ふたりの恋
『幸と恵のものがたり』
第13話 ふたりの恋
昭和十二年、夏。
長崎の町には、蝉の声が響いていた。
坂道の石垣は強い日差しを受け、白く照り返している。
路面電車の窓は開け放たれていたが、車内へ入ってくる風は生ぬるく、幸は額の汗を何度も手の甲で拭っていた。
「はあ……暑かねえ」
「去年も同じこと言いよったよ」
隣に立つ恵が答える。
「去年より暑か気がすると」
「毎年言いよるやろ」
「長崎の夏は、年々本気ば出しよるとよ」
「姉ちゃんも勉強に本気ば出したらよかのに」
「朝から耳の痛かこと言わんで」
二人のやり取りは、いつもと変わらない。
だが、路面電車の中に漂う空気は以前とは違っていた。
新聞を広げている男性たちの表情が険しい。
隣り合って座る乗客が、小声で何かを話している。
「北支で戦闘が始まったそうだ」
「今度は長引くかもしれんな」
「兵隊も増やされるらしか」
幸と恵は、互いに顔を見合わせた。
聞き慣れない地名。
難しい政治の話。
それでも、「戦闘」という言葉の意味だけは分かった。
人が武器を持って争う。
人が傷つく。
人が死ぬ。
昭和十二年七月。
中国大陸で起きた衝突は、次第に大きな戦争へと広がり始めていた。
後に日中戦争と呼ばれることになる戦いだった。
一 教室に入ってきた戦争
女学校へ着くと、教室でもその話でもちきりだった。
「日本の兵隊さんが戦っとるとって」
「中国は遠かと?」
「海ば越えんばいかんとやろ」
「戦争になったら、兄さんも行くかもしれん」
級友たちの声には、不安と好奇心が入り混じっていた。
まだ、誰も戦場を見たことはない。
新聞に載る写真。
ラジオから聞こえる報道。
教師や大人たちの話。
それだけが、戦争を知る手がかりだった。
やがて教師が教室へ入り、生徒たちは席へ着いた。
教師は教壇の前に立ち、いつもより硬い表情で話し始めた。
「皆さんも新聞で知っていると思いますが、大陸で戦闘が始まりました」
教室が静まり返る。
「このようなときこそ、国民一人ひとりが心を一つにしなければなりません」
国のため。
兵隊のため。
日本の勝利のため。
教師の話には、そのような言葉が何度も出てきた。
幸は黙って聞いていた。
だが、胸の奥に引っかかるものがあった。
戦争は、本当に勝つか負けるかだけの話なのだろうか。
向こうにも人がいる。
家族がいる。
子どもがいる。
誰かの息子。
誰かの父親。
誰かの恋人。
それを考えると、教師の話をそのまま受け入れることはできなかった。
授業の後。
休み時間になっても、幸は机へ座ったままだった。
恵が近づいてくる。
「姉ちゃん」
「何ね」
「難しい顔ばしとるよ」
幸は窓の外を見た。
青い空。
夏の雲。
その空の向こうで、今も誰かが撃たれているかもしれない。
「分からんとよ」
「何が?」
「なんで、隣の国同士で争わんばいかんとかな」
恵は姉の隣へ腰を下ろした。
幸は続ける。
「近か国なんやろ。海ば挟んどるだけで」
「うん」
「だったら、仲ようできんと?」
恵も答えを持っていなかった。
国の事情。
政治。
軍。
領土。
学校ではさまざまな言葉を教わる。
だが、それらが人を殺してよい理由になるとは思えなかった。
「人が人を殺して、何になると?」
幸の声は小さかった。
けれど、強い怒りが込められていた。
「誰かが勝っても、誰かの家族は泣くんやろ」
恵はうなずいた。
「兵隊さんにも、お母さんやお父さんがおる」
「向こうの兵隊にもね」
幸の言葉を聞き、近くにいた級友が振り返った。
「幸さん、そがんこと言ってよかと?」
教室の空気が少し変わった。
戦争へ反対する言葉を、大きな声で口にすることが許される時代ではなくなりつつあった。
誰が聞いているか分からない。
何を言ったと受け取られるか分からない。
恵は周囲を見回し、声を落とした。
「姉ちゃん、ここでは少し静かに」
幸は悔しそうに唇を結んだ。
「でも、戦争なんかしてほしくなか」
その言葉だけは、抑えられなかった。
「誰も幸せになれんやろ」
級友たちは答えなかった。
反対したい気持ちがあっても、怖くて言えない者。
何を考えればよいのか分からない者。
国の言葉を信じようとする者。
家族が兵隊へ取られるかもしれず、不安でいっぱいの者。
それぞれの沈黙が、教室を包んだ。
二 母の言葉
その日の夕食。
大村家の食卓にも、戦争の話が持ち込まれた。
父の勝一は新聞を畳み、深いため息をついた。
「また大きくなりそうだ」
節子が尋ねる。
「すぐ終わらんと?」
「誰にも分からん」
幸は箸を置いた。
「お父さん」
「何だ」
「どうして戦争になると?」
勝一は娘を見る。
簡単には答えられない問いだった。
「国同士の利害がぶつかるからだ」
「利害って何ね」
「土地。資源。政治。力関係。いろいろある」
「それで人ば殺すと?」
勝一は黙った。
幸はさらに尋ねる。
「誰かが欲しいものば取るために、兵隊さんが死ぬと?」
「幸」
節子が静かに制した。
だが、怒っているわけではなかった。
幸は目に涙を浮かべていた。
「うちは分からんとよ」
「分からんでよかこともある」
勝一が言う。
幸は首を振った。
「分からんまま、仕方なかって言うたら、ずっと戦争するやろ」
その言葉に、勝一は何も返せなかった。
自分も軍事用車両の部品を作っている。
仕事だから。
家族を養うため。
従業員を守るため。
何度そう言い聞かせても、胸の奥では娘と同じ問いが消えなかった。
恵も口を開いた。
「お母さん」
「何ね」
「国が戦争せえって言ったら、人の命は軽うなると?」
節子は、二人の娘を見た。
そして、ゆっくり首を横へ振った。
「国が何ば言うても、人の命が軽うなることはなかよ」
幸と恵は、母の顔を見つめた。
「日本人でも、中国の人でも」
節子は続けた。
「お母さんでも、兵隊さんでも、向こうにおる知らん人でも、命は命たい」
「じゃあ、どうして戦争すると?」
幸が尋ねる。
節子は苦しそうに微笑んだ。
「大人が、間違うこともあるけんよ」
「大人なのに?」
「大人やけん、間違わんわけやなか」
勝一は俯いた。
節子の言葉は、夫に向けられたものではない。
それでも、自分もその「大人」の一人だと感じた。
「でもね」
節子は娘たちの手へ、自分の手を重ねた。
「人ば憎め、人が死んでも喜べって言われても、心まで従わんでよか」
「そがんこと言ったら、怒られん?」
恵が不安そうに尋ねる。
「だから、言う場所と相手は考えんば」
節子の声が少し低くなる。
「今の世の中では、正しいと思ったことでも、大きな声で言えば危ないことがある」
幸は納得できない表情をした。
「正しいことば言うても、怒られると?」
「怒る人もおる」
「おかしかよ」
「おかしかね」
節子は否定しなかった。
「でも、幸。あんた一人が傷ついたら、お父さんもお母さんも恵も悲しむ」
幸は唇を噛んだ。
「心の中で、戦争は嫌だと思い続けること」
節子は言った。
「目の前の人の命を大事にすること」
「それしかできんと?」
「今はね」
その答えは、幸にとって物足りなかった。
だが、何もできないからこそ、その小さなことを捨ててはいけないのだと、少しずつ理解した。
三 勝男の不安
長崎機関区でも、軍事輸送は急速に増えていた。
兵士を乗せた列車。
軍需品を積んだ貨車。
通常の旅客列車より優先される運行。
現場の鉄道員たちは、休む間もなく動いていた。
勝男は貨車の連結部分を確認していた。
原田正勝が、隣で作業を見ている。
「異常ありません」
勝男が報告する。
原田は自分でも確かめた。
「よし」
貨車には幌がかけられ、中身は見えない。
だが、周囲には軍人が立っている。
何を運ぶかは明らかだった。
勝男は小声で言った。
「この列車も、大陸へ送るものば運ぶとですか」
原田は周囲を見てから答えた。
「港までだろう。その先は船だ」
「武器ですか」
「余計なことを聞くな」
声は厳しかった。
だが、原田自身も苦しんでいることを、勝男は知っていた。
「幸さんが、戦争なんか誰も幸せにせんって言いよりました」
原田の手が止まる。
「娘さんと、そがん話ばしよるとか」
「幸さんは……思ったことを隠せんけん」
「危なかぞ」
原田は低い声で言った。
勝男の表情が変わる。
「どうしてですか。戦争は嫌だって言っただけでしょう」
「今は、その“だけ”で目をつけられることがある」
勝男は貨車を見た。
「おかしかです」
「おかしか」
原田もはっきり認めた。
「だが、おかしい世の中では、正しいことを言った人間から傷つくこともある」
「なら、黙っとけってことですか」
「生き残るためにはな」
勝男は拳を握った。
幸の顔が浮かぶ。
あの明るさ。
誰かが困っていれば、すぐに駆け寄る性格。
理不尽なことがあれば、黙っていられない。
その幸が、大きな流れへ正面からぶつかればどうなるのか。
「俺が守ります」
勝男が言った。
原田は勝男を見る。
「何から」
勝男は答えられなかった。
戦争から。
国から。
時代から。
そんな大きなものから、一人の見習い鉄道員が何を守れるというのか。
それでも勝男は、もう一度言った。
「幸さんば守りたいです」
原田は、若い勝男の顔を見つめた。
「なら、まず一人前になれ」
「はい」
「口だけで人は守れん」
原田の言葉は厳しかった。
だが勝男には、それが応援であると分かった。
四 龍弥と伊藤
造船所では、軍艦建造の準備が本格的に始まっていた。
資材が運び込まれ。
新しい人員配置が決まり。
作業場の一部には、立ち入りを制限する区域が設けられた。
龍弥は伊藤勝とともに、軍艦へ使われる補助部材の加工を行っていた。
「寸法、もう一回見ろ」
伊藤が言う。
「さっき確認しました」
「だから何だ」
龍弥は口を閉じた。
もう一度測る。
「異常ありません」
「なら進めろ」
龍弥は工具を手に取った。
だが、表情は晴れない。
伊藤は気づいていた。
「何ば考えとる」
「戦争のことです」
「作業中は考えるな」
「でも、この部品が軍艦に使われるとでしょう」
伊藤は周囲を確認した。
そして、低い声で答える。
「そうだ」
「誰かを撃つ船に」
「そうだろうな」
龍弥は手元を見る。
「恵さんが言いよりました。人が人を殺して、何になるとって」
伊藤はしばらく黙っていた。
「よか娘さんやな」
龍弥が顔を上げる。
「知っとるんですか」
「お前が仕事中に考えて叱られた娘やろ」
「それだけで分かるとですか」
「分かる。お前は顔に出る」
龍弥は少し赤くなった。
伊藤は部材へ手を置いた。
「戦争が正しいか間違っとるか、俺たちがここで話しても、軍艦の注文は消えん」
「なら、何も考えん方がよかとですか」
「違う」
伊藤の声が強くなる。
「考えるのをやめたら、本当にただの歯車になる」
龍弥は伊藤を見る。
「嫌だと思いながら働け」
「嫌だと思いながら?」
「この船が人を殺すかもしれんと、忘れるな」
伊藤は続けた。
「だが、作業は正しくやれ。雑な船を造れば、乗る者が沈む」
「矛盾しとります」
「戦争そのものが、矛盾だらけたい」
伊藤は苦く笑った。
「人を守るためと言って、人を殺す」
「それで誰か守れるとですか」
「俺には分からん」
伊藤は正直だった。
「だから、分からんまま考え続けるしかない」
龍弥は、恵の言葉を思い出した。
誰も幸せになれない。
その通りだと思った。
軍艦を造る職人も。
乗る兵士も。
撃たれる人々も。
家で帰りを待つ家族も。
誰も、戦争をすれば幸せになるわけではない。
五 四人の告白
数日後。
幸と恵は、勝男と龍弥に会った。
場所は、以前四人で夕日を見た港近くの丘だった。
そこからは、長崎の町と港を見渡すことができた。
造船所のクレーン。
停泊する船。
煙を上げる汽車。
坂に沿って並ぶ家々。
四人は並んで座っていた。
だが、誰もすぐには話し出さなかった。
先に口を開いたのは幸だった。
「学校で、戦争のことば話したと」
勝男が心配そうに見る。
「大きな声で?」
「少しだけ」
「幸さん、気をつけんば」
勝男の声は強かった。
幸の表情が曇る。
「勝男さんまで、黙れって言うと?」
「違います」
勝男はすぐに否定した。
「幸さんが間違っとるとは思いません」
「なら、どうして」
「幸さんが何か言われたり、連れていかれたりするのが怖いとです」
幸は黙った。
勝男は拳を握っている。
「俺は、まだ何も守れん」
その声には悔しさがあった。
「機関士でもない。力もない。国に逆らうこともできん」
「勝男さん」
「それでも、幸さんに何かあったら嫌です」
勝男は幸の目を見た。
「だから、危なかことば言うときは、俺にも話してください」
それは告白に近い言葉だった。
幸の胸が高鳴る。
「どうして、そがん心配すると?」
分かっていながら、尋ねた。
勝男は迷った。
だが、もう目をそらさなかった。
「幸さんが大切やけんです」
風が四人の間を通り抜けた。
幸は目を見開いた。
恵と龍弥は、少し離れた位置へ視線を向けた。
二人だけで話させるためだった。
幸は頬を赤くしながら言った。
「うちも……勝男さんが大切です」
勝男の表情が変わる。
「本当に?」
「そがんことで嘘ば言わんよ」
「でも、幸さんは冗談も多いけん」
「今は真面目たい」
幸は少し笑った。
「勝男さんが汽車に乗る日は、無事に帰ってきてほしかと思う」
「はい」
「戦争の荷物ば運ぶのが嫌でも、仕事はやめられんとでしょう」
「はい」
「なら、必ず帰ってきて」
勝男は強くうなずいた。
「約束します」
少し離れた場所では、恵と龍弥が海を見ていた。
龍弥が尋ねる。
「恵さんも、戦争は嫌ですか」
「嫌です」
迷いのない答えだった。
「龍弥さんが造った船で、人が死ぬのも嫌」
龍弥は俯いた。
「俺も嫌です」
「でも、造らんばいかんとね」
「はい」
「なら、忘れんで」
恵は龍弥を見る。
「人が乗っとること。向こうにも人がおること」
「忘れません」
龍弥は答えた。
「恵さんの言葉も」
恵の頬が少し赤くなる。
龍弥は続けた。
「俺は、恵さんが大切です」
恵の呼吸が止まった。
「だから、恵さんが悲しむような技師にはなりたくない」
「龍弥さん……」
「軍艦ば造ることになっても、人ば殺すのが格好よかとは絶対に思いません」
龍弥は強く言った。
「そして、いつか戦争のためやなく、人ば家へ帰す船ば造ります」
恵は目に涙を浮かべた。
「うちも、龍弥さんが大切です」
龍弥の目が大きくなる。
「本当に?」
「お姉ちゃんと同じ反応せんで」
恵は泣きながら笑った。
「姉妹やけん、同じような人ば好きになったんかもしれんね」
「俺と勝男さん、似とりますか」
「仕事の話ばすると止まらんところは」
龍弥も笑った。
六 ふたりの恋
やがて四人は、再び一か所へ集まった。
幸と恵は、互いの顔を見ただけで何があったか分かった。
「言うたと?」
幸が小声で尋ねる。
「姉ちゃんも?」
恵が返す。
二人の頬は、同じように赤かった。
勝男と龍弥も、どこか照れくさそうに立っている。
「これで、うちら恋人ってことになるとかな」
幸が言った。
勝男が固まる。
「こ、恋人」
「違うと?」
幸が不安そうに見る。
「違いません!」
勝男の返事が大きく響いた。
通りかかった人が振り返る。
幸は笑った。
「声が大きかよ」
「すみません」
恵も龍弥を見る。
「うちらも?」
龍弥は緊張しながらうなずいた。
「俺でよければ」
「その言い方は、うちが選んでやったみたいやろ」
「じゃあ、何て言えば」
「うちも龍弥さんがよかと」
龍弥は、うれしそうに笑った。
こうして、幸と勝男。
恵と龍弥。
二組は、正式に互いを恋人として意識するようになった。
華やかな告白ではない。
花束もない。
指輪もない。
戦争の不安を語る中で交わされた言葉だった。
それでも、その想いは本物だった。
七 誰も幸せにならない
四人は港に沈む夕日を見つめた。
造船所では軍艦の建造が始まる。
鉄道では軍事輸送が増えていく。
大村家の加工場では、軍用車両の部品が作られている。
普通の仕事。
普通の町。
普通の家族。
そのすべてへ、戦争が入り込んでいた。
「うちら、何ができるとかな」
幸が尋ねた。
勝男は答える。
「大きなことはできんかもしれません」
龍弥も言う。
「でも、人の命ば軽う考えんことはできる」
恵が続ける。
「誰かが死んだって聞いて、喜ばんこともできる」
幸はうなずいた。
「戦争なんかしても、誰も幸せになれんって忘れんこと」
四人は、その言葉を胸に刻んだ。
やがて日が沈む。
赤かった空が、少しずつ暗くなる。
町には灯りがともり。
路面電車が走り。
汽笛が鳴り。
漁船が港へ帰ってくる。
戦争が始まっても、日常はすぐには消えない。
だからこそ、人々は危険に気づくのが遅れる。
昨日と同じ食卓。
昨日と同じ仕事。
昨日と同じ家族の声。
その中で、少しずつ自由が減り。
物が減り。
人が連れていかれ。
言葉が奪われていく。
幸と恵はまだ知らなかった。
戦争に反対することさえ、やがて口にしづらくなることを。
勝男と龍弥が、国のためという言葉によって、さらに重い仕事へ追い込まれていくことを。
そして、八年後。
幸と勝男が広島で。
恵が長崎で。
戦争が生み出した、これまでにない兵器に命を奪われることを。
けれど、この日の四人は互いの手を取り合った。
戦争の時代に恋をした。
人を殺すことが求められる時代に、人を大切にすると約束した。
それは小さな抵抗だった。
誰にも見えない。
新聞にも載らない。
戦争を止める力もない。
それでも四人にとって、決して手放してはならない約束だった。
次回予告
恋人として歩き始めた幸と勝男、恵と龍弥。
しかし、戦争の拡大とともに町の空気はさらに変わっていく。
女学校では慰問袋作りが始まり、兵士を励ます手紙を書くよう求められる。
幸は筆を持ったまま、手を止める。
「戦って勝ってください」ではなく、
「どうか、生きて帰ってください」
そう書きたいと願う。
一方、勝男は兵士を乗せた臨時列車へ初めて乗務する。
ホームで泣く母親。
幼い子どもを抱く妻。
笑顔を作って汽車へ乗る若者たち。
次回、第14話。
「父・勝一の背中」
国は兵士を送り出す。
汽車は彼らを運ぶ。
だが、家族が願うのは勝利ではない。
ただ、生きて帰ってくることだった。




