1-30 解放の光
森は無残に焼け焦げて、大地は黒い煤の色。天に冴え冴えと輝く月が、妙に不似合いですらある。
その天すら焦がすように、炎が吹き上がる。
それを開戦の合図に、ティアは走り出した。
自然と、その口元に笑みが浮かぶ。炎の魔人が繰り出す、火焔の玉や炎の波。爆散する焔が、舞い散る火の粉が、世界を赤く染めていく。
それでも、ティアは一切手を出さない。ただひたすらにその全てをかわし、いなし、時には一瞬だけ防御呪文を発動させて弾いて、ティアはひたすらに『その攻撃』を待っていた。
時折、どこからか呼ばれるような感覚があった。
殺せ、壊せ、全てを無へ帰せ。それはとても痛快なことで、それこそがお前の望みなのだから…そう、ティアに囁きかける、甘美な誘い。
これが、終焉の性なのだろう、と、ティアは頭の片隅で思う。
それを振り払うように、ティアは咆えた。
「…性だとか、運命だとか…そんな曖昧なものに躍らせられてやるほど、オレは暇でも無意思でもないんで……ねッ!!」
言い切って、炎が起こした爆風に乗るように、ティアは地を蹴る。
宙を舞う体。風属性を持たぬティアは、空を飛べない。今どんな攻撃が来ようとも、避けることは出来ない。
ティアは…誘うように、笑った。
(さあ、今のオレは隙だらけだぜ? だから……撃ってこいよ。『あれ』を)
そして、炎の魔人が放ったのは…炎の奔流。
避けることは、出来ない。いや…ティアは、最初から避ける気はなかった。なぜならば、これこそが、ティアの望んでいた攻撃だったのだから。
そして、ティアは賭けた。
(思い出せ、あの感覚を。
思い出せ、あの時の心を。
思い出せ……あの、オレが望んだ魔術を!)
「終焉は我が思いを導く…」
ティアの声がその魔術を呼んだ、その刹那…ティアの小さな体を、炎の奔流が包み込んだ。
火とは、不思議なものだ。
全属性中2位の攻撃力を持つというのに。その象徴は『闘争』なのに。その特殊能力は『浄化』。
レヴィンはその『浄化』の能力の応用を得意とする。それを間近に見てきたティアだからこそ、気付いた。
ティアは必死で魔術を制御しながら、うっすらと目を開く。
煌めく銀の向こうには、一面燃え盛る赤の色。
――ティアは、賭けに勝った。
あの瞬間ティアが発動させたのは、『銀が齎す誓約の盾』。終焉の防御呪文。落ち着いて考えてようやく理解したこの術の特性は、外から来るあらゆる攻撃や、それに類するものを消し去るという、非常に攻撃的な防御呪文であるということ。
だから、ティアは今、炎の只中にいられるのだ。その周りの炎が、『魔術の構成と属性を燃やして、純粋な魔力を取り出す』という、浄化の応用攻撃に近いことをやっているにも関わらず。
つまり、これこそが、炎の魔人が属性の違う魔力を取り込めるカラクリ。
(これって、師匠の対魔導士用の切り札と、ほぼ同じ原理なんだよなぁ…)
暢気なことを考えている暇はないにも関わらず、ふと浮かんだ考えに苦笑する。『銀が齎す誓約の盾』は、そう長時間は使えない。ティアは、気持ちを切り替えて魔術を繰った。
防御のために使っていた力を、攻撃へと傾け、ゆっくりと手を振りかざす。
そして、今度こそ。
「終焉は我が思いを導く…呑み込みて、無に帰せ!」
ティアは魔術を解き放つ。炎の魔人の中から、魔力ごと、その全てを消し去るために。
その瞬間、炎の魔人を突き破り、銀の閃光が走った。
それは、赤に濁っていた空を、一瞬にして染め替えていく。
焼けた石に思い切り水をかけたようなその音が、魔人の最後の咆哮。
銀光の中に溶けるように、魔人はあっけなく、その姿を消した。
そして、ティアは…
「…ぅわぁっ!」
「ティアさん!!」
着地のことを全く考えてなかったティアは、結構な高さから地面に叩きつけられる直前、セフィの操る風に受け止められたのだった。
最後の最後でみっともないところを見せてしまったことに、若干の気恥ずかしさを覚えつつも、ティアはセフィの腕の中で、珍しく声を出して笑った。
「ハハッ……勝ったぞ」
ティアは、セフィに向かって親指を立てて見せる。
「全く…あなたという人は…」
呆れたように言うセフィの声も、さっきまでと比べると随分柔らかい。
「あんな無茶、二度としないでくださいね。本当に、心配したんですから」
笑うティアにかけられる、柔らかな声。
「無茶…か。でも、言っただろ? 勝算のない賭けはしないって」
「でも、最後どうなったのか、僕には全然わかりませんでしたよ」
「まあ、簡単に言うと。外からじゃ、終焉属性でも無効化されそうだったんで、防御張って中に侵入して、中から魔力ごと消し飛ばした。あの『炎の奔流』くらいしか、攻撃してきてる部分と本体が繋がってるのがなかったから、あの攻撃を誘った。それだけだ」
改めて考えると、確かに結構無茶なことをした…と思い、ティアはごまかすように、また笑った。
焼け爛れた地面に座り込み、周りを見回す。
そこには、もう何も残っていない。『白銀の炎』のアジトも、周囲に広がっていた森も……アジトにいたはずの、少なくない数の人々も。
そこには、たくさんの終焉属性達がいて。きっと、そうではない人たちもいて。…皆、死んでしまった。亡骸すら残さずに。
誰が悪かったか、などという問いは無意味だ。責任の一端はティアにあり、炎の魔人となったネルスにも…その後ろにあった、このファルマフォルクという国にも…その中枢にいる人にもある。
(なぁ、皆。名前も知らない、死んでしまった皆。
オレは弱いけど。でも、そのことから逃げたりはしない。
忘れないから。今という時間に、ここという場所で、起こった出来事を。
逃げずに、立ち向かっていくから)
そうして、ティアは小さく祈る。
これは、彼らに捧げる誓い。
そして、ティア自身に対する誓い。
「皆…安らかに眠れ」
偽善めいた言葉だ。しかし、それが心からの気持ち。ティアはそう呟いて、白み始めた空を見上げた。




