2-14 曖昧な幕切れ
「あ、手…」
「あ…」
先ほどから繋いだままだった手を離し、少し顔を赤くしてお互い明後日の方向を向く。まだどことなく漂う潮の香りが、吹く風に散らされて消えていった。
と、ふとティアの眉が顰められる。
「ティアさん?」
「ちょっと行ってくる!」
一言言い置いて、ティアは石畳を蹴って走り出した。
港の一角、普段から人気が少ないであろう一角に、彼女はいた。その手に相変わらず笛を持って、出会ったときそのままに立つ彼女の前で、ティアは足を止める。
「ティーナ…」
「ごきげんよう、アストランティア様。まずはお見事でした」
笛を持ったまま、微笑を浮かべてティーナはティアを賞賛する。ティアはそれを意に介さず、腰から下げた剣を抜き放つ。
「あらあら、物騒ですこと」
「どうして、こんなことをする…?」
剣を持たぬ片手でフードを払い、ティアは剣をティーナに突きつけた。
「答えろ」
ティーナは微笑む。
「考えたことはございませんか? 何故、魔物はヘルブリーティアと『名もなき大地』にしかいないのかを。本来、魔物は世界中におりましたのに」
「どういうことだ!?」
謡うように、ティーナは語りだす。笛で海を示し、柔らかに笑いながら。
「今の世界は、歪んでおりますのよ。本来の運命を受け入れず、醜く歪んだ偽りの世界。わたくし、とても見ていられませんの」
「宗教か何かかよ、馬鹿馬鹿しい」
「いいえ、真実ですわ…貴女は知っているはず」
「はぁ!? 何言ってるんだよ、お前」
心底呆れたようにティアが言うと、ティーナは悲しげに首を振った。
「ああ、そうでございましたわね…まったく、ノーヴィアとブリーティスは厄介ですわ」
「…」
そろそろ着いていけなくなって、ティアは行動を起こした。
一瞬剣先を下ろすと、踏み込みと共に剣を跳ね上げる。狙うは、ティーナの手にある笛。しかし、ティーナは1歩下がってそれをかわす。と…瞬間、ティアが叫んだ。
「セフィ、笛だ!」
風が、弾けた。
ティーナの手の周囲に生じた無数の風の刃は、その手の内にある笛を粉々に砕く。そして。
「動かないで下さい」
ティーナの後ろに立ったセフィが、その背に杖を突きつける。
「あらあら」
何が楽しいのか、やはりティーナは微笑んで立っていた。
ほんの少し前のこと。走り出したティアを引き止めたセフィは、ティアを説き伏せ話を聞きだした。
「つまり、そのリュスティナという方が、今回の一件の犯人だ、と」
「まあな。それ以外にも何かあるみたいだが、とりあえず今回の事は、あいつが原因で間違いない。多分、持ってる笛を介して魔物を作ってると思うんだが…」
セフィは少し考えると、ティアに一つの提案をした。それは、笛を壊すためにセフィが隠れて待機するというもの。ティアはその提案を呑んだ。
それを可能にしたのが、今はセフィの腕に填められている、黒銀のバングル。ティアはそれに魔術を付加した…闇属性の特殊能力、気配消失と感覚霍乱の魔術を。
「詳しい話、聞かせてもらおうか」
勝利を確信しながらも油断はせずに、ティアは慎重にティーナとの距離を詰める。
「貴女だけならば、断る理由はなかったのですけれども…そちらの方は邪魔でございますわね。仕方ないので、今回はここまでにいたしましょう」
何の前兆もなかった。唐突に、ティーナの姿が消える。何が起こったのかわからずに、ティアとセフィは辺りを見回し…
「それでは皆様、ごきげんよう」
ほんの少し離れた場所にティーナの姿を認めたときには、彼女は既にスカートの裾をつまんで貴婦人の礼をしていた。
そして、また消える。今度こそその姿は現れず、ティアは悔しそうに言った。
「チッ…逃げられた」
「でも、笛は壊しましたよ」
そう言って、セフィは落ちた笛の破片をつまんで眺めていた。
「これで、これ以上の事は起きない、ですよね?」
「多分、としか言えねぇな」
ふと息をつき、そのままティアは地面に座り込む。
「ティアさん?」
「なんでもない。ちょっと疲れただけだ」
何となく釈然としないものの、ティアは笑みを浮かべた。
「まあ一応、報告してきたらどうだ? 領主から依頼受けてただろ」
「はい。あ、そういえば、ロゼちゃんのことなんですけど」
セフィの口からその名が出たことで、ティアは一瞬体を強張らせる。それを悟られないように、口調は極力普通どおりにと意識しながら、ティアは言った。
「ああ、どうした?」
「昨日の夜、ロゼちゃんの『おにいちゃん』という方が見つかりまして。身元も確かで、ロゼちゃんも懐いていましたので、その…」
「ああ、見つかったのか。よかったな」
あっけなく訪れたロゼとの別れ。ティアは、もう少しロゼに聞きたいことがあったのだが、まあ仕方ないだろう。
「まあ、別れがいえなかったのはちょっと残念だったが、ちゃんと帰れたならそれでいい」
あっさりと言って、ティアはセフィに手を振った。
「ほら、報告行ってこい。オレは町の外に出てるから」
セフィの顔が歪む…が、引き止められることはない。セフィもよく分かっているのだ。終焉属性と知られてしまった以上、町の中にいることは危険だと。
「あ、そうだ、それ」
ティアは話をそらすように、セフィの腕のバングルを示す。
「やるよ。付加魔術は苦手だから、効果の程は保障しないけどな。お守り程度にはなるだろ」
先ほどティーナの目からセフィを隠したそれ。そのことだけを告げると、ティアはひらりと手を振って踵を返した。
やがて、ティアが魔術を発動したのだろう、その姿はセフィの目にもあやふやになる。それでもしばらくの間、遠ざかる後姿を見送った後、セフィは領主の館に向かって歩き出した。




