1-29 弱虫の理論
ティアは、走る。ひたすらに走る。
あの『魔人』を倒すことは不可能ではないといっても、レヴィンの言うには、それが出来るのは『火属性以上の攻撃力の属性』か、『魔殺し』。魔殺し、というものがわからない以上、火属性以上の攻撃力のある属性が鍵。
ティアは、走りながら小さく呟く。
「セフィ…無茶だ…!」
火属性は、攻撃力で言えば全属性中第2位。火属性に攻撃力で勝るのは、終焉属性だけ。
だから、ティアは走る。
(認めてやるさ…)
ティアは、走りながら思う。
(ああ、そうだ。オレは、セフィと『あいつ』を重ねてる。セフィと『あいつ』はそっくりだ。
ジェス…ジェスティド=ライゼル。初めて『護りたい』って願った、強くて弱い、オレの養い親。
でも…『あの時』のオレは本当に弱かったから、護るなんて出来なかった…)
思い出すだけで、泣きそうになる。『あの時』の感覚…絶望ですら足りない、あの途方もない虚無と悲しみ。一生忘れることも、消え去ることもないだろうそれは、ティアの心に深く刻み込まれた傷。
これは贖罪ではない。セフィを身代わりにするつもりもない。重ねて見ていたとはいえ、セフィはセフィで、ジェスはジェスだと解っている。
それでも。
「もう、失うの、嫌なんだよ…。
オレは、『もう一回』に耐えられるほど、強くないんだ…
…そうさ、認めてやるよ…。オレは、弱いんだ。だから、護らせてくれ…頼む」
セフィやレヴィンを信用していないとも取れる、なんて…傲慢な言葉。ティアは、自分の口から漏れた言葉に嫌悪感を覚える。しかし、それこそが自分の本心だと解らぬほどに愚かではなかった。
紅い空の下には、相変わらず存在する巨大な炎の魔人。
そこから少し離れた所には、魔術を発動させているセフィがいた。
彼が無事なことに少し安心して、ティアは呪文を唱えた。
「終焉は我が思いを導く…」
「ティアさん!! 魔術はダメです!!」
ティアの声を聞き届け、セフィが叫んだ。一瞬戸惑ったオレに向かって、炎の奔流が迫る。ティアはそれを避けるために大きく横に跳んで、そのままの勢いでセフィの近くに寄る。
腰に手をやるが、そこに慣れ親しんだ感覚はない。ネルスに止めを刺した時、手放してしまった愛剣。爆発に巻き込まれて、どこへ行ってしまったか解らない。それを悔やむ間もなく、ティアはセフィに寄り添った。
「良かった、間に合って…」
「魔術がダメって、どういうことだ?」
セフィがやれやれと溜息をつくが、オレにはどうにも納得がいかない。
「どうしてかですね、あいつ、魔術を…と、いうより、魔力を吸収してしまうんですよ。それで、更に巨大化してしまって…」
「おいおい、そんな規格外な…。…終焉でもダメか?」
「さあ? そこまでは…。ただ、それでダメだった場合、今度こそ手がつけられなくなりますよ」
会話の間に、再び放たれる炎の奔流。オレとセフィはそれぞれ反対方向に飛び退いて、それをかわす。
「本当に、魔力が尽きるまで待ったほうが…」
「あれ? ちょっと待て」
思わず、ティアは口を出す。
レヴィンは言った。魔力が尽きるまで止まらない、と。逆に言えば、魔力が無くなれば暴走は止まる、ということ。
流石に『禁術』と言われるもののなれの果てだけあって、その魔力は膨大だ。このままなら、使い尽くすのに時間がかかる。
しかも、どうやらセフィの話によると、魔術から魔力を取り込めるらしい。
「それ、おかしいだろ? 何で属性の違う魔力を取り込める?」
ふと浮かんだ疑問。それを確かめるべく、ティアは口を開いた。
「闇は我が思いを導く」
「ティアさん! ですから魔術は…」
セフィが止めてくるが、無視して呪文を紡ぐ。
「夜より降り来たれ、穿つ霰雪」
魔力を極限まで絞った、闇属性の攻撃魔術。人間に当てたところで平手打ち程度のダメージも無いような、攻撃魔術と呼べるかどうか怪しい代物。魔術は、そのまま魔人に吸い込まれた…ティアの、狙い通りに。
ティアは感覚を研ぎ澄ませ、今放った魔術の、その魔力の軌跡を辿る。
それは、魔人の体に吸い込まれて。その後は……
「…なるほど。そういうことか」
にまり、と、ティアは笑う。
一足飛びにセフィの元へと行き、ティアは言う。
「結局は、魔力が無くなればいいんだろ? それなら…何とかなるかもしれない」
「…本当、ですか?」
セフィが、疑わしそうに問うた。
確実に大丈夫か、と言われれば、「大丈夫」とは言い切れない。半分は推測、半分は今の結果から考えたものだから。
ティアは、それを正直に言う。
「まあ、賭けだな」
途端、セフィが顔を歪める。しかし、ティアはセフィが何かを言う前に、言葉を重ねた。
「でも、オレは勝ち目が無い賭けはしない主義なんだよ」
そして、ティアは一歩前へ出る。炎の魔人と対峙するように。
「倒すさ、絶対に」
見上げる先には、巨大な炎の魔人。その先には、それすら包み込む夜空。ここが、ティアの立つ場所。
護りたいのは、怖いから。護ると誓うのは、弱いから。
弱さを認めて、ティアは立つ。
「悪いな。オレは正義や義理人情でお前を倒すわけじゃない。オレは、オレのために、お前を倒す。
………来いよ、『オレの敵』」
炎の赤光にすら負けない輝きを、その銀の瞳に宿らせて…ティアは、宣言した。




