1-3 旅立ちは夢を追って
ごづ、と、鈍い音がした。
「………っっってぇぇぇぇ!!」
レヴィンに、思いっきり殴られた音だ。思わず頭を押さえながら、ティアはレヴィンに食って掛かる。
「っ何するんですか師匠! 身長縮んだらどうしてくれるんです!?」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、ここまで馬鹿だとは思わなかったぞ。それに、この程度で縮むかボケ」
あまりの痛みに蹲るティアの上に、レヴィンの呆れかえった視線が降りそそぐ。と、思った次の瞬間、レヴィンが手を伸ばし、ティアを強引に立ち上がらせた。
「第一問、『魔導士』とは何だ?」
「…は?」
唐突に投げかけられた質問に、ティアは間の抜けた声を洩らした。
「何だってまた唐突に…」
「いいから答えろ。『魔導士』とは何だ?」
「そりゃ、魔術を使える人のことですよ。」
「それだけか?」
「…違いましたっけ?」
レヴィンの眼差しが冷たくなる。
「なら、町行く人の9割は魔導士だな?」
「そんなわけ…」
言いかけて、ティアは思い出す。生活に便利な魔法は、魔導士じゃなくても使える人は多いことを。ならばと考え直し…そして、思い出す。
それは、何よりも大事なこと。レヴィンに馬鹿呼ばわりされても仕方ないな、と思いつつ、ティアは、改めてその答えを口にする。
「『魔導士』とは、『魔術』を使用するものの内、それを確固たる意志の元に制御することを決意し、己の魔術の引き起こしたあらゆる事象・現象に対して責任を持つに足る能力と知識を身につけた者、即ち『魔術を導く者』をいう…でしたね」
「やっと思い出したか、馬鹿弟子。で、お前は『何』だ?」
レヴィンが笑う。つられてティアも笑う。そして、宣言する、自らの立場を。
「魔導士、ですよ。オレは、魔導士だ」
属性も何も関係なく、ただ己の意志で魔術を制御すること、自らの魔術に責任を持つこと。それを決意したときから、ティアは『魔導士』としての道を歩んできた。それなのに、その根本を忘れるとは…我ながら情けない、と、ティアは心の中で苦笑する。
「しかも、このレヴィン=クルストーラ様が直々に指導してやった上で、魔導士として独り立ちしてもいいって言ってるんだ。
誰に恥じることもない。お前は『魔導士』だ。監視をつける必要がどこにある?」
そう言って、レヴィンはティアの頭をわしゃわしゃと撫で回す。髪がぐしゃぐしゃになるのも、今だけはなぜか気にならなかった。
「胸を張れ。お前は、この俺の弟子なんだからな」
「…ありがとう、師匠」
もう二度と忘れない。『魔導士』の意味を。
そしてもう一つ…ずっと胸に抱いていた、けれど、諦めかけていた夢。今まで、誰にも言ったことはなかった、あまりにも無茶で無謀で、常識では考えられないような、ティアの夢。
それをティアは、自然に口にした。
「師匠。オレ、ちょっと旅してくるよ。…夢が、あるんだ」
「ほう?」
レヴィンがティアの頭から手を離し、顔を覗き込む。視線で『言いたいなら言えばいい』とティアに語るレヴィンの顔は、いつもより少しだけ優しく見えた。
「絶対、証明してみせる。終焉属性が、ただ破壊だけの力じゃないってことを。それが…オレの夢だから」
そう言うと、レヴィンはまたティアの髪をわしゃわしゃと撫で回した。そして、一言。
「やるならやり遂げろ。途中で投げ出すな。…頑張れよ」
やはり、今日のレヴィンは何だか優しい。ティアは少し不思議に思いつつも…それでも、何故か温かくて嬉しかった。
* * *
元々ものが少なかったせいもあって、荷造りに時間はかからなかった。レヴィンに独り立ち許可宣言されたのが昨日。ティアはおおよそ半日で準備を整えて早速今日旅立つことになる。普段から動きやすくて丈夫なのが取得な服を愛用していたため、それをそのまま旅装束にして、普段は提げないバスタードソードをベルトに吊るし、目元を覆い隠すフード付のマントを着込んで、多少の保存食やらこまごましたものを詰め込んだバックパックを担いで、準備完了とばかりにレヴィンに振り向いて見せる。
「こんなもんでどうですか?」
「見事な不審者ぶりだな」
流石に少々傷ついて、ティアは被ったフードをはがし、言う。
「んなこと言ったって、目ぇ隠さなきゃ終焉属性だってバレるじゃないですか!」
「別に悪いとは言ってない。…ほら、とっとと行け」
レヴィンのぞんざいな言葉に少々ムッとして、わざと早足で立ち去ろうとするも…数歩歩いて、ティアは足を止めた。
ふと振り返ると、そこには珍しく真面目な表情のレヴィン。しかし、それも一瞬のこと。すぐにまたいつも通りの顔で、さっさと行けとばかりに手をひらひら振る。それを無視して、ティアはレヴィンに向き直った。
「師匠…あんたといると餓えるわ凍えるわで、はっきり言って魔術修行してたのか家事仕事してたのか途中でわからなくなったけど……。でも、師匠は一度だって、オレを『不吉だ』って言わなかった。力の制御も教えてくれた。…生きてく方法を、教えてくれた」
それが、どれだけ貴重なことか、ティアは知っている。だから、言う。
「ありがと、師匠。……それじゃっ!」
気恥ずかしさから顔を朱に染めて、レヴィンの答えを聞かずに逃げるように旅立つ。
楽な旅ではないだろう。そう思いながらも、ティアは最初の一歩を踏み出した。
ティアが立ち去ってしばらくして後。草木を掻き分ける音が近づいて来るのを聞き取って、レヴィンは小さく息を吐く。
「何とか、間に合ったか」
武装もなく、魔術の準備すら行わず…レヴィンは、ただじっと音のほうを見ていた。やがて、そこから姿を現すものが何であるのか、知っているかのように…。




