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幸と恵の物語  作者: リンダ


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残っていた顔

 十五 残っていた顔


 喫茶みのりを訪れてから、数週間が過ぎた。


 長崎の夏は、少しずつ終わりへ向かっていた。


 蝉の声は弱まり。


 朝夕の風には、ほんのわずかに秋の気配が混じり始めている。


 その日の夕方。


 龍弥が造船所から帰宅すると、夏菜子が玄関まで出てきた。


「龍弥さん」


「どうしたと?」


「今日、佐世保市役所から電話があったよ」


 龍弥は、靴を脱ぐ手を止めた。


「佐世保市役所?」


「うん」


「女学校の卒業写真について、話したい人がおるって」


 龍弥の表情が変わる。


「卒業写真?」


 夏菜子は、静かにうなずいた。


「幸さんと恵さんが写っとる写真が、残っとるかもしれんって」


 龍弥は、しばらく何も言えなかった。


 遺影はない。


 大村家の写真は、原爆で焼失した。


 幸が広島へ持っていった写真も、鉄道官舎とともに失われた。


 龍弥の記憶の中には、二人の顔が残っている。


 幸の大きな笑顔。


 恵の少し照れたような笑い方。


 けれど、それを子どもたちへ見せることはできなかった。


「誰が持っとると?」


「今は佐世保市の早岐駅の近くに住んどる、今田澪さんという女性」


「女学校の卒業生らしか」


 龍弥は、居間の仏壇へ目を向けた。


 白い布の花。


 包帯の切れ端。


 焦げた手紙。


 写真のない仏壇。


「……会いに行く」


「うん」


「できるだけ早く」


 一 佐世保市役所からの連絡


 翌日。


 龍弥は造船所の昼休みに、佐世保市役所へ電話をかけた。


 交換手を通し。


 担当部署へつながる。


「佐世保市役所、市民相談係の川原です」


「長崎市の篠田龍弥と申します」


「ああ、篠田さん」


 電話の向こうの声が少し柔らかくなる。


「今田澪さんから、ご相談を受けまして」


「幸さんと恵さんの卒業写真があると聞きました」


「はい」


「今田さんは、お二人と同じ女学校に通われていた方です」


「先日、終戦二十年の特集記事で、篠田さんがご家族へ幸さんと恵さんのお話をされたことを知ったそうです」


 龍弥は驚いた。


 大村鐵工所跡地や、女学校跡地を家族で巡ったことは、地元紙の小さな記事になっていた。


 被爆者である龍弥が、自分の子どもたちへ名前の由来を話したこと。


 原爆で失われた家族の記憶を、次の世代へ伝え始めたこと。


 それを、今田澪が読んだのだった。


「今田さんは、卒業写真の中に」


「幸さんと恵さんが写っているとおっしゃっています」


「間違いないんですか」


「本人は、間違いないと」


「お二人の座っていた位置も覚えておられるそうです」


 龍弥は、受話器を握る手へ力を込めた。


「会わせてください」


「お願いします」


「分かりました」


「今田さんも、篠田さんへ直接お渡ししたいと希望されています」


「今度の日曜日、早岐駅近くのご自宅へ伺われてはいかがでしょうか」


「行きます」


 龍弥は即答した。


「家族も一緒に連れていってよかでしょうか」


「もちろんです」


 二 早岐へ


 日曜日。


 家族五人は、長崎駅から列車へ乗った。


 龍弥。


 夏菜子。


 七歳の幸。


 五歳の恵。


 三歳の勝一。


 列車は長崎を離れ、諫早を通り、佐世保方面へ向かう。


 車窓には田畑。


 低い山々。


 集落。


 時折、川や海が見える。


 三歳の勝一は、窓へ顔を寄せている。


「父ちゃん、ぽっぽ速い」


「顔ば窓に近づけすぎんごと」


 幸が弟の肩を引く。


「お姉ちゃん、母ちゃんみたい」


 恵が笑う。


「今日は大事な写真ばもらいに行くけん、勝一が煤だらけになったらいかんやろ」


「今日は煤あんまり出とらんよ」


「気持ちの問題たい」


 夏菜子は、向かいに座る龍弥を見る。


 龍弥は、ほとんど話さなかった。


「緊張しとる?」


「ああ」


「写真を見るのが?」


「見たい」


「でも」


「怖くもある」


 夏菜子は、龍弥の気持ちを急かさなかった。


 二十年間。


 記憶の中だけにいた人たち。


 その顔が、突然、紙の上へ戻ってくる。


 うれしいだけでは済まない。


 止まっていた時間が、一気に動き始めることでもあった。


 三 早岐駅


 列車が早岐駅へ到着する。


 ホームへ降りると、潮の匂いを含んだ風が吹いていた。


 駅前には商店。


 自転車。


 荷物を運ぶ人。


 佐世保方面へ向かう列車と、大村線方面へ向かう列車が行き交う。


 龍弥は、駅の時計を見上げた。


「ここから近いと?」


 幸が尋ねる。


「ああ。市役所の人が迎えに来てくださる」


 改札を出ると、佐世保市役所の職員が待っていた。


「篠田さんですね」


「はい」


「市民相談係の川原です」


 川原は家族へ丁寧に頭を下げる。


「今田さんも、朝から皆さんを待っておられます」


 駅から歩いて十分ほど。


 細い道を入り。


 小さな庭のある平屋へ着く。


 庭先には、白い花が咲いていた。


 玄関の前で、川原が声をかける。


「今田さん。篠田さんご一家がお見えになりました」


 少しして。


 戸が開いた。


 四 今田澪


 姿を見せたのは、四十二歳の女性だった。


 龍弥と同じ年。


 髪を後ろでまとめ。


 薄い色の着物を着ている。


 その表情には、懐かしさと緊張が混じっていた。


「篠田龍弥さんですか」


「はい」


「今田澪と申します」


 澪は深く頭を下げた。


「よう来てくださいました」


「こちらこそ」


 龍弥も頭を下げる。


「幸さんと恵さんの写真があると聞きました」


「あります」


 澪の声が震える。


「ずっと、持っとりました」


 家へ通される。


 居間には座卓。


 壁には家族写真。


 小さな仏壇。


 棚には古い教科書や、女学校時代の品が並べられている。


 澪は五人へお茶を出した。


「幸ちゃんと恵ちゃんの子どもさん……では、ないんですよね」


 澪は、新しい幸と恵を見つめる。


 龍弥が答える。


「はい」


「私と夏菜子の娘です」


「名前を、幸さんと恵さんからいただきました」


 澪の目が潤む。


「そうでしたか」


「こちらが幸」


「七歳です」


「こっちが恵」


「五歳」


「息子の勝一です」


 三歳の勝一が、少し緊張しながら頭を下げる。


「こんにちは」


 澪は、涙を拭いながら笑った。


「こんにちは」


「勝一という名前も」


「はい」


「幸さんと恵さんのお父さんから」


「大村勝一さん」


「よく覚えとります」


 澪はうなずいた。


「文化祭や運動会のとき、よう学校へ来てくださっとった」


「声の大きか、優しいお父さんやった」


 五 女学校時代の幸と恵


 澪は、ゆっくり話し始めた。


「私は、幸ちゃんと恵ちゃんとは同じ学年でした」


「同じ組ではなかった年もありますけど」


「登下校や学校行事では、よう一緒になりました」


「二人は、どんな生徒でしたか」


 龍弥は尋ねる。


 澪は、少し笑う。


「幸ちゃんは、目立つ子でした」


「声が大きくて」


「思ったことば、よう口にする」


「先生から注意されても」


『でも先生、それ、おかしかですよ』


「って言い返す」


 長女の幸が、隣の恵を見る。


「やっぱり強かったんやね」


「強かったけど」


 澪は続ける。


「泣き虫でもありました」


 龍弥が驚く。


「幸さんが?」


「はい」


「誰かが叱られたり」


「動物がけがしたり」


「映画の悲しい場面を見たりすると」


「人一倍泣くとです」


「でも、見られたら恥ずかしかけん」


『目にごみが入っただけたい』


「って言い張る」


 新しい幸が笑う。


「うちと似とる」


 夏菜子が小さく言う。


「かなりね」


「恵ちゃんは」


 澪は五歳の恵へ目を向ける。


「幸ちゃんの隣で、よう笑いよった」


「普段は落ち着いとるけど」


「幸ちゃんが何かやらかしたら、一番早くツッコミ入れる」


『お姉ちゃん、それは違うやろ』


「って」


 五歳の恵が、姉を見る。


「うちと同じやね」


「うちが何かやらかしよる前提やん」


「だいたいやらかすやろ」


 澪が、声を立てて笑う。


「ほんとに、よう似とる」


 その笑いの途中で、澪の目から涙が落ちた。


「まるで」


「あの二人が、また目の前で話しよるみたい」


 六 包みの中の写真


 澪は、座卓の横へ置いていた桐箱を引き寄せた。


 箱の中には。


 白い布に包まれた、一枚の大きな写真。


 さらに、湿気を防ぐための薄紙が重ねられている。


 澪の手は、わずかに震えていた。


「終戦後」


「何度も捨てようかと思いました」


「見るたびに」


「亡くなった友達の顔ば思い出すけん」


「でも」


「捨てられんかった」


 澪は布を開く。


 黒と白の、古い卒業写真。


 木造校舎の前。


 制服姿の少女たち。


 教師たち。


 何十人もの顔が並んでいる。


 写真の一部には、時間による変色があった。


 それでも、少女たちの表情ははっきり残っていた。


 澪は、右手の人差し指で写真の中央付近を示した。


「ここ」


「前から二列目」


「右から四人目が幸ちゃん」


 龍弥の呼吸が止まる。


「その隣」


「右から五人目が恵ちゃんです」


 七 二十年ぶりの顔


 龍弥は。


 写真へ手を伸ばした。


 けれど、触れる直前で止めた。


 指先が震える。


 そこに。


 幸がいた。


 十代の幸。


 少し顎を上げ。


 大きく笑っている。


 写真を撮る瞬間にも、何か話していたような顔。


 その隣。


 恵がいた。


 姉より少し控えめな笑顔。


 けれど目元は、楽しそうに細くなっている。


 肩が触れるほど近くに座り。


 恵の手は、幸の袖を少しつまんでいる。


「幸さん」


 龍弥の口から、声がこぼれる。


「恵さん」


 二十年間。


 記憶の中にだけあった顔。


 救護所で見た、傷ついた恵の顔ではない。


 原爆で奪われた姿でもない。


 まだ未来を信じていた。


 女学生だった頃の恵。


 隣には幸。


 二人とも笑っている。


 龍弥の目から、涙が落ちた。


「こんな顔やった」


「そうやった」


「俺、忘れてなかった」


 龍弥は。


 何度も何度もうなずいた。


「ちゃんと覚えとった」


 夏菜子が、龍弥の隣から写真を覗き込む。


「幸さんと恵さん」


「こんな顔しとったんやね」


 夏菜子の声も震えていた。


「きれいな人たち」


「でも」


 夏菜子は、七歳の幸と五歳の恵を見た。


「なんか」


「うちの幸と恵に似とる」


 澪もうなずく。


「私も、玄関で見たときに思いました」


「顔立ちがそっくりというより」


「表情が似とる」


「幸ちゃんの目の開き方」


「恵ちゃんが姉ば見るときの顔」


 新しい幸と恵は。


 写真へ近づいた。


 八 名前の人


 七歳の幸が、写真の幸を見つめる。


「この人が、幸さん?」


「ああ」


 龍弥が答える。


「笑っとる」


「よう笑う人やったけん」


「うちと、似とる?」


 龍弥は、娘の顔と写真を交互に見る。


「少しね」


「でも」


「お前は、お前たい」


「分かっとる」


 幸はうなずく。


 それから、写真へ小さく頭を下げた。


「幸さん」


「はじめまして」


「うち、篠田幸です」


 五歳の恵も、写真の前へ座る。


「この人が、恵さん?」


「そうたい」


「うちより大きい」


「女学校の卒業写真やけんね」


 恵は、写真の中の恵をじっと見る。


「優しそう」


「優しかったよ」


 龍弥の声が震える。


「父ちゃん、この人ば好きやったと?」


「ああ」


「大好きやった」


「母ちゃんより?」


 幼い恵の率直な質問に、部屋が静かになる。


 龍弥は、答えに迷った。


 しかし夏菜子が、娘の肩へ手を置いた。


「好きに、順番はなかよ」


「恵さんには、恵さんの大切さがある」


「母ちゃんには、母ちゃんの大切さがある」


「どっちも本物たい」


 龍弥は、夏菜子を見る。


「そうたい」


「恵さんを愛しとった」


「今は、夏菜子と家族ば愛しとる」


「どっちも嘘やなか」


 五歳の恵は、少し考え。


「じゃあ、よか」


 と答えた。


 澪は、そのやり取りを聞きながら、静かに涙を拭った。


 九 卒業式の日


 澪は、写真を撮った日のことを語り始める。


「この写真は、卒業式の日です」


「朝から小雨が降っとって」


「撮影する頃に、少し晴れた」


「幸ちゃんは」


『雨上がりやけん、髪がふくらんどる』


「って、ずっと気にしよった」


「恵ちゃんが」


『誰もお姉ちゃんの髪ば、そこまで見とらん』


「って言いよった」


 幸と恵が、そろって笑う。


「写真を撮る直前にも」


「幸ちゃんが何か言うて」


「皆が笑った」


「何を言ったかは、もう覚えとらんけど」


「幸ちゃんと恵ちゃんだけ、少し横向いとるでしょう」


 確かに。


 写真の二人は、正面を向きながらも。


 わずかに互いの方へ傾いている。


「二人は、最後まで話しよった」


 澪の目に、遠い日の光景が浮かぶ。


「卒業式が終わったあと」


「幸ちゃんが言うたんです」


『これから、みんな別々になっても、いつかまた集まろう』


『結婚して、子どもができても』


『おばあちゃんになっても』


「って」


 龍弥は、顔を覆った。


 幸も恵も。


 おばあちゃんにはなれなかった。


 子どもを抱くこともなかった。


 それでも。


 二十年後。


 二人の名前を持つ子どもたちが、その写真を見ている。


 十 澪が生き残った理由


 龍弥は尋ねた。


「今田さんは」


「八月九日、長崎には?」


「いませんでした」


 澪は答える。


「夫の仕事の都合で、昭和十九年の暮れに早岐へ移りました」


「それで、生き残りました」


「もし長崎におったら」


 言葉が途切れる。


「私も、ここにはおらんかったと思います」


 澪は、写真へ視線を落とす。


「生き残ったことを」


「長い間、申し訳なく思いました」


「同級生の多くが亡くなった」


「幸ちゃんも」


「恵ちゃんも」


「自分だけ、結婚して」


「子どもを育てて」


「年を取って」


 夏菜子が、静かに言う。


「生き残った人が幸せになることは、悪いことやないです」


 澪は顔を上げる。


「龍弥さんも」


「ずっと、そう思えんかった時期があったと思います」


 龍弥はうなずいた。


「恵さんに」


『幸せに暮らして』


「そう言われても」


「最初は、幸せになるのが怖かった」


「でも」


「生き残った人が苦しみ続けることを」


「亡くなった人が望むとは思えんようになった」


 澪の目から、また涙が落ちる。


「幸ちゃんも、恵ちゃんも」


「私が幸せに暮らすことば、怒らんでしょうか」


 龍弥は、はっきり答えた。


「怒りません」


「むしろ」


「幸さんなら」


『生き残ったんやけん、おいしかもん食べんね』


「って言う」


「恵さんなら」


『幸せになったことまで謝らんでよか』


「って言うと思います」


 澪は、泣きながら笑った。


「二人らしかね」


 十一 写真を託す


 澪は、写真を龍弥の前へ差し出した。


「これを」


「篠田さんにお渡しします」


 龍弥は驚いた。


「でも」


「今田さんにとっても、大切な写真でしょう」


「大切です」


「だからこそ」


「幸ちゃんと恵ちゃんの家族に持っていてほしい」


「私は、写真屋さんに頼んで複写を作ります」


「原版は」


「二人の仏壇へ置いてください」


 龍弥は、すぐには受け取れなかった。


「ほんまに、よかとですか」


「はい」


「二十年」


「この写真を守ってきたのは」


「今日、ここへ渡すためやったのかもしれません」


 澪は、写真の中の少女たちへ目を向ける。


「幸ちゃん」


「恵ちゃん」


「やっと、家へ帰れるね」


 龍弥は、両手で写真を受け取った。


 重くはない。


 けれど。


 二十年分の記憶が、その一枚に詰まっていた。


「ありがとうございます」


 龍弥は、深く頭を下げた。


「一生、大切にします」


 十二 家族写真


 帰る前。


 澪が、一つ提案した。


「皆さんで、写真を撮りませんか」


「写真?」


「この卒業写真と一緒に」


 庭へ出る。


 佐世保市役所の川原が、持参したカメラを準備する。


 中央には龍弥と夏菜子。


 前に幸、恵、勝一。


 龍弥は、卒業写真を胸の前へ持つ。


 澪も、家族の隣へ立った。


「撮りますよ」


 川原が声をかける。


「皆さん、もう少し近づいてください」


 幸が恵の肩へ寄る。


 恵は勝一の手を握る。


 夏菜子は龍弥の腕へ触れる。


 龍弥は、卒業写真をしっかり持った。


 カメラのシャッターが切られる直前。


 幸が、小声で言う。


「父ちゃん」


「何ね」


「うち、ちゃんと笑えてる?」


「ああ」


「幸さんくらい?」


「幸さんより、少しおとなしい」


「じゃあ、もっと笑う」


「今から?」


 幸が大きく笑う。


 恵がすぐに言う。


「お姉ちゃん、顔作りすぎ」


 シャッターが切られた。


 全員が笑った瞬間だった。


 十三 写真のある仏壇


 その日の夕方。


 家族は、長崎の家へ戻った。


 龍弥は、卒業写真を仏壇の前へ置いた。


 これまで。


 白い布の花が、遺影の代わりだった。


 包帯の切れ端。


 焦げた手紙。


 四枚の切符。


 そこへ初めて。


 幸と恵の顔が加わった。


「幸さん」


「恵さん」


 龍弥は、仏壇の前へ座る。


「写真が帰ってきたよ」


「今田澪さんが」


「二十年間、守ってくれとった」


「二人とも」


「若いね」


「笑っとるね」


 夏菜子も、隣へ座った。


「幸さん」


「恵さん」


「初めまして」


 夏菜子は、写真へ向かって静かに頭を下げた。


「やっと、お顔を見られました」


「龍弥さんが、ずっと話してくれたとおり」


「明るくて」


「優しそうで」


「それから」


 夏菜子は、隣に座る二人の娘を見る。


「うちの幸と恵に、どこか似とります」


 七歳の幸が、写真へ手を合わせる。


「幸さん」


「うちも、いっぱい笑います」


「でも、恵のお菓子は取らんようにします」


 五歳の恵が横から言う。


「今日、列車で取ろうとしたやん」


「一口だけ」


「また一口」


「二人とも」


 夏菜子が止める。


 三歳の勝一も、写真へ向かって手を振る。


「さちさん」


「めぐみさん」


「ただいま」


 龍弥の目から、静かに涙が落ちた。


「ただいま」


 その言葉を聞いて。


 龍弥も呟く。


「二人とも」


「おかえり」


 十四 空の上の卒業写真


 雲の上。


 幸と恵は、地上の仏壇を見つめていた。


 幸が、卒業写真を見て顔をしかめる。


「うち、髪ふくらんどる」


 恵が即座に返す。


「二十年ぶりに写真戻ってきて、最初に言うことそれ?」


「だって、卒業写真よ」


「もうちょっと整えて撮りたかった」


「写真撮る直前までしゃべりよったの、お姉ちゃんやろ」


「澪ちゃん、覚えとったね」


「よう覚えとったね」


 二人は、懐かしそうに笑った。


 勝男も写真を覗き込む。


「幸さん、今とあまり変わりませんね」


「天国に来て年取っとらんけん、当たり前やろ」


「そういう意味ではなく」


「じゃあ、どういう意味?」


「にぎやかさが」


「勝男さん、喧嘩売りよる?」


 恵が笑う。


「澪ちゃん、生きてくれとってよかったね」


 幸の表情が、静かになる。


「うん」


「幸せに暮らしてくれとって、よかった」


 恵は、地上で写真へ向かって手を合わせる夏菜子を見る。


「夏菜子さん」


「うちらの顔、やっと見られたね」


 幸も、新しい幸と恵を見る。


「似とるかな」


「ちょっとね」


「うちの方が美人やろ」


「それ、本人が言う?」


「天国やけん、謙遜いらん」


「地上でもしよらんかったやろ」


 姉妹の笑い声が、空の上へ響く。


 地上では。


 写真の中の幸と恵。


 その前に座る、新しい幸と恵。


 二組の姉妹が。


 二十年という時間を越えて、初めて同じ場所にそろっていた。

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