1-11 届かぬとしても
ゆっくりと、振り向く。足の裏で砂がきゅ、と鳴いた。
「祭儀場って言うより、闘技場に見えるな」
薄く笑みを浮かべて、ティアは言う。軽口のつもりだったのだが、初老の男は重々しく頷いた。
「闘技場でもある。ブリーティス様に捧げる闘いの場だ」
「へぇ」
「ここへ御主が来たのも、運命かも知れん」
そういうと、彼は右拳を左手に打ちつける。一瞬で右拳が淡い銀の輝きを纏った。同様に左手を拳にすると、右手に打ちつける。そうして、両手に銀の輝きを纏わせて、初老の男は厳かに宣言した。
「我らが理想のため、御主には死んでもらう」
隙なく構える初老の男を見て、ティアは問う。
「なあ。理想って、終焉属性の力で革命を起こして…とかいうのか?」
「それ以外に何がある!? 我ら終焉の力を忌み嫌うもの共に、目に物見せてくれるわ!」
それを聞いて、ティアは深々と溜息をついた。なんとも言えぬ悲しみがこみ上げてきて、目尻をじわりと熱くした。それに気付かぬ振りをして、溜息にそっと言葉を乗せ、ティアは問いを重ねる。
「それで、本当に何かが変わると思ってるのか?」
「何!?」
「何も変わらないさ、きっと。終焉の力は、確かに強い。でも、その力を見せつけたところで、後に残るのは恐怖と悲しみだけだ。終焉属性は忌まれ続ける。そして、仮に頂点に立ったとしても…恐怖による支配は、長くは続かない。いかに強大な力を持っていても、だ。
そして、終焉属性による支配が倒れれば…今度こそ、終焉属性は皆殺しにされるだろう。これから生まれてくる終焉属性の子供達も、全て。それを解ってるのか?」
それは、ティアの望む未来ではない。しかし…ティアの言葉は届かない。
「黙れ小童! 終焉の加護の下に生まれたという、ただそれだけで! なぜ我らは迫害を受けねばならん!? 今の世が我らを受け入れぬならば、我ら自身の力で居場所を創る。それのどこがいけない!?
生まれて間もない赤子が、母の手で殺される様を見たことがあるか? 髪が、瞳が、銀の色をしているというだけで、武器で持って追い立てられる子を見たことがあるか?
我らはそうして死と隣り合わせで、かろうじて生き延びてきた者ばかりだ。御主の言葉は、苦労知らずの小童の綺麗事に過ぎぬわ!!」
ティアは、フードの下で目を閉じる。零れ落ちそうになった涙を堪えるために。
(ああ…同じだ。こいつらは、オレと同じ考えを持ってるんだ…)
しかし、違う。彼らとティアは、ある一点において決定的に異なっている。
彼らの望みは、破壊の後にもたらされる平穏。終焉の力で世を壊し、終焉属性のためだけの世の中を創ろうとしている。
ティアの望みは、破壊なき共存。終焉属性の力を破壊以外に見出し、今の世の中に在りたいと思っている。
ティアは、静かに唇を開いた。自らの思いを伝えるために。それが例え相容れないものだとしても…このまま戦うのは、悲しすぎるから。
しかし、このままでは、言葉は届かない。
だから…ティアは、手を胸元に伸ばす。
「知ってるよ、全部」
ぱちん、と、小さな音を立てて、マント留が外される。
「実感してるよ、この身でもって、ね。だって…」
はっきりと言葉を紡ぎながら、ばさりと、マントを脱ぎ捨てる。
もう、涙は出ない。ティアはゆっくりと目を開けて、言った。
「オレも、終焉属性だから」
その、銀の色に輝く瞳を曝し、彼を見つめる。
初老の男は、ティアの瞳を見て、息を呑んだ。
久々にマントごしでなく見る太陽が眩しくて、ティアは目を細めた。真っ白に染まった視界が徐々に色彩を取り戻してくると、改めて初老の男を見やり、ふと表情を曇らせた。
(ああ、こいつ…髪も目も銀色だ)
隠しようもない、純然たる終焉属性の証に、ティアは先ほどの彼の言葉を思い出す。この世界は、彼にとってさぞ生き難いものだっただろう。
「何故だ…? 御主も終焉属性ならば、辛い目にもあってきたであろう? なのに何故、あのような綺麗事を言える!?」
先ほどとは打って変わって、困惑が前面に出た声で彼は言う。
そう思うのも無理はない。ティアとて、レヴィンに拾われるまでは随分苦労したものだ。あまり思い出したくない過去を一瞬顧みて、苦笑する。あの状況が延々続くとなれば、すべてを壊したくもなるだろう。
それでも、ティアは知っている。ヒトの温もりというものを。それが、ただ運が良かっただけだとわかっていても。
だから…ティアは綺麗事を貫きたいのだ。恐らくそれが出来るのは、終焉属性に生まれながらも、運よく全うな『ヒト』として生きることの出来たものだけだろうと、知っているから。
「夢が、あるからだよ」
「夢、だと?」
ティアよりずっと辛い目にあってきただろう、目の前の男。ティアが終焉属性だと知らせても、その言葉は彼には届かないだろう。けれど…彼と『ただの敵同士』として戦いたくはないと、ティアは思う。だから、言う。
「終焉属性が、ただ破壊だけのものでないことを証明する。それが、オレの夢だ」
案の定、彼は目を丸くした。そして、苦い顔で言う。
「まさしく『夢』だな。夢物語だ。そんなことが出来るなら、終焉属性は忌み嫌われはせん」
「ちょっと前までは、オレ自身そう思ってたよ。でも、やってみるって決めた。やらずに諦めたくはないんでね。絶望だったら、後でも出来るさ」
「無謀極まりない」
「解ってる。でも、オレ、真剣だぞ。だからこそ、お前達を止めに来たんだ」
「止める…か」
ティアは笑う。彼も、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
思いは同じでも、願いは決して交わらない。道を塞ぐなら、戦うしかない。それでも…言葉を交わした。夢を伝えた。
解り合うことは叶わなくても…こういう形で戦うのならば、ティアに悔いはない。
「我が名は、グラン=ラスパード」
「ティア。アストランティア=クルストーラ」
本名を名乗り、一息に剣を抜き放つ。刀身を滑るように銀光が走り、その刃を煌めかせた。終焉の付与魔術。多少威力は落ちるが、ティアも呪文無しで魔術を使える。
対峙は一瞬。静寂を切り裂いて、響くグランの声。
「いざ、尋常に勝負!」
それを合図に、ティアは剣を振るった。




