VS.巨大水蛇 ヴィペールの街1
ヴィペールへ続く道は、更に鬱蒼と茂る木々に囲まれていて、道とは言いがたいものだった。
コンクリートジャングルで生まれ育った夕霧にはきついものがある。
しかし一度行くと行ったのだ、撤回するわけにはいかない。
唯一の救いは、木々が高すぎて、葉が茂りすぎて、日差しがほとんど遮られていることである。
夕霧は気を紛らわせるため、トーガに話しかけた。
「トーガとリヴィって、完全に主従関係成り立ってるけど、なんで?」
素朴な疑問だ。確かにリヴィの方が気も我も強いけれど、トーガは王子様なのだからもう少し威張っていても良いように思える夕霧。国民の声に応えて、自分の夢までなげうつような王子なのだから。
「オレ、虐められっ子だったんだ。王子なのに気が弱いから、意地悪な子に目を付けられてさ。それを助けてくれたのがリヴィ。まぁ、他にもたくさん助けられてるけどさ」
いわゆる幼なじみ、というやつだ。
「別に、あいつの顔が気に食わなかっただけだよ」
つん、と会話に入るリヴィ。出た、リアルツンデレ……なんて夕霧は思う。
「オレのことを虐めてた奴、リヴィと仲が悪かったんだ。いつもリヴィの髪の毛のことをからかって」
トーガが顔をしかめる。珍しく怒っているようだ。
「真っ黒の髪の毛ってきれいだと思うんだよね、オレ。夕霧もさ」
トーガの手が夕霧の髪の毛に伸びる。いつも一本にまとめられている彼女の髪は、リアルジャングルを進むうちにかなり崩れていた。
「ちょ、ちょっと待て、私そんな展開求めてな」
顔が赤い夕霧。彼女の男性耐性は0だ。ちなみに髪の毛を褒められたのだってほぼ初めてに近い。
「トーガ、夕霧が使いものにならなくなるよ」
べり、と効果音がつきそうな勢いでトーガから引き剥がされる夕霧。助かった、と思ったのもつかの間、リヴィが放してくれない。
「あ、あの、リヴィ、リヴァイアさん、放していただけないだろうか」
「やだ、夕霧がこんなに狼狽えてるのも面白いし」
ニヤリ、と意地悪な笑みを浮かべるリヴィ。
「ややややめろ! た、助けてぴるぴる!」
夕霧の頭でおろおろしながら事の成り行きを見守っていたぴるぴるは、先ほど夕霧を起こそうとしたときよりも更に高速でぺぺぺぺぺぺぺぺとリヴィの頬を叩いた。
「……わかったよ、放すよ」
実際痛くも痒くもないのだが、必死になるぴるぴるの姿が可愛らしいということで夕霧は解放される。
「はぁ……もう、疲れた……」
げっそりと疲れ切った様子を見せる夕霧。
もうしばらく進むと、人一人寝転がれそうな切り株を発見した。
「ちょっと休憩、もう疲れたよ」
さっき一日分の体力持って行かれたしさぁ、と夕霧は文句を言う。
「……悪かったよ、僕はその辺でモンスター退治してくるから夕霧は休んでて……トーガは来るんだよ」
一緒に休む気満々だったらしいトーガは慌てて剣を背負い直した。夕霧はというと、歩き疲れも手伝って既にうつらうつらとうたた寝している。
「ぴるぴる、夕霧のこと頼んだよ」
リヴィはトーガの準備ができたことを確認すると、再び歩きだした。
切り株で眠る夕霧の傍に、一匹の九尾の狐。言うまでもなくぴるぴるなのだが、必死に眠気をこらえている。
しかし眠ってしまっては何かが現れた時に反応できない。しかも子狸の姿に戻ってしまう。
そんなことをすれば二人が戻ってきたときに怒られてしまうだろう……それは嫌だった。
「ん……」
夕霧が身じろぐ。
どうしたのだろう、と彼女をのぞき込むぴるぴる。
『あら……私がちょっと居眠りしている間に、ペットなんて飼い始めたのね』
「!」
どこからともなく声がする。というよりも、夕霧から……しかし、彼女はこんな喋り方ではない。ぴるぴるは辺りをを警戒した。
『あら、私を警戒するだなんて笑えちゃうわね。誰よりも夕霧の味方だっていうのに……早く思い出さないかしら』
うふふ、と笑う謎の声。
「誰だ、貴様は・・・」
重低音の声で唸ってみせると、謎の声はくすくすと笑った。
『ファーチャよ、そのうちまた会うこともあるだろうから、覚えておきなさい……あら、誰か来たわ』
ファーチャと名乗った声の言うとおり、確かに一人の少女がこちらへ向かって歩いてくる。
「あらぁ? 先客ぅ? ここ、私の場所なのにぃ……」
不満そうに唇を尖らせる少女は、夕霧を見て驚いた。ぴるぴるも、少女を見て驚いた。
「あらぁ! あなたのご主人様、私とそっくりねぇ!」
髪の毛と目の色こそ違うが、顔立ちや体格がそっくりだし、なによりぴるぴるの鼻に届く匂いが、彼女たち二人酷似している。
「私とそっくりならぁ、ここの切り株が気に入るのも仕方ないけどぉ……」
「ん……」
うるさいな、と夕霧は不機嫌そうに目を覚ました。
そして目の前にいる少女を見ると、首を傾げる。
「誰?」
ぴるぴるは夕霧が目覚めたのでもういいだろうと、子狸の姿へ戻り彼女の陰に隠れた。
「私ぃ、ソワレ。貴方、私とどんな関係でいらっしゃるのぉ?」
間延びした喋り方に、少しだけイラッとした夕霧だが、ここはひとつ我慢だ、と自分に言い聞かせる。
「私は夕霧。君とはまったくの他人だと思うけど……なんで?」
「だってぇ、貴方私とそっくりじゃなぁい?」
夕霧は黙った。そしてソワレの顔をまじまじと見つめると、
「……確かに」
と認め、不思議そうに彼女の顔を見つめる。
「貴方ぁ、私の代わりに生け贄になってくれなぁい?」
「は?」
いきなりの突飛な質問に固まる夕霧。
しかし、この世界では普通のことなのかもしれない……んなわけないだろうが。なんて思いつつ、
「わ、私の仲間が戻ってくるまで待ってくれるなら、話し合おう。な」
ということで、二人と一匹は切り株に腰掛けてトーガとリヴィの帰りを待つことになった。
「……なるほどね」
「本当にそっくり……」
戻ってきて生け贄の話を聞いた二人の反応はこんな感じだった。
トーガはひたすら夕霧とソワレのそっくりさに驚いていたが、リヴィは頭の中でどうすれば得になるか考えている。
「とにかく、その君が生け贄に捧げられる化け物の話を聞こうじゃないか」
「じゃあ、私のおうちに来てぇ。お父様が話してくれると思うのぉ」
ちょい、とスカートの裾をつまんで歩き出すソワレに続き、歩き出す三人。
どうやらソワレは、目的地であるヴィペールの住人のようだ。
ソワレは魔法使いだったようだ。雷の魔法が得意なようで、モンスターたちを感電させては道を譲らせている。
「あの子強いね」
夕霧はソワレとリヴィが魔法を連発するせいで楽に歩けることを喜んでいた。
二人とも負けず嫌いなようで、目に留まったモンスターを早いもの勝ち、とでも言うかのごとく倒していく。
ヴィペールに着く頃には、二人とも魔法の使いすぎでだいぶ疲れていた。
「……君、やるね」
「貴方こそぉ、私についてこれるなんて何者ぉ?」
ソワレは今まで、街で一番の天才と言われていたせいで人に勝てないことが嫌いならしい。
しかも、道中の発言でとんだお嬢様だということがわかった。なんと、ソラニテの娘だという。
「ここからは飛んでいくのぉ。ちょっと待ってねぇ」
ソワレは小さな鈴を取り出すと、チリンチリンと鳴らした。
すると、箒に乗った絵に描いたような魔法使い……ではなく、エルフが現れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご友人たちも、ようこそいらっしゃいました」
トーガの国では絨毯だったが、この国では箒なようだ。
「バウァール、お父様にお客様よぉ。大蛇退治をしてくれるかもしれないわぁ、実力も折り紙付きよぉ。至急、お通ししてぇ」
「かしこまりました」
パチン、とバウァールが指を鳴らすと数人のエルフが現れる。
「どうぞお乗りください」
箒に乗り込み、上昇する四人。
ぴるぴるは落とされまいと必死だ。
「ちょ、ぴるぴる痛い! 私の髪の毛がマッハなんだが!」
「うるさいよ夕霧」
「あ、見て見て!ヴィペールだよ!」
トーガの声に顔を上げた夕霧。
そこには、元の世界ではありえないような樹上街が広がっていた。
魔法で組み合わされた樹が固定され、その上で生活する人々。たくさんの箒が飛び交っている。
今までの街の中で、一番ファンタジーだ。
箒のままソワレの家へ向かうようで、ヴィペールの中心地へ向かっている四人は、それぞれの興味を惹かれた場所を見ている。
そうこうしているうちに、ソワレの……大魔法使いソラニテの家に着いた。
「お父様ぁ、ただいま帰りましたぁ」
既に来客の知らせを聞いていたソラニテは、応接間のようなところで四人を待っていた。
「いらっしゃい、リオンの王子トーガ、天才氷魔リヴァイア、そして……異世界からの来訪者、夕霧」
す、と立ち上がると一人一人に握手を求め、座るように促すと自らもまた同じところに腰掛けるソラニテ。
「……なんで私が異世界から来たなんてわかるんです」
座ってすぐに、思わずそう問いかける夕霧。生け贄の話なんてすっかり忘れている。
「魔法使いだからさ。本当に君は……そっくりだ」
ソラニテは目を細める。娘とそっくりな顔をした人間を見た父親はこんな風になるのだろうか。
「さて、君たちは我が娘ソワレを、ひいては街の娘たちを救うために一肌脱いでくれるそうじゃないか。言っておくがあの蛇は手強いぞ」
ソラニテは、ヴィペールのすぐ傍にある泥沼に住む、毒を持った巨大な水蛇の話をしてくれた。
泥沼にいる水蛇に、ソラニテの得意とする雷系の魔法は効かない。
泣く泣く、水蛇が要求する年頃の娘を捧げることで街の平和を守っているのだという。
「泥沼から出た蛇には魔法、効くんじゃ……?」
トーガの疑問だ。
「あの泥沼には水神が奉られている。あいつはわざわざ街へ来なくとも、祠を壊すことで街を破壊することくらいならできる」
なるほどね、とリヴィ。
「これまで他の人に助けを求めようとか、思わなかったの?」
確かにその通りで、大魔法使いともなれば人脈も相当のものだろう。それなのに、なんで。
「私が倒せないものを、倒せるなどと意気込む馬鹿が今の世にいると思うか? 勇者はその馬鹿だったが、今はもういない」
ソラニテは頭を抱えた。
大魔法使いといえど、娘を失うのは辛いのだろう。むしろ、この大魔法使いが娘を甘やかして育てたのは、ソワレを見ていればわかる。
「ソワレは今夜大蛇の元へ行く……あぁ、もし大蛇を退治する者があればどんな物でも差し出すというのに!」
きらん、とリヴィの目が光った。
夕霧もリヴィの考えていることがわかった気がして、口をついて出た彼女の言葉は、
「「任せて。」」
だった。声をそろえた二人に、トーガはすごく面食らった顔をしていたが、とうとう覚悟を決めたのだろう。少し遅れて、小さな声で
「任せて……」
と呟いた。
ソラニテは、自分の娘とそっくりな夕霧を見つめ、何も言わない。良いのだろうか、こんな年端も行かない娘たちに任せて、と悩んでいるらしい。
「年頃の娘なら誰でもいいんでしょう? じゃあ、私でもいいわけだ。なんの偶然かわからないけれど、ソワレと私はそっくりなわけだし」
そう言うと、リヴィとトーガにとっては予想外のことだったようで、二人とも慌て始めた。
「何を言ってるの、夕霧。おとり作戦なんて僕は嫌だよ。……間に合わなかったら、どうするのさ」
「そうだよ! 夕霧、頼むからいつもの通りリヴィが凍らせて夕霧がぼこぼこにする作戦で……あ、今回はオレも、手伝う……けど」
トーガが自信なさげなのはいつもだが、リヴィまで気弱な発言だ。しかし、夕霧は自分がおとりになる作戦が一番だと信じて疑わない。
「大丈夫だよ。ソワレ、あんまり気に入ってない服貸してくれるか? さすがにこの格好じゃ大蛇も怪しむだろうし」
夕霧がジャージの上着を脱ぎ捨てると、リヴィその上着を彼女の肩にかけ直した。
「許さないよ、君がそんなことするなんて。大蛇なんて油断させなくても、僕が一瞬で凍らせてみせるから」
夕霧の表情が驚きと、どこか照れのようなもので染まる。
しかし彼女の思いは変わらないようで、三人の間で折れることのない戦いが始まった。
「……私ぃ、食べられなくてもいいならぁ……途中までぇ、生贄のふり、するよぉ?」
その戦いを開始数秒で終わらせたのは、ソワレだった。
恐怖を押し殺したような、震える声。しかし、その音には確固とした決心が現れていた。
「……それでこそ、私の娘だ」
ソラニテはソワレを優しく見つめると、夕霧の方を向いた。
そこで感じる違和感。夕霧は、ソラニテが何か、自分に特別な感情を抱いているように思えた。親の愛に限りなく近いが、どこか違うもの。娘にそっくりというだけで、そんな情を会ってすぐに持つものだろうか。
「夕霧。そして……リヴァイア、トーガ。娘を……この街を頼んだよ」
ソラニテは小さく何か呪文を唱えた。
数秒後、四人の体が軽くなり宙に浮き始める。なんだなんだ、と夕霧は不思議そうに自分の体を見つめた。
「私にはこれくらいしかできないが……君らの助けになればいいな」
リヴィも驚いている。
「他人に浮遊魔法を、しかもこんなにいっぺんにかけられるなんて……」
くっくっく、とソラニテは笑った。
「大魔法使いの名ははりぼてではないぞ。あの大蛇だって、相性が悪すぎたというだけで泥にさえ浸かっていなければ……といっても、きっとあいつは私の弱点が泥だと知って沼に住んでいるのだろうがね」
あちらの方が一枚上手だったわけだ、と呟く。大魔法使いだ、プライドも相当高いだろう……この事態が一番悔しいのはこの人なのかもしれない。
ならば、できるだけ完璧に任務を完遂し、この大蛇の記憶を過去の物にしてあげること、それが自分たちにできる最善のことだ、と夕霧は決意を固くした。リヴィのおじさんのために、いっちょやってやるか、と。
夕霧は少し不安そうに自らのバットを見たが、大丈夫だろうと思い直した。
「ぴるぴるはどうする? 待っててもいいんだぞ」
小さく弱いペットに選択権を与える夕霧。しかし、ぴるぴるはぎゅう、と彼女の頭にしがみつき離れようとしない。
ぴるぴるの覚悟に触発されたのか、トーガも剣を肩にかける紐を握りしめた。
準備は、万端なようだ。
「じゃあ……行くか!」
夕霧の号令で、三人はソラニテの家を飛び出した。目指すは泥沼、水蛇の巣だ。




