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「にしてもすごいね。ひまわりは。まさかプロデビューだなんて」
「そうね。けど、ひまわりの実力から考えればそこまで不思議でもないんじゃない?」
「まぁ、確かに。けどまぁ、僕から考えれば皆すごいよ。ちゃんと得意なものがあって、打ち込めるものがあって。菊乃だって、小説の新人賞に応募したりしてるんでしょ? たしか、ジャンルはSFだっけ?」
「まぁ、してるけど。でもひまわりみたいなプロなんてまだまだ夢物語よ。せいぜい三次選考止まり」
「それだってすごいよ。うーん。僕も何か頑張らないとね」
「そうね。もっと頑張りなさい」
「あれ? 叱られてる? こういう時って普通、慰めてくれるものじゃないの?」
「冗談よ」
口元を上品に抑えて、菊乃は笑った。
夏休みの予定を大雑把に決めた後の、その続き。
ひまわりとは駅で、すみれとは母校である中学校付近で別れ、そして蓮はCDショップに寄って帰るとのことで、僕は菊乃と二人で帰っていた。
蓮と菊乃と僕は小学校の頃から一緒のため、大抵、学校帰りは、僕は蓮、もしくは菊乃と二人きりで帰ることになるのだ。
普段はクールな若干冷たい印象を与える菊乃だけれど、それはほとんど蓮と話す時だけで、今みたいに結構冗談も言うし、案外話しやすい。
ちなみにそれは蓮も全く同じで、菊乃と話す時以外は、さっきひまわりと話していた時みたいに明るくて、話もうまくて、偶に挟んでくるギャグも面白くて、これまた良い友達だ。うーん。こういうとこ、二人とも似てるし、気が合いそうなものなんだけどな。何で仲悪いんだろ。ま、本人に言ったら間違いなく怒るだろうから言わないけれど。
菊乃は育ちの良さを感じる微笑みを浮かべながら、
「なんだったら累も書いてみたら?SF。私たちのグループ内では一番成績良いんだから。能力は試さないと損よ。最初はタイムトラベルものがいいかしらね。そこからはスチームパンクやバイオパンク。慣れてきたらより専門的なハードSFなんかもいいかもね。あ、『電気羊』とか読んでみる? 貸すわよ」
「いや……なんか怖そうだから遠慮しとく」
タイムトラベル以降から菊乃が何語を喋っているのか全く分からなかったので、とりあえず断っておいた。電気羊ってなんだ。電流を羊に流したりするんだろうか。それはもうSFというよりホラーでは?
菊乃は「そう?遠慮しなくてもいいのに」と若干不服そうな表情をして前を向いた。遠慮したわけではなく、若干本気で嫌だったことは黙っておこう。
「っと」
とかなんとかしゃべくっていたら、いつの間にか僕の家についていた。
田舎だと珍しくもない、サラリーマンの父親と専業主婦の母親が生み出した、庭付きの一軒家が、僕が住むおうちだ。
二人で立ち止まり、僕だけが門扉へと続く階段を上る。
「それじゃ。また明日」
「うん。……あ、累」
「ん?」
いつものように別れの挨拶を済ませ、玄関の扉を開けるべくノブに手をかけようとしたのだが、その直前、菊乃に呼び止められ、僕は振り向いた。
珍しい。好きなことならさっきみたいに結構喋ってくれる菊乃だけれど、すみれと違い、そこまで話好きというわけでもないからいつも別れ際はあっさりした感じになるのだけど。(ちなみにすみれは帰り際の立ち話だけで一時間も粘ったことがある。流石に『ねぇ、もう帰ってくれません?』、と迷惑な客を追い払う店員みたいな口調になってしまった)。
しかし、そんな風に珍しく呼び止めてきた菊乃だったのだけど、何故かなかなか口を開こうとしなかった。
何か逡巡するように、さっきプロになれるかもしれないことを告白したひまわりのように、視線を彷徨わせている。
珍しいと言うのなら、こっちの方が珍しい。蓮に対する毒舌からも分かるように、言いたいことはラスク並みに歯切れよく伝えるタイプなのに。
僕の顔を見ては、すぐにさっと逸らす。けどまた僕の顔を見る。けど、またすぐ逸らすといった作業をまるで義務みたいにこなす菊乃。
しかし、流石に僕の足をいつまでも遊ばせていることに流石に引け目を感じたらしい。
一度目を閉じ、深呼吸をすると、意を決したように告げて来た。
「すみれに夏休み、何したいって聞かれた時、なんて答えるつもりだったの?」
「え……?」
訊かれたことがあまりにも想定外過ぎて、今度は僕の方が返事に窮してしまった。
僕が答えあぐねているうちに、更に菊乃が質問を重ねてくる。
「累、何か答えようとしてたじゃない。けど結局言わなかった。それは何で?」
……すみれとはなるべく小さい声で会話していたつもりだったけれど、聞かれていたのか……。
けど質問してもらったところ悪いが、生憎その質問に僕が答えられることは何もない。
僕は、すみれにもそうしたようにてきとーな言葉で誤魔化そうと――
「分かるわよ。それを言うのが皆に悪いと思ったからなんでしょう」
――した直前、一歩階段に近づいてきた菊乃にそう告げられ、僕は続きを口にすることができなかった。
「分かるのよ。累は、昔からそうだったから。いつも自分のしたいことよりも、皆が幸せになる方を優先する」
「……そんな聖人君子みたいなやつじゃないよ、僕は」
「ううん。そんなことないわ。だってあの時だって……!」
さらにもう一歩、階段を上り、菊乃は顔が触れそうなくらいに、僕に近づいてきた。
間近に迫る瞳は儚げに揺れていて、突けば今すぐにでも壊れてしまいそうな、そんな瞳。引き結ばれた艶やかな唇も、千切れかけた花びらみたいに脆い。
「……!……ごめんなさい。やっぱりなんでもないわ」
無意識下での行動だったのか、菊乃はあまりにも僕に近づきすぎていたことに気が付くと、僅かに頬に桜色を咲かせ、そう言って、慌てて階段を下りた。
「と、とにかく、累も夏休みに何かしたいことがあるなら、教えて。……私、累のしたいことなら、なんでも叶えてあげたいから」
じゃあ、また明日。
最後にそう告げ、菊乃は僕に反応も応答する暇も与えず、早歩きで家へと帰っていった。
僕はただ、街灯に照らされる彼女の瘦身と、微風に流れる彼女の黒髪を見つめることしかできない。
「……やりたいこと、か」
完全に菊乃の姿が夜の闇に飲み込まれた後、僕は呟く。
菊乃がさっき僕に言ったことは、寸分狂わず当たっていた。
確かに僕は、あの時、みんなの幸せの方を優先して、自分のセリフを喉奥にしまい、錠をかけた。
が、それが当たっていたからと言って、いくら菊乃に話してと言われたからといって、それを僕は、口にするわけにはいかない。
もちろんひまわりにも連にも。
そして――大好きなすみれにも。
だってそれは、きっと叶わない願いで、皆を裏切る希で、皆を傷つける結果にしかならない。
そんな、身勝手なものだから。
そう。
だから、言えるわけがないんだ。
「僕は、ずっとこのまま、何も変わらず、みんなと一緒にいたい」
なんて。
ご一読ありがとうございました。
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