暗い沼ではまったく目立たない。
もしかして、凍った沼の底に沈んでしまっているかも……
どんどん悪い方向に走っていく思考を振り切るかのように、スピードを上げる。
しかし、ソラニテの魔法も万能ではない。
飛行魔法はだんだん力を失ってゆき、とうとう浮遊していることもままならなくなってしまった。
「リヴィ――――!」
声を限りにして叫ぶが、返事はない。
必死に足を動かすが、飛んでいた時程の距離は一気に動けない……必然的に、探すペースが落ちて行く。
トーガもソワレも、リヴィを探すのに必死だ。
「リヴィ! リヴィ―! リヴィ!」
「リヴァイアさぁーん!」
ただでさえ薄暗い沼が、陽が落ちてくるとどんどん視界が悪くなり、とうとう十センチ先も見えなくなった。それでもリヴィは見つからない。
「今日はぁ、もう無理よぉ……明日ならぁ、お父様に手伝ってもらってぇ、見つけ出せると思うのぉ……」
ソワレが疲れ切った様子で言った。
確かに、今日はもう見つかる見込みはないだろうしソラニテに助けてもらった方が効率的だ。
しかし、
「私はもう少し探してみるよ」
夕霧はこういう時、頑固だ。
普段はそこまで熱い人間ではないけれど、誰かがいなくなってしまうと、いてもたってもいられない。情に厚いのだ、彼女は。
「お、オレも! リヴィが死んじゃうかもしれないっていうのに、オレだけ帰れないよ……オレだって心配で死にそうなんだ。」
弱弱しく微笑むトーガ。
当然だ、数日一緒にいただけの夕霧よりも何年も過ごしてきたトーガの方が心配だろう。
「……そんなのぉ、私だって帰れないじゃなぁい……」
ソワレも、少し電波が入っているとはいえ基本的にお人よしだ。
「いや、ソワレは戻ってほしいかな。ソラニテに報告して、明日リヴィを……」
「その必要はない」
聞き覚えのある声と共に、沼が一気に明るくなった。
――ソラニテだ。
彼と共に、数人の有能な魔法使いや魔女が沼の周りに浮いている。
「御苦労だった、我が姪夕霧と、その仲間トーガ、リヴァイア……そして我が娘ソワレ。お前らのおかげで我々の街は救われた!」
両手を広げるソラニテ。
夕霧の表情が驚きに満ちる。
ソラニテが何か大演説をしているが、彼女の耳には入らない。
夕霧がソラニテの姪だとすれば、つまり両親は盗賊と踊り子ということになる。
しかしそのポジションはリヴィのものだ。
それに、夕霧は異世界から来たのだ。元々この世界にいる存在ではない。
彼女の頭の中が、ごちゃごちゃになる。
「お父様ぁ! 御託はよろしいですわぁ、早くリヴァイアさんを!」
見てらしたんでしょぉ、とソラニテを睨むソワレ。
「彼なら救出済みだ。無事だよ、私たちは全部見ていた。……君の戦い方は、お父さんそっくりだ、賢く、強く、勇気がある」
すぅ、とソラニテが夕霧の傍に移動する。
「私……私は、違う世界から来たんだ! 異世界の住人である貴方と血が繋がっているはずが――」
ここで一つの仮定が、夕霧の脳裏をよぎった。
ソラニテは、大魔法使いだ。
異世界に人を飛ばすなど、容易いのではないか。
盗賊と愛し合っていた踊り子を、何らかの理由であの世界に隠した。
そう考えれば、つじつまが合う。
それに、ソワレ。
夕霧とそっくりな姿をした、ソワレ……
彼女がソラニテの顔を見上げると、優しく微笑んでいた。
「君はお母さんに似て聡明な子のようだね。その通りだよ、君の考えている事は正しい。私が君と君のお母さんをあの世界に送った」
また君が戻ってきているのはどういうことかわからないがね、と微笑むソラニテ。
しかし夕霧の顔は浮かない。リヴィの事が心配なのだ。彼女がその二人の子供で、この世界の住人だとすれば、リヴィは。
盗賊と踊り子が自分の親だと思うことで孤児だというコンプレックスを解消していたリヴィは。
「リヴァイア君のことが心配かな。大丈夫だよ、彼には私から言っておこう。今、君たちがすべきことは……」
ソラニテの手が彼女たちの眼前にかざされる。眠りの魔法だ。
「ゆっくり、おやすみ」
『ゆうちゃん、ゆうちゃん!』
若い女性が森の中を一人歩いている。ゆうちゃん、という誰かを探しているようだ。
誰か……いや、彼女が探しているのは幼いころの夕霧だ。
夕霧がゆうちゃん、なんて呼ばれていたのは遠い昔、十五年以上前だ。
女性は見覚えのある場所に辿りついた。
『もう、ゆうちゃんはこの切り株が大好きね。ほら、帰るからおいで』
ヴィペールにある切り株。夕霧とソワレが出会ったあの場所だ。
そこで、まだ幼き日の夕霧が遊んでいた。
『夕霧。夕霧』
今度は、男の声だ。しかも、つい最近聞いた声。これも記憶だろうか、と夕霧はぼんやりと声に意識を向ける。
『夕霧、夕霧』
……違う、と夕霧は、今度の声が記憶ではないことに気がついた。
ソラニテの声だ……ふわふわした意識の中で、彼の声を頼りに、彼女は自分の体へ戻る。
背中が痛い、と感じる夕霧。眠りから覚め、感覚が戻ってくる……暖かくて、緑の香りに包まれている、そう、ここは……あの切り株。
「起きたね」
ソラニテは魔法でオレンジジュースの缶を浮かせ私に渡した。
「飲みなさい、喉が渇いただろう。話がある」
プルタブは既に開けられていて、夕霧はそのまま口を付けて飲み干した。大分、水分が足りなかったらしい。
「ここに連れてきたのは正しかったかな。君はよく家を抜け出してはその切り株で眠っていた……たった三歳の子供がだよ」
よく一度もモンスターに襲われずに済んだ、と笑うソラニテ。確かに、ここは普通にモンスターも現れるだろうし危険だ。
「事が起こったのは君が四歳になる直前だ。勇者が尋ねてきた。君の母親はどこだ、とね」
ぞわり、と夕霧の背筋に悪寒が走る。
ソラニテの口調が、憎しみや悲しみ、その他もろもろの負の……いや、腐の感情を帯び出したのだ。
「私は言った。あいつなら夕霧を迎えに行っている、と……君が来るところなんてここくらいだとね」
後悔しているのがわかる口調。言わなければよかった、と。
夕霧はは何も言う事が出来ない。ソラニテの放つ空気が、彼女の声を奪っていた。
「そしてあいつはいつも通りの笑顔で……ありがとな、と言った。私は特に何も考えずに妻と談笑していた。あんなことになっているとは知らずに」
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。
「あいつは妹を襲おうとした。この場所で。君が寝ている、その場所で」
衝撃が走る。
勇者が、盗賊と好き合っている踊り子を。子供までいる踊り子を。
しかも、夕霧が気に入っていた、今でも安らぎを感じているこの場所で。
「しかしそれは未遂に終わった。君のおかげだ、夕霧」
ソラニテの雰囲気が少しだけ和らぎ、彼女はやっとのことで声を出すことができた。
「私の……?」
夕霧は思い当たるさまざまな勇者阻止法を考える。しかし、当時三歳の自分にできることといったら、泣き叫ぶくらいしか思い浮かばない。彼女はソラニテの次の言葉を待った。
「君はお父さんの才を受け継いでいるようだ。彼は盗賊という肩書きを好んで使っていたが、本当は召喚術の使い手だった――一種の魔法だよ」
地面にガリガリと魔法陣を描きだすソラニテ。夕霧はそんなの三歳児にかけるわけがないじゃないか、と疑いの目で彼を見る。
「私はこの陣を描き、呪文を唱えてやっと小さな召喚獣を出すことができる。しかし、君のお父さんは陣や呪文に頼らず思うままの召喚獣を出せた……君もだよ。」
ソラニテは、かつての友を懐かしむように笑って見せる。
「お母さんが隣で嫌がっているのを見て、君は勇者を悪者だと勘違いした。仕方のないことだ、勇者は君が産まれた時に一度顔を見せたっきり妹に会わなかった」
彼の話を聞きながら、魔法陣をそっくりそのまま描き写す夕霧。構わずソラニテは続けた。
「君は勇者を倒すべく当時の君の二倍もの大きさのイフリータを召喚し、見事に勇者をお母さんから遠ざけ、君とお母さんは逃げ帰ってきた。そしてその話を聞いた私は君とお母さんを勇者の手の届かぬところ……つまり君が住んでいた世界に送った。大変だったよ、あの魔法は」
ふぅ、とソラニテはため息をつき夕霧に目をやった。
「で、君はどうしてこの世界にいるのか説明できるかい? 気が付いたらここにいた、だとかわからないのなら無理はしなくてもいいが……」
迷う夕霧。神が飛ばした、なんて言って信じてくれるものかどうか。横でまだ眠るぴるぴるの頭を撫で、考える。
しかし、ソラニテの話も突拍子の無いものだ。きっと、こちらの話も信じてくれるだろう……そう思った夕霧は、素直に話すことにした。
「私は、トーガを立派な勇者にするために神を名乗る者にこの世界につれて来られました。何故私だったのかなどの詳細は知りません。母は私にこの世界の話はしなかったし、神もしませんでした」
ふと、夕霧は神がこのことを知っていて自分をここに送ったのだろうか、と考える。
ならば随分と意地悪な話だ。彼は夕霧が元の世界に戻る前提で話をしていた。最初から元々はこの世界の住人だということを教えておいてくれてもよかったのではないか。
……信じなかったかもしれないけれど、と自嘲気味に笑う夕霧。
社会不適合者なのは重々承知していたが、まさか世界不適合者だったとは驚きだ。確かに、あの世界でこの世界のように暴力をふるってしまっては問題になる。それが夕霧を苦しめた……つまり、あの世界で生きていくには夕霧の力は大きすぎたのだ。
それにしても、軽く引き受けた話が随分と大きな話になってしまった……なんて苦笑いする夕霧。そしてそこで、もう一つ大きな問題があることに気付く。
弟の薫の事だ。水蛇に止めをさし、今までも大活躍してくれたバットの持ち主である。
あいつも、世界不適合者なのではないか。
「君の考えている事はわかるよ。弟のことだろう」
姪っ子の考えくらいお見通しさ、と笑うソラニテ。
「君が眠っている間に、失礼だとは思ったのだが申し訳ない、妹のことが気になり少々記憶を覗かせてもらった。元気そうで何よりだよ……元気に第二子まで産んで。彼もまた世界に適合できないことは知っているだろうに」
やっぱりそうなのか、とため息をつく夕霧。
薫も夕霧と同じで有り余る力を持て余していた。男の子だから特に、友人とじゃれあっているだけで怪我をさせてしまう。
いつしか、弟の笑顔を見る回数が減っていたことを、夕霧は気付いていた。
「……勇者って、どうなったんですか」
彼女にとって、諸悪の根源ともいえる勇者だ。ソラニテは仕返しでもしにいくのかと、慌てて、
「死んだよ。君ら一家を飛ばしてすぐ、自暴自棄になり自殺した」
と言った。
「じゃあ、私の家族をこの世界に戻すことって……できますか」
夕霧のまっすぐな目。ソラニテはうぅむ、と考え込んだ。
「わからん。しかし、調べてみよう」
約束だ、と笑うソラニテ。
そこまで確認すると、夕霧はごろん、と切り株に寝転んだ。
完全にキャパシティを超えているのだ、実際。彼女の頭は混乱し、必死に情報をまとめ自分を納得させようとフル活動している。
ソラニテはそんな彼女の心中を察したのか、いつの間にか消えていた。
まったく漫画みたいに色々な事が重なる。
……いや、違う。と、夕霧は目を閉じた。
すべてが揃っていたパズルが、一枚だけ抜け落ち不完全になった世界に、残りのピース(夕霧)がはめ込まれたことで、一つの物語ができた……そういうことだ。
なら、受け入れるしかないだろう、元々これは決まっていたことなのだ。目を開く夕霧。
緑の世界が視界を満たす。
「……イフリータ」
何も起こらない。
けれど、体中の血がざわめくような、不思議な気持ちになる。
そうか、と夕霧は笑う。私はこっちの世界の人間なのだ、と。
リヴィやトーガは、さっきのソラニテの口ぶりからして元気なのだろう。
でも、悪いけどもう少しだけ、ここにいさせてほしい、きっとここが私の故郷なのだろう、、と夕霧。
ヴィペールというこの樹上街が。
ならば少しくらいゆっくりしていたって、いいだろう。
夕霧は頭の中を整理するために瞳を閉じた。




