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「何で、そう思ったのかな?」
長すぎもせず、短すぎもせず、ごくごく自然な間を空けて、すみれは僕の問にそう問い返してきた。
イエスともノーともつかないそんな返事。
街灯に照らされる横顔も、いつもの元気100%のそれではなく、綺麗と愛嬌を融合したようなソレで、やっぱり感情が読めない。
けどその表情から、すみれが、僕がそんな質問をしてくるであろうことを知っていたということだけは、なんとなく知ることができた。
「一番最初に違和感を覚えたのは一昨日、河原でドッペルゲンガーを捕まえようとした時だ」
唸り声を上げる須雲川を見下ろしながら、音がかき消されないように、少し声を張って僕は言う。
「ああ、累が私のスカートの中を必死に覗き込んできた日のことか」
「真顔で嘘つかないで。ほんとに偶然見えちゃっただけだから」
しかも何で僕が悪者扱いなんだ。あれはどう考えてもすみれの不注意だろう。
すみれは「冗談だよ」と小さく笑って、
「それで、その日のどこに違和感があったのかな?」
「ドッペルゲンガーの出現率だよ」
「出現率?」
僕は頷く。
「うん。蓮、菊乃のドッペルゲンガーは出てきたのに、あの日を含めて今日まで、すみれのドッペルゲンガーは出てこなかったでしょ? そしてあの日は、あれだけお膳立てしたのに、菊乃のドッペルゲンガー一匹しか出てこなかった。まるで、誰かがドッペルゲンガーに今日は来ない方がいいとアドバイスしていたみたいに」
河原に一人きりで放置、という、一昨日のシチュエーションは、ドッペルゲンガーにとって最高の環境だったはずだ。にも関わらず、ドッペルゲンガーは一人しか現れず、しかもすみれのドッペルゲンガーは一切現れなかった。これは違和感を抱くなという方が無理な話だ。
「なるほど、ね。けど、それは、累も同じだよね? 累のドッペルゲンガーも、一人も出てきてなかった。それに、ドッペルゲンガーが出てこなかったからと言って、何でそこから私が彼らを呼び寄せたってことになるのかな? 流石にそれは無理があるんじゃない?」
責めるでも、論破しようとするのでもない。ただ疑問に思ったことを口にしているだけというような口調で述べるすみれに、僕は再度頷く。
実際、その通りだからだ。
すみれだけではなく、僕のドッペルゲンガーが現れなかったのもそうだし、それにそもそもすみれが否定しなかったからなんとなく流してしまったけれど、そもそも誰かがドッペルゲンガーを呼び寄せているという話の根拠はこれまでの話にはない。
だから、その日のことはあくまで違和感。すみれを疑うようになったきっかけ。明確にすみれが犯人であると証明できるようなものではない。
けど、次は、違う。
「疑いが確信に変わったのは、すみれが蓮を僕達の部屋から連れ出したときのことだ」
「…………」
一度止まって笑いかけて来たものの、すぐにすみれはまた川沿いを歩き始める。
「まるで蓮が消えたのは私のせいみたいな言い方だね。酷いなぁ。仲間を疑うなんて。累は私が蓮を連れ出したと思ってるんだ。でも、それは、ドッペルゲンガーはやっぱり超能力的な力を使えるって話に落ち着いたんじゃなかった?」
「たしかにそうだった。けど、やっぱり違う」
「何でそう言えるのかな?」
「あのLINEだよ」
「LINE?」
頷いて、僕は続けた。
「うん。蓮がドッペルゲンガーに消される前に菊乃に送ったと思われる、あのLINEだ。最初は蓮が部屋でドッペルゲンガーに襲われて、終わりを悟って慌てて送ったダイイングメッセージなのかなと思ってた。でも、やっぱり違う。部屋で襲われたのなら、やっぱり大声を出して僕を起こせばいいし、もしドッペルゲンガーに口を塞がれて声が出せなかったのなら、LINEじゃなくて、電話をかければよかった。ただボタンをタップするだけでいい電話じゃなくて、打つのにも手間がかかるLINEを優先するのは効率が悪すぎる。もしかしたらコール音で僕が起きるかもしれなかったし。だから思ったんだ。蓮は、誰かに僕や菊乃やすみれ、もしくは他の人たちの人に蓮の声が届かない場所に連れて行かれて、そんなLINEを送らされたんじゃないかって」
「…………」
LINEを送れたということは、少なくとも蓮はスマホを持ってはいたということだ。なのに蓮は電話もかけてこなかった。それはすなわち、誰かが蓮の行動に制限を加えていたという証拠。電話ではなくLINEを送るように強要したか、あるいは、蓮のスマホを奪ってそのLINEを、すみれのスマホへと送信したという、証拠。
「なるほどね。確かに、それならドッペルゲンガーが壁をすり抜けて入ってきたっていう可能性は排除できるかもしれない。誰かが蓮を外へ誘い出したって言うのも、累達の部屋の鍵が空いていたことの説明にもなる。いや、まだ蓮が何で鍵をかけずに出て行ったのかっていうのは、説明できていないけどね。でも、どうして、それが私になるのかな。蓮を部屋の外へ誘い出すのが、私だったらやりやすいっていうのは、確かにあるかもしれない。大事な大事な友人だしね。話があるって言えば、疑いはするかもしれないけど、来てくれたとは思う。けど、それは菊乃にもできたことじゃない? むしろ菊乃の方が蓮を誘い出しやすかったんじゃないのかな? 蓮は、あのダイイングメッセージの熱い告白からも分かるように、菊乃のことが大好きだったんだし。好きな人から夜のお誘いになんてかけられれば、男子はほいほいついて行っちゃうでしょ?」
そんなことはない、と言おうとしたけれど、誘ったのは僕の方からとは言え、今まさにそういう状況に僕達もなっていることを自覚し、口をつぐんだ。
それにやっぱり、僕もすみれからそういう誘いを受ければ絶対に、目の前に人参をぶらさげられたシマウマの如くついていくだろうから。
「けど、やっぱり菊乃は違うよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「時間だよ。あのLINEが送られた時間。寝て、起きていたのはどっちだったのかな?」
「私だったとしても、蓮のスマホさえ手に入れれば、いつでも誰でもメッセージを送れるんじゃないのかな?」
「もちろん。でも、オリジナルが消えるとそのオリジナルの持ち物も消える。だから蓮のスマホを隠し持っておいて、時間をずらして送るというのは、やっぱりできない。つまり送られた時間は蓮が部屋から誘い出され、ドッペルゲンガーに消されるまでの間に行われたと考えるしかない。それに、あのLINEの内容も、菊乃が送ったものとは思えない。さっき僕は、あのメッセージが、誰かに蓮が送らされたものじゃないかと思ってるって言ったけれど、あれは、その誰かからの蓮に対する情みたいなものだったと思ってるんだ。最後に誰かに何か言いたいことがあるのなら伝えておいてやるみたいにね。大事な友人である菊乃かすみれなら、そんな情を蓮にかけてもおかしくない。けど、その誰かが菊乃なら、そんなものを送る必要はない。だってその相手は目の前にいるんだから。その場で告白すればよかったはずだ」
「蓮が自発的にそのメッセージを送ったって言う線はないの?」
「無理だね。スマホを持ってるんだから、さっきも言ったけど、それこそ電話をかければいいだけの話だ」
「…………」
湯本橋にさしかかったあたり。
これまで打てば響くように返事を返してきていたすみれの唇が、初めて動かなかくなった。
僕が足を止めると、自然、すみれの足音も聞こえなくなる。
それほど広くない橋なので、通行人がいれば邪魔になるかもしれないが、しかし今はまだ深夜と呼べるような時間帯だ。
日中はおそらく観光客や従業員の人達でごった返すこの小さな橋も、今は人っ子一人見当たらない。
多少立ち止まったところで、迷惑はかけないだろう。
「つまり、まとめると、こういうことだと思う」
僕は、欄干に手をかけ、須雲川と早川が合流しているポイントを見下ろしながら、後ろで微笑んでいるすみれへ向け、言葉を紡ぐ。
「誰かはあの日、あのLINEが送られた午前11時40分より少し前に、蓮と僕の部屋へ行き、蓮を呼び出した。それが知らない人間なら蓮もそれには答えなかったと思うけど、知り合いの声音だったから蓮は扉を開け、その人の呼び出しに応じ、部屋の鍵をきちんと閉めて、外に出た。しかし、その呼び出しはフェイクで、遠くへ呼び出された蓮を待っていたのはドッペルゲンガーと、そのドッペルゲンガーの協力者だった。……これは、言うのを忘れていたけれど、連れて来られた場所にいたのがドッペルゲンガー一人なら、蓮はドッペルゲンガーに抵抗したかもしれない。けど、もう一人、そのドッペルゲンガーの味方をするような人物がいたせいで、蓮はその場からの逃走も抵抗も諦めた。そして蓮に遺言のようなものを書かせ、すみれのスマホにそれを送信させた誰かは、蓮を消した後、蓮から奪った僕達の部屋の鍵を開け、鍵を僕達の部屋へ戻した。やっぱりドッペルゲンガーは超能力を持っていたと、僕達に、そう思わせるために。蓮が自発的に部屋を出て行った、もしくは誰かに誘い出されたのなら、何故蓮は、鍵をかけずに部屋を出て行ったのかという、疑問を残すために。そう。部屋の扉の鍵が空いていたのも、蓮が施錠しなかったからじゃなくて、犯人が蓮から鍵を奪って、部屋の中へ戻したからだったんだ」
僕は、欄干に預けていた両手にぐっと力を入れた。
そして、一度目を瞑り、深呼吸し、目を開き、すみれへと振り返る。
「ここまで考えれば、自ずと犯人は絞られてくる。こんな緊張状態でも蓮を外に呼び出せるほど仲が良い人物。ドッペルゲンガーの事を知っている人物。そして、菊乃ではない、他の人物。もちろん、僕でもない、人物。そんなのは、一人しかいない」
二つの川の流れが合流するポイントということで、この場は昼夜問わず音で溢れている。
もうすぐ秋とは言っても、まだ暦の上では夏。
日も照ってきて、鳥のさえずりや、虫の鳴き声も響いてくる。
けど、この瞬間。
この瞬間だけは。
そんな鳴き声も囀りも川の流れも、文字通り、流れを汲んだように、気を遣うように、そっと息を潜めた。
「佐倉すみれ。君だ」
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