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破壊者は絆を断ち切らない  作者: 唐紅 那智
『銀の少女』
33/53

エピローグ1 再出発

「さっ…流石に、ここまで来れば大丈夫、の、はず…」

 ぜいはぁと肩で息をしながら、搾り出すようにティアは言う。かなりの距離を全力疾走した後だけあって、なかなか呼吸は戻りそうにない。

(何で…何で髪すら乱れてないんだっ!?)

 涼しい顔で横に立つレヴィンに内心絶叫しながら、ティアは必死で息を整える。後ろで木に凭れたまま必死で呼吸を整えているセフィこそが正しいんだ、などとも思いながら。

 追っ手を振り切り逃げ切って、国境を越えてクラウンヴィーレに入り、ようやくひと心地ついたと足を止めたのがつい先ほどのこと。ファルマフォルクにいる間は、ずっと走っていた気すらしてくる。


 よくよく考えれば、ティアはファルマフォルクという国に喧嘩を売ったようなものなのだ…そんな気はなかったとはいえ。

 レヴィンと合流して後、疲れきった体を引きずってリーフォルク近くの小さな村に辿り着き、丸一昼夜眠り倒したその後は…とんでもない話が広がっていた。

 曰く、『白銀の炎』を倒したのは、ネルス=デルハイトだと。

 単身『白銀の炎』のアジトに侵入した、ファルマフォルク国軍大佐・ネルス=デルハイトは、苦難の末にこの組織を倒す。ただし、自らの命と引き換えにして…という、ありがちな話。残党がいるかもしれないから、しばらく警戒を続けるよう、というお達し付き。

 おいおい、とティアが呟いたのも、無理のない話であろう。

 結局、真実は都合のいいように捻じ曲げられる。けれど、それもまた、『平和な日常』というものを護るための一つの手段なのだろう。

 まあ、それもありだろうさ、と、ティアは思う。誰かに褒められたくて、認められたくて、動いたわけではないのだから。

 とはいえ…流石に残党扱いで賞金付きで指名手配される、なんていうのは、勘弁してもらいたいものだ。

 レヴィンの有名さと無駄美形ぶりが災いしたか、あの時あの場所にいたことから身元まで、レヴィンに関してはあっさりばれてしまったらしい。レヴィンとその連れ二人として、次の日にはもう既に町に人相書があふれていた。隠れようにも、目立つレヴィンのせいであっさり見つかる。おかげで、追っ手のしつこいことといったらなかった。今だけ恨む…と呟いた声が、レヴィンの耳に入っていないことを、ティアは密かに祈るのだった。

 とはいえ、それもファルマフォルクを出るまでのこと。ようやく走らずにすむ…と息をつき、ティアは走るのに邪魔だと背中に括りつけていた剣を腰に戻した。

 …そう、あの時失くしたと思っていた剣は、目が覚めたときにはティアの手元にあった。何でも、セフィが見つけてくれたらしい。あの状況でどうやって…と思いもしたが、ティアは素直に感謝しておくことにした。何分、使い込んで手になじんだお気に入りの剣だ。なかなか替えは効かないのである。


 と。ようやく息が整ってきたのを見て、レヴィンはティアに声をかける。

「ティア。お前、これからどうする?」

 唐突な問いに、ティアはきょとんと首をかしげる。今まで必死で、今後のことなど何一つ考えていなかっただけに、即答はできなかった。

「どうしましょう? 師匠のところに一旦帰るとか…って、家、無事でしたっけ?」

「…どういう意味だ?」

「え…? ……あ。いえ、夢です。何か、そういう夢を見て…あんまりはっきりした夢だったんで、つい」

 誤魔化すようにティアは笑う。縁起の悪い夢など、もう忘れたと思っていたのに。

「夢? どんな夢だ?」

 問われて、ティアは思い出しつつ語る。この一件が起こる直前に見た夢。師匠がぼろぼろにされるという夢。あの夢の中で、ついでに家まで半壊していた。

 笑い話のつもりで軽く語ったそれ。しかし、それを聞いたレヴィンは、何故か黙って考え込んでしまった。

「師匠?」

「ティア、ちょっとこっちへ来い」

 言われるがままに、ティアはレヴィンに近づくと…レヴィンは、ティアが被っていたフードを思いっきり引っぺがした。

「な…何するんですか!? 師匠!!」

「黙ってろ」

 妙に真剣な目つきで、レヴィンはティアを見つめる。

(うっわぁ…)

 見慣れた顔とはいえ、美形は美形。一応人並みの美的感覚を持つティアは、頬に朱が差すのを感じた。こういう雰囲気は、本当に苦手なのだ。見慣れた顔であっても、どきどきしてくるのを止められない。

「あの、師匠…?」

「…なるほど。興味深いな」

 と。なにやら勝手に納得して。レヴィンはティアを放り出す。性格を知っているがゆえに、何かを言うこともできず、やり場のない怒りを抱えて何ともいえない顔をするティアに、レヴィンは嫌味なほど美しく尊大な笑みを向けた。

「惚れたか?」

 瞬間、ティアは自分の中で何かが切れる音を聞いた気がした。

「誰が惚れるか! この自意識過剰!!」

 叫ぶティアを見て面白そうに笑うレヴィン。からかわれたのだとわかっていても、つい反応せずにはいられない。遊ばれていると思うと、怒りはさらに募る。しかし、再び叫ぶその前に、笑いを収めたレヴィンが告げた。

「一人、面白い知り合いがいる。神話方面から魔術を研究している奴だ。そいつの持論は、『ブリーティスを破壊神と呼ぶのは間違っている。そして、終焉属性は本来、破壊に特化したものではないはずだ』というものだと記憶している」

「…へ?」

「興味があるなら、会ってみるといい」

 それは、興味ないわけがない。ないのだが。

「何で、今になってそんなこと…?」

「あいつはいけ好かん。俺は会う気はないからな」

 理由になってるのかなっていないのかわからないことを言うレヴィン。らしい、と思いつつも、その人物に興味は尽きない。

「その人、どこにいるんですか?」

「スフィルリオンの首都リティエンから、テュールハウトとの国境へ向かって3日ほど歩いたところにある、ディヴォウルという街だ。そこの一番大きな建物に、そいつはいる。名前は『フィオリンデ=アリエナ=リーツェンベルガー』」

 スフィルリオンは、東半島の一番南側。クラウンヴィーレは中央半島の一番北だから、結構な距離がある。

 昔、レヴィンに連れられてほぼ世界中を巡ったため、ティアはスティライル全体の大まかな地理は覚えている。しかし、流石に自分の住んでるところ以外は大分あやふやなものだ。木の棒を拾い上げ、一生懸命に思い出しながら大まかな地図を書いて、スフィルリオンに至る経路を考えてみる。

「陸路は…ファルマフォルク通らないと無理ですね。ってことは、一回リティレイスに出て、そこから海路で…アクラルーシェ経由で行くのがいいですかね?」

「そうだな」

「わかりました。じゃ…ちょっと行ってきます。」

 ちょっと散歩へいくような気軽さで、ティアは言った。

「ああ、行ってこい」

 レヴィンも、軽くそれに答える。本当は、長い別れとなるのに。旅路は決して安全ではないのに…それを微塵も感じさせない。

 なぜなら、分かっているから。必ず、また会えることを。それは、願いなどというあやふやなものではなく。信頼と呼べるほどのものでもなく。ただ、お互いにそれが当たり前だと感じているだけ。

 ただ、それだけだ。

「あのー…」

 と、今の今まで忘れ去られていたセフィが、おずおずと声をかけた。

「僕も、ご一緒させていただきたいんですが…よろしいですか?」

 は? とでも言いたそうな顔でセフィを見つめる師弟。首をかしげたままティアは問う。

「別に駄目だとは言わねぇけど…何でだ?」

 心底不思議だとばかりに、困惑も露な声で言うティア。それに対するセフィは、なんとなく楽しそうで。

「せっかくですから、ティアさんと終焉属性の可能性の探求に、最後までお付き合いしようかと思いまして。

 だって、歴史が変わるかもしれないんですよ!? 興味あるじゃないですか! 僕も魔導士の端くれとして、関わりが持てた以上、見届けようと思いまして。…まあ、いわゆる知識欲という奴ですよ」

 意外と好奇心旺盛だったんだな、と、ティアは思う。しかし…そういうのは、嫌いではない。


 ふ、と、ティアは笑う。

 断る理由も特にない。何より…偶然から始まったセフィとの付き合いは、予想以上に楽しかったから。


 だから、言う。

 くるりと踵を返して、前を向いて。



「行くぞ、セフィ!」

「はい、ティアさん」




 天気は上々、気分も上々。またここから、新しい旅が始まる。

 前に進むことは、楽しいことばかりではない。悲しむこともあるだろう。辛い思いも味わうだろう。

 でも…決して、立ち止まりはしない。

 迷いながらでも、自分の道を。


 全ての誓いと、願いをこめて。

 銀の少女は…また、歩き出した。



                           【 第一部・完 第2部へ続く 】

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