1-17 祈りは好まずとも
かつかつと、薄暗い廊下に響く小さな足音。無言で歩き続けるティアは、一瞬ちらりと後ろを振り返って、ほっと息をついた。
セフィは追っては来ていない。それだけ確認して、また前を向いて歩く。
眼前にちらつく、恐怖に歪んだ顔、怯えの滲んだ瞳。終焉の力で、グランを屠ったティアを見て、逃げ出したセフィ。
(でも…それでも。あいつはオレを追ってきた。話を聞いて、それで…オレに触れることも、厭わなかった)
それだけでいい…と。それで救われた…と。ティアはふと寂しげに微笑む。
「…って、何弱気になってるんだよ、オレは」
口ではそういっても、ティアが考えるのは、何故かセフィのことばかりだった。
「…ああ、そうだ」
ぽつりと、小声で呟く。たった一つの心残り。
もう二度と会うことはないだろうけど。でも、もしも万が一、もう一度セフィに会うことがあったら…その時は、あいつに『ありがとう』と言おう。
そうして、廊下をひたすらに進む。呆れるほどに何も起こらない、誰も現れない道のり。怪しい、というのすら通り越して、ティアは笑い出しそうになった。
そうして、ようやく見えた廊下の終わり。辿り着いたそこにあったのは、重厚な木の扉。力をこめてそれを押し開けると、いきなり視界が開けた。
「ここは…神殿?」
一応は本当に宗教団体なのか。それとも、体裁を整えているだけか。ティアは、ぐるりと神殿の中を見渡し、ふと違和感を覚えた。
「あれ…?」
もう一度、今度はじっくりと神殿を見渡し…そして、『それ』を見つけ、気付いた。
「そうか、違うんだ」
真正面の、その祭壇に掲げられたそれは…破壊神ブリーティスの紋章ではなく、闘神ファルマの紋章だった。
「ま、これで決まりかな。ここは、宗教団体じゃない。少なくとも、破壊神信仰の、ってのはありえない。…『邪神信仰の宗教団体』の皮被って、良からぬ事企んでるんじゃねーか。…結局、こういうオチかよ。」
呆れとも諦めともつかない、そんな複雑な寂しさを抱えて、ティアは祭壇に掲げられた闘神の紋章に相対する。そして、ふっと表情を消して右手を持ち上げた。
右手の人差し指と中指を揃え、左肩、右肩、額の順に触れ、左拳を包むように右手を重ねる。祈りの仕草は、どの神に対するものを同じ。大地と天、そして自らの心を表す仕草。違うのは、祈る言葉だけ。
「新たなる時を切り開く、白銀の刃のもとに」
闘神の紋章に相対して、捧げる言葉は破壊神に対するもの。
「…神よ、終焉神ブリーティスよ。オレは、神に祈るのなんて、他力本願で好きじゃないけど。だけど、今だけはどうか……オレに、力を。進み続けるための…心の力を」
邪神信仰の皮を被って、終焉属性を集める者たち。不安定な終焉の力を更に危うくする洗脳をして。このようなことをするのは、終焉属性の力を、兵器にしようとしてる奴ら。そう、ティアは予想する。
この予想が外れることを、ティアは切実に願った。しかし…確証はあるのだ。当たっていたのならば、戦いは避けられない。
その時、怒りに我を忘れることがないように。どんな残酷な現実にも耐えれるような、心の強さを、ティアは欲する。
「例え、何を目にしようとも…怒りに狂って、殺戮に興じることがないように。終焉属性を守護する神よ…どうか今は、破壊ではない力を…」
静かに瞳を閉じて、ティアはしばしの祈りを捧げた。




