1-15 在りし日の奇跡
「オレの故郷はクラウンヴィーレじゃない。『名もなき大地』って、聞いたことはあるだろう? あそこだ。…まあ、正確にいうなら、記憶にある最初の場所が『名もなき大地』、って意味な」
「それは…流石に冗談でしょう? あんなところに人が住めるはずありません」
『名もなき大地』。それは、クラウンヴィーレの西に位置する大国エリエルリータの北の最果て、死の大地ヘルブリーティアに接する場所。小国ほどの広さがあり、エリエルリータ、クラウンヴィーレ、ファルマフォルクの3国に接しながら、どの国にも属さない…いや、属することを拒否された地だ。
冗談と思うのも無理はない。ヘルブリーティアより多少はマシなものの、一呼吸ごとに身体を蝕む大気、飲めば死に至るような毒の水、それらに汚染された大地という、到底人が長期間住める場所ではないのだから。
苦笑しながら、でも、と、ティアは続ける。
「事実だよ。そこでオレは、少なくとも2年はいた。
勿論、そんなところに住んでいる人なんて普通いない。『人』は…な。オレが生き延びられたのは、偶然その『普通』じゃないのが住んでて、オレを拾ってくれたからだ」
ティアは、本当の両親を知らない。きっと、生まれると同時に捨てられたのだろう。…恐らくは、殺すつもりで。それでも、ティアは今までこうして生きてる。…奇跡のような確率で。
思い返すのは、銀の髪と銀の瞳。ティアを育ててくれた者たち。悪戯を仕掛けるような気持ちで、ティアはわざと軽くその名を告げた。
「その人たちの名は、ジェスティド=キャリス=ライゼルとヴィオリア=ティネク=ライゼル。オレは、ジェスとヴィオって呼んでた」
「!?」
その名を聞いた途端、セフィの顔が引きつる。やっぱり知ってたか、と、ティアは笑った。
「そ…それって、あの…!!」
「想像しているとおりだよ。『滅界』ジェスティドと『破天』ヴィオリア。ほとんど伝説になってる『双子の破壊魔導士』」
魔導士は、有名になると二つ名を持つことが多い。例えば、レヴィンの二つ名は『ユーファス』…古語とも呼ばれるトリルキス語で、『浄化の炎』という意味だ。正式にはレヴィン=ユーファス=クルストーラが彼の本名である。
ティアの記憶にある二人もまた、共に二つ名を持つものだった。
「とはいえ、そう悪い奴じゃなかったんだけどな。あいつらは本能というか、感覚で魔術を使ってたから、自分が何やってるか解ってなかったふしもある。そういう意味では、あいつらは『魔導士』じゃなかった」
意識して魔術を使い、その全てに責任を持つのが『魔導士』。だから、彼らを魔導士と呼ぶのは、本当は間違ってる。
「とはいえ、普通本能で魔術なんて使えない」
「ええ。そんなことが出来るのは…」
セフィは言いよどむ。あまり口に出したくないのも解らないではないため、ティアはセフィの言葉の続きを言う。
「『そんなことが出来るのは、魔物だけ』だろ? それは、半分正解。あいつらは、何か面白がって人間の振りしてたけど、れっきとした『天魔』だよ。
…って、セフィ。お前、『天魔』って言って解るか?」
一応問うてみる。セフィは考えた末、思い当たる節があったらしい。自信なさげに首を傾げつつ、口を開いた。
「確か…『ヒトに似た姿をした強力な魔物』ってことですよね?」
間違いではない。が、少々違う。とはいえ、『天魔』の存在は知らないものの方が多い。知ってただけ偉いかもしれない、とティアは思い、続けた。
「ちょっと違うんだけどな。まあ、いい。とにかく、姿は人間、力は強大、そのくせ性格は子供みたいで、好奇心旺盛で気まぐれだ。まあ、良く言えば、純粋…なんだけどな」
セフィは首を傾げる。
「そんなものが、実在するんですか?」
「したんだよ。まあ、とにかく。オレは5歳までジェスとヴィオに育てられたわけだ。
それなりに平穏に暮らしていたんだけど…ある日、ちょっとジェスが力のコントロール失敗してさ。あいつ、強いくせにその辺無頓着で、実はしょっちゅう失敗してたんだけど…あの時は、場所が悪かった。あいつ、クラウンヴィーレとの国境の辺りの町を消滅させちゃったんだよ。この事件、結構有名だから知ってるかもな」
「……ひょっとして、『デイヴィスの悲劇』ですか?」
「正解」
その時消えた町の名が『デイヴィス』。ここまで有名な話になっていることは、ティアは後になって知った。
「で、流石にジェス討伐の指令が下ったらしい。そのときにジェスを倒しに来たのが、師匠だ。
まあ、その後いろいろあって、ジェスは師匠に破れ、オレは師匠の元で暮らすことになったんだけど」
少々ぼかして語る。その辺りのことは、ティアにとってあまり語りたいことではない。今話している目的からも多少逸れることになるため、あえてその辺りを省略し、話を続ける。本題はここからなのだから。
「で、だ。これは、その時思ったことじゃない。後から思い返して気付いたことだ。
オレがいたのは『名もなき大地』。魔物が生きてるのはわかる。ジェスとヴィオは天魔だから、こいつらが生きてるのもまあわかる。でも、魔物でも天魔でもないオレが、どうして生きていられたのか」
その時は、欠片も疑問に思わなかったこと。しかし、その後さまざまな知識を得て、その上で考えてみれば、明らかにおかしなことなのだ。
「それは、最初から『おかしい』と思ってますけど。あえて言うなら…そうですねぇ……あの『破壊魔導士』が、何かしたんじゃないんですか?」
首を傾げながら、セフィはティアの問いにそう返す。
それは、確かにそうとしか考えられないもので…そして、それこそが、ティアが望んでいた答えであった。
「そう。そうとしか考えられないよな。でも、考えてみてくれ。『名もなき大地』の毒から、身を守る…そんなことが出来るのは、魔術以外に考えられない。…と言うより、ジェスもヴィオも、魔術無しでは何も出来ない不器用さんだったからな。でもさ、あいつら…ジェスとヴィオは、どっちも終焉属性しか持ってなかったんだぞ?
天魔だって、持ってる属性の魔術しか使えないのに変わりはない。でも、オレは確かに、魔術で護られてた。…ちなみに、『人間でも終焉属性ならば、『名もなき大地』の毒には侵されない』、なんてことはないぞ。実際にオレ一人で行って、死にかけたんだからな。
だとしたら…導き出される答えって、一つしかないんじゃないか?」
一度に言ったせいか、セフィはまだ頭の中を整理し切れていないようで、渋い顔をしたまま首をかしげている。ティアとて、その答えを出すまでに、かなり時間がかかった。なかなか信じられなかった。
本当は、その答えは間違っているのかもしれない。もし間違っていなくとも、彼らが天魔だったから出来たことなのかもしれない。
でも、それが、ティアの希望。
小さくて儚い、夢物語かもしれない、それ…。それこそが、ティアが前に進み続けるための標であり灯火。
にっ、と、ティアは笑みを浮かべる。何とも不敵で、どこまでも鮮やかな笑みを。
そして…
「終焉属性魔術は、攻撃魔術だけじゃない。少なくとも、防御魔術はあるはずだ」
セフィに、その『希望』を告げた。




