VS.巨大水蛇 ヴィペールの街3
夕方。
緑の木々が赤い夕陽に染まり、夕霧が眠る切り株も赤い。
そこに近付いていく二人の影。トーガとリヴィだ。珍しくリヴィが刀を持っている。
水蛇が飲みこんでいたものだ。毒で溶けた夕霧のバットを発見したリヴィは、この刀は売り払わずに夕霧に渡そうと取っておいたのだ。
しかも、この刀は毒蛇が飲みこんでいただけあり、切った物に毒を与える付与要素がある。きっと即戦力になるだろう。
眠り込んで目覚めない夕霧の頬にぺちぺちと刀を当てるリヴィ。
「ちょ、リヴィ! 危ないよ……」
毒にかかっちゃったらどうするのさ、と怒るトーガ。
「大丈夫だよ、切らない限り毒にはかからないから」
起きないなー、とぺちぺちするリヴィ。ぴるぴるも中々目覚めない。よっぽど怖かったのだろう。
リヴィが少々飽きの色を見せ始めた時、夕霧の目が開いた。ぱっちりと。
「うわぁあああああああああああああああ!」
叫び声と共にリヴィを跳ね飛ばす夕霧。今の勢いなら水蛇も一発でひっくり返せただろう。
「っ……耳が……」
跳ね飛ばされたリヴィは、放してしまった刀を取り戻ってきた。
トーガは耳をちゃんと塞いだようで、苦笑いを浮かべていた。
「まったく、本当に君は男耐性ないよね……異世界人じゃなくなったんだし、僕と恋愛してみる?」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべるリヴィ。
「慎んで遠慮します」
リヴィはつまんないの、とぼやく。
一気に目が覚めた夕霧は、リヴィの親が今まで信じてきた二人ではないということが発覚してしまったことを思い出し、ちらり、とリヴィの表情を窺う。
いつもと変わらない。
変わったことと言えば……魔法使いのリヴィが、刀を持っていることくらいだ。
「ねぇ夕霧、夕霧は刀って使える?」
トーガだ。
「多分ね」
すると、リヴィがずい、と持っていた刀を差し出した。
「じゃあ、使うといいよ。トーガが大蛇の体から見つけたんだよ、これ」
夕霧が受け取り、少し振ってみるとバットと同じくらいの重さで振りやすい。
柄の部分もちょうどいい太さで握りやすく、まるで夕霧のために作られたような刀だ。
「ふぅん、似合うんじゃない、様になってるよ」
「うんうん! オレ、それ見つけれて良かった! ちょっとは役に立てたんじゃないかな」
刀似合うって言われても……と苦笑しつつも、満更でもなさそうな夕霧。
武器がなくなってしまったところにこれはとても助かる。
「トーガ、ありがとう……リヴィも」
持ってきたのは僕だよ、とむすっとしたリヴィにもお礼を言い立ち上がる夕霧。これ、どうやって持ち運ぼうかね……と頭を悩ませる。
「次はどこに行くんだ?」
「決まってないよ、蛇が予想以上に色々なものを飲み込んでいてね。ついさっきまで作業をしていたんだ」
にやり、とリヴィが笑う。そうかそうか、大漁だったんだな、と夕霧。トーガは疲れたのか、少しげっそりしている。
「もう一晩だけソラニテのところに泊めてもらって、明日近くの村に行ってみようって話してたんだ」
何も無ければいいなぁ、と思っているのが見え見えなトーガ。
今回もトーガなりには頑張っていたことだし、次は実践でも大丈夫ではないだろうか。それに、剣に対して刀を入手した夕霧。手合わせなんかもできるのではないか……なんて考える。
「夕霧―! 何してるんだよ、置いていっちゃうよ?」
「今行くよー!」
考えるより動け、だ。夕霧は明日にでもトーガの実践練習の相手をしてやろうと心に決めた。
「随分と立派な刀を手に入れただな、夕霧。似合っているぞ」
ソラニテは夕霧たちが帰るなり、風呂に放り込んだ。相当汚れていたのだろう。そして夕霧が風呂から上がり、ぴるぴるを乾かしているところにやってきた。
「ありがとう。刀似合ってるっていうのもちょっと複雑だけど」
わしわしとぴるぴるの水分を拭き取りながら言うと、ソラニテがふっ、と笑った。
「こうして風呂上がりの君を見ていると妹のことを思い出すよ。元気にしているのかな……あの子もしょっちゅう小動物を拾ってきていてね」
少し遠い目をしたソラニテは、夕霧の返事を待っているようには見えなかった。きっと自分の思い出に浸っているのだろう。
「そうそう、君にプレゼントがあるんだ。私が作ったものだから、そうそう壊れはしまいよ。」
「え? ありがとうございます」
ぴるぴるが赤くならないように優しく細心の注意を払い拭いていた夕霧は、ソラニテが差し出した物を不思議そうに受け取った。
「その刀をしまうといい。そのまま持ち歩くのは危険だし、刀も悪くなってしまう。それに何より、君が間違って怪我をしてはいけないからね。大蛇の皮をなめして君の服の色に合わせて作らせてもらったよ」
なるほど、と頷く夕霧。なるほど、これは便利だ。水蛇の刀は切れ味がいいので、戻ってくる途中にも色々な草や木を切っては毒で犯していた。
「助かります」
「さて、では髪の毛をとかして広間に来なさい。……宴会だ!」
宴会は昨日の夜から続いていたようで、だいぶ出来上がっている人が多かった。
これまで亡くした娘たちを悼む人もいたようだが、一晩も騒いでいればそれに交わり娘たちの写真を拝む人はもう少ない。
……その数少ない人の中に、トーガ、リヴィ、ソワレもいた。
「夕霧、君はお風呂も長いんだね」
少し呆れたように言うリヴィだったが、まだ髪の毛が湿っている。
「あらぁ、リヴァイアさんだってぇ、今来たばっかりじゃなぁい」
ソワレのナイスツッコミに顔をしかめるリヴィ。
「夕霧よりは早かったよ」
つん、とそっぽを向く。そんな様子を見てトーガは傍で苦笑い。
「楽しんでいるかな」
いつの間にか現れたソラニテが飲み物を持ってやってきた。宙にたくさんの飲み物を浮かせまるでマジック人間だ。
「君たちのおかげで、子のいる家庭に笑顔が戻ったよ。……女の子が増えたかな」
生贄にさせないため、男の子として育てられていた女の子も、普通に女の子らしい恰好で宴会に参加しているようだ。
「……おや、何か来たようだ」
ふわりふわりと飛んでくる何か……小さい箒。
ソラニテは小箒に取り付けられた羊皮紙を慣れた手つきで取り外し、読み始めるが目が文字を追うにつれて顔が青くなっていく。
「どうしたのぉ、お父様ぁ?」
ソワレが羊皮紙を覗き見ると、ソワレの顔もソラニテと同様の色になる。
「……何かあったの?」
リヴィは覗き込むことはしなかったが相当気になるらしく二人を急かした。
「ど、ドラゴンがぁ……近くの山にぃ、住み着いたんですってぇ」
「しかも炎属性ときた。ドラゴンの中でも最強のドレイク種かもしれない……私の力が及ぶかどうか」
夕霧はよくわかっていないが、とりあえずまた何かがあったのだろうと悟った。
「最強のドレイク種、なんてゾクゾクするじゃないか」
トーガの顔がひきつる。リヴィは逆境に燃えるタイプのようだ。
「しかし……いや、でも止めても聞かないのだろう? リヴァイア君も気が強そうだし、何より夕霧はクリーズとリュクスの娘だ。……強い者に挑戦するのは、大好きだろう」
クリーズ、リュクス。
夕霧の両親の、こっちの世界での名前だろう。あっちの世界では源氏と葵と名乗っていた。
「……大好きです」
こんなに血が騒ぐのは、きっとこの世界の住人だということを自覚したからだ、なんて思う夕霧。
「トーガ君は……苦手そうだが。まぁ、勇者だからな。戦いとなれば果敢に挑むのだろう……三人に、任せよう」
そうと決まれば早く休んだ休んだ、とソラニテは夕霧たちをそれぞれの部屋へ移動させた。
呼びだしたのソラニテのくせに……と文句を言う夕霧だが、疲れていたのには変わりない。上着を脱ぎ、ベッドへ入った。
ふと彼女が周りを見渡すと、すぐ近くにベビーベッドがあった。
なぜかそれが異常に気になり、ベッドを抜け出しそれに近付く夕霧
ネームタグがついている。筆記体の文字なんて大体しかわからない。眉間に皺を寄せながら、彼女は名前を読み取った。
「……ゆうぎり、夕霧。私か」
本当に自分がこの世界の住人だったのだな、という実感。もしかすると、夕霧がこの部屋に泊まったのも、ソラニテがすべて仕組んだことなのかもしれない。
それとも、わざわざベビーベットを引っ張り出してきたのか。
どちらにせよ、このベッドに寝ていた時代の記憶なんて夕霧にはない。明日も早いし、今は寝よう、とベビーベッドに背を向けた、その時。
『り……ぇ、っと!』
誰かの声。
しかし、その声の主は現れることなく部屋には夕霧とぴるぴるしかいない。
「お前?」
ぴるぴるにそう尋ねてみる夕霧だが、ぴるぴるは一生懸命首を横にふる。違うようだ。
気のせいだったのかもしれない。
まぁいいか、と疲れていたことは確かなのでもう一度ベッドに潜り込むと、夕霧とぴるぴるは今度こそ眠りの世界へと落ちて行った……




