2-7 平和の狭間
3人並んで、港へ向かって歩くことしばし。まだ活気を取り戻してはいないものの、多少は人が戻ってきた町を横目に見つつ、ティアは溜息混じりに呟いた。
「大人気だな、セフィ」
「僕も驚いてます…」
歩く途中途中で、手は振られる、声はかけられる、果てには何故か食べ物を渡される。セフィの周りはちょっとしたお祭り状態になっていた。
「まあ、魔物を追っ払ったからな」
そう言って、ティアは辺りを眺める。昨日は閑散としていた商店街だったが、今日はいくつか店も開いている。食料や日用品といった、生活必需品の店はそこそこの賑わいを見せていた。
と、開いている店の一つに目を向けて、ティアは苦笑した。
(…こんな時でも開店するアクセサリーショップって…無駄に根性あるなぁ)
「何か欲しいんですか?」
そう思ってアクセサリーショップを見ていたのを勘違いしたのか、セフィが尋ねてきた。
「いや。別に興味ない」
「そうですか。そういえば、ティアさんって、アクセサリーとか着けてないですよね」
旅人は、実は意外と宝石類を身につけていたりする。宝石類は、『付加魔術』という一旦何かにかければ持っているだけで効果を発揮する魔術と相性がいいため、防御や回復のためのものを持ち歩いていたりするのは珍しいことではない。更に、いざとなれば売って換金できる。見える場所に宝飾品らしきものが何もないティアは、他の旅人たちと比べると随分地味な格好をしていた。
「全く何も、って訳じゃないぞ。ほら」
まずは右腕の細身のバングルを示す。僅かに黒味を帯びた銀の台座に、丸い漆黒の石がはめ込まれたシンプルなもの。
「これは特に何ってわけでもないけど」
次いで、ティアは周りに注意を払いつつ、フードの端から髪を払って、左耳のピアスを示す。光に当てると、朱から赤の色合いに煌く火炎水晶は、そう高価ではないが丈夫で実用的な石だ。
「こっちは一応、火と地属性に対する防御術がかかってる」
かつて、師であるレヴィンと旅してた頃から愛用している品だ。まだろくに魔術の使えなかったティアにレヴィンが渡したもの。『ティアが傍にいても、レヴィンが全力で魔術を使えるように』という、何ともな理由で貰ったものだが、効果は確かである。
流石に、あの『炎の魔人』クラスの相手には、ほとんど効果がなかったが。
そう言うと、セフィは喉元に手を当て、何かを考え始めた。
港に近づくにつれ、人通りが少なくなってくる…ということはなかった。
「平和ボケしてるな。魔物は海から来るってのに」
「まあ、大都市ですからねぇ」
基本的に平和なスティライル、しかも大都市の住人なら、平和ボケしててもおかしくないだろう。とはいえ、あまりの危機感のなさに、ティアは嘆息した。
「そういえば、この大きさの町なら、お抱えの魔導士の1人や2人いるんじゃないのか? あの魔物相手に、手も足も出なかったのか?」
「そうらしいですよ」
「おいおい…」
「いいじゃないですか、平和が一番ですよ」
「まあ、そうなんだけどな。…こういうときのために、オレたちみたいなのはいるんだし」
ふと息をついて、フード越しに空を見上げる。
「平和、か…」
(この世界を『生き難い』と感じるあの女は、一体何者なんだろう…?)
昨晩、港に佇んでいた女のことを思い出し、ティアはふと港を見やる。
…と、一つ思い出した。あの女のことを、セフィに何も言っていない。恐らく魔物の発生と関わっているであろう彼女のことは、伝えておくべきだと思った。
「セフィ、一つ言い忘れてたことが…」
「うあぁぁっ!!! 魔物だ! 魔物が出たぞーっ!!」
昼の穏やかな空気を切り裂き、響いた悲鳴。一瞬にして、ティアとセフィの顔に緊張が走る。港の方から聞こえた悲鳴に、二人は軽く頷きあって走り出した。
「おねぇちゃん!!」
「ロゼ、隠れてろ!!」
ロゼに言い、再び走り出そうとした、その瞬間…
ティアの中で、『何か』が蠢いた。




