3-2 隻眼の青年
階段を下りて桟橋に出ようとして、ティアは足を止めた。ほぼ同時に、セフィも足を止める。
「兵士…?」
「だな」
見れば、槍を持った兵士が二人、桟橋の出口を挟むようにして立っている。客たちを笑いながら見送っているところを見ると、ごく普通の出迎えのように見えるが、ティアは不吉な予感を覚えた。
「一応、気をつけよう」
そうして、ティアたちも外に出ようとして…その眼前に、2本の槍が交差した。
「…何のつもりだ?」
ティアは不機嫌な声で兵士に問う。右に立つ兵士が、申し訳なさそうに言った。
「すみません、ええと…剣士と魔導師で間違いありませんか?」
ティアの腰の剣と、セフィの持つ杖を見比べる。ティアは魔戦士だが、訂正する気も起こらず、そのまま頷いた。
「あー、でしたら申し訳ありませんが、ご同行願えませんか? 少々お聞きしたいことがありまして」
「魔導師や剣士だと何なんだ? ここじゃダメなのか?」
「すみません、上からの命令でして…」
ティアとセフィは顔を見合わせた。正直、厄介ごとは御免である、がしかし、このままでは入国も出来ない。
「とりあえず、着いてくか」
言外に、途中で撒こうという意思を込めて言ったのだが、セフィに通じたかどうか定かではない。が、兵士たちはあからさまにほっとすると、二人を促した。
「こちらです」
兵士に前後を固められ、ティアとセフィは人通りの少ない方へと歩かされた。
歩くことしばし。もはや人通りはなく、しんと静まり返った道を二人と兵士たちは歩く。その間にも、ティアの瞳は左右をちらちらと見て、脱出の隙を窺っていた。そして。
「ちょっといいか?」
ティアが声を上げて立ち止まる。兵士たちの注目がティアに集まった瞬間…ティアの手から、黒い光が走った。
「逃げるぞセフィ!」
一息で言って、脇の細い路地へと走りこもうとして…
「捉えろ!!」
兵士の声が、響いた。
「!?」
ティアは驚愕に目を見開く。今使ったのは、無詠唱とはいえそれなりに強力な感覚霍乱術。自慢ではないが一般兵の数人くらい、一瞬で昏倒させる程度の威力はあったはずなのだ。
それに動揺し、ティアは一瞬動きを止める…止めてしまったのだ。
「殺れ!」
隊長格と思しき男の声。全く躊躇のない兵士たちの動きは、平和な国の兵士とは思えないほどに実践慣れしたもの。
とっさにティアはセフィを突き飛ばし、左手一本で強引に剣を引き抜く。元々ティアには大きく、常に体の捻りを使わないと抜けない剣がそれで抜ききれるわけもない。中途半端に覗いた剣身でもって兵士の槍を受ける。
一瞬の交錯の後、ティアは軽く後ろに飛びのき、再び剣を抜き放とうとして…
突然、横の路地に引き込まれた。
「!?」
「お静かに。安全な場所まで案内します」
叫びかけたティアの口を覆う手のひら。落ち着いた青年の声。ティアの視線の端に映るのは、何かを後ろ手に放り投げた彼の姿…と、次の瞬間、ティアの視界は真っ白に塗りつぶされた。
「!!!!!!」
声なき悲鳴を上げるティアを庇うように、彼はティアの背に手を回す。
「こちらへ」
そのまま、ティアはわけも分からず手を引かれ連れて行かれた。
ようやくティアの視界が回復したとき、周囲の景色は一変していた。
おそらく商店街の裏道であろう、人の喧騒が感じられる道。そこから更に細道へ入ろうとする彼の手を払い、ティアはようやく声を上げることが出来た。
「ちょっと待て!」
「すみません、話はもう少し待ってください」
そのまま、細腕に似合わぬ力で細道に引き込まれると、奥まったところにある一つの家の扉を開け、そこにティアを押し込み、自らも入る。
「さて、ここならとりあえずは安全です」
彼は扉を確認し施錠をすると、ようやくティアに向き直った。
「まずは申し訳ありません。突然のことで混乱されたでしょう。しかし、今この国は貴女のような方にとってはとても危険なのです。
事情は説明いたします。どうか、僕の話を聞いていただけませんか?」
頭を垂れ、聞き取りやすい口調でそう述べると、彼はゆっくりと頭を上げた。その顔を見て、ティアは軽く眉を顰める。
肩より少し長いくらいで切りそろえられた髪は、ティアと同じ黒。穏やかさと強固さが同居するその瞳は、深い深い青…ただし、右目だけは。
左目を中心に顔を覆う眼帯を注視するティアに、彼は苦笑した。
「見苦しいかと思いますが、どうぞご容赦を。古傷でして」
「あ…悪ぃ」
「いえいえ、当然ですよ。
あ、申し送れました。僕の名はルティエル。貴女のお名前を窺ってよろしいでしょうか?」
青年は周囲を和ませるような暖かい微笑を浮かべ、ティアにそう言った。




