1-13 疑惑の影
闘技場の奥の扉を開けると、また薄暗い道が続いていた。道なりに進み、右へ左へと道を曲がり、階段を上って、ティアはひたすら奥へと進む。
既に、どこをどう歩いてきたか覚えてはいない。元より、入ってきた場所から出るつもりもない。ただひたすらに、足を運ぶ。
そうして無心に歩き続けていると、ふとした拍子に先ほどのセフィの顔が浮かぶ。怯えて、蒼くなった顔色。目に一杯に恐れが満ちた、バケモノを見るかのような眼差し。あれが、当然の反応。終焉属性を見たときのごく一般的な反応。
本当に自分は運が良かったのだと、ティアは改めて思い知る。別れて何日も経っていないのに、ティアは無性にレヴィンに会いたくなった。怖れや蔑みに濁らない、あのまっすぐな眼差しが恋しくて…。
「…ったく。こんなんじゃ師匠に笑われるよ」
呟いた声は、自分でもわかるほどに自嘲げだった。
しばらく歩き続けて、ティアは足を止めた。誰かの気配を感じて。
「誰だ?」
静かに問うと、気配が動く。奥からゆっくりと進み出てきたのは、ティアより少し若いくらいから壮年までの、髪か目が銀色の男女が10人ほど。そのうちの一人が、無感情な金属質の声で言う。
「アストランティア=クルストーラ様とお見受けいたします」
「そうだったら?」
「我々の主がお呼びです。ご同行願います」
(主? 教祖とか宗主とか、そう言う奴か? …にしても、何か変な感じがする…)
違和感を感じ、試すつもりで問いを返す。
「断ったら、どうする?」
彼らは、明らかにおかしい。あまりにも無感情で、個性というものがまるで感じられない。確かに、危険な宗教団体が洗脳といった手法をとることはあるということは、ティアも知っている。しかし、組織の中核に位置する者が正気を失っているはずがない。でなければ、組織が成り立つはずもない。
そして、彼らが末端だったとしても、終焉属性の者たちを洗脳するだろうか? ティアの予想に過ぎないが、終焉属性を洗脳したら、制御が不安定になるだろうと容易に考え付く。
何かがおかしい。
(…ここ、本当に宗教団体か?)
「主は、我々に貴女を連れてくるよう仰せになりました。なので、貴女に同行していただかなくてはなりません」
彼はそう言ってティアに手を伸ばす。
(この反応…洗脳されてる、よな。こいつらと話していても埒が明かねぇ。が…かといって、ついて行ったらオレも洗脳される危険性がある以上、行くわけにもいかないな)
ティアは、スッと目を細めた。
「断る」
迫る手を払い、きっぱりと言い切る。それでも、彼らの表情は全く動かない。少々不気味に思いつつ、ティアは軽く半身に構えた。
「どうしても、来てはいただけませんか?」
「くどい」
そう言い切った瞬間、彼らの動きが変わった。話している一人を除いた全員が左右に展開し、ティアを取り囲む。何となく、今後の展開の予想がついて、ティアは魔術を紡ぎ始める。
「どうしてもお連れできない場合は、殺せと命じられております。…今一度窺います。我々の主の下まで、ご同行願います」
予想通りの展開だった。
(このオレが、その程度の脅しでいう事を聞くと思うのか!?)
挑戦的な浮かべて、ティアは言い放つ。
「それでも、断る。オレは、あんたらみたいになる気はないからね。でも、死ぬ気もない」
言って聞かせても、解らないとは思う。それでも、ティアは言わずにはいられない。
それは、願い。信念。近い。何と言い換えてもいい。何度でも繰り返し、ティアはそれを声に出す。例え、誰にも理解されなくても、誰かにバカにされても。
それは、ティアがティアであるための…ティアが進み続けるための儀式。
「終焉属性に破壊以外の道を見出すまで、オレは死ねないんでね!」
そう言って、無詠唱で魔術を解き放つ。使うのは終焉属性の魔術ではない。闇属性、感覚霍乱術。同時に闇属性防御術の応用、捕縛結界。全員の感覚を鈍らせ動きを止めて、ティアは包囲から一足飛びに抜け出す。
そしてそのまま走って逃げる。背後に銀光が閃き、魔術が砕かれる感覚がする。終焉の力で、捕縛結界を破られた。しかし、それは予想済み。
「闇は我が思いを導く。腕に包まれ安息のうちに眠れ!」
走りながら唱えるのは、相手を眠らせる呪文。霊属性のそれほどの強制力はないが、自意識の薄い洗脳された者ならばこれで十分だろう。
案の定、ばたばたと人が倒れる音が聞こえる。ティアは足を止めて振り返った。
「…どうして、終焉の力を使わないのですか?」
振り向いた瞬間、聞こえた声は、ここ数日で聞きなれた…しかし、聞いたことがないくらい平坦なものだった。
しかし、ティアは驚かない。何となく、窓の外から気配を感じていた。もう猫を被ることもせずに、ティアは『彼』に背を向けたまま言う。
「逃げたんじゃなかったのか? セフェウス=アルライエル」
ちょっとした皮肉を込めて、わざわざフルネームで呼ぶ。押し黙ってしまったのを気配で感じ、ティアは苦笑した。
ゆっくりと振り返る。そこにいるのは、やはり蒼ざめた顔のまま…それでも、何かの決意をしたような顔をした、セフィだった。
「別に責めてるわけじゃない。ただ、純粋に気になっただけだよ」
苦笑は顔に貼り付けたままで、ティアは務めて軽く言う。言っている内容自体は真実。それでもセフィは蒼いまま。
「まあ、なんにしろ少し待ってよ。あそこで寝ている奴ら、縛ってくるからさ」
バックパックの中からロープを取り出し、全員を縛り上げる。長さが足りるか心配だったが、何とかなった。眠っている奴らは、それでも目を覚すことはない。
沈黙が落ちた。




