1-10 潜入
逃げた奴を追えばアジトにたどり着けるかと思い後をつけた二人は、本当に何の苦労もなくアジトを発見してしまった。悪いことではないのだが、何とも言えない心境になり、ティアは呆れたように頬をかく。楽に済ませられるならそれに越したことはないとも思うが、少々不安でもあった。
「見張りがいますね。どうしますか?」
「大丈夫ですよ。…闇は我が思いを導く。我らを不可侵の領域に」
小さく呪文を唱え、気配消失と感覚霍乱を使う。これで、例え見張りの前を通り過ぎようが、目の前で踊ろうが気付かれることはない。
「これでいいです。行きますよ」
そうして、あっさりと見張りをかわし、またしても何の苦労もなく『白銀の炎』のアジトに侵入する二人。
「闇属性って、便利ですねぇ」
セフィがのほほんと声をかけてくるが、ティアは逆に不気味だった。『何もなさ過ぎる』のだ。
あの時逃げ出した男は、アジトに逃げ帰って報告をしているだろう。闇属性がいるということもわかっているはずなのに、気配消失と感覚霍乱に対する注意がなさ過ぎる。明らかにおかしい。
「ティアさん?」
「あっ! はい、何でしょう?」
どうやら、考え事にのめりこんで話を聞いていなかったらしい。少々焦ったような声で、ティアは振り返って微笑む。
「ティアさんって本当に強いんですね、って言ったんですけど」
「そうですか? お褒めに預かり光栄です」
(っていうか、これくらい出来ないと生き残れなかったしなぁ…主に、食糧確保とか。野鳥とか獣とかって、警戒心強いから仕留めるのに一苦労なんだよ)
身も蓋もない理由は口には出さず、礼だけ言ってまた前を向いて歩き出す。
「魔術も的確ですし、剣も一流。どうやったらそんなに強くなれるんですか?」
「努力あるのみ、ですよ」
「でも、才能もあったんでしょうね。僕、魔術はともかく体術は全然ダメで」
「…才能……?そんなもの、ありませんよ。」
ふ、と。小さく、苦々しく笑う。才能なんて言葉、ティアは嫌いだ。
「謙虚ですねぇ」
(違うよ、セフィ。お前が見てるオレは、贋者だ。本当は…)
諦めたような、それでいて、どこか苦しそうな、切ない笑みを浮かべる。セフィと離れたい。一人になりたい。今までで一番切実に、ティアは願った。
それでも、そう簡単に願いは叶わない。結局、『いくら魔術を使っても、大声を出せば見つかる』と言ってセフィを黙らせ、ティアはひたすら奥へと進んだ。
もう、どれくらい進んだだろう? 正確にはわからないが、もう昼を過ぎているだろう、とは思う。所々にある窓から差し込む光が、時間の経過を示していた。
「ティアさん、ティアさん」
「何か?」
声が刺々しくならないよう細心の注意を払い、ティアは答える。セフィは横を指差して、小声で告げた。
「そこの部屋、無人みたいです。あそこで少し休みませんか?昼ご飯にしましょう」
「ここが『白銀の炎』のアジトの中だっていう自覚、あります?」
流石に声が冷たくなったが、仕方ないだろう。
(何考えてるんだこの能天気のほほん男は!?)
頭の中で叫ぶのも、そろそろ疲れてきた。セフィはそんなティアの心も知らず、少し目尻を下げて言った。
「解ってます。でも、ティアさん、朝からずっと魔術発動させっぱなしじゃないですか。少し休んだ方がいいですよ」
「え…?」
(心配、してるのか? オレの? 別に、一日二日魔術を発動させっぱなしにしたところで平気なんだけどなぁ…)
ティアはちょっとだけ笑った。状況を考えればとんでもない提案だが、気を遣われた経験など殆どないティアには、それが何とも物珍しく、少し嬉しかった。
「…では、少しだけ休みましょうか」
そっと扉を押し開けて、音を立てないように部屋の中に滑り込む。気配霍乱の魔術は、発動させ続けようとしたのだが、セフィに窘められてやめた。『魔術の長時間に渡る発動は、主に精神に過剰な負担をかけるから』と。勿論ティアも魔導士。そんなことは知っていたが、慣れてるし…と思いつつも、ここは素直に従っておく。
持って来た携帯食料を取り出してもそもそと食べる。何度食べても相変わらずの味気ないものだが、一応空腹は満たされる。
「さて、行きましょうか。………ッ!?」
立ち上がりかけた瞬間、ティアは息を呑んだ。扉の外から、わずかな気配が感じられたのだ。相手もこちらに気付いたらしい、緊張した気配が伝わってくる。
そのころになってようやくセフィも気付いたらしい。ティアのほうをちらりと見ると、唇の動きだけで声なく告げてくる。
(と・び・だ・し・ま・しょ・う)
唇の動きを読んで、ティアは頷く。扉の横に立ち、一気に開け放った。
同時に、セフィの杖が床を突く。固く澄んだ音と共に、無数の風の刃が放たれた。どうやら、これがセフィの魔術発動法らしい。風の刃の後を追うように二人は廊下に飛び出した。
ティアは、ちらりと横目で確認する。風の刃をよけた拍子に体勢を崩した二人の男がいる。ひとりは、セフィと同年代くらいの青年。もう一人は、引き締まった体格の初老の男性。共に銀髪…終焉属性だ。
二人が追ってくる。二人は逃げる。長くまっすぐな廊下をひたすら走り続けると、その先には二股に分かれた通路。
「二手に!!」
走りながらティアが言うと、セフィが頷くのが見えた。
セフィは、右に。ティアは、左に。それぞれ曲がって走り続ける。
細くなった薄暗い道を走って、走って。
分かれ道があるたびに、適当に曲がって、また走り。
そして…唐突に視界が開けた。
ティアは思わず足を止める。
「…?」
そこは、異様な空間だった。
底が平らな鉢のような形をした、天井のない広い空間。闘技場に似ている。ティアが今いるのは、その底面部分。周りの観客席と思しき場所には誰一人いない。正面には、大きな銀の炎の紋章…『白銀の炎』教団の徽章が掲げられている。
ティアは、思わず呟いた。
「何なんだ、ここは…?」
「ここは、我らが祭儀場だ」
知らない声が聞こえて、ティアは振り返る。
そこにいたのは、二人を追っていた二人組の片方、初老の男がいた。
(撒けなかった…か)
言葉なくそれだけ思い、ゆっくりと振り返る。
覚悟を決めて、ティアは彼と相対した。




