1-6 出会いは風の色
振り返って見ると、そこに柔らかな微笑みを浮かべた青年が立っていた。ティアの次に検問に並んでた人らしい彼は、この集団の中では珍しい優しげな顔立ちをしている。風属性を表す緑の瞳に穏やかな光を湛え、薄茶の髪を風に遊ばせて。手にした長い杖と動きやすそうなローブは、彼が魔導士であることを物語っていた。
「お前は? この子の知り合いか?」
「いえ、後ろだったので、話が聞こえてしまって。でも、可哀想じゃないですか。女の子ですよ? こんな大勢の前で、傷を曝させなくてもいいでしょう?」
「しかし…ならば、もしこの子に関係して何かあったとき、お前が責任を取れるのか?」
(いやいや検問のおっちゃん。それは流石に無茶苦茶な言い分だぞ?)
こっそりと心の中で呟いたティアは、彼に一言声をかけて立ち去ろう、と決心する。しかし…
「ええ、いいですよ。」
思わず、フードの下から彼をまじまじと見つめる。
(おい…何だ? この超絶お人好しは!? オレが言うことじゃないが、オレを怪しむ検問のおっちゃんの方が正しいぞ)
「それなら…まあ、いいのかもしれんが…」
(いいのか? オレが言うのも何だが、本当にそれでいいのか!?)
心の中で全力でツッコミを繰り返しながら、半ば唖然として、ティアは伸ばされた青年の手を見つめる。
「じゃあ、行きましょう。あ、僕も通っていいですよね?」
「待て。二人とも、記帳をしていないぞ」
差し出された帳面。ティアは名を書こうとペンをとって、少し悩んだ。本名を記入していいものか。一応、正体を隠さないといけないティアである。偽名を使うのは簡単だが、ばれると余計に厄介だ。お先にどうぞ、と青年に帳面とペンを渡し、考える。
と、早々に青年は名を書き終えて、にこにこしながらティアに台帳を差し出してきた。一応それなりに有名なレヴィンの姓…『クルストーラ』を使うことはやめておこう、と決めて、ティアは台帳にペンを走らせた。
『アストランティア=ライゼル』…遠い昔に置き忘れた名を、記す。
「はい、書けました。」
「ふむ、いいだろう。セフェウス=アルライエル。アストランティア=ライゼル。リーフォルクへの立ち入りを許可する。
ただし、セフェウス=アルライエルは、リーフォルク内でのアストランティア=ライゼルの行動に責任を持つこと」
「わかりました。では、アストランティアちゃん、行きましょうか。」
青年の名はセフェウスというのか…と、聞いていて…その後に続いた言葉に、一瞬頬が引きつった。
(こいつと一緒かよ…。これなら、引き返して単独で行動した方が良かったかもしれねぇ…)
そんなことを考えつつも、青年に手を引かれ、ティアはリーフォルクに足を踏み入れた。
2人で街の中をうろつくことしばし。どうやら、本当に彼はティアと行動する気らしい。本音では鬱陶しいと思いつつも、言葉遣いは穏やかに、ティアは声をかける。
「あの…いいですよ、私一人で。必要なものを買ったら、すぐにこの街を出ますから。えっと…セフェウス、さん?」
「ああ、セフィでいいですよ、アストランティアちゃん。『アストランティア』って、綺麗な名前ですね」
にこにこ笑う青年…セフィ。オレを観察したって楽しくないぞ…などと心の中ではぼやきつつ、セフィに手を引かれるまま、歩く。
「綺麗な名前…ですか? ティアでいいですよ。それと、『ちゃん』はやめてください? 一応16歳なんです」
16歳で成人というのはスティライル全土どこへ行っても同じである。
慣れない猫かぶりモードの喋り方に疲労しながら、最初にこの喋り方を聞かせてしまった以上、元に戻すこともできず。セフィと別れるまではこの喋り方で行くしかないと渋々心を決めた。
「あ、そうなんですか? すみません、ティアさん。
一応、あの検問さんに頼まれてしまいましたからね。それに、すぐに出て行くのはやめたほうがいいですよ。今だと、次の町につく前に日が暮れてしまいます。今日はこの街に泊まった方がいいと思います」
(オレは、一刻も早くあんたと離れたいんだよ!)
心の中では絶叫しつつ、顔には何とか笑みを浮かべて、言う。
「大丈夫ですよ。私、これでも結構強いんですから」
「そういえば、剣提げてますね。剣士ですか?」
「魔導士でもあります。いわゆる魔戦士ってやつですね」
「そうなんですか。凄いですね!」
魔法と白兵攻撃、両方に精通する『魔戦士』はそれほど多くはない。ティアとしては、レヴィンがそもそも魔戦士であったため、凄いとは思えなかったのだが。
「そういえば、ティアさんは討伐隊に志願しに来たわけではないんですよね」
お前のせいで予定が狂ったんだよ! と、心の中で絶叫再び。
「え、えぇ…。あ、そうだ!」
(これ以上何か言われる前に、話を逸らそう。ついでに、適当に付き合ってさっさと別れよう。それが一番いい!)
いい加減に話を続けるのにも疲れてきたティアは、食堂兼酒場の看板を示した。
「そういえば、検問のところではありがとうございました。お礼と言っては何ですが、食事でもおごらせていただけませんか?」
酒に酔わせて、置いていこう。そう考えて、ティアはセフィを食事に誘う。
「え!?そ、そんな…却って申し訳ないです。」
「でも、それでは私の気が治まりません」
結局、何とかセフィを説き伏せて、二人は早めの夕食をとるべく、先ほど示した看板を掲げる食堂兼酒場に入った。




