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「……LINEを送った時間から、私が犯人っていうのは分かると思ってたけど、まさか、鍵のこととか、そんなところまで見通されちゃうなんてね」
犯人だと断定されたのにも関わらず、すみれは怒りも悲しみも動揺も浮かべず、ただそう微笑んで、肩を竦めた。
「さすが、うちのブレーンだ」
「……………」
そして、パチパチパチと拍手して見せる。
けど、その拍手にはまるで気持ちが入ってない。
まるで道化役に送るような拍手。
いつもならブレーンをプルーンと必ず言い間違えていたのに、そんな茶目っ気さえ今はもう向けてくれない。
でも、実際、それが不快だったかと言うと、そうでもなかった。
――だって実際、僕はただの道化で、嘘つき野郎だったのだから。
「けどね」
そしてどれくらいそうしていただろう。しばらくお互い無言で見つめ合った後、すみれはワンピースのスカートの裾をつまみ、歩道と車道を区切る背の低い手すりに腰掛けた。
「一個、累は重要なことを見落としてる。いや、わざと見落としてるって言った方がいいのかな」
顔を伏せ、儚げな笑みを浮かべながらすみれはそう言う。
けど、その台詞に僕が返事をすることはない。
この期に及んで僕は、その台詞に返答する勇気が持てなかったから。
でもすみれは、そんな僕を無視して、いや、あえて無視するように、一語一語、言葉を紡いでいく。
「累の推理では、私は蓮のスマホを奪って、蓮のスマホからあのメッセージを私のスマホに送ったってことになるよね? だけど、それっておかしいよね。だって、スマホを奪おうとすれば、まず間違いなく蓮は抵抗しただろうから。女の子の私一人の力じゃあ、男の子の、ましてや、並みの男子よりも力の強い蓮からスマホを力づくで奪うなんてできない」
川の流れだけが、すみれに返事をする。
「ドッペルゲンガーと協力すれば、蓮からスマホを奪うなんて造作もない。そんな風に思うかもしれない。でも、それは無理。だって、法則があったもんね。――ドッペルゲンガーは他人にオリジナルと二人でいるところを見られれば、消えてしまうって法則が」
ゆっくり、すみれは顔を上げた。
そして、まぶしい朝日が原因か、それとも全く別の理由か、普段よりも明度が高く見える瞳で、隠そうとしても隠しきれていない、僅かに震えた声音で、こう問うてくる。
「さぁ、問題です。狗奴累君。私は蓮からスマホを奪わなくてはなりませんでした。けど、私一人だけの力じゃあ、蓮からスマホを奪うことはできません。でも、協力者であるドッペルゲンガー君は、私にオリジナルである蓮くんと二人でいるところを見られれば消えてしまいます。さて、私は何で蓮君からスマホを奪うことが、そしてあんなメッセージを送ることができたのでしょうか?」
「…………」
いくら黙っていても、すみれが次の言葉を紡いでくれることはなかった。
言ってほしかった。
『なぁんて、本当は、蓮をうまいことだまして、自力で蓮からスマホを奪い取ったんだ』と。
そう言ってほしかった。
その言葉さえ聞ければ、僕は心の底から安堵できるのに。
ああ、自分の推理が間違っていたのだと、この上なく『幸せ』になれるのに。
このまま、変わらないで、いられるのに。
でも、すみれは目を逸らさない。
僕に、逃げることを許さない。
「……LINEを見せて」
僕は言った。
すみれは微笑み、ポケットから自分のスマホを取り出し、差し出してくる。
「乙女のLINEを見せてほしいなんて、無神経だなぁ」
「嫌ならいいよ」
「ううん。見せるよ」
グリーンの、あんまりすみれらしくない色合いのスマートフォンを僕は受け取った。
電源を入れるとロックが掛けられておらず、LINEにもロックは掛けられていない。
まるで僕に見られるために、事前にそうしていたみたいに。
そして、
「っ……!」
LINEの履歴を見た瞬間、僕は瞼をフックで持ち上げられたみたいにこじ開け、僕のものでもないのに、すみれのスマホをこれでもかというくらいに握りしめた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も読み、その度に、そこに映っているものが、僕の『予想していたものであること』であることを思い知らさる。その度に僕は、何度も何度も何度も画面を指で叩くように、フリックを繰り返す。
……あり得ない。
有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。
あってはならないあってはならないあってはならないあってはならないあってはならない。
そんなはずはない!そんなはずはない!僕の推理は『間違っているはず』なんだ!
だが、そんな風に絶望を浮かべる僕とは正反対に、スマートフォンは無慈悲にも顔色を一切変えることはなかった。当然だ。機械なのだから、僕の気持ちがなんであれ、彼が顔色を変えることはない。
「…………」
僕は目を一度瞑り、開き、夢や見間違いであったことを願いなら、最後にもう一度だけ、画面をスクロールした。
一番最初に映し出されるのは――ドッペルゲンガーのひまわりや菊乃、蓮と思しき、彼らとの、すみれのLINEでのやりとりの履歴だ。
ドッペルゲンガー側からこそ返事はないものの、すみれがドッペルゲンガーに来てほしい場所や日時などの指示だけを、一方的に送っている。
その日時や場所は、ひまわりのドッペルゲンガーを僕が見た公園だったり、蓮がすみれに呼び出され、消えたと思われる早雲公園、そして僕が寝ている間に消された菊乃が消えたと思われる旅館の女子部屋などだ。
――これに関しては想像通りというか、ほぼ確実視していた。
いかにドッペルゲンガーと言えど、呼び出すのにはなんらかの連絡手段が必要だろう。
ドッペルゲンガーなのだから、テレパシーのようなものを用いていた可能性もあるにはあったけれど、そんなことをしなくても現代ではスマートフォンさえあればなんともでもなる。きっとあらかじめ契約しておいたスマートフォンか、もしくはアイポッドか何かとポケットWIFIをドッペルゲンガーに渡し、連絡を取っていたのだろう。通話ではないのは、事前に推測していた通り、ドッペルゲンガーが喋れないから、というのもあるだろうが、文字に起こし、伝える方がより正確に指令が伝わるとすみれが判断したからなのかもしれない。
しかし、いずれにせよ、これはそうなんだろうなと思って、予想はできていたものだ。
心の準備でもできていたし、それを問う準備までできていた。
けど、
「っ……!」
スクロールしたもう一つの画面。
それを見て、僕は、二度と目が開けられないんじゃないかと言うほど、瞼を引っ張られた。
奥歯を噛み締めすぎて、鉄の味がする。
スマホを握っていない左手の拳は、爪が食い込んで鬱血を起こしているのが分かる。
心臓が苦しい。
呼吸が荒い。
目の前がかすむ。
まともに立っていられない。まともではいられない。
僕は、
すみれに、
救いを求めるように、
顔を上げた。
「…………!」
けど、そんな僕を、すみれは助けてくれることはなかった。
僕の大好きな、それだけで僕に生きる力を与えてくれる、あの笑顔はない。
髪は突風に流されるまま。
そんなカーテンじみた前髪から、鋭く、険しい、まるで目の前を流れる早川のように激しく、甘えを一切許さない瞳が、僕を真正面から見据えている。
そんな彼女を見て、僕は――
――救われた
………ああ、そうだね、すみれ。
そうなんだ。
僕はすみれから教わったんだ。
僕は、そうするべきなんだ。
そうするしか、ないんだ。
僕が、そうするように、なったんだ。
――僕は、変わったんだ。
一陣の風が、箱根の山から僕めがけて吹いてくる。
その風を浴び、それに立ち向かうように、僕は、言った。
「君は、もう、死んでいるんだね、すみれ」
スマホの画面、
LINEアプリのメッセージ履歴。
そこには、ドッペルゲンガーとの会話の履歴だけではなく、次のようなものが残っていた。
消えたはずの、ひまわりや蓮、菊乃の連絡先と、会話の履歴が。
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