3-3 離れ離れ
軽く名乗りを済ませると、ティアは勧められた椅子を断り壁にもたれた。
「焦っておられるのですか?」
「まあな…連れを置いてきちまったから」
「連れ?」
首を傾げるルティエル。
「あんたに引っ張られたとき、その丁度反対側にいた魔導師が連れなんだが…」
「……え?」
ルティエルは宙に視線を泳がせる。
「失態ですわね、ルティ」
知らぬ女性の声に、ティアはそちらを見る。僅かな衣擦れの音と共に現れたのは、ティアより若干年上と思しき女性だった。
淡い紅藤色の髪はゆるく波打ち腰まで届き、同色の瞳は濡れたような艶を持つ。十人いれば十人が美女だと形容するであろう彼女は、優雅な動きで口元に手を当てた。
「状況把握は確実になさいませ。此度のような失敗が続くのはいただけませんわよ」
「う…はい、すみません」
うなだれたルティエルを横に、彼女はティアに向き直った。
「改めて、私からもお詫びを。お連れ様は魔導師とのこと、でしたら救出の手段はございます。申し訳ありませんが、今しばらくの不自由をご容赦下さいませ」
「え、っと…あんたは?」
戸惑うティアに、彼女は嫣然とした笑みで答えた。
「私はターフェアと申します。ルティエルの姉のようなものですわ。あなたはアストランティアさん、でしたね」
「ティアでいい。それより、聞きたいことがある」
「兵士たちの態度とこの国の現状、お連れ様の連れられた理由と場所…どれも、答えることは可能ですわ。他に問いもございますでしょう。
とりあえずは、どうぞお掛け下さいませ。短い話とは言えません。お連れ様も気がかりでしょうが…私たちを信じろ、とは申しません。ただ、情報は貴女の不利益にはならないはず。そのために、時間を割いてはいただけませんか?」
さらさらと並べられた言葉に、ティアは少々不満層ながらも席についたのだった。
「さて、まずは貴女方の置かれた状況とこの国についてお話しましょう」
ターフェアはそう話を切り出した。
纏めると、こうである。
現在、このアクラルーシェは海の向こうの国、テュールハウトの侵攻を受け、その支配下に置かれているらしい。
その中で、アクラルーシェを奪還しようとする動きがある。それを受けて、テュールハウトは国内、そして入国しようとする戦う力を持つものたち…即ち剣士や魔導師といった存在を徹底的に排除し始めたそうだ。
ルティエルとターフェア、そしてもう一人の三人は、そんな国とはしらず入国してしまったものたちをこっそり脱出させているという。
「一応、現状は理解はした。…で、連れの件だが」
「ご安心下さいませ。お連れ様が魔導師ならば、連れて行かれる場所は『北の塔』以外にありません。そして、北の塔には私達の仲間がおります。脱出は容易…とは申しませんが、それほどの苦労は要しませんわ」
そうして、ターフェアは窓の外を見る。
「機をお待ちください。数日中には、お連れ様にお会いできるでしょう」
その先に見えるのは、聳え立つ石の塔。
* * *
石の床に打ちつけた腰をさすりつつ、セフィは立ち上がった。
三方は石造りの壁、一方は鉄格子。高い場所にあけられた小さな明り取り用の窓に、粗末な寝台。
明らかに牢屋である。
「これはまた…貴重な体験とでも言うべきなんでしょうか?」
思わず漏らした一言に、どこからか噴き出す音が聞こえた。
「誰です!?」
「いやぁ、悪いな、あんたがあまりに暢気だから。ここに入れられてそんなこと言った奴は、あんたが始めてだ」
きょろきょろと辺りを見回していると、再び声がかかる。
「ここだ、ここ。あんたの正面の牢屋の中」
廊下の向こう、鉄格子越しにひらひらと手を振る男が見える。薄暗い中、距離もあるためよくは判らないが、その髪が黒であることと、そう自分と年が離れていないようであることは認識できた。
「ハジメマシテ、俺はレイクレイム。ここの虜囚で牢番さ」
「……はい?」
矛盾したことを言い出すレイクレイムに、セフィは首をかしげた。




