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今でこそ仲のいい僕と蓮と菊乃だけれど、二回だけ、疎遠、というか距離を置いていた時期がある。
一度目は、小学校を卒業し、地元の中学校に三人揃って入学し、すみれと知り合った時こと。
偶然四人ともクラスが同じだった僕達はすぐに仲良くなり、友達になった。
しかし、当時のすみれは、今の風の子が憑依したようなすみれからは考えられないような女の子で、なんと一か月の内三分の一ほども学校を欠席するような、とんでもない病弱っぷりの子だった。
それはもう、その時の自分は風の子ではなく風邪の子だったと、本人が自虐混じりに振り返るくらいに。
そんな冗談も、彼女の体を蝕んだのが風邪だけだったのなら、笑えたかもしれない。
しかし、その時の僕は苦笑さえできず、強いて言うなら苦々しい表情を浮かべていたのを覚えている。
何故なら中一の頃のすみれは、病弱であると同時に、いじめの対象でもあったからだ。
学校というのは、社会的な空間だ。
そして、それは『学校は毎日来るもの』という半ば脅迫的な思想によって、より顕著になる。
そのため、毎日はおろか、進級ぎりぎりの日数しか来ないすみれは『さぼり魔』として、事情を知らない、いや、意図的に知ろうとしない女子たちの間で格好のターゲットにされてしまった。
もちろん、僕と蓮と菊乃は何とか庇おうとした。
席替えでなるべく彼女の近くになるように先生に陳情したりしたし、学校の行き帰りもすみれと一緒に四人で行動するようにした。
しかし、それが却って最悪な結果を招いてしまった。
いじめられているすみれに味方しているということで、今度はその火の粉が僕達にも及ぶようになったのだ。
特に菊乃は酷かった。
同じ女子ということで、言葉にするのでさえ憚られるようないじめを受けていた。もしかしたら、却って学校に物理的に来れないすみれの方がまだましだったと思えてしまうくらいに。
そこまで行くと流石に内気な僕でももう我慢ならなかった。
しかしやり返すにしても多勢に無勢だ。むしろやり返す分、それは反射するように返ってくるだろう。
だから僕はやり返すのではなく、犠牲者を減らす方針を取ることにした。
具体的に言えば、僕だけがすみれの味方であるようにしたのだ。
それならば、すみれの味方をしない蓮や菊乃には被害は及ばないし、いじめの対象は僕だけになる。当然蓮と菊乃は拒んだが、僕は無理矢理強行した。それは中二になってすみれが元気になり、毎日学校に来るようになって、やっといじめがなくなるまで。
それが疎遠になった二度目のうち、一度目だ。
そして二度目は去年のこと。
こっちは結構シンプルで、それこそ去年のゲーム作りの最中に、作業方針を巡って蓮と菊乃が例のごとく喧嘩した時のことだった。
その火種が僕やひまわりにも降り注ぎ、僕と蓮と菊乃というよりも、グループ全体が1947年から1989年のアメリカとロシアみたいな関係になってしまったのだ。
……あれ?そういえば、一度目はいいとして、二度目の不仲はどうやって解決したんだっけ? ゲーム作りはそこそこ成功し、打ち上げもした記憶もあるので、仲直りはしたはずなのだけれど、どうしてか、その過程が思い出せない。
……まぁ、別に今は仲いいし、それでいいのか。
多少話が脱線してしまったが、とにかく何が言いたいのかと言うと、さっき家の前で別れた菊乃が言っていた『あの時』というのはその二つの内のどっちか、あるいはそのどちらもを指して言っていたことだったのだろうということだ。
一件冷たそうに見えて、実は義理人情に篤い菊乃のことだ。今日たまたま思い出して言ったとかそういうのではなく、ずっと気にしていて、それがさっきぽろっと漏れ出てしまったということに違いない。
二度目はともかく、一度目は僕が好きで、とまでは言い過ぎだけど、僕が勝手にやったことなので、本当に気にしなくていいのに。
菊乃は僕のことを聖人君子みたいに言っていたけれど、それは実は逆なんじゃあなかろうか。
「なんて、言ったら絶対顔を真っ赤にして怒るよな……」
菊乃と別れ、家に入り、入浴を済ませ、再度家を出て十分。
そんな風に菊乃のちょい怒った顔を想像して楽しむという、字面にしてみれば鳥肌ものの行為を行いながら、僕は近所のスーパーへと歩いていた。
入浴後は無性にグレープフルーツ味のアイスが食べたくなるという、あの定期的に訪れる病に罹患したためだ。
本当、何で入浴後というのはあんなにも無性にアイスにかじりつきたくなるのか。
冷たい食べ物なら、この世の中、他ににいくらでもあるというのに、何故アイスなのだろう。是非権威ある暇な学者がいれば調べてもらいたい。その暁には当たり付き棒アイスの当たった棒ぐらいならプレゼントしてもいい。俸給ならぬ棒給というやつだ。
とかなんとかアイスだけに冷たいことを考えている内に着いていたスーパーに入り、予定通りグレープフルーツ味のアイスを購入する。
家に着くまでなんて待てるわけもなく封を開けさっそくかぶりつき、舌の上に氷の塊をぶちこんだ。
シャキッとした歯ごたえと同時に、甘さと苦さを内包した、なんともよく分からない例の味が舌を侵食する。柑橘系のフレーバーが鼻をすぅっと通り抜け、火照った体も一気に冷えた。控えめに言って最高だ。にしても、グレープフル―ツの味ってホント、唯一無二の味だよなぁ。苦くて甘い意外に例えようがない。え? 恋愛? 残念。人は経験したものでしか物を語れない。
あまりがっつきすぎると帰り道のほとんどをまた補給無しで過ごす羽目になると思い、最初とは正反対に、今度はちまちま舌先で削り取りながら歩く。
近所のスーパーならすぐに買いに来れるしそんな必要ないだろと思われるかもしれないが、田舎の近所というのは都会人が考えるおよそ百倍くらいの距離があるのだ(僕調べ)。具体的に言えば、今日の帰りにひまわりと別れた駅前くらいの、だいたい徒歩20分くらいの場所までが近所。
最寄りのスーパーもそこで、時たま、ひまわりと出くわして、そしてちょっと残念な顔をされることが多々ある。ごめんね。ひまわり。蓮じゃなくて。
「あ」
と、
一部の都会人が聞けばさぞ喉から手が出るほど欲してやまないであろう、しかし僕達田舎の民にとっては何でもない、時々疎ましくさえ思う鈴虫の鳴き声と満月に見降ろされながら、もはや森みたいな公園の傍を、さっき見つけた蹴るのにちょうどよさそうな石をドリブルしながらとぼとぼ歩いていたのだが、アイスを舐めながらだったからか、それとも僕にJリーガーの血が流れていないからか、ボールにしていた石は逃げるように公園の入り口へと入っていってしまった。
あらら。そんなに足蹴にされるのがいやだったのだろうか。……まぁ、そりゃ誰だって足蹴にされるのは嫌か。
しかしあれ以上に蹴りやすい石もそこまでなく、というかそれ以上に新しい石を見つけるのがめんどくさいこともあり、僕は自分を振った恋人を追いかけるように石を追う(恋人出来たことないが)。
先ほどの蹴りは結構クリティカルヒットしていたのか、かなり離れた木の根でぶつかって石ちゃんは動きを止めていた。守られているかのように、地面から生えた緑色の髪の毛が覆いかぶさっている。街灯も満足に行き届いていない叢の中だ。蹴ってもまたすぐに見失いそうだったので、仕方なく僕は間違ってもアイスに草が触れないように気をつけながら石ちゃんを拾おうと身をかがめた。
――その時だった。
かさ、と木の向こうから音が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げ、音のした方を見る。
そして、だいたい五メートルほどの距離だろうか。
女の子が立っていた。
ショートパンツへと続く、白く細い脚。
そんな脚からは想像もできないほど隆起した胸元。
そしてまたしてもそんな胸部からは思いもよらないような華奢な肩と、夜空を見上げる童顔が現れる。
言うまでもなく愛すべき友人、わがグループのお抱えイラストレーター。越谷ひまわりだった。
……何やってるんだ?ひまわりのやつ。
いや、先ほども言ったが、ひまわりとこの辺りで出会うのはそんなに珍しいことじゃない。なにせひまわりの家はこの辺りなのだから。というか、むしろここら一帯に住み着いていない僕がいる方が珍しいくらいだ。
だからおかしいのは、会う場所と、その時間。
公園にぐらい、そりゃあひまわりだって散歩で来たりするだろう。
けど、こんな夜中、こんな木々に囲まれた人気のない場所で、それも一人で夜空を見上げているのは、流石に不自然だ。
……イラストに使う星空でも観察しに来たのだろうか?
けど、それにしたって一人って。
流石に防犯意識が、それこそ夜空の星並みに遠のいてないか? いや、まぁ、芸術家っていうのは、僕含めパンピーとは価値観や常識が異なる生き物なんだろうから、そういうこともあるのかもしれない。というか、それを確かめたいなら、声をかけて直接聞けばいいじゃないか。
知らない仲じゃないんだし。
こんなところで、まるで木に隠れて様子をうかがっているようなストーカーと勘違いされて(あながち間違っていないのが怖いところだ)このご時世にチャカを携帯している人たちの前に連れていかれてはたまらない。
僕は石ちゃんに別れを告げ、ほんとに後ろめたいことはないのだが、なんとなく余裕をアピールするため、アイスをなめつつ、ひまわりの前に出て行く。
「こんばんはひまわり。こんなところで何やってるの? いやーアイス買いに来たら公園にひまわりがいるのが見えてさ」
しかし、
「………?」
僕に声をかけられ、ひまわりは夜空を見るのを止め、こちらを向いたものの、普段の自愛に満ち溢れたそれとは違って、その目は、なんというか、なんの感情も孕んでいないような、駅の階段で前を歩いている人を見つめているような、そんな瞳をしていた。
しまった。流石にあまりにもわざとらしすぎたのかもしれない。けど、事実、僕に後ろめたいことは何もないのでこれ以上僕にできることは何もない。いや、それともまさか、また蓮じゃなくて僕に出会ってしまったことがあまりに嫌で僕のことを無視しているのだろうか。だとしたら僕は今すぐ今の夜空に輝くそれの仲間入りを果たしたい。まぁ、ひまわりがそんな奴じゃないことは重々承知しているのだけど。
「……えっとひまわり、こんな場所で何してるの?流石に一人は危なくない?よければ家まで送って――」
何とか失態を取り返そうと、言葉を重ねる僕。
しかし、その瞬間だった。
「な――!」
世界が、真っ白に染まった。
まるで小さくなってホワイトボードの中へ飛び込んでしまったみたいに、あたり一面が白色に染まる。
いや、正確には真っ白に染まったのは世界ではなく、僕の視界だ。
突如、ひまわりを包むように、彼女の周囲約1メートルに、謎の白い光が発生したのだ。
瞼さえ貫通してくるあまりのまぶしさに、僕はアイスを持っていない左腕で、思わず両目を覆う。
なんだ?
なにが起きてるんだ?
そういうドッキリなのか?
だがこれまでの経験上、ひまわりはそういうことをする奴じゃない。そういうのはすみれの専売特許だ。
そして、その証拠とでもいうように、すぐにそのスタングレネードじみた光は引き、追加で鉛玉が飛んでくるなんてこともなく、特に何事もなく事態は収拾に向かっていく。端的に言えば光が薄れた。
よかった。一瞬、僕とこうして夜中に遭うのが嫌すぎて、こんな大掛かりな嫌がらせをしてきたのかと心配になってしまった。
……いや、もしそうだとすれば、完全に線どころか、友達の一線を越えてしまっているのだけれど。グループ全体での話し合いが必要なレベルだ。
が、今はそんなことはどうでもいい。今はとにかく先ほど起こった謎現象の方の話し合いを――
「……は?」
しかし、その話し合いは、持ちかける暇もなく、行われないことが決定してしまった。
当たり前だ。
話し合いなんて行われるわけもない。
だって。
だって。
薄暗い周囲に慣らすようにゆっくりゆっくり瞼を開いていって、やっと現れた視界。
その中に。
――越谷ひまわりはいなかったのだから。
首をフクロウみたい回す。
だが、誰もいない。
足音も聞こえないし、もちろん、さっき見たのがひまわり以外の誰かで、そういう意味でのいなかった、なんてことではもちろんない。あれはたしかにひまわりだった。
「な、なんだ……いったい、何が、起きたんだ?」
呟く。
背筋を冷や汗が伝う。
右手にひんやりとした感触。ずっと僕が右手に持っていたアイスだ。
まるで僕と同機したように、冷や汗を垂れている。
ぽたり。ぽたり。
アイスは垂れ続ける。
そして、あんなにも求めていたそれを、結局僕はそれ以上、口にすることができなかった。
ご一読ありがとうございました。
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