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破壊者は絆を断ち切らない  作者: 唐紅 那智
『闇色の巫女』
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2-10 歪む空気


「傷、なし」

 ナイフを刺した後に触れ、確認するように一言。

「痛み、なし。違和感も、なし」

 体を解すように軽く動いて、また一言。

 結構な量の血を流したはずなのに、立ち上がってもふらつきもしない。本当に、完璧に治ってるようだ。

「何考えてるんだか…」

 呆れたように呟くも、体が動くのはありがたいと思う。


「さて、これから一体どうするかなぁ。終焉属性だってバレた以上、シルドラからアクラルーシェへ行くことは無理。どうやってスフィルリオンに向かおうか…?」

 そして。少し悲しそうにシルドラの方角を見て、呟く。

「あいつらにも、もう会えないだろうな…」

 セフィとロゼを思う。結構あんまりな別れかたをしてしまったため、少々心配だ。未練がましいとは思いつつ、ティアの足はシルドラに向く。

「まあ、荷物…取りに行かないといけないしな。夜にでも行くか。それで、あいつらに会ったら…別れの挨拶くらいは、したいな」

 何とか見つけた折衷案は、ただのごまかしのようなものだったけれども。自らの甘さに苦笑を浮かべながら、ティアは夜が来るのを待った。




「闇は我が思いを導く。我が身を不可侵の領域に」

 夜の帳が世界を覆ったことを確かめて、ティアは静かに動き出す。自らに気配消失と感覚霍乱をかけて、誰にも見つからないように走る。シルドラに入ったら適当な木を見つけてよじ登り、そこから屋根の上を飛んでいく。

 今日も、魔物が出たのだろうか? 町は妙に静かで、人影一つない。ティアにとっては好都合なのだが。

 ほんの少しだけ欠けた十六夜の月が照らす中、ティアは音もなく町を駆ける。記憶を頼りに屋根から屋根へと飛び移り、先日泊まった所へ。

 そして、宿に辿り着いた時…声が聞こえた。

 ティアは慌てて屋根に伏せ、身を隠す。そこから、そっと覗き見た、宿の裏手の小さな空き地。そこに『彼』はいた。

 茶色の柔らかそうな髪を、月明かりに染めて。緑の瞳に穏やかな笑みを浮かべて、立っている青年-セフィ。

 そして、もう1人。セフィよりは確実に年上の男が、そこにいた。

 動きやすそうな短い髪は、暗い赤。流石に距離が離れているため瞳の色まではわからないが、火属性であることは間違いない。重厚な、しかし、不思議と動き難そうとは思えない鎧を身につけたその男は、なにやらセフィと話をしているようだった。

 ティアは耳を澄ます。遠くの音を聞き取れるような属性は持っていなかったが、かろうじてその会話が聞き取れた。

「……僕は、今の僕に満足してますからねぇ。突然、そんなことを言われましても…」

「満足、か。『夕凪』のセフェウスともあろうものが」

(『夕凪』? どこかで、聞いたことがあるような…)

「その二つ名、嫌いなんですよね。何か弱そうですから。…そうですねぇ? このまま、引いてくださる気は、ないんでしょう?」

「当たり前だ。何のために、我がここにいると思っている!?」

 男が言ったのを聞いて…セフィが、くすりと笑いを漏らした。それは、いつもの穏やかで暖かなものではなく、どこまでも冷ややかな笑み。

「何のため、って…それは、またまた行方不明になられた『姫巫女』を探して、でしょう?」

「!?」

 ぞくりと、背筋が粟立つ。セフィにも何か隠してるだろうとは思っていた。それは構わない。ティアもまた、隠し事の多い身だ。しかし…その笑みが。冷たく嘲るように笑うセフィにどうしようもない違和感を覚えてしまう。

 と、思った次の瞬間。セフィの雰囲気が、元の穏やかなものに戻った。

「取り引きしませんか?」

「取り引き、だと?」

「ええ。…実はですねぇ、今、僕は女の子を1人、保護してるんです。夜色の髪と瞳。年齢は11歳で、黒いドレスの女の子。名前は、『ロゼ』ちゃんっていうんです」

 唐突に出てきたロゼの名に、ティアは首を傾げる。しかしロゼの名を聞いた瞬間、男が目に見えてうろたえた。そしてセフィは、なんでもないことのように告げる。

「一応、僕も顔は知ってましたからね。ロゼリエッタ=ノヴァ=クライエル=リュシーエルゼン様。十聖神教の現教皇、リュシーエルゼン3世猊下の孫娘にして、史上最年少の筆頭巫女…『闇色の巫女』の呼び名を得られた方。

 随分信頼されてるんですね。『おにぃちゃん』なんて呼ばれて」

 また、あの冷たい気配を感じる。ティアはそれがやはりセフィから漂っていることに気付いた。

(十聖神教…あれって一番広く信仰されてる宗教だよな。その教皇の孫娘? セフィ…知ってたなら、さっさと神殿につれてってやればよかったのに)

 気配はもはや無視をして、ティアは頭の中を整理し始める。その間にも、もちろん耳を傾けることはやめない。

「だから、取り引きです。ロゼちゃんは、直接あなたに引き渡しましょう。そうすれば、あなたの面目も立つでしょう?」

「…何が望みだ?」

「簡単なことですよ。一つ目は、少なくともリティレイスにいる間は、僕を連れ戻しにこないこと。

 二つ目は、ですね…欲しいものがあるんですよ。…っと。そこにいるのは誰ですか?」

(しまった! バレた!?)

 急いで移動しようとした、その時…


 かたん、と、小さな音。路地の物陰から顔を出したのは…


「姫巫女様…」

「ロゼちゃん、寝てなくていいんですか?」

 夜色の髪と瞳の少女-ロゼ。



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